・
・【05 ナツキという存在】
・
大和は意を決したような面持ちになって、こう言った。
「ゴメン、今まで嘘ついていた。記憶が混乱している状態のうちに、無い存在にしたかったけども、そこまで出てくるんならもうダメだよな。ナツキはいる、同級生にいたよ、ナツキという人間は、でもっ!」
と急に大きな声を出して、目を丸くしてしまった僕。
大和は苦々しい顔で、
「ソイツは本当に悪いヤツなんだ。だからもうソイツのことは忘れてくれ。さっき泰我が言った通り、俺が培養した思い出にはソイツが出ないことになっている」
僕は、でも出るし、こんなことがあった、と大和に昨晩のことを伝えると、大和は深呼吸してから、
「もう培養した思い出を見せることは辞めたほうがいいのかもな」
と言ったんだけども、僕としてはやっぱりそのナツキのことが気になっているし、もっとちゃんと知りたいし、身体の操作性が上がるので、まあナツキのことを知りたいと言うと、きっと大和は止める方向に舵を切ってしまうだろうから、
「でも培養された思い出を見たあとって、明らかに身体の操作性が上がっているんだ。僕は早く身体能力を元に戻して、外に出たいんだ」
とナツキの一面を隠してそう言うと、大和は唸り声を上げたのち、
「まあそれもあると思ってやっているわけだからなぁ。培養された思い出内で身体を動かすことで脳に指令を出せと促せるというか」
「うん、だから培養された思い出は今まで通り見たいんだ」
「分かった。身体の向上は元々の予定だから、また見せるけども、ナツキが近寄ってきたら、ちゃんと拒否するんだぞ」
と、まるで培養された思い出の中の大和と同じようなことを言って、何だか不思議な感じがした。
いやそれこそが大和という人間なんだろうなぁ。
でもそこまでして隠したい人間ってどういうことなんだろう。
本当に悪いヤツとは言っているけども、具体的に何がどうとかは言わなかった。
逆に具体的に言ってしまうと、僕のトラウマが発現してしまうとか、そういうことなのかな?
でももし僕に、ナツキ由来のトラウマがあったとしても、僕はそれを思い出したいと思う。
だって僕の記憶は僕のモノだから、僕が自分で決めて精査したいんだ。
そりゃ大和は僕を出来るだけ無菌状態にして、楽しい世界を生活させたいと思っているかもだけども、無菌状態でやっていけるほど人生って甘くないでしょ?
僕は十割全に自分をフルに動かせるようになって、そこから自分で将来を決めたいと思っている。
大和はやや過保護の傾向があるのかもしれない。過保護は過度なことなので良いモノではない。
相変わらず大和とのボケ・ツッコミの雑談は楽しいけども、僕は正しい僕をちゃんと見つめたい。
本当は大和が知っていること、主にナツキのことを全部話してほしいけども、そのことは無理っぽいなぁ。
もう大和はある意味、意味の無い、ボケ・ツッコミ雑談しかする気は無いみたいだ。
大和とはまたバイバイして、看護師さんとベッドで座って出来るリハビリをして、ついに一歩二歩は動けるようになった。
そんな中、僕はお昼寝時間となった。
大和からシャーレは既に受け取っている。
今日の朝に僕がシャーレを受け取る時、大和は正直ちょっと渋々といった感じだった。やっぱりナツキの件を恐れているようだった。
でも僕は身体の操作性の話で押し切って、シャーレを無事受け取れた。
この白い培養菌のシャーレで一体何を見ることができるのだろうか。
気付いた時には大和と白樺と鶴橋で連れションをしていた。
四人で並んで用を足している時に、大和が、
「この中で一番長くオシッコ出来たヤツが優勝な!」
即座に白樺が、
「いや自分が勝てそうな時に言い出すのズルいわ!」
と声を上げたわけだけども、僕はツッコむように、
「いやこんな勝負にズルいもアレも無いでしょ」
