・
・【14 突然の知らせ】
・
僕は普通に通信制の高校への登校日で、一人で高校へ行き、先生と対面の授業や体育を行なって、放課後になり、じゃあそろそろ何か買ってから帰るかと思って、LINEを開き、大和に買ってほしいモノを聞いたんだけども、返信が一切無かった。
まあ研究が忙しいんだろうと思いつつ、あまり気にも留めず、僕の登校日は適当に菓子パンだけで夕ご飯を済ますことが多いので、甘いのやしょっぱいのを買って、大和のマンションの前まで行くと、何故か大和の研究室の人が立っていた。
幾度と無く研究室にはお邪魔させてもらっていたので、あの人は確か、川口さんのはず。近付いたらなお川口さんだと思ったところで、川口さんが僕を目視するなら手を振って近付いてきたわけだけども、何か、異常というか、鬼気迫る面持ちで走って来て、何だかナツキを思い出してしまい、吐き気を催してきた。
えずいていると、川口さんが焦りながらこう言った。
「大変です! 大和さんが研究室で倒れてしまいました! 泰我さんも来てください!」
そういうことか、と分かった僕は川口さんが運転する車に乗って移動し、研究室に一番近い大学の東校門の真ん前に止めて、川口さんが、
「私は駐車場に止めてから行きますんで! 泰我さんはすぐに行ってください!」
と言ってくれて、僕は研究室へ走った。
そこで教授や他の研究員から説明されたことは、大和の脳内に異常が見つかったということだった。
脳波を確認すると、大和の脳内に赤黒い培養菌が残ってしまっていて、取り除かないといけないが、手術では無理。一緒に大和の傍で横になり、その脳内の培養菌に影響を受けて眠りにつき、大和の脳内にダイブし、心の中から取り除かないといけないらしい。
今こそ大和へ恩返しする番だと思った僕は自ら志願し、その脳内へダイブする役目を担うことにした。
教授から真剣に言われたことがある。
「下手したら大和くんも泰我くんも、二度と目覚めないかもしれないよ」
でもそんなことは百も承知で、僕は大和の傍で目を瞑り、大和の脳内に入り込んだ。
現在の大和の気持ちを探るとか、そういうことだと思っていたら、なんと目の前に見える光景は小学校のグラウンドだった。
間違いなく、僕や大和が通っていたあの小学校だ。まさかこんなところから始まるなんて、と思っていると、僕の目の前を誰かが横切った。
それは小学生時代の大和だった。
僕は声を掛けたほうがいいんだろうと思い、
「大和、大和だよね?」
と言ったんだけども、大和は一切僕に反応しない。
僕は窓ガラスに映った姿で自分の姿を確認すると、なんと半透明かつ今現在の僕だった。
どうやら僕は小学生時代の大和に干渉することが出来ないっぽい……?
じゃあ見ているだけか、でも見ているだけで赤黒い培養菌を除去することが出来るのか、もしかしたら途中で何かそういうチャンスがあるのかもしれない。
僕は自分の手を改めて確認し、半透明になっていることを目視した。
この手が半透明から普通の人間の手になった時がチャンスなんだろうな、とか、勝手にそう思った。
目の前の大和はグラウンドを一人でずんずん歩いて行く。
するとグラウンド内で丘になっている部分の前に行くと、丘の物陰に隠れるように立ち、何かにバレないように見始めた。
僕は半透明だし、きっと誰にも感知されないだろうと思い、大和の視線の先をしっかり見ると、なんとそこには小学生の頃の僕がいたのだ。
小学生の頃の僕は花壇のお花にジョウロで水をやっていた。
そうそう、当時はナツキのせいで友達がいなかったから、その分、植物を愛でていたんだった。
すると、どこからともなく、小学生時代の大和の声がしてきた。
『花壇にお水をあげているなんて、本当に良いヤツに違いない。友達になりたいなぁ』
