培養された思い出


・【09 ナツキ】


 そりゃ知っているんだろうけども、女性の看護師さんは神妙な面持ちで、
「リハビリ、完了ですね」
 と喜びが一切無い声でそう言った。
 リハビリの完了こそ、ナツキとの対面を意味する。
 そこから改めてお父さんと大和とお医者さんと女性の看護師さんと男性の看護師さんで会議をした。
 決行は一週間後となった。大和が元々の決行日から延期を申し出てて。
 そこからの一週間は本当に生きた心地がしなくて、何で大和は決行日を伸ばしたのか、理解出来なかった。
 こんな思いをするなら、いっそのこと、という気持ちだ。
 大和はその一週間、一切顔を出してくれないし、何だか不安が募ってきた。
 もしかするとこのタイミングで大和は僕を見限ったのか、とか思ってしまって、精神が安定しなかった。
 ついに当日になると、ちゃんと大和が来てくれて、僕は一応安心した。
 何か、大和はちょっと太った? といった感じだ。身体が太いような気がする。
 でもそういうことはルッキズムと言うので、触れずに一緒に外へ出ることにした。
 前の会議も前々の時も、お父さんは傍にはいれないという話になっている。
 何故なら当時、お父さんはナツキにガン詰めしたせいで、お父さんがいるとナツキとはまともに会話にならないらしいから。
 僕と大和、そして男性の看護師さんと共に外へ出ると、病院の門で目をギンギンにして、明らかに僕のほうしか見ていない、ナツキがいた。
 会話が出来るような間合いに入ると、ナツキがデカい声を響かせた。
「私のこと好きなんだよね! 好きだからかばったんだよね!」
 僕はもうハッキリと、
「ゴメン、僕はナツキのことが好きじゃないんだ。あの時のこと思い出したけども、ただ咄嗟の、反射神経でかばっただけで、好きでは一切無いんだ」
「そんなことない! アタシのことが好きなんでしょ! だってずっとそうだったでしょ!」
 僕は思い切って、このカードを切ることにした。
「小学生の頃、僕クラスで孤立していたこと覚えている?」
「覚えているよ! 味方! アタシだけだったでしょ!」
「あれ、当時のクラスメイトから聞いたんだけども、悪い噂流したの、ナツキだったんだね」
 と、カマをかけるため、嘘をついてみると、ナツキは急に震えだし、
「勘違いしただけ! あれはみんな勘違いしただけなんだよ!」
 と言い、言葉の返しがまともじゃない。
 つまり、
「つまり、ナツキが僕を孤立させて、自分に依存するように仕向けたんだね」
「そんなことない! 泰我はアタシのことが好きだから! 好きだから一緒にいたの! 両想い!」
「だから僕はナツキのこと好きじゃないよ、じゃあこう言う。今は好きじゃない。今はもう嫌いなんだ。過去は置いといて、今は嫌い。それで納得してほしい」
「クソが! 大和が変な入れ知恵したんでしょ! アタシと泰我は両想いなの!」
 全然話が通じない。
 ずっと黙って聞いていた大和がついに声を出した。
「もう泰我が嫌いって言ってるんだから、引いたらどうだ。今の泰我を尊重してくれ」
 あからさまに嫌そうな面持ちをしたナツキはボディバッグからナイフを取り出して、自分の首に当てて叫んだ。
「死ぬ! よりを戻してくれなきゃここで自殺する!」
 僕はどうすればいいか分からなくなり、よりを戻すしかないのか、でもそもそも付き合ってもいないという気持ちだけども、と思っていると、大和が声を荒らげた。
「死にたいなら勝手に死ね!」
 そう言って僕の前に出たところで、ナツキはナイフを持ち替えて、大和に向かって突進してきた。
 僕はまた咄嗟にかばおうとしたんだけども、大和のチカラのほうが強くて、僕は押しのけられて、大和はそのままナツキに腹部を刺された。
 大和はその場にうつ伏せに倒れ込んだところで、ナツキが声を上げた。
「助けてぇぇええ! 男性に犯されそうになりましたぁああああ!」
 支離滅裂なことを泣き叫びながら言い始めて、隣で立っていた男性の看護師さんがナツキを取り押さえに行ったので、僕も援護だと思って、ナツキの手首を叩いてナイフを落とさせると、ナツキは僕の顔を見ながら、