と言うと、鶴橋が吹き出して笑った。
すると大和が、
「俺はもう終わった……」
と言って小便器から離れて、白樺が矢継ぎ早に、
「勝てそうじゃないのに挑んだんか! おれももう終わりだけどもさ!」
大和が実況するような感じで、
「さぁ! 残ったのは泰我選手と鶴橋選手! どちらも負けじとオシッコを出し続ける!」
僕はすかさず、
「全然そんな気は無いよ、負けじとなんて言葉を使わないでよ」
とツッコんでから、用を足し終えると、大和が嬉しそうに叫んだ。
「勝者は鶴橋選手! 初代オシッコ・チャンピオンだぁ!」
鶴橋はすぐに両手をあげながら、勝者のポーズをトイレの真ん中でしたわけだけども、それに対して白樺が、
「いや何ですぐ反応できんのっ? まだオシッコしているんじゃないの?」
と言ったところで鶴橋が、
「あ、ゴメン、勝ちたくて終わったのにずっと立っていたんだ」
大和が驚愕といった冗談の顔をしながら、
「なんと! 決勝戦で不正! ということは繰り上げで泰我選手の優勝だー!」
となって、僕は間髪入れず、
「あんまトイレで泰我選手って大声で言わないでっ」
僕に握手を求めてきた白樺に対しては、
「まずは手を洗ってからでしょ!」
と言うと白樺が嬉しそうに「的確ぅ~!」と言った。
鶴橋はもう手を洗っていて、大和と白樺も洗って、三つある蛇口を三人で占領したので僕は後ろで待ち、鶴橋があいたところで、
「僕ちょっと前髪直すから先、教室戻ってて」
と自分で考えて言った言葉なのか、何者かに操られるように出た言葉なのか分からない言葉を発すると、三人がそれぞれ、
「ん、分かった」
「じゃ先」
「うぃーす」
と返事していなくなった。
その時だった。
なんとトイレの中にナツキがやって来たと思ったら、僕の腕をグイグイ引っ張って、あれよあれよと個室の中に連れていかれたのだ。
何か言う通りにしないと、他の男子が入ってきて、変に思われると思ったので、個室だろうなとこっちも思ってそう動いていた節もあるけども。
ただ個室に入ったところで、これは培養された思い出というか夢なので、そんなの拒否すればいいと思った。でも妙な現実感がこれにはあって、つい反射でそう動いてしまった。
ナツキは無言で僕の身体を学ラン越しだけども触ってくる。無言なのが気味悪い。息も荒くて、公民館の古いストーブの吹き出し口の匂いがする。
「あぁ」
と声を出したと思ったら、学ランのボタンを外してきて、なんだろうと思っていたら、すぐにYシャツをめくるように下から手を入れられて、生身の身体をまさぐりだした。
さすがに、と思って、
「やめてよ」
と言うと、ナツキは「やめないで欲しいくせに」と言いながら、僕のお腹を強くつねってきた。
やめては普通にやめてなのに、全然分かってくれる子じゃない。するとノーモーションでビンタしてきて、さすがにダメだと思った僕は、
「やめてって!」
と少し強めに言うと、ナツキが僕を見上げながらニヤリと笑い、
「貴方が連れ込んだことにするけども?」
と言われて、僕はもう成す術が無く、結局チャイムが鳴ってからやっと外に出てきたところで目が覚めた。
目が覚めたと同時に用を足したくなり、自分のスペースにある簡易トイレで用を足した時に思った。用を足せるようになっているって。
今までは自分一人で用を足せなかったし、そもそも催すこともほとんど無かったけども、今ちゃんとオシッコができたし、簡易トイレに向かってヨタヨタだけども一歩二歩と歩いて行けたし。
やっぱりナツキが出てきたから……? いやいや用を足したシーンは大和たちといた時か。
でもナツキのおかげで、ナツキが俺に何かを促しているのかとも思ってしまう。何だか自分の成長に関わっている人間という感覚がするんだ。
リハビリ中、ずっとナツキのことだけを考えてしまう。
