怪奇!ユキ!マジック!


僕達が結局選んだのは「下手な鉄砲数撃ちゃなんとやら大作戦」だった。細かい説明は必要ないだろう。
共有したアカウントで、「ユキ九箇条」を守ったそれっぽい話を出来次第ネットの海に投稿して行き、その内誰かの目に止まるかもしれないからひたすら頑張る、と言う根性が必要な割に他力本願、ほぼ運みたいな作戦だ。
三日でお兄さんが飽きた。
お兄さん曰く今時のホラーには日常侵食型を強く意識する必要があるとの事だった。
「検索してはいけないサイトを作ろう作戦」と言うのがお兄さんの次の作戦だった。
実録風の不穏かつ不気味かつ不可解、禁忌風のサイトを現実の写真を交えながら作ろう、とお兄さんはそう言い出した。
「……はぁ」
単調に流れる風景を何の感情も無く見送る。頭上に現れる地名はここが僕たちが住む町から遠く離れている事を教えてくれるが、景色はまるでデジャヴにデジャヴを重ねたかのようなつまらなさだった。
どこに行っても僕達はそれっぽい慣れた風景から逃げることは出来ないのだと思い知らされる。
僕は、欠伸を隠す為に再度ため息をついた。
今日は朝の8時にユキ達の家に集合し、そこからはずっと車だ。現在の時刻は9時ちょっと前。
お兄さんのツテで山を持ってる「センパイ」がいるらしく、今はその「センパイ」をピックアップする為に車を走らせていた。
折角の土曜日なのにいつもの起床時間よりも早く起こされた僕に、元気なんてなかった。
対称的に隣で運転してくれているお兄さんは鼻歌を歌ったり、さっきから前方の車に悪態を吐いたりしながら楽しそうにしていて、今日も絶好調だ。正直羨ましい。
「どうした目広くん。おねむか〜、おねんねしてていいよ〜?」
「やめてください、すごい鳥肌が立ちました。オエッと来ます。気持ち悪いです」
「すごい独特な言い回しの罵倒するよね」
罵倒された自覚はあるくせにお兄さんはウフウフ笑っている。
「音楽かける?目広くん好きなの流して良いよ」
「すみません、ギガあんまりないんで」
「あぁ、そっか」
狙ったようなタイミングで車が赤信号に引っかかった。お兄さんは自分のスマホを取り出すと、慣れた手順でBluetoothを繋げ、音楽アプリを開いてから僕に渡した。
「ありがとうございます……」
選択権を譲られたものの僕の曲の趣味とお兄さんの曲の趣味が合う気がしなかった。ついでに使ってるサブスクアプリも違った。
もしユキがこの場に居たら僕はきっと何の心配もなく自分の好きな曲を選んでいただろう。
僕は仕方なくアプリのホーム画面に出ていた今季ヒットチャートミックスリストを選択してプレイボタンを押した。
自分で選びはしないがよく聞く曲が車内のスピーカーで流れ出す。
「お、コレ流行ってるよね。俺もよく聞くよ」
お兄さんが少し体を揺らしながら運転しだす。運転中にノリノリになられると、同乗者はこんなに不安な気持ちになるんだ。
だけどお兄さんは楽しそうだからこの選択は正解だったということにしよう。
「僕もよく聞きます」
「意外かも、もっとマイナーな曲とか聞いてそうなのに」
確かに自分で選んでよく聞く曲はきっとマイナーな位置にある曲だ。
「聞く時もあります」
お兄さんと出会ってからまだ数日だけど、この人は人の好きな物や大切にしてる物を肝心なタイミングでは馬鹿にしたり冷やかしたりしないのはなんとなく分かってきていた。言わばこの人は安全地帯みたいな人だと思う。
別に僕が普段聞いている曲に特別思い入れがあるわけでも、受け入れられなかったらショックを受ける程人生に重きを与えている訳でもない。それは曲だけじゃない、漫画だろうとゲームだろうと食べ物だろうと全部同じだ。なのに僕は自分の内面に繋がる箇所を他人に見せる事を放棄してしまう。
こんな安全地帯みたいな人にすら見せられない。だからきっと僕には友達が居ないんだ。僕の内側を見せられるのはユキだけだったのに、そのユキももう居ない。
ユキ、ユキ……、君はどうして死んでしまったんだ。
なんで僕を残して二度と会えない所に行ってしまったんだ。ただでさえ君は僕から離れた存在だったのに、更に遠く手の届かない所に行ってしまったんだ。あんまりだよユキ……。
いつの間にか軽快な流行歌は僕の耳に入らず、振動で伝わるタイヤの擦れる音とアスファルトで砂利が跳ねる音だけが脳内のバックミュージックとなってぐるぐると僕を不安にさせていた。
ユキの事を考えていると、ユキの事を考えているようで結局は僕の事を考えている。ユキと言う透明なガラス細工を見つめているはずなのに、反射して屈折した僕が僕を見つめている。
僕は、ユキをどうしたいんだ……?
