・
・【03 理科の実験】
・
どうやら理科室でこれからフラスコを使って実験を行なうらしい。
僕の机には大和と白樺がいる。鶴橋は別のグループみたいだ。
カセットコンロの火で、フラスコを熱して、中に塩などを入れて、どのくらいで飽和するか調べるという話だ。
火の調節は白樺がやって、大和が塩を電子の量りに乗せて、量っているみたいだ。
三人でいて、三人で会話している風の風景だけども、声はちゃんとは聞こえてこない。
まるで雑談をしている映像が目の前で流れているみたいな感覚で、大和と白樺の会話の輪の中に入っていないような感じ。
視覚情報は何だか徐々にぼんやりしていき、薄くボカしが入っていっているようになり、聴覚情報はまるで一人でラジオを聴いているような感覚。
ふと、クリアな音声が聞こえてきたと思ったら、僕の後ろの席からで、振り返ると、そこにはおかっぱ頭のあの女子がいた。
「昔はアルコールランプというモノで火を出していたんだってさ」
良かった、雑談のようなモノだ。
僕は頷きながら、
「そうらしいね。マッチで火をつけて、消す時は確かアルコールランプの蓋を閉めて、酸素を無くすんだっけ」
「いいや、チャッカマンだね」
そうその女子が言った刹那、僕の指が急に熱くなった。
一体何だとビックリしながら、自分の指を見ると、なんとその女子がチャッカマンで僕の指を火で炙るように当てていたのだ。
「ちょっとぉ!」
と僕が立ち上がると、その女子はケタケタ笑いながら、
「ビックリし過ぎぃ~」
と言ってきたわけだけども、突然指を炙られて驚かないわけなくて、
「チャッカマンなんて先生から渡されていないよね!」
とデカめの声でそう言ってしまうと、その女子は、
「使うと思って持ってきたぁ」
と悪びれる様子も無く、本当に普通の会話のようにそう言ってきた。
僕は拳を強く握りながら、
「そんなことはもうしないでほしい!」
と声を荒らげると、周りはボカしが入ったような状態だったのに、急にクリアになって、机の対面に座っていた大和が立ち上がり、
「ナツキ! もう辞めろ! そういうの!」
と怒鳴り声を上げながら、僕とその女子の間に立ち、大和はその女子からチャッカマンを取り上げると、
「先生! ナツキがチャッカマン持ち込んでいました!」
と言いながら、先生にそのチャッカマンを渡した。
ちなみに先生の姿は何だかボヤけていて、しっかりは見えない。
先生は男性なのか女性なのか、声を聞いても判別がつかないけども、
「ナツキさん、余計なモノは持ち込まないように」
と叱るような音を発した。
ナツキと呼ばれている、おかっぱ頭の女子はかなり苦々しい顔をしているが、ずっと黙っている。
すると大和が、
「泰我、嫌なことがあったらしっかり声を出してほしい。俺が絶対に助けに行くから」
そう僕の手をグッと掴んできた。
すると炙られた部分の指が痛くなって、反射で「いつっ」と声を出すと、大和は屈んで、僕の指をしっかり見てから、
「ナツキ、オマエ泰我の指に火を当てたのか?」
ナツキと呼ばれている女子は無言で俯くだけ。
「オマエ! 泰我をヤケドさせたのかっ!」
あまりにも圧の強い怒号に、僕は震え上がってしまった。
対するナツキのほうは頑として全く喋らずにいる。
僕は大和の鬼気迫る声が本当に怖くなり、どうせこれは培養された思い出、つまりは夢の中なので、
「大和、もういいよ。僕は大丈夫だから」
と言うと、大和は大きく溜息をついてから、
「まあ泰我に免じてこれ以上は言わないでやるよ」
と言って、大和は自分の席へ歩いて行った。
僕はチラリとナツキのほうを見ると、少し顔を上げて、なんと見下した表情で舌を出していた。
なんて悪意の塊なんだ。