間違いなくナツキは僕のことが好きなんだ、じゃあ本当はもっと応えてあげたほうがいいんじゃないか。
そりゃちょっと自己中心的なところもあるかもだけども、ちゃんと対話すればなんとかしてくれるかもしれないし。
僕は異性から好意を示されたことなんてないから、一般的なソレを元々知らない。
女子ってみんな多かれ少なかれこうなのかもしれないし、ゆっくりゆっくり歩み寄っていけばいいんじゃないかな。
夕方にも大和がやって来て、今日あったことなどの話を聞いたり、意味の無いボケ・ツッコミをしていった。
ふと大和から、
「そう言えば、今回のシャーレはどうだった?」
と突然聞いてきたので、一瞬ナツキのことを言いそうになるけども、なんとか堪えて、
「大和と白樺と鶴橋と連れションして、一緒に教室に戻って行ったよ。そのおかげかもだけども、簡易トイレで用も足せるようになったよ」
「おっ、用を足せるようになったなんて大進歩だな。そうそう、そういう日常の思い出だからな、今回の培養は。ほら、お医者さんからも日常の培養された思い出も用意したほうがいいと言われてさ」
「ここのお医者さんとも連携しているんだね」
「そうそう。なんせ主治医はこっちのお医者さんだからなぁ」
「ちゃんと考えてやってくれていて有難う」
と僕が頭を下げると、大和は恥ずかしそうに笑いながらも、
「そんなん当然だろ。泰我が早く元気にならないと俺つまんないからさ……」
と寂しそうに俯いた大和に何だかドキッとしてしまった。
そんなに僕のことを思っていてくれるなんて、同性でも、いや同性だからこそ心が躍るというか。
やっぱり大和は僕の親友だよな……うん、そのはず、だってお医者さんからも信頼を得ているんだから。
でもそれも何か上手くやっていて、ナツキと僕の関係を壊すために全て嘘をついて、というか周りに吹聴して洗脳して、なんてことを思ってしまう所もあって。
大和との会話は楽しいし、ナツキとのやり取りは不快に感じることが多い。
しかしながらどこかナツキに真実を感じてしまうところもある。
それはきっと大和が否定し過ぎるからだと思う。どこか僕の中で反発してしまうところがあるのだろう。
大和は看護師さんが僕のテーブルに置いたシャーレを手に取ると、急に目が鋭くなり、
「泰我、培養された思い出で変なところ、本当に無かったか?」
何でそんなことを聞くんだろうと思っていると、ハッとして、大和が持っているシャーレを覗き込んだら案の定、元々の白い培養菌以外に赤黒い斑点が出来ていて、
「でも拒否したよ!」
とデカい声で言ってしまうと、大和は溜息交じりに、
「全部言ってくれよ、心配になるよ」
「でも拒否したからさ!」
慌てる僕をじっと見て大和は、
「本当に、ナツキのことを拒否したんだな」
「したよ! したから特に何も無くて言わなかったんだよ! というかさっき雑談で言った通り、その培養された思い出のおかげで用も足せるようになったし、シャーレは必要だから! 夢の中でも白樺や鶴橋に会いたいし!」
なんとかシャーレの有能さをアピールして、シャーレを止めないでほしいけども、この饒舌さが逆に怪しいのかもしれないと言ったあとに思った。
大和は熟考するように唸り声を上げたのち、
「まあ分かった。お医者さんからもシャーレのアシストが効いていると聞いているし、このまま続行はするけども、絶対にナツキの誘いは断れよな!」
まるで叱るような声でそう言った大和。
僕はやっぱり大和にもどこか不自然とは思っている。本当に大和が僕の親友なのか分からない。
大和が帰ったあとにしっかり脳内で思考する。
僕はもしかすると大和よりも、ナツキと仲が良かったのかもしれない。
大和はナツキと僕が仲良かったことを隠すために、ナツキが僕へイヤガラセをしてくる嘘の思い出を入れているのでは。