大和の口元をバッと見たんだけども、大和の口は一切動いていなかった。口角は上がっているけども、声を発している様子は無い。
どうやら今のは大和の心の声らしい。そうか、大和の脳内にダイブしているわけだから、大和の心の声が聞こえるというわけか。
すると培養された思い出のように、ガラリと場面転換して、廊下で小学生の僕は大和に話し掛けられていた。
「お花に詳しいの?」
そうだ、僕はこの大和の言葉に“この子はお花が好きなんだ”と思ったんだった。
実際の僕は、何もすることが無くて、花壇にお水をあげていただけだから、そんなお花のことに詳しいわけではなくて。
僕は戸惑いながら、小さな声で、
「詳しくは、ないかなぁ……」
と正直に答えると、会話がすぐに終わってしまって。
今、考えれば、お花のこういうところが良いよねみたいな話をすれば良かったんだけども、当時は本当に人と会話することに慣れていなくて。
大和が、
「じゃあ詳しくないのにお水をあげているってやる気がすごいよなっ」
と言ったところで、これが当時の僕には嫌味に感じたんだった。
本当はお水をあげることも良くない植物なのかもなのに、勢いだけでお水をしているなんてダメだぞ、みたいな。
とにかく当時の僕は全てが敵で、何に対しても曲解していた。
というかこれじゃ、僕の記憶を辿る旅じゃないか。大和は一体何を考えていたんだろうと思ったところで、大和の心の声が聞こえてきた。心の声の時は何だか脳に響くイメージで鳴ってくるみたいだ。
『何か変な言い方になってしまったか? 隠れてお水あげてるの見ていたの言っちゃったし』
あぁ、そうか、大和のほうは大和のほうで変な言い方っぽくなったって思っていたのか。そう言えば、大和、心なしかあわあわしているような気がする。今見ればだけども。
当時の僕は他の人の面持ちなんて見る余裕も無くて、俯いてしまっているけども。
僕は言葉を絞り出すように、
「お水……」
と言うことしか出来ていない。あまりにもダメ過ぎる。でもこれが好転したんだ。
大和は意を決した表情になり、
「お水、詳しいの?」
とここで初めて僕に対してボケてきたのだ。
それに対して僕は単純に何を聞かれたんだと思ってビックリしながら、
「お水は普通だよ!」
とつい大きな声を出してしまうと、大和は嬉しそうに、
「俺はお水じゃなくてポカリの申し子、ポカリに詳しいんだ」
「御曹司ということですか?」
「ポカリ飲み過ぎて十三キロ太った」
「何事も飲み過ぎちゃダメですよっ」
この瞬間の僕はまだあんまりボケということに気付いていなくて、本当に注意している感じだった。
ここで大和が、
「というかタメ口でいこうぜ、俺、春から同じクラスになった大和。秋からは冬眠する予定だ」
この時にこの人はボケているんだと分かって、
「熊じゃないんだからっ」
と言えて本当に良かったと思う、と僕が思った刹那、
『やった! これは手応えあるぞ!』
という大和の心の声が聞こえてきた。
そっか、大和ってこの時嬉しかったんだ、でもそれ以上に僕のほうが嬉しかったんだよ。
ずっと周りからイジメや無視をされていた僕になんか話し掛けてくれて、それから大和経由で白樺や鶴橋とも仲良くなって。
結局僕の人生はずっと大和に助けられてばかりだ。
また場面転換すると、なんと校舎の陰で大和とナツキが二人で立っていたのだ! これはどういうシーンっ?
ナツキは大和にこう言った。
「アンタが最近つるんでる泰我って最低なんだよ、花壇の花を切り刻んで、さらにそこに自分の喉奥に指を突っ込んでゲロぶちまけたの泰我なんだよ?」
……! これ! 日課の花壇にお水をあげに行くと、こうなっていた時あった! じゃあこれってナツキがやって僕に罪をかぶせているということっ? 最低過ぎる!