僕は正直戦々恐々としてしまった、ところで、目を覚ました。
僕はすぐにシャーレの中を見ると、昨日のシャーレと同じように、赤黒い斑点が培養菌に出現していた。
これは大和が仕掛けた物語なのか、それとも勝手にこうなってしまっているのか、つまりは僕のせいなのか。
いや大和がこんな仕掛けを作るとは考えづらい。じゃあ僕のほうに何か問題があるのか。僕の元々持っている記憶と混ざることにより、こうなるみたいな。
次に大和が来た時に、ちゃんと聞いてみなければならない。
さて、と思っていると、なんと指全体が自由に動かせるようになっていたのだ。
じゃあ大和が仕掛けたのかな? とも思う。
指に意識を向けさせることにより、現実の、僕の指を操作する能力を促したというか。
だからってこんなストーリーにするかな? というところもある。
まあ思い出を”培養”と言っているので、大和が自分で思っている通りに十割全に思い出を作れるわけではないのかもしれない。
夕方そして夜は看護師さんと寝ながら出来るリハビリや、また上体を起こしてもらって夕ご飯を食べた。
朝と同じようなおも湯のようなモノ、ちょっとだけ味を意識して食べると、白米の甘さを感じられるような気がした。香りは無臭に近い、ちょっとだけ水道水のカルキの匂いがした。
夜、あのおかっぱ頭の女子、ナツキの存在が億劫だけども、あれを見たあとは自分の操作性が上がっているし、やっぱり大和は勿論、白樺や鶴橋の顔を見えるのは懐かしくて楽しいので、看護師さんから耳元に夜用のシャーレを置いてもらった時、そのまま、
「有難う、ございます」
と拒否しなかった。
気付いたらもう寝ていたみたいで、僕は運動会のようなシーンにいた。
間違いなく中学校のグラウンドで、赤白に分かれて奥のほうで応援合戦している。
僕はと言うと、大和と一緒にレーンのスタート位置の列に並んで立っていて、白樺が僕と大和の足に紐を結んでくれている。どうやら二人三脚らしい。
大和が僕に向かって、
「絶対一位獲ってやろうぜ! 誰よりもデカい金メダル!」
「金メダルは大きさじゃないよ、輝きとかそういうのだよ」
と僕がツッコむと、そこから流れるように大和がボケてきた。
「デカ金の大和」
「変な異名ついちゃった」
「デカ金の泰我」
「同じ異名がつくことってあんま無いよ」
「デカ金の白樺」
「紐結んだ人にもデカ金渡す運動会は羽振りがいいね」
と僕が言ったところで、近くにいた白樺が、
「おれデカ金もらったら、すぐ換金しようっと」
僕はすぐに、
「思い出の共有をずっとしてようよ」
とツッコんでおいた。
白樺は僕と多分大和の背中を叩いて、
「行ってこい! おれの最高傑作!」
僕は即座に、
「師匠ポジションだったんだ、じゃあ師匠ポジションが紐結んでくれたらエモいシーンだ」
大和は笑いながら、
「じゃあデカ金売るなよっ」
と大和もツッコんでいて、白樺は両者からツッコまれたことにより、ご満悦な顔をしながら、応援席に戻っていった。
ただ、ただだ、ただでさえ現実では操作性が全く無いのに、夢で二人三脚なんてできるのか? と思って、緊張していると、大和が、
「まずは安全第一、声を出して一歩一歩着実にやっていこうぜ。最初にシンクロ率を上げるため、この結んであるほうの足から一歩出て行こう」
「シンクロ率て。ロボットアニメのパイロットじゃないんだから」
すると大和は恥ずかしそうに、
「おいおい、シンクロ率という言葉はボケたわけじゃないからっ」
と笑った。ボケじゃない言葉に突っ込まれるのは恥ずかしがるのか、いやそんなんだったような気がする。大和は。
ついに僕と大和の順番になり、スタート位置について、号砲が鳴った。
事前に言った通り、結ばれた足から一歩前に出て、そこから、イチ・ニと掛け声を掛けていく。
