・
・【11 培養された赤黒い思い出・後編】
・
次はサッカー部でのやり取りのシーンになっていた。
僕が先輩の女子マネージャーから、
「用具室の片付けをしたいから、一緒に来てよ」
と言われたところで大和が、
「あ、俺も取りに行きたいもんがあるんで、ついていきますわ」
と言ったんだけども、その先輩の女子マネージャーは、
「いや、いざモノを持つ時は男子一人いればいいから、大和は普通に後輩たちとラダーとかストレッチをしてて」
と言い、大和は少し困惑しながらも、
「あー、俺ストレッチする時、泰我の補助無いと出来ないんですよねー」
と食い下がったんだけども、その先輩の女子マネージャーは笑いながら、
「いやいやそんなこと無いでしょ、仲良過ぎ」
そう言ったところで爪先立ちで何かを大和に耳打ちすると、大和は深い溜息をついてから、
「じゃあ分かりましたよ……泰我、自分を強く持てよ」
と言ってきて、どうやらついてきてはくれないらしい。
僕一人でナツキに言わないといけない展開なのか……やっぱりある程度はストーリーライン通り動かないといけないらしい。そうしないと空間が意図しない形で崩壊とかするのかな。多分そういうことなんだろう。でもまあ結構言えるようになってきたし、大丈夫なはず。
先輩の女子マネージャーは独り言のように、
「自分を強く持てよって、こっちの恋路邪魔しないでよっ」
と言ったので、あぁ、この先輩の女子マネージャーは僕のことが好きだったんだと分かった。そう言えば入部当初からやけに優しかったなぁ。
ナツキのソレで中学一年生の六月にはもう寝たきりになったけども、もしこのままずっと中学校生活を満喫していたら……なんてね、もう名前も忘れてしまった先輩だけども。
用具室に着き、先輩の女子マネージャーの指示通り動いて、最後にゴム製のラダーを受け取ったところで、先輩の女子マネージャーが先に行こうとしたので、
「待ってください! 先輩!」
と一人になるよりは多分二人でいたほうがいいと思って、声を掛けると、先輩の女子マネージャーが嬉しそうに振り返って、
「おいおい、泰我ー、私がいないと寂しいかぁ~、私は私で別のところに用があったんだけども仕方無いなぁ~」
と満面の笑みで言ってきて、そういうことでもないけども、一応、
「そうですねっ、どうせなんで一旦一緒にグラウンドまで戻りましょう」
と言っておくと、先輩の女子マネージャーは「おう!」と返事してくれて、そのまま一緒に横を歩いて帰る感じになった。
先輩の女子マネージャーは当時流行していたサッカーの戦術について、熱心に話してくれている。
そうだ、僕、この先輩の女子マネージャーの深いサッカー知識を尊敬していたような気がする。
常に新しい特訓方法を調べて、顧問に進言もして、いわゆるサッカーオタクの本当に大好きな先輩だった。
あぁ、でもその日々ももう無いんだと思っていると、後ろからナツキの声がした。
「誰、その女?」
すると先輩の女子マネージャーも近くにいるので、先にその先輩の女子マネージャーが、
「あ、サッカー部のマネージャーですー、一年先輩の三年ね。この子、同級生?」
と、ちょっとイラついているように言った先輩の女子マネージャー。
ナツキは矢継ぎ早に、
「アタシは泰我の彼女です!」
と言うと、先輩の女子マネージャーは目を泳がせて、あわあわし始めた。
ここはハッキリ言わないと、と思って、
「いいえ、僕とナツキは付き合っていません。勝手に勘違いしないでよ、もう」
先輩の女子マネージャーのホッとした一息が聞こえてきた。
でもすぐそれを掻き消すように、ナツキの金切り声が聞こえてきた。
「そんなわけない! アタシと泰我は付き合ってる!」
僕はすぐさま、
「付き合っていないよ、いつも一方的にこっちを攻撃してきて。すごく嫌だよ、付き合っていると言うならせめて優しくしてよ、言い方も最初からキツイし」
ナツキはまた地団駄を踏み、
「キツイ感じが心地良いくせに!」
すると先輩の女子マネージャーが高笑いを上げてから、
「キツイ感じが心地良いはずないじゃん! 泰我くんは普通の優しいサッカー少年なんだから!」
ナツキは苦々しい顔をしながら、
「泰我の何を知ってんだよ! ブス!」
「確かにブスだが泰我くんのことは良く知ってるよ、いつも居残りでドリブル練習して、実はサイドを抉ってからのラストパスの精度が高くて。だからそうだねぇ、私はアーリークロスを練習したらもっと良くなると思っているよ」
あぁ、石井先輩、僕のこと、しっかり見てくださっている……あ、石井先輩だ、そうだ、この先輩の女子マネージャーって石井先輩だった。
ナツキは耳障りな声で叫ぶ。
「意味分かんない言葉ばかり使うなよ! バカ!」
僕は石井先輩へ、
「石井先輩、そろそろ行きましょう。大和たちが待っています」
「そだな! 意味分かんない言葉ばかり言う女子は置いといて、早くサッカーやろう!」
ナツキは追いかけてこなかった。
そこからずっと石井先輩とサッカー談義をしながら、練習グラウンドのほうへ戻って行き、最後に、
「石井先輩、有難うございました」
と僕は言うと、石井先輩は、
「何だよそりゃ! まるでお別れみたいなこと言うなよ! こっから練習だからな! 手伝って有難うなのはこっちだしさ!」