毎日毎日やって来てくれる大和は本当に優しいけども、こんなに僕に執着しているという話でもあり、むしろ大和のほうが怪しく感じてきた。
僕の説得もあり、また培養された思い出のシャーレを置いていってくれたわけだけども、僕はこの情報を頼りに本当の記憶を探りたい。
培養された思い出という作られた思い出なら、きっとどこかに綻びが生じるはずだ。
僕の本当の記憶と交じることにより、本当が映し出されるというか。
夜、シャーレを枕元に自分で置き、眠りに入った。
培養された思い出のおかげで、自分の操作性が上がっていることは事実だと思う。
でもその内実、中身や内容を信じることはできない。常に俯瞰する気持ちも大切だ……と思っているはずなのに、学生の大和と白樺と鶴橋と会話していると、芯から楽しさが込み上げてくる。まるでこれが真実という顔をして、僕に微笑みかけてくるのだ。
白樺がジャンピングガッツポーズをかましながら言う。
「東京観光!」
僕は即座に、
「何そのタイトルコールみたいなの、人生にタイトルコール無いよ」
白樺は負けじと、
「いいやある! それが今日!」
と腕を大きく広げた。
大和は笑いながら、
「一応修学旅行なぁ、観光オンリー事件簿じゃないから」
僕は矢継ぎ早に、
「事件簿ってドラマみたいにしないで、何も起きないから」
鶴橋も同調するように、
「ドラマにタイトルコール無いしな」
僕たち四人はまずは上野を歩いて、公園の周りや中を散策する。
平日なのに何らかのイベントをやっていて、本当東京はすごいと思った。
白樺が調子の良い声で、
「路上店舗でお酒を売ってるぞ! 紙コップで!」
僕がすぐさま、
「こっちの地方でもギリギリあるよ、祝日のイベントだけどもギリあるよ」
大和は白樺に乗っかる感じで、
「紙コップで渡されたらさ、オシッコ入れちゃうよなぁ」
それに対して僕は、
「そんな尿検査中心の生活送っていないでしょ。紙コップと言えばお花見でしょ」
鶴橋も僕に頷きながら、
「確かに花見や、あとバーベキューの紙コップのほうが先に出る気がするな」
大和は「えーっ」と声を出してから、
「泰我も鶴橋も紙コップの解像度高ぇ」
僕はすかさず、
「紙コップの解像度なんてものはもはや存在しないよ」
大和はすぐに、
「いやでも糸電話だけじゃないとか」
僕は間髪入れず、
「そっちも尿検査出していたけどね。解像度で言ったら尿検査出てくるほうがすごいんじゃないの?」
鶴橋が笑いながら、
「尿検査のすごさを説くなっ」
と言うと、それに対して白樺は手を叩いて大笑いした。
あぁ、やっぱりこの四人でいると楽しい。芯から楽しいと感じる。
でもそれは培養された思い出だからかもしれない。大和がそういう方向に舵を切らしているのかもしれない。
本当は僕に大和は勿論、白樺や鶴橋なんて友達はいなくて、この四人は仲良しという嘘を見させられているのかもしれない。それをそのまま享受してしまっているというか。
そうだ、僕に白樺や鶴橋という友達がいるのなら、お見舞いに来てもいいじゃないか。来ないということは存在しないということなのかもしれない。
でもその場合、大和目線で言うと、白樺と鶴橋がいるメリットって何だろう。
どうにかして僕と仲良いということを洗脳したい大和は何故、白樺と鶴橋という登場人物を出すのだろうか。
二人っきりでずっと楽しんでいる画でも全然良いはず。ということはやっぱり白樺も鶴橋も存在するし、何よりも僕は大和と親友で合っているのかな。
いやこういう修学旅行のシーンを描く時、やっぱり四人いたほうがいいということを計算しているのかもしれない。
確かに二人っきりで修学旅行を回るとか、あんま創作物とかでも無いかもしれない。
大体四人くらいというか、そうだ、女子だ、普通男子と女子混合じゃないか?
つまり意図的にナツキを除外して思い出を培養しているということか?
