怪奇!ユキ!マジック!



「山を持ってる」「センパイ」と言うし、途中かなりの田舎道を走るからてっきり漫画みたいなデカい日本家屋に住んでいると思っていたが、到着したのは街中のごく普通のマンションだった。
お兄さんはマンションの駐車場の空いてる番号に当然のように駐車した。
「いいんですか」
「確かここは空いてたはず……、ダメでもすぐ出るから大丈夫だよ、多分、きっと」
随分と慣れた様子だ。車を降りてから当然のようにマンションのロビーに入って行くお兄さんに僕はただ着いて行く。
外から見た時は普通のマンションと思ったけど、どこもかしこも白くてツルツルした石でできた広いロビーは高そうなソファーや花まで飾ってあり、明らかにここがかなり「良いとこ」なマンションである事を物語っている。
「よく来るんですか」
「出かける時は大抵俺が運転手だからね……」
段々お兄さんと「センパイ」がどんなパワーバランスなのかが明確になって来た。
「嫌ならちゃんと言った方が良いんじゃないんですか、それとも舎弟とかなんですか」
お兄さんが吹き出し、小笑いをする。声が広いロビー響いて恥ずかしい。
「そうだね、目広くんガツンと言ってくれる?」
お兄さんはできる訳ないお願いを僕にすると、オートロックの番号を押すと呼び出しボタンを押した。
「…………」
「…………」
数回繰り返されるインターフォンの大きな呼び出し音がロビーにも反響する。
お兄さんはもう一度押す。
インターフォンの快いとは言えない大きな音がまた繰り返され、反響する。
「……はい。寝てますね、これは」
「電話したらどうですか」
「うーん……」
お兄さんは呼び出し音をカチカチと連打し出した。一回で数回音が繰り返されるタイプだから全て出しきれてない音が何回も途中で途切れて聞こえる。
側にいる僕もうるさい……。一分半は我慢したと思う、「電話してください」ともう一度言おうとしたが、不意にインターフォンの音が止まった。
スピーカーからは何の音もしなかったけどオートロックのガラス扉がその場で静かに開く。
「行こっか」
「……はい」
お兄さんは少し呆れたような顔をして、中に入って行く。僕も続いてガラス扉が閉まる前に向こう側に足を踏み入れた。



エレベーターが停まったのは最上階の15階だった。僕は内心ビクビクしながらお兄さんを盾のようにしてエレベーターから降りた。
白いコンクリートの静かなフロアにはそこかしこにアウトドア用品や高そうな自転車、一部ダンボールが散乱していた。
「そう言えば目広くんって休日は外出るって言ってたよね、こういうの好きなんじゃない?欲しいのあったら『これ良いなぁ〜♡』って言ってみなよ、多分くれるよ」
「い、いえ……僕は別に……」
くれるならちょっと欲しいけど、そんな度胸はない。
「優希はエゲツないものねだってたけどね〜」
「ユキも会った事あるんですか」
「うん、何度も」
お兄さんはウフウフ笑うと、玄関扉の前のインターフォンのボタンをカチカチ押した。ロビーと違ってそこまでこちら側は響いてないから特に止める気も起きずその様子を見守る。
インターフォンのすぐ隣に「樋角」と掘られた高そうな表札が掛かっていた。
「ヒカドさん、ですか?」
「あぁ、ヒカドじゃないよ」
お兄さんが訂正したのと全く同じタイミングに扉が開く。
「うるっせーよ!何回も押すな!壊れんだろ!」
激しめな口調の少し枯れた声が聞こえたと思ったが、扉から出てきたのはそれに似合わない、儚げな雰囲気の色素の薄い男性だった。
「まだ寝てると思って」
お兄さんは全く怖気付いた様子もなくウフウフ笑ってる。僕はさりげなくお兄さんを盾にして「センパイ」の死角に隠れた。
想像以上に怖かったのだ。金髪で、ピアスも開いていたし、体もかなりデカい。
「しつけーんだよ、……誰その子?」
一分も隠れていられなかった。「センパイ」は睨みつけるようにお兄さんの後ろの僕を見ている。
「あぁ、目広くん、この人が俺の先輩の樋角くん。樋角くん、この子が目広くん」
お兄さんは僕が隠れている事に気付いたのか、体をサッと避ける。
樋角さんと正面切って顔を合わせてしまったが、やっぱりかなりデカい。お兄さんも大きいけど、お兄さんよりも大きいし、なんというか儚げな見た目の割に強い生命力の圧のようなものまで感じる。
圧倒的強者男性のオーラが僕にグサグサ突き刺さった。
「……うっす」
樋角さんは小さく会釈すると、何が面白いのか薄く笑った。
「……よ、よろしくお願いします」
なんとか挨拶をすると、樋角さんはまた何故かニヤニヤ笑って「どうぞ」とお兄さんに扉を託し、奥に引っ込んでいった。
お兄さんに促され、恐々中に足を踏み入れる。お兄さんの家とはまた違った落ち着く植物みたいな匂いがした。
広い玄関はサンダルとスニーカーが数種類揃えて並べられている。玄関外の賑やかしさが見間違いだったかのように無機質で清潔な空間だった。
「あ、今俺ん家と比べたでしょ」
比べてはいなかったけど、言われて脳内にお兄さん達の家の玄関が浮かぶ。比較対象として適当じゃない気がする。そもそもあの汚さでどうして張り合おうとしてるんだ?この人は。
「見習えばいいんじゃないんですか」
「いや、樋角くんはそもそもちょっと潔癖入ってるから、見習うとかないです」
「体に悪いですよ」
靴を脱いで揃えると、お兄さんは「感心感心」と言いながら続いて揃えた。
「目広くん洗面所はねー、こっちだよ」
廊下にあった何個かある扉のひとつを開けると、また居心地が悪くなりそうな広さの洗面所だった。ここも無機質で本当に使ってるのか?と疑わしい程清潔だった。
「樋角くんは手洗い忘れるとすんごいキレるから念入りにね!」
「はい……」
「おい、変な言い方するなよ……」
樋角さんが、睨みつけながら顔を覗かせる。鏡越しに一度目が合うが興味なさそうにすぐ逸れる。
「あの時ありえないくらいキレたじゃん、しかも俺の服全部剥ぎ取って風呂に入れてきたんだよ?」
「えー?」
家に来た客を突然風呂に入れるって、ちょっと普通じゃないな……。
「あの時オレが怒ったのは、お前が三日風呂入ってないとか抜かしたからだろ」
「えっ……?三日……?」
鏡越しにお兄さんと目を合わせる。お兄さんは照れ臭そうにウフウフ笑った。
「今日は朝ちゃんと入ってきたよ……」
「だいたいお前、あの時貸した服ずっと借りパクしてる癖に被害者ヅラしてんじゃねーよ」
「ウフフ……いいじゃない、あんな可愛い服樋角くんには持ち腐れだよ」
「こいつヤバいわ……」
樋角さん妖怪か狂人を見るような目でお兄さんを睨むとどこかにいってしまった。
「樋角くんの方が普通にヤバいけどね」
「お兄さん、本当に体に悪いですよ」
「はーい……」
「禿げますよ、将来」
「ウフフ」
お兄さんは笑って誤魔化すとペーパータオルで濡れた手を拭い、捨ててから樋角さんが歩いて行った方とは逆の方にフラフラ行ってしまった。