そう言えば、イチ・ニと掛け声を掛ける練習シーンは無かったけども、そんな練習をしていたような気はしているし、上手く合っている。
やっぱりこれは夢でもあって、ぶつ切りでシーンが飛んでいくんだなぁ。
僕と大和は見事一位でゴールしてハイタッチした。係の人がもう紐を外してくれたのに、まるでまだ二人三脚をしているようにシンクロして、並んで自分のいた席に戻っている。
自分のいた席なんて分からないのに、と思ったところで、誰かに肩をトントンされて振り返ると、そこにはナツキが右足を引きずっているような感じで立っていて、
「捻挫したから医務室連れて行って」
と苦々しい顔でそう言ってきて、本当に痛そうだった。
近くにいた先輩っぽい人から、
「じゃあ君は二人三脚終わったばっかで暇でしょ、君がこの子を医務室に連れてってあげて」
と忙しそうにそう言われて、僕が断る間も無く、その先輩っぽい人は近くからいなくなった。
振り返るといつの間にか大和も見えなくなっているし、このナツキって女子は本当にツラそうなので、肩を貸して、医務室へ行くことにした。
この子は本当全体重を僕に掛けてきていたので重くて大変だった。なんとか医務室に着いたわけだけども、誰もいなかった。
するとナツキが、
「ベッドに連れて行って」
と言うので、ベッドに優しく置こうとした時、まるでナツキは足の踏ん張りがしっかりしているように、身体をシャキッとさせると、ベッドのカーテンを閉めて、強引に僕を引っ張り込むようにベッドに倒れ込み、僕も雪崩のように、そのままナツキに覆いかぶさるように倒れ込んでしまい、いや間違いなく引っ張られたが、
「あ、ゴメン! 立つ立つ!」
と言ったんだけども、やっぱり引っ張っているようで、ナツキは僕と身体を密着させるようにしてきて、なんと僕の唇にナツキはキスしてきたのだ。
突然のことに訳も分からず、唸り声を上げてしまうわけだけども、ナツキは両足で僕の身体を挟み込んできて、僕はまるで抱き枕だ。
というか足、全然大丈夫なんじゃないか、と冷静に思っている最中もキスは緩めず、なんなら舌を入れてきていて、僕は歯を閉じて必死でガードした。
ねちぇねちゃという音が自分の耳に響くのは、骨伝導的なこと? もう近くてクサくてたまらない。人間のヨダレの匂いって、なんたる不快なんだ。自分のもあんまり好ましくないのに、他人のだなんて。
ナツキの鼻息は生暖かくて本当に気持ちが悪い。掃除機の排気口から出る風みたいだ。全身から汗が噴き出てくる。
なんとか抵抗しようと身体を動かすんだけども、ナツキの力が強いのか、それとも僕が現実では寝たきりだから操作性が悪いのか、全然離れることができない。
こんなの嫌だ、嫌だ、嫌だ……! と思って目を覚ました時には朝になっていた。
軽く身体を動かして、身体の状態をチェックすると大汗をかいていた。まるで培養された思い出と地続きのように。
でも、でもだ、なんと身体を細かく動かせるようになっているような感覚がするのだ。
もしかするとこういうことを経験することにより、身体の操作性が上がるということなのか?
それがこの培養された思い出の狙いなんだろうか。でも内容が嫌過ぎる。最初は最高に楽しかったのに。
ふと、シャーレを見ると、赤黒い斑点がいつもより大きく出てきていた。正直毒々しい色なので不気味だ。
深い溜息をしっかりつくため、上体を起こしてから「ふー」と言うと、あ、上体を起こせるようになっている!
培養された思い出の中で必死で上体を起こして、ナツキの顔から逃げようとしたせいかもしれない。
何はともあれ上体を自分で起こせるようになったら、介助ナシでご飯を食べる態勢になれるから、看護師さんも少しは楽になるはずだ!