うん、それはそうだ、それはそうに決まっている、大和は本来ナツキの存在を消し去りたかったんだから。
これはあくまで大和が意図的に培養した思い出なわけだから、ナツキは出て来ないに決まっていると、と考えながら歩いていると、歩幅というか歩行速度が徐々に遅れていって、三人がちょっと前を歩いているその時だった。
・【05 ナツキという存在】
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大和は意を決したような面持ちになって、こう言った。
「ゴメン、今まで嘘ついていた。記憶が混乱している状態のうちに、無い存在にしたかったけども、そこまで出てくるんならもうダメだよな。ナツキはいる、同級生にいたよ、ナツキという人間は、でもっ!」
と急に大きな声を出して、目を丸くしてしまった僕。
大和は苦々しい顔で、
「ソイツは本当に悪いヤツなんだ。だからもうソイツのことは忘れてくれ。さっき泰我が言った通り、俺が培養した思い出にはソイツが出ないことになっている」
僕は、でも出るし、こんなことがあった、と大和に昨晩のことを伝えると、大和は深呼吸してから、
「もう培養した思い出を見せることは辞めたほうがいいのかもな」
と言ったんだけども、僕としてはやっぱりそのナツキのことが気になっているし、もっとちゃんと知りたいし、身体の操作性が上がるので、まあナツキのことを知りたいと言うと、きっと大和は止める方向に舵を切ってしまうだろうから、
「でも培養された思い出を見たあとって、明らかに身体の操作性が上がっているんだ。僕は早く身体能力を元に戻して、外に出たいんだ」
とナツキの一面を隠してそう言うと、大和は唸り声を上げたのち、
「まあそれもあると思ってやっているわけだからなぁ。培養された思い出内で身体を動かすことで脳に指令を出せと促せるというか」
「うん、だから培養された思い出は今まで通り見たいんだ」
「分かった。身体の向上は元々の予定だから、また見せるけども、ナツキが近寄ってきたら、ちゃんと拒否するんだぞ」
と、まるで培養された思い出の中の大和と同じようなことを言って、何だか不思議な感じがした。
いやそれこそが大和という人間なんだろうなぁ。
でもそこまでして隠したい人間ってどういうことなんだろう。
本当に悪いヤツとは言っているけども、具体的に何がどうとかは言わなかった。
逆に具体的に言ってしまうと、僕のトラウマが発現してしまうとか、そういうことなのかな?
でももし僕に、ナツキ由来のトラウマがあったとしても、僕はそれを思い出したいと思う。
だって僕の記憶は僕のモノだから、僕が自分で決めて精査したいんだ。
そりゃ大和は僕を出来るだけ無菌状態にして、楽しい世界を生活させたいと思っているかもだけども、無菌状態でやっていけるほど人生って甘くないでしょ?
僕は十割全に自分をフルに動かせるようになって、そこから自分で将来を決めたいと思っている。
大和はやや過保護の傾向があるのかもしれない。過保護は過度なことなので良いモノではない。
相変わらず大和とのボケ・ツッコミの雑談は楽しいけども、僕は正しい僕をちゃんと見つめたい。
本当は大和が知っていること、主にナツキのことを全部話してほしいけども、そのことは無理っぽいなぁ。
もう大和はある意味、意味の無い、ボケ・ツッコミ雑談しかする気は無いみたいだ。
大和とはまたバイバイして、看護師さんとベッドで座って出来るリハビリをして、ついに一歩二歩は動けるようになった。
そんな中、僕はお昼寝時間となった。
大和からシャーレは既に受け取っている。
今日の朝に僕がシャーレを受け取る時、大和は正直ちょっと渋々といった感じだった。やっぱりナツキの件を恐れているようだった。
でも僕は身体の操作性の話で押し切って、シャーレを無事受け取れた。
この白い培養菌のシャーレで一体何を見ることができるのだろうか。
気付いた時には大和と白樺と鶴橋で連れションをしていた。
四人で並んで用を足している時に、大和が、