『そんなはずねぇだろ、というかオマエだろ絶対』
と何よりも先に心の声で間髪入れずそう言ってくれた大和。
でも実際の大和は喋らず黙っている。
しかしながら心の中の大和は饒舌だ。
『オマエがやったんだろ、と言うとどうなるかな。激昂して変なこと言い出すかもな。被害者感情を煽るなみたいな言葉があるけども、俺は加害者感情も煽っちゃいけないと思うんだよな。加害者って結局自分のこと被害者だと思っている節があるし。ここは泰我はそんなことしないって言うだけで止めておこう。深入りは損だ』
さすが大和。小学生の頃からこんなに冷静。
大和は毅然とした態度で、
「泰我はそんなことしないよ、俺は自分で見たことしか信じない」
と袖にすると、大和は走ってナツキのもとから去っていき、また場面転換した。
中学生になり、僕も大和も同じ中学校に入学した。
相変わらず大和の記憶の中でも僕や白樺や鶴橋と意味の無いボケ・ツッコミをしている。
でも大和の心境には少し変化があり、
『支離滅裂にボケ過ぎて呆れられていないかな』
『泰我のツッコミが面白くていつもボケてしまうけども、気苦労掛けていないかな?』
『本当は俺以外の友達も作りたいのかもな』
『でも俺は泰我と一番一緒にいたいんだよな、ウザいかな』
まさか大和がそんなことを考えているなんて知らなかった。
というか僕こそ、大和は誰とでも仲良く出来るのに、何で僕と一緒なんだろうと思っていた。
なんなら、引っ込み思案な僕に気を遣って、なんというか、仕方なく僕のお世話をしてくれているんだと思っていた。
『まあ白樺や鶴橋が乗ってくれるから大丈夫だ、と思いたいがなぁ……』
『でもやっぱり泰我から嫌われているかも、そうだったら悲しいな』
『泰我にボケ倒し過ぎないようにしなきゃな』
何だか大和の日々を早回しして見ているような光景だ。フラッシュバックというか走馬灯というか、そんな感じで大和のシーンがどんどん流れていく。
心の中の声だけはずっと聞こえるけども、目の前は目まぐるしく場面が変わっていっている。
すると、大和は気になることを言い出した。
『あぁ、ちょっと、ナツキとあんま一緒にいるのは良くないよ』
『もっと俺が遊びに誘っていいのかな?』
『うちの中学、部活が週三しかないからなぁ、もっと遊びに誘っていいのかも』
『でもウザいかも、でもナツキと一緒にいるなら当然俺のほうがさぁ……』
『もっと強引に連れ回してもいいのかな、それだとナツキと一緒になってしまうかな、じゃあ良くないか……』
『やっぱりもっとボケて、めっちゃ面白いこと言って自分に気を惹かせられたら』
そうか、僕がナツキをつい許容してしまっている時、大和はこんなことを考えていたのか。
僕が大和を誘っても良かったはずなのに。でも僕は自分に自信が無かった。まあ僕から自信を奪ったのは完全にナツキだけども。そのせいで今もあんまり自信が無い。何で僕なんかを大和は救ってくれるんだろうと思っている。
でもちょっとだけ、ちょっとずつ、大和が僕のことを本当に思ってくれていたことが分かり、本当に嬉しい。
すると、一切見たこと無いシーンになった。
いや、そうか、見たこと無いというか覚えていないに決まっている。
そこは僕があの病室で寝たきりになっているシーンだったから。
「泰我ぁぁああああああああああああああああああ!」
泣き叫ぶ大和。僕のお父さんは大和の背中をさすりながら、
「大和くん、もう泣き止んでくれよ……」
と、ほとほと困っているような顔で言っている。
大和は大粒の涙を落としながら、
「でも! でもぉ! 俺がぁ! 俺がもっと遊びに誘っていればさぁぁああああああ!」
僕のお母さんも、
「別に大和くんのせいじゃないよっ」
「うわぁぁあああああああああああああああああああああああああああ」
と泣いているのか断末魔なのか分からない声で叫んでいる。
そのタイミングで大和の心の声が聞こえてきた。
『もっと遊びに誘えば良かった! もっと一緒にいれば良かった! ナツキのことなんて無視したくなるくらい俺が楽しければ良かった! でもあんまり誘うとキモいかもとか思ってしまった! いいんだよ! 俺はどうせキモいんだよ! ずっと泰我と一緒に遊びたいと思っているからキモいんだよ! それで良かったんだよ! 俺がもっとちゃんと泰我に感謝を伝えることが出来ていたら! あんなヤツとつるむことも無かったのに! 全部全部俺のせいだ! 俺が悪かったんだ! 何が脳科学の研究だ! あんなんはもっと未来で良かったし! 今は泰我といれる日々をもっと楽しめば良かったのに!』
今更というか、変な話だけども、今僕は多幸感に溢れている。
こんなことを考えてくれていたなんて、それを知れて本当に良かった。
僕は大和の親友で本当に感謝している。
シーンがまたどんどん変わっていき、大和は白樺と鶴橋と仲良く生活している。
三人で意味の無いボケ・ツッコミをしているわけだけども、ふと大和が、
『泰我は今の、どうツッコんだかな?』
『泰我だったらもっと広げてくれたかも』