朝、看護師さんが来て、上体を起こせていたことを目視するなり、
「頑張りましたね! 泰我さん!」
と言ってくれて、すごく嬉しかった。
そこからまた昨日と同じようにおも湯を摂取して、食事を終えた。
・【03 理科の実験】
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どうやら理科室でこれからフラスコを使って実験を行なうらしい。
僕の机には大和と白樺がいる。鶴橋は別のグループみたいだ。
カセットコンロの火で、フラスコを熱して、中に塩などを入れて、どのくらいで飽和するか調べるという話だ。
火の調節は白樺がやって、大和が塩を電子の量りに乗せて、量っているみたいだ。
三人でいて、三人で会話している風の風景だけども、声はちゃんとは聞こえてこない。
まるで雑談をしている映像が目の前で流れているみたいな感覚で、大和と白樺の会話の輪の中に入っていないような感じ。
視覚情報は何だか徐々にぼんやりしていき、薄くボカしが入っていっているようになり、聴覚情報はまるで一人でラジオを聴いているような感覚。
ふと、クリアな音声が聞こえてきたと思ったら、僕の後ろの席からで、振り返ると、そこにはおかっぱ頭のあの女子がいた。
「昔はアルコールランプというモノで火を出していたんだってさ」
良かった、雑談のようなモノだ。
僕は頷きながら、
「そうらしいね。マッチで火をつけて、消す時は確かアルコールランプの蓋を閉めて、酸素を無くすんだっけ」
「いいや、チャッカマンだね」
そうその女子が言った刹那、僕の指が急に熱くなった。
一体何だとビックリしながら、自分の指を見ると、なんとその女子がチャッカマンで僕の指を火で炙るように当てていたのだ。
「ちょっとぉ!」
と僕が立ち上がると、その女子はケタケタ笑いながら、
「ビックリし過ぎぃ~」
と言ってきたわけだけども、突然指を炙られて驚かないわけなくて、
「チャッカマンなんて先生から渡されていないよね!」
とデカめの声でそう言ってしまうと、その女子は、
「使うと思って持ってきたぁ」
と悪びれる様子も無く、本当に普通の会話のようにそう言ってきた。
僕は拳を強く握りながら、
「そんなことはもうしないでほしい!」
と声を荒らげると、周りはボカしが入ったような状態だったのに、急にクリアになって、机の対面に座っていた大和が立ち上がり、
「ナツキ! もう辞めろ! そういうの!」
と怒鳴り声を上げながら、僕とその女子の間に立ち、大和はその女子からチャッカマンを取り上げると、
「先生! ナツキがチャッカマン持ち込んでいました!」
と言いながら、先生にそのチャッカマンを渡した。
ちなみに先生の姿は何だかボヤけていて、しっかりは見えない。
先生は男性なのか女性なのか、声を聞いても判別がつかないけども、
「ナツキさん、余計なモノは持ち込まないように」
と叱るような音を発した。
ナツキと呼ばれている、おかっぱ頭の女子はかなり苦々しい顔をしているが、ずっと黙っている。
すると大和が、
「泰我、嫌なことがあったらしっかり声を出してほしい。俺が絶対に助けに行くから」
そう僕の手をグッと掴んできた。
すると炙られた部分の指が痛くなって、反射で「いつっ」と声を出すと、大和は屈んで、僕の指をしっかり見てから、
「ナツキ、オマエ泰我の指に火を当てたのか?」
ナツキと呼ばれている女子は無言で俯くだけ。
「オマエ! 泰我をヤケドさせたのかっ!」
あまりにも圧の強い怒号に、僕は震え上がってしまった。
対するナツキのほうは頑として全く喋らずにいる。
僕は大和の鬼気迫る声が本当に怖くなり、どうせこれは培養された思い出、つまりは夢の中なので、
「大和、もういいよ。僕は大丈夫だから」
と言うと、大和は大きく溜息をついてから、
「まあ泰我に免じてこれ以上は言わないでやるよ」
と言って、大和は自分の席へ歩いて行った。