手足が緊張したみたいに痺れて、僕が揺れているのか車に揺られているのかわからない。僕だけがどんどん現実から浮いていくような感覚で気分が悪くなっていく。
「目広くん」
僕を呼ぶ声がして同時にバックミュージックは、振動主体の騒音ではなく耳から入ってくる流行歌に切り替わった。
「……はい」
すぐに返事をする。
いつの間にかスピーカーから聞こえる曲は最初流れていた曲とは違う曲になっていた。
「急に顔色悪いね、酔った?」
お兄さんがチラチラと僕を心配そうに見ている。
「……大丈夫なんで、前見てください」
「あ、コンビニあるよ、一旦止まろっか」
運転しているお兄さんと違って隣でただ座ってるだけなのに、気を遣わせてしまって申し訳なかった。僕は遠慮する言葉も発せないまま俯いた。



「落ち着いた?」
コンビニから戻ってきたお兄さんが買ってきてくれた水を僕に差し出す。
「ごめんなさい……」
受け取ると冷たさが心地よくて、僕の体温はいつの間にかかなり上がっていたみたいだった。喉は乾いてなかったけどキャップを外して一口飲んだ。
「ごめんね、ショートカットしたくて道が悪い方で来ちゃったから」
お兄さんも「白湯」とプリントされたペットボトルのキャップを外すと一口飲んだ。換気のために下げた窓から冷えた風が入ってくる。
外気に当たっただけで僕の気分は随分良くなった。
「待ち合わせの時間は大丈夫ですか」
今日お世話になるお兄さんの「センパイ」にお兄さんは絶対逆らえないらしい。どんな人なのか聞くと「純粋に存在が怖い」と言われ僕は少々憂鬱だ。
今日の待ち合わせの時間もその「センパイ」に指定されてしまったため僕たちは早起きして集合したのだった。
「大丈夫大丈夫、さっき出る時メッセージ送ったんだけど既読ついてない。これはまだ寝てます、確実に」
「でももうすぐ起きるかもしれないじゃないですか、急いで出てください」
僕ははずしていたシートベルトを装着し直し、お兄さんのシートベルトを指差し装着を促した。
するとお兄さんは急に吹き出し「ちょっとちょっと……」と言いながらそのまま中笑いをした。
「ごめん、怖いって言ったの冗談。いや怖いけど子供相手に怒ったりするような人じゃないから、そんな怯えなくて大丈夫。安心していいよ」
「別にその人が怖いからじゃないです。こちらの都合で今日は会ってくれているのに遅刻なんて人としてあり得ないから急いで欲しいんです」
「おぉ……すごい、社会人向いてるね目広くん……」
お兄さんは「あの人にそんな心配する必要ないんだけど」と言いつつもベルトを装着して発車してくれる。
また車内は十数分前と同じ振動を刻みだす。さっきと違うのは助手席の窓が僅かに空いている事と、曲が止まっている事だった。
僕もお兄さんも黙っていた。少し先の反対車線にパトカーが見えた時「うわっ警察だ……」とお兄さんが呟いたせいで、僕も緊張してベルトを握ってしまった。
隣を通り過ぎた時も目が合ってしまわないように俯いた。
あとどのくらいで、目的地に着くんだろう。
「……もしかしてクラスの子達と、なんか上手くいってない感じだったりする?」
お兄さんのいつもより落ち着いて深刻そうな声がした。今ここには僕しかいないのに、僕に対する質問だと気付かず少し反応が遅れてしまう。
「えっなんでですか」
「いや、ごめん変な事聞いた。忘れて」
「えっなんでですか?なんで?」
気になってお兄さんを見ると少し気まずそうにして、いかにも運転に集中してますと言うそぶりで目を合わせてくれなかった。
確かに僕には友達がユキ以外いない。だけど別に無視されたりいじめられたりしてる訳じゃない。連絡漏れがあるくらいには、いてもいなくてもどうでも良い存在、それが僕に対するクラスメイトの認識だ。
「ごめん」
「なんで謝るんですか、別にいじめとか無視とかありませんから」
「……本当に?いや、ごめんね?」
お兄さんがチラッと僕を見た。さっきは目が合わないと思ったけど目が合ったら合ったで、運転中なんだから前だけを見て欲しいと思ってしまう僕は身勝手な人間なのだろうか。
「謝らないでください、ウザいです。あといじめられてません、友達がいないだけです」
「おぉ、なんかご……、ウン!あ、そうだ!俺ってもう友達じゃない?」
明らかに僕の友達がいない発言に対しての謝罪を飲み込んでいた。そうしてウフウフ笑うお兄さんのわざとらしい誤魔化しの提案で流石にイラッとする。