『今の泰我だったら目ざとくツッコんでくれただろうな』
とか思っている。
ある日、三人がファミレスで食事しながら喋っていると、大和が鶴橋のツッコミに対して、
「いや泰我、それはツッコミが浅いわぁ」
と言って、鶴橋は勿論、白樺も目を見開いた。
言った大和は良くないことを言ってしまったという顔で口を手で抑えた。
すると鶴橋が、
「いやそりゃ、ぼくは泰我と比べたらツッコミ的確じゃないけどさ」
と言うと、即座に大和が、
「いやいや! 全然! そういうことじゃなくてさ!」
と同時に、
『ヤバイ! こんなこと言っちゃうなんて! 考えてもいなかったのに! 特に考えていなかったからかっ?』
白樺がボソッと、
「でも泰我がいたら、この展開も笑いに変えるツッコミするんだろうな」
と言うと、大和が瞳に涙を溜めながら、
「何で、そんなこと、言うんだよ……」
と、もう半べそかきながらそう言い、鶴橋が、
「ぼくだって、全然泰我の言葉聞きたいからねっ」
と俯くと、大和は「ゴメン」とめっちゃ早口で言うと、耐えているような顔をしているんだけども、涙をこぼし始めて、白樺も「うぇっ」と言ったと思ったら、泣き始めて、鶴橋が、
「そんな、もう中学生男子がさぁ~、ファミレスで泣くなよ~」
と言いながら泣き始めた。
三人で号泣といったほどじゃないけども、声を上げて泣き始めて、店員さんは遠目からチラチラと見ている感じだ。
『泰我と一緒に遊びたい……』
という大和の心の声が聞こえた瞬間だった。
急に、
『えぇっ!』
と大和が心の中で驚いたと思ったら、
『ナツキ! クソ! クソ! テメェはのうのうと!』
と言ったので、何なんだと思って周りを見渡すと、なんとちょうどファミレスの窓の外を、ナツキが知らない大学生くらいの男性と手を繋いで談笑しながら歩いていて、大和はこれを見たんだと分かった。
『あんなヤツのために何で泰我は! オマエのせいで! 泰我は自己肯定感も低くて! いろいろあって! ああなったんだぞ! なぁ!』
大和の面持ちは泣いているというよりも憤怒に満ちていた。
ただ白樺と鶴橋は自分の涙のせいで視界が良くないようで、気付いていなかった。
・【14 突然の知らせ】
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僕は普通に通信制の高校への登校日で、一人で高校へ行き、先生と対面の授業や体育を行なって、放課後になり、じゃあそろそろ何か買ってから帰るかと思って、LINEを開き、大和に買ってほしいモノを聞いたんだけども、返信が一切無かった。
まあ研究が忙しいんだろうと思いつつ、あまり気にも留めず、僕の登校日は適当に菓子パンだけで夕ご飯を済ますことが多いので、甘いのやしょっぱいのを買って、大和のマンションの前まで行くと、何故か大和の研究室の人が立っていた。
幾度と無く研究室にはお邪魔させてもらっていたので、あの人は確か、川口さんのはず。近付いたらなお川口さんだと思ったところで、川口さんが僕を目視するなら手を振って近付いてきたわけだけども、何か、異常というか、鬼気迫る面持ちで走って来て、何だかナツキを思い出してしまい、吐き気を催してきた。
えずいていると、川口さんが焦りながらこう言った。
「大変です! 大和さんが研究室で倒れてしまいました! 泰我さんも来てください!」
そういうことか、と分かった僕は川口さんが運転する車に乗って移動し、研究室に一番近い大学の東校門の真ん前に止めて、川口さんが、
「私は駐車場に止めてから行きますんで! 泰我さんはすぐに行ってください!」
と言ってくれて、僕は研究室へ走った。
そこで教授や他の研究員から説明されたことは、大和の脳内に異常が見つかったということだった。
脳波を確認すると、大和の脳内に赤黒い培養菌が残ってしまっていて、取り除かないといけないが、手術では無理。一緒に大和の傍で横になり、その脳内の培養菌に影響を受けて眠りにつき、大和の脳内にダイブし、心の中から取り除かないといけないらしい。
今こそ大和へ恩返しする番だと思った僕は自ら志願し、その脳内へダイブする役目を担うことにした。
教授から真剣に言われたことがある。
「下手したら大和くんも泰我くんも、二度と目覚めないかもしれないよ」
でもそんなことは百も承知で、僕は大和の傍で目を瞑り、大和の脳内に入り込んだ。
現在の大和の気持ちを探るとか、そういうことだと思っていたら、なんと目の前に見える光景は小学校のグラウンドだった。
間違いなく、僕や大和が通っていたあの小学校だ。まさかこんなところから始まるなんて、と思っていると、僕の目の前を誰かが横切った。
それは小学生時代の大和だった。
僕は声を掛けたほうがいいんだろうと思い、
「大和、大和だよね?」
と言ったんだけども、大和は一切僕に反応しない。
僕は窓ガラスに映った姿で自分の姿を確認すると、なんと半透明かつ今現在の僕だった。
どうやら僕は小学生時代の大和に干渉することが出来ないっぽい……?