「この中で一番長くオシッコ出来たヤツが優勝な!」
即座に白樺が、
「いや自分が勝てそうな時に言い出すのズルいわ!」
と声を上げたわけだけども、僕はツッコむように、
「いやこんな勝負にズルいもアレも無いでしょ」
と言うと、鶴橋が吹き出して笑った。
すると大和が、
「俺はもう終わった……」
と言って小便器から離れて、白樺が矢継ぎ早に、
「勝てそうじゃないのに挑んだんか! おれももう終わりだけどもさ!」
大和が実況するような感じで、
「さぁ! 残ったのは泰我選手と鶴橋選手! どちらも負けじとオシッコを出し続ける!」
僕はすかさず、
「全然そんな気は無いよ、負けじとなんて言葉を使わないでよ」
とツッコんでから、用を足し終えると、大和が嬉しそうに叫んだ。
「勝者は鶴橋選手! 初代オシッコ・チャンピオンだぁ!」
鶴橋はすぐに両手をあげながら、勝者のポーズをトイレの真ん中でしたわけだけども、それに対して白樺が、
「いや何ですぐ反応できんのっ? まだオシッコしているんじゃないの?」
と言ったところで鶴橋が、
「あ、ゴメン、勝ちたくて終わったのにずっと立っていたんだ」
大和が驚愕といった冗談の顔をしながら、
「なんと! 決勝戦で不正! ということは繰り上げで泰我選手の優勝だー!」
となって、僕は間髪入れず、
「あんまトイレで泰我選手って大声で言わないでっ」
僕に握手を求めてきた白樺に対しては、
「まずは手を洗ってからでしょ!」
と言うと白樺が嬉しそうに「的確ぅ~!」と言った。
鶴橋はもう手を洗っていて、大和と白樺も洗って、三つある蛇口を三人で占領したので僕は後ろで待ち、鶴橋があいたところで、
「僕ちょっと前髪直すから先、教室戻ってて」
と自分で考えて言った言葉なのか、何者かに操られるように出た言葉なのか分からない言葉を発すると、三人がそれぞれ、
「ん、分かった」
「じゃ先」
「うぃーす」
と返事していなくなった。
その時だった。
なんとトイレの中にナツキがやって来たと思ったら、僕の腕をグイグイ引っ張って、あれよあれよと個室の中に連れていかれたのだ。
何か言う通りにしないと、他の男子が入ってきて、変に思われると思ったので、個室だろうなとこっちも思ってそう動いていた節もあるけども。
ただ個室に入ったところで、これは培養された思い出というか夢なので、そんなの拒否すればいいと思った。でも妙な現実感がこれにはあって、つい反射でそう動いてしまった。
ナツキは無言で僕の身体を学ラン越しだけども触ってくる。無言なのが気味悪い。息も荒くて、公民館の古いストーブの吹き出し口の匂いがする。
「あぁ」
と声を出したと思ったら、学ランのボタンを外してきて、なんだろうと思っていたら、すぐにYシャツをめくるように下から手を入れられて、生身の身体をまさぐりだした。
さすがに、と思って、
「やめてよ」
と言うと、ナツキは「やめないで欲しいくせに」と言いながら、僕のお腹を強くつねってきた。
やめては普通にやめてなのに、全然分かってくれる子じゃない。するとノーモーションでビンタしてきて、さすがにダメだと思った僕は、
「やめてって!」
と少し強めに言うと、ナツキが僕を見上げながらニヤリと笑い、
「貴方が連れ込んだことにするけども?」
と言われて、僕はもう成す術が無く、結局チャイムが鳴ってからやっと外に出てきたところで目が覚めた。
目が覚めたと同時に用を足したくなり、自分のスペースにある簡易トイレで用を足した時に思った。用を足せるようになっているって。
今までは自分一人で用を足せなかったし、そもそも催すこともほとんど無かったけども、今ちゃんとオシッコができたし、簡易トイレに向かってヨタヨタだけども一歩二歩と歩いて行けたし。
やっぱりナツキが出てきたから……? いやいや用を足したシーンは大和たちといた時か。
でもナツキのおかげで、ナツキが俺に何かを促しているのかとも思ってしまう。何だか自分の成長に関わっている人間という感覚がするんだ。
リハビリ中、ずっとナツキのことだけを考えてしまう。