「そう言う気遣い良いんで」
「ええええ、その切り捨てはフツーに俺が傷付くよ!?友達キャンセル界隈とかですか?」
「そんな事よりなんの根拠があって僕がいじめられてると思ったんですか」
「エェ〜……」
お兄さんはヘラヘラ笑いながらハンドルをぐるぐる回した。
「だってさっきさ、明らかに今流行っててウェーイってノリで聞くような曲流れたら元気なくなって青褪めてたから……」
「ぜんぜん関係ありません、偶然です。ていうかなんで流行りの曲聴いたら体調悪くなるんですか」
「ごめん、本当にごめん。……なんか目広くんが葬式に来てなかった事とかも急に気になって、点と点が繋がっちゃったんだよ」
「繋がってないです。雨で風邪引いてたんです、その後病院に行ったらインフルエンザ感染されて更に休んでて行けなかったんです。友達がいないから誰にも教えてもらえませんでした。……ごめんなさい」
「……なんだ、結構普通の理由でいなかったんだね」
「つまらない理由ですいません」
「なにそれ、ウフ、ウフフ……つまらない理由で良かった」
僕は返す言葉が特に思いつかなかった。「お兄さんはどうしてそんなに優しいんですか?」って聞いたら、多分結構キモい。それに僕は別にお兄さんを褒めたい訳じゃない。
車が赤信号に捕まった。
「ああ、そうだ優希が作ったプレイリストがあるんだった」
お兄さんは固定してたスマホでさっきのアプリを開くと少しスクロールし、「ゆ」と名前のついたプレイリストを再生した。
僕にも聞き馴染みのある心地良い曲が流れ出す。
ユキが作ったプレイリストは、やっぱりユキは最高だと思わせてくれる素晴らしくも渋いチョイスの連続だった。
「まぁまぁ、センス良いよね優希って」
「まぁまぁじゃなくて、かなり」
「フフ……そうだね、かなりね。……優希がこの状況見たらどう思うだろうなぁ」
「驚くと思います」
「ウフフ……」
お兄さんはその後何も話してないのにずっとニコニコしていた。僕は窓の外を見る事はやめてほとんどお兄さんばかりを見ていた。
「楽しそうですね」
「……逆に目広くんはさ、こんな年も全然違う俺なんかと車で二人きりって、……今更だけど正直最悪な休日じゃない?」
「別に何も感じないですね」
「俺が女だったらな〜、目広くんの事『少年』って呼ぶ大人のお姉さんとして妖しい思い出にしてあげたよ」
「勘弁してください」
「どうした?少年」
「鳥肌やばいです」
スマホから流れている音楽が次の曲に変わった。謂わゆるボカロだった。僕はカバーされた状態でしか聞いた事が無かった曲だったから、女の子の電子音に一瞬違和感を感じたが、すぐに耳に馴染んだ。
ユキは本家バージョンで聞くのが好きと言っていた。
「ボカロバージョンもいいですね」
お兄さんは、満足そうに相槌を打つと「ウタイテ派?」と聞いてきた。ウタイテが何の事か少しわからなかったが動画配信アプリとかでカバーする人達のちょっと前の言い方だろう。お兄さんも本家バージョンが好きなのだろうか。
「気に入ってる人がいる訳じゃないです、その曲の一番いい人を選んで聞いてます」
「本家バージョンは聞かないの?」
「人の声の方が好きなんで」
「あー、でもそれは分かるよ。俺も結局セルフカバーバージョンで聞く事多いよ」
「米津玄師って元々ボカロ作ってたって知ってましたか」
「えっ!!」
お兄さんが心底驚いた顔をした。
「え……?そっか……。あの曲とかもう結構前だしな……」
何かショックを受けているみたいだ。
しばらく放心した様子で運転していてヒヤヒヤしたけど、運転する手はちゃんと動いていた。
「あ、休みの日って、普段どんな事してるの?やっぱり動画とか見てたら終わってる?」
「……休みの日」
お兄さんはやけに僕の休日の事を気にするけど、何がそんなに興味があるんだろう。
「別に、雨の日とかは動画とかアニメ見たら終わってるけど、普通なら買い物行ったり、走ったりしてます」
「マジか、結構アグレッシブなんだね。じゃあ今日お出かけ出来て結構楽しかったりする?」
「え……何も感じないですね」
「なんか悪態吐かれるより心に来るなそれ」
「お兄さんは何してるんですか」
「そうだなぁ、イメージ壊れちゃうかもしれないけど先月まではね、週末ずっとエロゲしてたなぁ」