じゃあ見ているだけか、でも見ているだけで赤黒い培養菌を除去することが出来るのか、もしかしたら途中で何かそういうチャンスがあるのかもしれない。
僕は自分の手を改めて確認し、半透明になっていることを目視した。
この手が半透明から普通の人間の手になった時がチャンスなんだろうな、とか、勝手にそう思った。
目の前の大和はグラウンドを一人でずんずん歩いて行く。
するとグラウンド内で丘になっている部分の前に行くと、丘の物陰に隠れるように立ち、何かにバレないように見始めた。
僕は半透明だし、きっと誰にも感知されないだろうと思い、大和の視線の先をしっかり見ると、なんとそこには小学生の頃の僕がいたのだ。
小学生の頃の僕は花壇のお花にジョウロで水をやっていた。
そうそう、当時はナツキのせいで友達がいなかったから、その分、植物を愛でていたんだった。
すると、どこからともなく、小学生時代の大和の声がしてきた。
『花壇にお水をあげているなんて、本当に良いヤツに違いない。友達になりたいなぁ』
大和の口元をバッと見たんだけども、大和の口は一切動いていなかった。口角は上がっているけども、声を発している様子は無い。
どうやら今のは大和の心の声らしい。そうか、大和の脳内にダイブしているわけだから、大和の心の声が聞こえるというわけか。
すると培養された思い出のように、ガラリと場面転換して、廊下で小学生の僕は大和に話し掛けられていた。
「お花に詳しいの?」
そうだ、僕はこの大和の言葉に“この子はお花が好きなんだ”と思ったんだった。
実際の僕は、何もすることが無くて、花壇にお水をあげていただけだから、そんなお花のことに詳しいわけではなくて。
僕は戸惑いながら、小さな声で、
「詳しくは、ないかなぁ……」
と正直に答えると、会話がすぐに終わってしまって。
今、考えれば、お花のこういうところが良いよねみたいな話をすれば良かったんだけども、当時は本当に人と会話することに慣れていなくて。
大和が、
「じゃあ詳しくないのにお水をあげているってやる気がすごいよなっ」
と言ったところで、これが当時の僕には嫌味に感じたんだった。
本当はお水をあげることも良くない植物なのかもなのに、勢いだけでお水をしているなんてダメだぞ、みたいな。
とにかく当時の僕は全てが敵で、何に対しても曲解していた。
というかこれじゃ、僕の記憶を辿る旅じゃないか。大和は一体何を考えていたんだろうと思ったところで、大和の心の声が聞こえてきた。心の声の時は何だか脳に響くイメージで鳴ってくるみたいだ。
『何か変な言い方になってしまったか? 隠れてお水あげてるの見ていたの言っちゃったし』
あぁ、そうか、大和のほうは大和のほうで変な言い方っぽくなったって思っていたのか。そう言えば、大和、心なしかあわあわしているような気がする。今見ればだけども。
当時の僕は他の人の面持ちなんて見る余裕も無くて、俯いてしまっているけども。
僕は言葉を絞り出すように、
「お水……」
と言うことしか出来ていない。あまりにもダメ過ぎる。でもこれが好転したんだ。
大和は意を決した表情になり、
「お水、詳しいの?」
とここで初めて僕に対してボケてきたのだ。
それに対して僕は単純に何を聞かれたんだと思ってビックリしながら、
「お水は普通だよ!」
とつい大きな声を出してしまうと、大和は嬉しそうに、
「俺はお水じゃなくてポカリの申し子、ポカリに詳しいんだ」
「御曹司ということですか?」
「ポカリ飲み過ぎて十三キロ太った」
「何事も飲み過ぎちゃダメですよっ」
この瞬間の僕はまだあんまりボケということに気付いていなくて、本当に注意している感じだった。
ここで大和が、
「というかタメ口でいこうぜ、俺、春から同じクラスになった大和。秋からは冬眠する予定だ」
この時にこの人はボケているんだと分かって、
「熊じゃないんだからっ」
と言えて本当に良かったと思う、と僕が思った刹那、
『やった! これは手応えあるぞ!』
という大和の心の声が聞こえてきた。
そっか、大和ってこの時嬉しかったんだ、でもそれ以上に僕のほうが嬉しかったんだよ。
ずっと周りからイジメや無視をされていた僕になんか話し掛けてくれて、それから大和経由で白樺や鶴橋とも仲良くなって。
結局僕の人生はずっと大和に助けられてばかりだ。
また場面転換すると、なんと校舎の陰で大和とナツキが二人で立っていたのだ! これはどういうシーンっ?