「どうしてぇぇええええええええええ!」
 と叫んだ。どうしてって。
 遠目から見守っていた人たちが集まって来て、ナツキを取り押さえ、やって来たお医者さんに僕は、
「大和を助けてください!」
 と言ったところで、なんと大和が自ら立ち上がり、
「防刃ベストくらい着ているよ」
 と答えた。どうやら太って見えたのは防刃ベストを中に着こんでいただけで、それの購入に一週間必要だったらしい。
 さらには僕にそのことを言ってしまうと、僕がそれを意識してしまい、目線などでバレる可能性があるので、僕にだけは秘密だった、と。
 ナツキは現行犯で逮捕された。
 その後、僕は一人で通信制の高校にも通うことが出来るようになり、大和とは会える時は会って、会えない時もLINEの通話で会話している。
 そんな平穏を暮らしていたはずなのに、やっぱり物事はそんな上手くはいかないもので。
 ある日、大和からナツキについての相談を受けた。僕は大和が一人暮らしをする家へ行った。
 精神鑑定などで経過観察を、大和の脳科学の大学と連携して行なっているらしいんだけども、どうやら再犯する確率が高いらしい。
 というよりも、ほぼ100%、僕と接触を試みるだろうという話だ。
 今の法律では犯罪者にGPSを付けることもできないので、何か良い方法が無いか、という話だった。
 どうやら脳科学の研究室でも案が尽きて、これといった進捗が無いという話だ。
 ナツキはカウンセリングを受けることを拒否している、とも。どんなに自分がおかしいかを理解していないらしい。
 これは僕のことなので、僕も真剣に考えた結果、
「あのシャーレに浮き出てきた赤黒い部分を培養して、自分がおかしいということを教えるような培養された思い出をナツキに見せればいいんじゃないかな」
 と案を出すと、大和は目を光らせて、
「それはやってみる価値あるな、さすが泰我だ」
 と言ってくれたんだけども、僕は矢継ぎ早に、
「いやだって僕のことだしさ」
「いやいや、これは本当に他の事案でも応用出来るからさ。大きな進歩だ」
 このアイデアを大和は研究室に持ち帰ってくれた。
 当の僕は待つだけ。相変わらず月一、二回の登校がある通信制の高校で勉学に励み、空いた時間に近くのスーパーでバイトをしている。
 僕のことは、ネット上で少しだけニュースになったので、スーパーの店長さんなどはどういう人間かを知ってくれている。
 大和としては「俺に対しての殺人未遂なわけだから、もっとテレビで報道されても良かったのにな」と言っているわけだが、まあ誰も死人は出なかったので、テレビなどのオールドメディアはそう判断しただけだろう。
 バイトと家の往復。現在はスーパーの厨房で働いている。最初はレジ打ちをしていたけども、人間疲れをしてしまうことに自分で気付き、厨房は同じバイトの方々としか会わないので、そっちにさせてもらった。
 一応仕事は出来ているつもりだし、バイトの方々も良い人たちばかりで、特に変な苦労みたいなことはない。
 気になっていることがあるとしたら、やっぱりナツキへの不安と、あと最近は直接会うことは勿論、通話が無い日もある大和の状態だ。
 何だか大和からの連絡が途切れがちで、でも深く聞こうとするとかわされるといった感じで。
 だから僕は休日の日に大和の家にアポなしで押しかけることにした。アポをとったら断られそうな雰囲気があるので。
 普通に彼女が出来たとかならいいんだけども、と思っていたんだけども、内実は思った以上に深刻だった。
「そうか、ゴメンな、気になって足を運ばせてしまうなんて」
 テーブルの前で座っている僕にホットココアを渡しながら、僕の目の前に座った大和。
 深い溜息のあとに大和は、
「そうだな。隠すことも不誠実かもな。分かった、本当のことを言う」
 と神妙な面持ちで頷いた。
 僕は固唾を飲んで、次の大和の言葉を待っていると、
「ナツキに見せる培養された思い出だけども、あれは俺がいちいちチェックしないといけなくて。その内容は勿論、自分の罪に気付かせるための内容で、つまりは気に病むような内容だから、それをチェックしていたら、結構疲れてきて、あんま最近は気力が湧かないんだ、でも大丈夫、ナツキが勾留中に見せられるようにするから」