僕はチラリとナツキのほうを見ると、少し顔を上げて、なんと見下した表情で舌を出していた。
なんて悪意の塊なんだ。
僕は正直戦々恐々としてしまった、ところで、目を覚ました。
僕はすぐにシャーレの中を見ると、昨日のシャーレと同じように、赤黒い斑点が培養菌に出現していた。
これは大和が仕掛けた物語なのか、それとも勝手にこうなってしまっているのか、つまりは僕のせいなのか。
いや大和がこんな仕掛けを作るとは考えづらい。じゃあ僕のほうに何か問題があるのか。僕の元々持っている記憶と混ざることにより、こうなるみたいな。
次に大和が来た時に、ちゃんと聞いてみなければならない。
さて、と思っていると、なんと指全体が自由に動かせるようになっていたのだ。
じゃあ大和が仕掛けたのかな? とも思う。
指に意識を向けさせることにより、現実の、僕の指を操作する能力を促したというか。
だからってこんなストーリーにするかな? というところもある。
まあ思い出を”培養”と言っているので、大和が自分で思っている通りに十割全に思い出を作れるわけではないのかもしれない。
夕方そして夜は看護師さんと寝ながら出来るリハビリや、また上体を起こしてもらって夕ご飯を食べた。
朝と同じようなおも湯のようなモノ、ちょっとだけ味を意識して食べると、白米の甘さを感じられるような気がした。香りは無臭に近い、ちょっとだけ水道水のカルキの匂いがした。
夜、あのおかっぱ頭の女子、ナツキの存在が億劫だけども、あれを見たあとは自分の操作性が上がっているし、やっぱり大和は勿論、白樺や鶴橋の顔を見えるのは懐かしくて楽しいので、看護師さんから耳元に夜用のシャーレを置いてもらった時、そのまま、
「有難う、ございます」
と拒否しなかった。
気付いたらもう寝ていたみたいで、僕は運動会のようなシーンにいた。
間違いなく中学校のグラウンドで、赤白に分かれて奥のほうで応援合戦している。
僕はと言うと、大和と一緒にレーンのスタート位置の列に並んで立っていて、白樺が僕と大和の足に紐を結んでくれている。どうやら二人三脚らしい。
大和が僕に向かって、
「絶対一位獲ってやろうぜ! 誰よりもデカい金メダル!」
「金メダルは大きさじゃないよ、輝きとかそういうのだよ」
と僕がツッコむと、そこから流れるように大和がボケてきた。
「デカ金の大和」
「変な異名ついちゃった」
「デカ金の泰我」
「同じ異名がつくことってあんま無いよ」
「デカ金の白樺」
「紐結んだ人にもデカ金渡す運動会は羽振りがいいね」
と僕が言ったところで、近くにいた白樺が、
「おれデカ金もらったら、すぐ換金しようっと」
僕はすぐに、
「思い出の共有をずっとしてようよ」
とツッコんでおいた。
白樺は僕と多分大和の背中を叩いて、
「行ってこい! おれの最高傑作!」
僕は即座に、
「師匠ポジションだったんだ、じゃあ師匠ポジションが紐結んでくれたらエモいシーンだ」
大和は笑いながら、
「じゃあデカ金売るなよっ」
と大和もツッコんでいて、白樺は両者からツッコまれたことにより、ご満悦な顔をしながら、応援席に戻っていった。
ただ、ただだ、ただでさえ現実では操作性が全く無いのに、夢で二人三脚なんてできるのか? と思って、緊張していると、大和が、
「まずは安全第一、声を出して一歩一歩着実にやっていこうぜ。最初にシンクロ率を上げるため、この結んであるほうの足から一歩出て行こう」
「シンクロ率て。ロボットアニメのパイロットじゃないんだから」
すると大和は恥ずかしそうに、
「おいおい、シンクロ率という言葉はボケたわけじゃないからっ」
と笑った。ボケじゃない言葉に突っ込まれるのは恥ずかしがるのか、いやそんなんだったような気がする。大和は。
ついに僕と大和の順番になり、スタート位置について、号砲が鳴った。
事前に言った通り、結ばれた足から一歩前に出て、そこから、イチ・ニと掛け声を掛けていく。
