培養された思い出


・【06 本当の話】


「泰我、こっちこっち」
 ナツキだった。
 でも今まさに四人で行動しているので、
「あの、何か用があるならまずあの三人に言ってから」
 と僕が言うと即座にナツキが、
「もう連絡は私がしたから」
 と言って腕を引っ張ってきた。
 多分していないんだろうけども、まあこれも培養された思い出だと僕は知っているし、何よりもナツキのことをどんどん知りたくなっているので、僕はナツキが引っ張るほうについていくことにした。
 そこから怪しいネオン街を歩いて行き、ナツキは特に迷うことなく、雑居ビルの中に入っていった。
 僕もついていくと、そこはどうやらシーシャのお店みたいで、何だか煙たいんだけども甘くてマンゴーの香りも漂っている。
「泰我、適当に吸おう」
 とナツキが受付のタトゥーまみれの男性にお金を払い、ソファーに座った。
 僕も隣に座ったんだけども、確か、
「シーシャって成人じゃないとダメじゃなかったっけ」
「ううん、そんなことないよ」
 と言うと、ナツキはシーシャを吸い出した。
 僕はあわあわしてしまっていると、ナツキが、
「目の前の、吸いなよ」
 と言われて、僕は率直に、
「吸い方が分からないよ」
 と言うと、ナツキがやけに丁寧に教えてくれて、今までの攻撃的な感じが嘘みたいで、これこそ本当のナツキなのでは、と思った。
 ナツキに教えてもらった通りにシーシャを吸うと、ナツキが優しく微笑みながら、
「美味しいねっ」
 と言ってくれて、ドキッとしてしまった。
 僕はふと、
「僕とナツキって、どういう関係なのかな」
 と聞くと、ナツキは吹き出して笑ってから、
「付き合っているに決まってるじゃん」
 と答えて、僕は何だか安堵しながら、
「そ、そうだよね!」
 と声を弾ませた。
 ナツキと一緒にシーシャを吸っていくと、段々目の前の視界が歪んできて、その感覚がすごく心地良かった。
 何だかこんな煙、前にも吸ったことあるなぁ、という気持ち。
 こんな、培養された思い出内じゃなくて、本当に、本当に現実で吸ったような気分。
 確かその時も草っぽくて煙たくて甘くてマンゴーの香りがしたような。
 でもそうか、大和はナツキを設定していないわけだから、ナツキとのシーンは僕の記憶の中にあるモノなんだ。
 ということは、僕はナツキとシーシャを吸ったことある……? でもシーシャを吸う方法のシーンは簡略化されていて、何だか本当の正しい手順は頭に入っていないんだよなぁ。
 つまりシーシャを現実で吸ったことはないけども、このマンゴーの香りがする煙は吸ったことがあるということか?
 そうかもしれない、シーシャの吸い方、正直今もよく分からないよ。なんとなく今吸えている感覚だ。
 夢の中って、知らないことが曖昧だけども、まさにそんな感じがする。
 あぁ、でも、そんなことどうでもいいくらい心地良い、何だか眠くなってきた、このまま夢の中で寝るってどういうことだろうという話だけども、僕、本当に寝ちゃうかも。
 気付いた時には僕は全裸になっていて、身体中に生傷が出来ていた。
 軽い裂傷というか、流れていたはずの血はもう固まったみたいな感じだ。
 ベッドで寝そべる僕に跨って、ニタニタと笑っているナツキ。
「あ、起きた?」
 と声を掛けられて、上体を起こすと、そのまま上体に抱きつかれて、激しくキスをされた。
 なめくじが這うような舌と、湿ったかび臭い匂い、不快なんだけども懐かしい気持ち。
 いや何で不快に感じるのだろうか、僕とナツキは付き合っているのに。
 でも不快は不快なので、なんとか離れると、僕はナツキから僕の服を投げつけられて、
「着替えたら、ガッコのホテル戻ろう」
 と言われて、素直に着替えて部屋から出たら、まだあのシーシャのお店で、どうやらシーシャのお店にこういうVIPルームのようなモノがあったらしい。
 出る時に鏡張りの部屋だということに気付いたので、まあVIPルームなんだと思う。
 こういう、風景というか周囲の情報は気付けた時にしか気付かないというのも夢の特徴だなぁ、とか考えていた。
 ナツキと一緒に雑居ビルをあとにしている時、多分僕が寝ていた間、ずっと鞭で叩かれていたんだなぁ、とか思う。
 というか夜は学年全員でミュージカルを観る予定だったのに、僕たちはずっとこうやって夜までシーシャのお店にいて。
 みんな心配していないかなとかちょっと考えたところで目覚めた。
 朝起きたら、汗でびっちょりしていて、何だかあの鞭の痛みを現実の今も引きずっているように痛い。
 でも何だか、どんどん身体の操作性は上がっているような気がする。鞭で打たれている馬のように何だったら走れそうだ。
 改めて思う。やっぱり僕はナツキと恋仲だったんだ。
 そして大和は、僕がナツキと付き合うことが嫌なのは確定だ。何でそんなに嫌なのかどうかは分からないけども。
 そんなことを考えながら、朝食を食べていると、もう親友の大和がやって来た。
「話聞いたよ、ついにフルーツとかも食べられるようになったって」
 そう言いながら、フルーツの盛り合わせを手土産に持ってきてくれた。
 大和はツラツラと、
「まあまだ消化に良いフルーツとか、ちゃんと皮剥いて、だっけ」
 と言いながら、僕のベッドの前のイスに座って、夏ミカンを盛り合わせから取り出して、果物ナイフで剥いてくれ始めた。
 優しい笑顔で夏ミカンの小さなスジまで取ってくれているわけだけども、いよいよ大和のそのツラが嘘に見えてくる。 
 僕はもうここで、ハッキリ言ってやることにした。
「大和、僕とナツキって付き合っていたんだよね?」
 大和は明らかに不快そうな顔をしてから、
「付き合ってはいないんじゃないか?」
「嘘だ、僕は絶対にナツキと付き合っていた、それにだ……大和、僕に本当は大和なんて親友はいないんじゃないか?」
 さぁ、激昂した表情を見せてくれよ、怒りで圧迫して僕を抑え込もうとしてこいよ、なぁ?