 僕は小首を傾げながら、
「普通ナツキって実刑じゃないの? 殺人未遂だし、別にそんな突発的で情緒酌量のある話でも無いでしょ? 勾留じゃなくて刑務所じゃないの? 勾留って確か三十日未満だけでしょ? もう三十日以上経っているんだから実刑でしょ?」
 大和は眉毛を八の字にして、
「それは俺も思っているよ、でも何か変なんだ。ずっと勾留みたいな扱いらしく、ある程度警察の監視下にはいるみたいなんだが、そんな厳しい場所にいるというよりは軟禁というか、普通にビジネスホテルみたいなところで自由に買ってきたお弁当で食事もしているらしい」
「どういうこと?」
「だから俺も知らないよ、でもまあ監視下にはあるらしいから、その間に培養された思い出で反省を促さないとな」
 大和をよく観察すると、目の下にはクマが出来て、着ている服もいつもより無頓着なのかヨレヨレ、ヒゲも若干伸びているようだ。
 僕のお見舞いに来てくれていた時はいつもビシッとしてカッコ良かった大和だけども、その面影はあまり感じられない。
 相当精神的に参っていることは分かった。ならば、
「大和、僕も一緒にその培養された思い出をチェックするよ」
 するとすぐさま大和がデカい声で、
「ダメだ! これは本当に精神的にくるもんなんだからな!」
「でも一人で背負うよりも、二人で耐えたほうがいいんじゃないかな」
「いやいや! 俺は泰我に負担を掛けさせたくない!」
「いや十分負担が掛かり過ぎているよ、これは僕のことなんだから僕も何かやるよ」
「違う違う! これは培養された思い出分野の研究だ! 研究者として行なっているんだよ!」
「大和、僕ってそんなに頼りないかな」
 言葉を詰まらせた大和は、抑えた声で、
「そういう言い方されると一番困るよ……」
「大和は僕のために頑張ってくれている、僕も大和のために何かチカラになりたいんだ」
「でもやっぱり、泰我がツライことだから」
「大和だってツライんでしょ? というかずっと僕のことを想ってくれて、大和も同じくらいツラかったんじゃないかな、ずっと」
 と自分で言ったところで、自分のこと愛されていると思い過ぎかもと思って軽く身体が熱くなってきた。
 どうしよう、さすがに思い上がりというか傲慢だったかもと思っていると、大和が、
「俺はただ、泰我に笑っていてほしいだけなんだ……ゴメン、ちょっと確かに重いよな」
「ううん! 全然そんなことない! だって大和は親友じゃないか!」
「有難う、泰我……泰我と親友で本当に嬉しいよ」
「だから、親友の言うことを聞いてほしいんだ」
「そんな言い方されたら……」
「大和、僕は大和と一緒に歩んでいきたいんだ」
 真剣な目で見ているつもりの僕。
 大和は目を逸らさず、見てくれて、
「分かった。一緒にチェックしてほしい。正直俺一人じゃもう限界だ、有難う泰我。一緒に励まし合って耐えてくれ」
 そう言うと大和は立ち上がり、棚から赤黒い培養菌が入ったシャーレを取り出して、何か準備をし始めた。
 大和は僕に背を向けながら、
「いつ勾留が切れてしまうか分からないからな、やると決めたらすぐにやらなければ。休み休みだと逆に疲れるから一気にやるぞ」
「うん、僕はいくらでもやるよ」
「有難う、本当に恩に着る。今から連続で見ていくのは、泰我に見せていた培養した思い出から培養したシーンだから、もしかしたら泰我も覚えているかもしれないシーンだ。上手くその経験を生かしてほしい」
 そして僕と大和は培養された思い出をセットしたベッドの上で、二人で横になることにした。
 大人の男二人じゃちょっと狭いベッドだけども、目を瞑って集中すれば、すぐに向こうの世界に行けるらしいので、狭さを気にする必要は無いらしい。
 とは言え、僕の手が大和の手に当たってしまう距離で、僕が軽く「ゴメン」と言うと、大和は優しい笑顔を向けながら、
「全然。一緒で嬉しいよ」
 と言ってくれたので、安心して目を瞑ることが出来た。
 気付いた時には僕はあの林間学校に、中一の姿で立っていた。