そう言えば、イチ・ニと掛け声を掛ける練習シーンは無かったけども、そんな練習をしていたような気はしているし、上手く合っている。
やっぱりこれは夢でもあって、ぶつ切りでシーンが飛んでいくんだなぁ。
僕と大和は見事一位でゴールしてハイタッチした。係の人がもう紐を外してくれたのに、まるでまだ二人三脚をしているようにシンクロして、並んで自分のいた席に戻っている。
自分のいた席なんて分からないのに、と思ったところで、誰かに肩をトントンされて振り返ると、そこにはナツキが右足を引きずっているような感じで立っていて、
「捻挫したから医務室連れて行って」
と苦々しい顔でそう言ってきて、本当に痛そうだった。
近くにいた先輩っぽい人から、
「じゃあ君は二人三脚終わったばっかで暇でしょ、君がこの子を医務室に連れてってあげて」
と忙しそうにそう言われて、僕が断る間も無く、その先輩っぽい人は近くからいなくなった。
振り返るといつの間にか大和も見えなくなっているし、このナツキって女子は本当にツラそうなので、肩を貸して、医務室へ行くことにした。
この子は本当全体重を僕に掛けてきていたので重くて大変だった。なんとか医務室に着いたわけだけども、誰もいなかった。
するとナツキが、
「ベッドに連れて行って」
と言うので、ベッドに優しく置こうとした時、まるでナツキは足の踏ん張りがしっかりしているように、身体をシャキッとさせると、ベッドのカーテンを閉めて、強引に僕を引っ張り込むようにベッドに倒れ込み、僕も雪崩のように、そのままナツキに覆いかぶさるように倒れ込んでしまい、いや間違いなく引っ張られたが、
「あ、ゴメン! 立つ立つ!」
と言ったんだけども、やっぱり引っ張っているようで、ナツキは僕と身体を密着させるようにしてきて、なんと僕の唇にナツキはキスしてきたのだ。
突然のことに訳も分からず、唸り声を上げてしまうわけだけども、ナツキは両足で僕の身体を挟み込んできて、僕はまるで抱き枕だ。
というか足、全然大丈夫なんじゃないか、と冷静に思っている最中もキスは緩めず、なんなら舌を入れてきていて、僕は歯を閉じて必死でガードした。
ねちぇねちゃという音が自分の耳に響くのは、骨伝導的なこと? もう近くてクサくてたまらない。人間のヨダレの匂いって、なんたる不快なんだ。自分のもあんまり好ましくないのに、他人のだなんて。
ナツキの鼻息は生暖かくて本当に気持ちが悪い。掃除機の排気口から出る風みたいだ。全身から汗が噴き出てくる。
なんとか抵抗しようと身体を動かすんだけども、ナツキの力が強いのか、それとも僕が現実では寝たきりだから操作性が悪いのか、全然離れることができない。
こんなの嫌だ、嫌だ、嫌だ……! と思って目を覚ました時には朝になっていた。
軽く身体を動かして、身体の状態をチェックすると大汗をかいていた。まるで培養された思い出と地続きのように。
でも、でもだ、なんと身体を細かく動かせるようになっているような感覚がするのだ。
もしかするとこういうことを経験することにより、身体の操作性が上がるということなのか?
それがこの培養された思い出の狙いなんだろうか。でも内容が嫌過ぎる。最初は最高に楽しかったのに。
ふと、シャーレを見ると、赤黒い斑点がいつもより大きく出てきていた。正直毒々しい色なので不気味だ。
深い溜息をしっかりつくため、上体を起こしてから「ふー」と言うと、あ、上体を起こせるようになっている!
培養された思い出の中で必死で上体を起こして、ナツキの顔から逃げようとしたせいかもしれない。
何はともあれ上体を自分で起こせるようになったら、介助ナシでご飯を食べる態勢になれるから、看護師さんも少しは楽になるはずだ!
朝、看護師さんが来て、上体を起こせていたことを目視するなり、
「頑張りましたね! 泰我さん!」
と言ってくれて、すごく嬉しかった。
そこからまた昨日と同じようにおも湯を摂取して、食事を終えた。