イメージは壊れない(元々そんな綺麗なイメージは無い)けど、女子が聞いたら顔を引き攣らせそうな休日だ。
この人は凄いな。さっきまで上がっていた好感度がたった一言で紛い物かのような疑わしさを含んだものになってしまった。自分の事を話せば話すほどその容姿に申し訳ない中身である事が判明していく。
そういえば、ユキもユキであの愛らしい容姿とは程遠い悪趣味な内面をしていた。
こういう口に出すのを普通は憚られる事をポロッと言っちゃうところもそっくりだ。
素材が違うだけで構造は同じ似た者兄弟なんだろう。
お兄さんを横から見ると、変わらずユキとお揃いの白い肌にくるくるまつ毛、ピンクの唇が美しく配置された完璧な横顔だった。
運転中だからもしかしたら会話のリミッターが外れていたのかもしれない。
「……友達とか、いないんですか」
僕は馬鹿だ、馬鹿な質問をした。今から会いに行く人はじゃあ誰だって話になるじゃないか。
「フフ……社会人ってさ、予定合わせるの地味に大変なんだよね。企画倒れの予定めっちゃある。まぁ、みんな多分そこまでして会いたいとは思わねんだろなぁ」
「……彼女とか、いないんですか」
こんなにモテてそうなお兄さんに彼女がいないなんてあるだろうか?でも休日はエロゲして終わってるらしいし、マイナーっぽい曲も好きだし、案外僕たちは近い存在なのかもしれない。
隣を見ると、お兄さんは薄ら笑いを浮かべたまま、返事を考えているのか少し黙った。
ユキとお揃いのピンク色の唇の端が少し上がっている。これは自嘲の笑みなのか、僕を馬鹿にした笑みなのか。
「俺って……彼女いなさそうに見える感じ?」
質問に質問で返して来るなんて。僕たちの間には斬り合い前の侍かのような張り詰めた空気が漂っていた。
返答を間違えたら、(僕だけが)死ぬ。
僕はどうしてお兄さんに彼女がいるかなんて聞いてしまったんだろう。
いなさそうには見えないけど、中身を知った後だといそうにも見えない。
僕は素直に第一印象を伝えることにした。
「……いや、彼女いなさそうっていうか、女の人殴ってそう」
その瞬間お兄さんは破裂したみたいに一人で笑った。運転してる途中に爆笑するのはやめてほしい。隣の僕はとても不安な気持ちになる。
お兄さんは笑いすぎのあまりクランクションを叩いて鳴らしてしまいそうな程笑っている。
「それ、それめっちゃ言われる!はははは!彼女からも言われる、俺殴るどころか一回も怒ったことねえのにさ」
僕はさっきのお兄さんみたいに一瞬黙った。
なんだよ彼女いるのかよ、いや、そりゃいるだろうけど。なんだろう、裏切られた気分だ。別に全然近い存在じゃなかった、この人はボカロもセルフカバーでしか聞かないみたいだし、何故か休日はエロゲで終わるらしいけど。
お兄さんは一通り笑い終わってもニヤニヤ笑っていた。初めて見る意地悪な雰囲気を感じた。
「ていうか、凄いショック……。目広くんも俺が女の子殴ってそうに見えてるの?」
ショックと言いつつお兄さんはおもちゃを見つけた子供のように、声は楽しそうだった。
「第一印象がそんな感じはしました、前髪長いし、ピアス空いてるし、なんか軽いし」
「どしたん、話聞こか〜って感じのね」
思えば実際にそんな感じだったな、僕たちの出会いは。話聞こか〜じゃなくて、スマホ返して欲しかったら話して〜って感じだったけど。
「でも話聞いて欲しかったのは、お兄さんだったんじゃないんですか」
「えっ」
普通だったらその場で返して叱って終わりの筈だ。なのにお兄さんは僕を家に上げ、散らかってるからと焼肉屋に移動し、結局家に上げ、夜が明けるまで何杯もカフェオレを飲みながらユキの話をした。
ユキの生きていた事実を僕としつこく確かめ合ったんだ。市小屋優希を、弟を、ユキを、永遠にするための計画を僕と立てたんだ。
「………………」
お兄さんが、返事に困ってか静かになる。
さっきまでの意地悪な雰囲気のお兄さんはもういなかった。
「なんか、暑いですね」
「フフ、ウフフ……だね……ウフフ……。目広くんは彼女いるの?」 
「わかってて聞いてるでしょアンタ」
「フフ……同級生は見る目ないね。じゃあやっぱり優希はかなりセンスがいいよ」
「…………」
「あ、照れてる!?カワイイ……!」
お兄さんはいつもの調子でその後もウフウフ僕に質問して来たが僕は寝たフリをして全部無視するしかなかった。