 でも大和の面持ちは僕の想像とは違い、非常に心配したような顔になり、
「だ、大丈夫か……さすがに俺は親友だろ……」
 まあ予想とは違うけども、話を続けよう。
「培養された思い出によって、僕は大和と親友だと思っていたけども、それこそ嘘の思い出で、僕は大和となんか親友じゃない! 僕はずっとナツキと一緒だったんだ! 僕はナツキと愛し合っていたんだよ!」
「何言っているんだ……泰我、本当に大丈夫か?」
「いつまでそんな親目線みたいな顔をしているんだ! 僕はもう全て分かっているんだぞ!」
 すると大和は溜息交じりに、
「だから培養された思い出を使うことはまだ早いと思っていたんだよ……でも教授もお医者さんも使いなさいって言ってさ……」
「そんな言い訳はどうでもいいし、僕はむしろそれのおかげでナツキとの本当の関係が分かって良かったとは思っている! 身体の操作性も上がったし! そこは感謝しているが! オマエは! 僕の親友ではない!」
「そうかぁ、そんな混乱してしまうなんてぇ……」
 果物ナイフと夏みかんを机に置いてから、頭を抱え込んだ大和。
 まだ僕の親友みたいなフリをしやがって、まだ慮っているような顔をしやがって、腹が立つ。
 僕は頭を抱えて俯いている大和にバレないように、音を立てずに、でも急いで立ち上がり、まずは耳のあたりを思いきり殴ってやった。
 大和はハッとこっちを向き、座った状態のまま、
「一旦落ち着けって」
 と全く効いていない感じが本当にムカついた。いや僕の筋力がまだ全然なんだろうけどもさ。
 僕はちゃんと啖呵を切ってやろうと思って、
「絶対もっと元気になってオマエをぶっ殺す!」
 と言ったところで視界がぐにゃりと歪み、意識が飛ぶ感覚になった。
 突然立ち上がったことによる立ち眩みかもしれない、と思ったけども、どうやら違ったようで、気付いたら、最初に見た培養された思い出である林間学校の風景の中に自分がいて、ナツキが僕のことを心配そうに顔を覗き込んでいた。
 僕はどうやら山登り中に滑って転んで、尻もちをついていたみたいだ。
 何故だが分からないけども、最初に戻った感じ? というか寝たのか僕は、急に気絶した? 意味が分からない。
 でもナツキの姿も修学旅行から比べると幾分幼いし、やっぱり最初の、中一の林間学校なんだ、ここは。
 ナツキが僕へ、
「泰我、本当に大丈夫? 先生呼ぼうか?」
 と今までの強い当たりからは考えられないくらい優しくて、あぁ、これこそ本当のナツキだったんだということが分かった。
 周りを見渡しながら立ち上がると、前方に大和が一人で山を歩いていた。大和は後ろ姿からでも大和だって分かる。
 そうだ、僕、大和を殺す気でいるんだった、と思い出す。
 じゃあこれを予行練習にしよう。この培養された思い出の中で大和を殺して、最終的には現実の大和も殺してしまおう。
 僕はナツキに「大丈夫」と言ってから、ゆっくり、でも素早く大和の後ろに近付き、手を伸ばせる距離になったところで一気に掴んで、崖に引っ張って落とそうとしたんだけども、大和はちょっとぐらつくだけで、振り返って僕を見るなり、
「ちょっとぉ、泰我、そういう冗談やめてくれよぉー」
 と小突かれただけで終わってしまった。大和は本当に昔から体幹が良くて、運動神経抜群なんだよなぁ。
 この時はもう諦めることにして、カレーを作っている時に包丁で後ろから一突きしてしまおうと考えた。
 大和はまた先を歩き、僕は立ち止まって考えていると、後ろから走ってきたナツキは僕に向かって、
「確かに大和って何か怪しいから、一回突き落としたほうがいいかもね」
 と笑って、やっぱり僕と感覚を共有しているなぁ、と嬉しくなった。
 ハッとしたら、また場面転換していて、もう夕暮れになってカレー作りをしていた。
 ここがチャンスだと思って、僕は野菜を切るフリして包丁を手に取り、大和が後ろを振り向いた瞬間に後ろから心臓のあたりを一突きして、大和はそのままうつ伏せに倒れ込んだ、その時だった。