ナツキは大和にこう言った。
「アンタが最近つるんでる泰我って最低なんだよ、花壇の花を切り刻んで、さらにそこに自分の喉奥に指を突っ込んでゲロぶちまけたの泰我なんだよ?」
……! これ! 日課の花壇にお水をあげに行くと、こうなっていた時あった! じゃあこれってナツキがやって僕に罪をかぶせているということっ? 最低過ぎる!
『そんなはずねぇだろ、というかオマエだろ絶対』
と何よりも先に心の声で間髪入れずそう言ってくれた大和。
でも実際の大和は喋らず黙っている。
しかしながら心の中の大和は饒舌だ。
『オマエがやったんだろ、と言うとどうなるかな。激昂して変なこと言い出すかもな。被害者感情を煽るなみたいな言葉があるけども、俺は加害者感情も煽っちゃいけないと思うんだよな。加害者って結局自分のこと被害者だと思っている節があるし。ここは泰我はそんなことしないって言うだけで止めておこう。深入りは損だ』
さすが大和。小学生の頃からこんなに冷静。
大和は毅然とした態度で、
「泰我はそんなことしないよ、俺は自分で見たことしか信じない」
と袖にすると、大和は走ってナツキのもとから去っていき、また場面転換した。
中学生になり、僕も大和も同じ中学校に入学した。
相変わらず大和の記憶の中でも僕や白樺や鶴橋と意味の無いボケ・ツッコミをしている。
でも大和の心境には少し変化があり、
『支離滅裂にボケ過ぎて呆れられていないかな』
『泰我のツッコミが面白くていつもボケてしまうけども、気苦労掛けていないかな?』
『本当は俺以外の友達も作りたいのかもな』
『でも俺は泰我と一番一緒にいたいんだよな、ウザいかな』
まさか大和がそんなことを考えているなんて知らなかった。
というか僕こそ、大和は誰とでも仲良く出来るのに、何で僕と一緒なんだろうと思っていた。
なんなら、引っ込み思案な僕に気を遣って、なんというか、仕方なく僕のお世話をしてくれているんだと思っていた。
『まあ白樺や鶴橋が乗ってくれるから大丈夫だ、と思いたいがなぁ……』
『でもやっぱり泰我から嫌われているかも、そうだったら悲しいな』
『泰我にボケ倒し過ぎないようにしなきゃな』
何だか大和の日々を早回しして見ているような光景だ。フラッシュバックというか走馬灯というか、そんな感じで大和のシーンがどんどん流れていく。
心の中の声だけはずっと聞こえるけども、目の前は目まぐるしく場面が変わっていっている。
すると、大和は気になることを言い出した。
『あぁ、ちょっと、ナツキとあんま一緒にいるのは良くないよ』
『もっと俺が遊びに誘っていいのかな?』
『うちの中学、部活が週三しかないからなぁ、もっと遊びに誘っていいのかも』
『でもウザいかも、でもナツキと一緒にいるなら当然俺のほうがさぁ……』
『もっと強引に連れ回してもいいのかな、それだとナツキと一緒になってしまうかな、じゃあ良くないか……』
『やっぱりもっとボケて、めっちゃ面白いこと言って自分に気を惹かせられたら』
そうか、僕がナツキをつい許容してしまっている時、大和はこんなことを考えていたのか。
僕が大和を誘っても良かったはずなのに。でも僕は自分に自信が無かった。まあ僕から自信を奪ったのは完全にナツキだけども。そのせいで今もあんまり自信が無い。何で僕なんかを大和は救ってくれるんだろうと思っている。
でもちょっとだけ、ちょっとずつ、大和が僕のことを本当に思ってくれていたことが分かり、本当に嬉しい。
すると、一切見たこと無いシーンになった。
いや、そうか、見たこと無いというか覚えていないに決まっている。
そこは僕があの病室で寝たきりになっているシーンだったから。
「泰我ぁぁああああああああああああああああああ!」
泣き叫ぶ大和。僕のお父さんは大和の背中をさすりながら、