間違いなくナツキは僕のことが好きなんだ、じゃあ本当はもっと応えてあげたほうがいいんじゃないか。
そりゃちょっと自己中心的なところもあるかもだけども、ちゃんと対話すればなんとかしてくれるかもしれないし。
僕は異性から好意を示されたことなんてないから、一般的なソレを元々知らない。
女子ってみんな多かれ少なかれこうなのかもしれないし、ゆっくりゆっくり歩み寄っていけばいいんじゃないかな。
夕方にも大和がやって来て、今日あったことなどの話を聞いたり、意味の無いボケ・ツッコミをしていった。
ふと大和から、
「そう言えば、今回のシャーレはどうだった?」
と突然聞いてきたので、一瞬ナツキのことを言いそうになるけども、なんとか堪えて、
「大和と白樺と鶴橋と連れションして、一緒に教室に戻って行ったよ。そのおかげかもだけども、簡易トイレで用も足せるようになったよ」
「おっ、用を足せるようになったなんて大進歩だな。そうそう、そういう日常の思い出だからな、今回の培養は。ほら、お医者さんからも日常の培養された思い出も用意したほうがいいと言われてさ」
「ここのお医者さんとも連携しているんだね」
「そうそう。なんせ主治医はこっちのお医者さんだからなぁ」
「ちゃんと考えてやってくれていて有難う」
と僕が頭を下げると、大和は恥ずかしそうに笑いながらも、
「そんなん当然だろ。泰我が早く元気にならないと俺つまんないからさ……」
と寂しそうに俯いた大和に何だかドキッとしてしまった。
そんなに僕のことを思っていてくれるなんて、同性でも、いや同性だからこそ心が躍るというか。
やっぱり大和は僕の親友だよな……うん、そのはず、だってお医者さんからも信頼を得ているんだから。
でもそれも何か上手くやっていて、ナツキと僕の関係を壊すために全て嘘をついて、というか周りに吹聴して洗脳して、なんてことを思ってしまう所もあって。
大和との会話は楽しいし、ナツキとのやり取りは不快に感じることが多い。
しかしながらどこかナツキに真実を感じてしまうところもある。
それはきっと大和が否定し過ぎるからだと思う。どこか僕の中で反発してしまうところがあるのだろう。
大和は看護師さんが僕のテーブルに置いたシャーレを手に取ると、急に目が鋭くなり、
「泰我、培養された思い出で変なところ、本当に無かったか?」
何でそんなことを聞くんだろうと思っていると、ハッとして、大和が持っているシャーレを覗き込んだら案の定、元々の白い培養菌以外に赤黒い斑点が出来ていて、
「でも拒否したよ!」
とデカい声で言ってしまうと、大和は溜息交じりに、
「全部言ってくれよ、心配になるよ」
「でも拒否したからさ!」
慌てる僕をじっと見て大和は、
「本当に、ナツキのことを拒否したんだな」
「したよ! したから特に何も無くて言わなかったんだよ! というかさっき雑談で言った通り、その培養された思い出のおかげで用も足せるようになったし、シャーレは必要だから! 夢の中でも白樺や鶴橋に会いたいし!」
なんとかシャーレの有能さをアピールして、シャーレを止めないでほしいけども、この饒舌さが逆に怪しいのかもしれないと言ったあとに思った。
大和は熟考するように唸り声を上げたのち、
「まあ分かった。お医者さんからもシャーレのアシストが効いていると聞いているし、このまま続行はするけども、絶対にナツキの誘いは断れよな!」
まるで叱るような声でそう言った大和。
僕はやっぱり大和にもどこか不自然とは思っている。本当に大和が僕の親友なのか分からない。
大和が帰ったあとにしっかり脳内で思考する。
僕はもしかすると大和よりも、ナツキと仲が良かったのかもしれない。
大和はナツキと僕が仲良かったことを隠すために、ナツキが僕へイヤガラセをしてくる嘘の思い出を入れているのでは。
毎日毎日やって来てくれる大和は本当に優しいけども、こんなに僕に執着しているという話でもあり、むしろ大和のほうが怪しく感じてきた。