 また視界が歪んできて、気付いたら次に見た培養された思い出である、理科の実験のシーンになっていた。
 どうやらこれで正解だって感覚で理解した。この調子で大和をどんどん殺していけばいいらしい。
 僕は普通に親友の大和と会話しながら理科の実験をしている。白樺も一緒だ。
 さて、フラスコを熱するカセットコンロの火ではきっと殺せないだろう。
 そこで僕はまだフラスコがアツアツになる前に、フラスコを持ちだして、周りが唖然としている間に、フラスコの厚い底で薬品が入っている棚のガラスを叩いて壊して開けて、中から硫酸を取り出して、それを思いきり大和の頭から掛けた。
 大和は苦しみながら、顔面を掻きむしり、ヘヴィメタのヘッドロックのように激しく頭を上下している。
 これはうまくいっただろうと思っていると案の定そうだったらしく、また視界が歪んで、運動会の時になった。
 僕は大和と談笑している。もう白樺が二人三脚の紐を結んでしまったあとらしく、一緒に走ることはしないといけないみたいだ。
 こんなクソみたいなヤツと一緒に走りたくないけども、これは終わらせないと何も出来ないから、もう走ることにした。
 号砲と共に走り出し、まるで親友のように息ピッタリで走れてしまうところに自己嫌悪してしまう。こんな作られた思い出通りに動かないといけないなんて胸クソだ。
 一位で走り切り、急いで二人三脚の紐を外して、僕はその紐をしっかり掴んだ。
 次々と二位、三位がやって来る喧騒の中、どさくさに紛れて僕はその紐で大和の首を絞めた。
 次の光景はサッカー部のところで、僕は女子マネージャーに言われる前に、大和と二人で用具室へ行き、ゴム製のラダーを取りに行くことにした。
 そのラダーでまた首を絞めて次のシーンへ。 
 親友の大和と白樺と鶴橋と教室で談笑中。
 ここは突然やれば大丈夫だと思い、頃合いを見て、机を持ち上げて、角で思い切り殴った。
 連れションのシーンでは、大和を呼び止めて、個室のほうへ誘い(いざない)、最後は一気に引きずり込んで、洋式トイレの水で窒息させた。
 ここまでくると僕の力も一気に戻ってきているようで、大和にも負けないくらいの力が発揮出来るようになっていた。
 東京観光になり、親友同士四人で歩いている時にチャンスを見計らう。
 車が来ている時に車道へ突き飛ばすか、それともと思っていると、歩道橋を渡る場面になり、僕はまず大和の前を歩いて、頂上まできたところで一気に振り返り、大和を階段の下へ突き飛ばした。
 大和はごろごろと転がって、一番下まで転がり落ちるが、なんと死んでいなくて、白樺と鶴橋が駆け寄ったので、僕も”トドメを”と思って駆け寄ると、大和が申し訳無さそうに、
「悪い、よろけた泰我をかばうだけでこんなんなっちまった。せっかくの旅行でヒくよな」
 と言って、全然僕のことを恨んでいなくて、何か急におかしくなりそうになった。
 だって僕はずっと大和のことを殺してきたのに、大和はずっとこんな感じで、どんなシーンでも大和は僕に優しくて、と思った時に気付いた。
 僕は今の今まで、ずっとずっと、本当にずっと、大和のことをずっと”親友”と脳内で描写してきたことに。
 ナツキのことはずっとナツキで、名前の漢字すら浮かばない。
 もしかすると深層心理ずっと大和は僕の親友で、じゃああのナツキは本当に一体何なんだ、本当に悪者なのか?
 じゃあ僕はこの培養された思い出の世界でずっと親友の大和を苦しめてきたのか?
 ”この培養された思い出の世界で”って、うぅ”この培養された思い出の世界で”って。
 あぁ、ちゃんと謝罪しないと。
 ”この培養された思い出の世界で”起こったこと、全部謝罪しないといけない。
 僕はずっと間違っていたんだ、大和は親友で、ナツキは……漢字も知らないか、それとも漢字すら浮かべたくもない関係だったんだ。
 やり直すことが出来るかな?
 でも何だか出来る気がするんだ。
 だって、ここは”全て培養された思い出の世界だったから”ね……。