「大和くん、もう泣き止んでくれよ……」
と、ほとほと困っているような顔で言っている。
大和は大粒の涙を落としながら、
「でも! でもぉ! 俺がぁ! 俺がもっと遊びに誘っていればさぁぁああああああ!」
僕のお母さんも、
「別に大和くんのせいじゃないよっ」
「うわぁぁあああああああああああああああああああああああああああ」
と泣いているのか断末魔なのか分からない声で叫んでいる。
そのタイミングで大和の心の声が聞こえてきた。
『もっと遊びに誘えば良かった! もっと一緒にいれば良かった! ナツキのことなんて無視したくなるくらい俺が楽しければ良かった! でもあんまり誘うとキモいかもとか思ってしまった! いいんだよ! 俺はどうせキモいんだよ! ずっと泰我と一緒に遊びたいと思っているからキモいんだよ! それで良かったんだよ! 俺がもっとちゃんと泰我に感謝を伝えることが出来ていたら! あんなヤツとつるむことも無かったのに! 全部全部俺のせいだ! 俺が悪かったんだ! 何が脳科学の研究だ! あんなんはもっと未来で良かったし! 今は泰我といれる日々をもっと楽しめば良かったのに!』
今更というか、変な話だけども、今僕は多幸感に溢れている。
こんなことを考えてくれていたなんて、それを知れて本当に良かった。
僕は大和の親友で本当に感謝している。
シーンがまたどんどん変わっていき、大和は白樺と鶴橋と仲良く生活している。
三人で意味の無いボケ・ツッコミをしているわけだけども、ふと大和が、
『泰我は今の、どうツッコんだかな?』
『泰我だったらもっと広げてくれたかも』
『今の泰我だったら目ざとくツッコんでくれただろうな』
とか思っている。
ある日、三人がファミレスで食事しながら喋っていると、大和が鶴橋のツッコミに対して、
「いや泰我、それはツッコミが浅いわぁ」
と言って、鶴橋は勿論、白樺も目を見開いた。
言った大和は良くないことを言ってしまったという顔で口を手で抑えた。
すると鶴橋が、
「いやそりゃ、ぼくは泰我と比べたらツッコミ的確じゃないけどさ」
と言うと、即座に大和が、
「いやいや! 全然! そういうことじゃなくてさ!」
と同時に、
『ヤバイ! こんなこと言っちゃうなんて! 考えてもいなかったのに! 特に考えていなかったからかっ?』
白樺がボソッと、
「でも泰我がいたら、この展開も笑いに変えるツッコミするんだろうな」
と言うと、大和が瞳に涙を溜めながら、
「何で、そんなこと、言うんだよ……」
と、もう半べそかきながらそう言い、鶴橋が、
「ぼくだって、全然泰我の言葉聞きたいからねっ」
と俯くと、大和は「ゴメン」とめっちゃ早口で言うと、耐えているような顔をしているんだけども、涙をこぼし始めて、白樺も「うぇっ」と言ったと思ったら、泣き始めて、鶴橋が、
「そんな、もう中学生男子がさぁ~、ファミレスで泣くなよ~」
と言いながら泣き始めた。
三人で号泣といったほどじゃないけども、声を上げて泣き始めて、店員さんは遠目からチラチラと見ている感じだ。
『泰我と一緒に遊びたい……』
という大和の心の声が聞こえた瞬間だった。
急に、
『えぇっ!』
と大和が心の中で驚いたと思ったら、
『ナツキ! クソ! クソ! テメェはのうのうと!』
と言ったので、何なんだと思って周りを見渡すと、なんとちょうどファミレスの窓の外を、ナツキが知らない大学生くらいの男性と手を繋いで談笑しながら歩いていて、大和はこれを見たんだと分かった。
『あんなヤツのために何で泰我は! オマエのせいで! 泰我は自己肯定感も低くて! いろいろあって! ああなったんだぞ! なぁ!』
大和の面持ちは泣いているというよりも憤怒に満ちていた。
ただ白樺と鶴橋は自分の涙のせいで視界が良くないようで、気付いていなかった。