樋角さんが着替えた後、僕たちは樋角さんの純和風な朝御飯が終わるまで待機させられる。
僕達は高そうなソファーで縮こまりながら対戦ゲームをした。お兄さんが寝転べそうなくらい大きな液晶テレビで、頭がゲームになってしまいそうだった。こんな大きな画面でゲームをしたのは初めてだった。
待機時間の暇潰しに始めたゲームだったけど、気付けば熱中し過ぎて樋角さんが僕たちを待っていた。
結局三十分は滞在した樋角さん家は、なんだか全体的に現実味が無くて夢のような三十分だった。
玄関を出てエレベーターに乗るまでの間、お兄さんから「行け行け!」と樋角さんに「おねだり」する事を小声で消しかけられたが聞こえないフリをした。市小屋兄弟が悪魔なだけで普通はそんな事はしない。
エレベーターを降りるとすぐ、お兄さんが車を出してくれると言うので僕と樋角さんは二人きりでエントランスに並び立ち待った。
その頃には樋角さんが怖いのは、「お兄さんが滅茶苦茶な人間なせい」という事に薄々気付いていたから、そこまで緊張しなかった。むしろ樋角さんは常識人の枠で、あの人が今までずっと変だったんだ。
樋角さんはラフなジャージとトレーナーのような服を着ていて、寝巻きでも圧倒的な強者オーラを放っていたのに更に関わりたくない雰囲気を放っていた。隣に立っている僕はカツアゲか舎弟に見えるかもしれない。
「おい」
「っはい!!」
樋角さんに話しかけれ、即座に返事をする。
「……そんなビクビクすんなよ、オレがいじめてるみたいだろ」
「はい」
「アイツとはいつからつるんでんの」
アイツとは勿論お兄さんの事だろう。
「さ、最近です。僕のしてる事を、手伝ってくれるって……」
「ふーん」
自分で聞いておきながら心底興味が無さそうな返事だった。若干あくびを噛み殺している。
「……どうでもいいけど、あんまり一緒にいすぎんなよ、引っ張られるからな」
「……ん?え?それは一体どういう」
「お前、今やってる事が終わったらもうアイツに会うなよー」
それはどうしてですか、ともう一度確認する前にお兄さんが運転する車がやってきた。この人は良い意味でも悪い意味でもいつもジャストタイミングな人だ。
樋角さんは後部座席に乗り込むのかと思ったが意外にも運転席の扉を開けた。
「えっ?えっ?どうしたの?何何何?」
お兄さんも想定外だったのかわかりやすく狼狽えている。
「オレが運転する、お前は隣でナビやれ」
「えっ、え〜〜?」
樋角さんはお兄さんを運転席から引き摺り落とすと、すぐに運転席に乗り込り、バタン!と扉を閉めた。
お兄さんは薄ら笑いを浮かべながら「マジ失礼……」と小声で呟いた。そして僕と目を合わせると「ヤッバイわ、コイツ」と大袈裟に口を尖らせ、変顔をすると助手席に向かった。