僕の説得もあり、また培養された思い出のシャーレを置いていってくれたわけだけども、僕はこの情報を頼りに本当の記憶を探りたい。
培養された思い出という作られた思い出なら、きっとどこかに綻びが生じるはずだ。
僕の本当の記憶と交じることにより、本当が映し出されるというか。
夜、シャーレを枕元に自分で置き、眠りに入った。
培養された思い出のおかげで、自分の操作性が上がっていることは事実だと思う。
でもその内実、中身や内容を信じることはできない。常に俯瞰する気持ちも大切だ……と思っているはずなのに、学生の大和と白樺と鶴橋と会話していると、芯から楽しさが込み上げてくる。まるでこれが真実という顔をして、僕に微笑みかけてくるのだ。
白樺がジャンピングガッツポーズをかましながら言う。
「東京観光!」
僕は即座に、
「何そのタイトルコールみたいなの、人生にタイトルコール無いよ」
白樺は負けじと、
「いいやある! それが今日!」
と腕を大きく広げた。
大和は笑いながら、
「一応修学旅行なぁ、観光オンリー事件簿じゃないから」
僕は矢継ぎ早に、
「事件簿ってドラマみたいにしないで、何も起きないから」
鶴橋も同調するように、
「ドラマにタイトルコール無いしな」
僕たち四人はまずは上野を歩いて、公園の周りや中を散策する。
平日なのに何らかのイベントをやっていて、本当東京はすごいと思った。
白樺が調子の良い声で、
「路上店舗でお酒を売ってるぞ! 紙コップで!」
僕がすぐさま、
「こっちの地方でもギリギリあるよ、祝日のイベントだけどもギリあるよ」
大和は白樺に乗っかる感じで、
「紙コップで渡されたらさ、オシッコ入れちゃうよなぁ」
それに対して僕は、
「そんな尿検査中心の生活送っていないでしょ。紙コップと言えばお花見でしょ」
鶴橋も僕に頷きながら、
「確かに花見や、あとバーベキューの紙コップのほうが先に出る気がするな」
大和は「えーっ」と声を出してから、
「泰我も鶴橋も紙コップの解像度高ぇ」
僕はすかさず、
「紙コップの解像度なんてものはもはや存在しないよ」
大和はすぐに、
「いやでも糸電話だけじゃないとか」
僕は間髪入れず、
「そっちも尿検査出していたけどね。解像度で言ったら尿検査出てくるほうがすごいんじゃないの?」
鶴橋が笑いながら、
「尿検査のすごさを説くなっ」
と言うと、それに対して白樺は手を叩いて大笑いした。
あぁ、やっぱりこの四人でいると楽しい。芯から楽しいと感じる。
でもそれは培養された思い出だからかもしれない。大和がそういう方向に舵を切らしているのかもしれない。
本当は僕に大和は勿論、白樺や鶴橋なんて友達はいなくて、この四人は仲良しという嘘を見させられているのかもしれない。それをそのまま享受してしまっているというか。
そうだ、僕に白樺や鶴橋という友達がいるのなら、お見舞いに来てもいいじゃないか。来ないということは存在しないということなのかもしれない。
でもその場合、大和目線で言うと、白樺と鶴橋がいるメリットって何だろう。
どうにかして僕と仲良いということを洗脳したい大和は何故、白樺と鶴橋という登場人物を出すのだろうか。
二人っきりでずっと楽しんでいる画でも全然良いはず。ということはやっぱり白樺も鶴橋も存在するし、何よりも僕は大和と親友で合っているのかな。
いやこういう修学旅行のシーンを描く時、やっぱり四人いたほうがいいということを計算しているのかもしれない。
確かに二人っきりで修学旅行を回るとか、あんま創作物とかでも無いかもしれない。
大体四人くらいというか、そうだ、女子だ、普通男子と女子混合じゃないか?
つまり意図的にナツキを除外して思い出を培養しているということか?
うん、それはそうだ、それはそうに決まっている、大和は本来ナツキの存在を消し去りたかったんだから。
これはあくまで大和が意図的に培養した思い出なわけだから、ナツキは出て来ないに決まっていると、と考えながら歩いていると、歩幅というか歩行速度が徐々に遅れていって、三人がちょっと前を歩いているその時だった。