と言ったところでまたシーンが変化して、学校の教室になった。
即座に大和が、
「大丈夫だったか? 泰我」
と言ってくれて、僕はうんと頷いてから、
「全然大丈夫だったよ、むしろ石井先輩と会話出来て楽しかったよ」
と答えると大和がホッと一息といった感じに手を胸に当てた。
それに対して白樺が笑いながら、
「何だよそりゃ! 安堵感ごっこか! おれも一昨日デカいウンコ出て良かったぁ」
即座に鶴橋が、
「いや一昨日をしがむということは二日出ていないってことじゃん、もう心配だよ」
あぁ、白樺と鶴橋とのこういう会話、もっとしたいなぁ。スタートこそ汚い話だけども。
いやいや白樺と鶴橋は今も繋がっているわけだから、いくらでも喋れるわけだけども。
でも石井先輩……そのことは一旦忘れよう、無かった青春に思いを馳せることは。
そんなことを考えている間にも大和は、
「若くして便秘とかやめろよ、若くして便秘は」
鶴橋はすぐさま、
「若くして便秘という言葉を気に入るなよ、気に入って二回言うなよ」
僕も普通に会話に混ざろうと思い、
「気に入った言葉を二回言うキラーマシーン?」
白樺がすぐさま、
「仲間になりたそうにこっちを見ている、仲間になりたそうにこっちを見ている」
僕はすかさず、
「その場合はキラーマシーンが言っているわけじゃない、ナレーションが二回言ってる」
鶴橋が「なるほど」と言ってから、
「ドラクエってナレーションいるよな、ナレーション誰なんだ」
大和が間髪入れずに、
「俺」
と自分を親指で指差して、白樺が吹き出して笑ったところで、鶴橋が、
「というか次移動教室じゃん。早く行こうよ」
と言って、四人で教科書と筆箱を持って移動することにした。
僕はこの集団から外れないようにしなきゃと思っていると、前を歩く白樺と鶴橋の間に、大和は僕を入れてくれて、しんがりは大和が歩くことにしてくれたみたいだ。
すると、多分大和が邪魔なんだろう、ナツキが大声で声を掛けてきた。
「泰我! ちょっと先生に言われた用があるから手伝って!」
即座に大和が、
「じゃあ三人でやったら早いだろ、俺も行くから」
と答えると、白樺が元気に、
「つーか、おれらでやるからナツキ、その用を教えてよ」
と言い、鶴橋からも「うんうん」という同調する声が聞こえてきた。
ナツキは少し圧倒されるように、たじろいたけども、
「別に泰我だけでいいし!」
僕は大和のほうを見てから、
「いや、僕は大和の助けもほしいし、白樺も鶴橋も手伝ってくれるなら嬉しいし、ナツキも含めてみんなでいこうか」
白樺は納得するように、
「まあ何か先生から言われた指示役のナツキはいたほうがいいかぁー」
ナツキはかなり不快そうに、
「もういいわ! バカ!」
と言って、移動教室の方向とは逆に歩き出した。
鶴橋は小首を傾げながら、
「なんだったんだ」
と言い、白樺も「なぁ」と言っていたけども、当然先生から言われた用なんてないのだろう。
僕と大和は顔を見合わせて、軽くグータッチすると、またシーンが変わった。
四人でトイレにいる場面になり、オシッコを長く出していたほうが勝ち選手権を行ない、僕以外の三人がまず手洗いをして、白樺が終わったので僕も手を洗い始めると、大和が、
「ちょっと目ヤニをチェックする」
と僕を待つようなことを言い、白樺は吹き出しながら、
「そんな本格的な目ヤニチェックするんだっ」
鶴橋は頷きながら、
「まあ重要だからな、清潔感の上では」
白樺と鶴橋は先に行き、僕と大和が残った。
僕はふと、
「本当に僕は大和に助けられてばかりだ」
大和はフフッと笑うと、
「いいや、助け合いだよ。俺だって泰我に助けられていることはあるんだよ」
「どこが。僕本当、大和のためになっていることないよ」
「だからこの作業自体も、他の犯罪者の更生の応用になるし、何よりも俺は泰我がいてくれるだけで心が休まるんだ」
「そんな、何か、現物が無いね」
「あるんだよ、泰我という存在と一緒にいるだけで楽しいんだよ」
「そ、そうなの、かぁ」
あまりの直球の褒め言葉に照れ笑いを浮かべてしまうと、大和が「よしっ!」と声を出すと、
「じゃあ一緒に教室に戻るか、一緒に教室に戻れば大丈夫なんだろう?」
「そう、きっとそうだと思う」
僕と大和は一緒にトイレから出ると、男子トイレの前で待ち伏せのようなことをしているナツキがいた。
というかトイレまで尾行して待ち伏せしているとか本当にキモ過ぎる。こんなんが彼女のはずないじゃん。
でも、培養された思い出内では混乱して、彼女だと勘違いしてしまっていた。これこそ恥ずかしい。
大和は常に僕の半歩後ろを歩き、またナツキ側を歩き、完全にガードしてくれている。
その時だった。
大和がこう言った。
「泰我のことつけ回すなよ、気持ち悪いぞ」
ナツキは一気に顔を真っ赤にして、
「全然違うし!」
あぁそうか、ナツキを更生させないといけないから、何か突っかかって言わないとダメなんだ。
じゃあ僕も、と思って、
「いや僕のこと待っていたんでしょ、でも本当に彼女ならそんなことしなくても、いつでも顔を見合わせるような気がするけども。つまり彼女じゃないんじゃないの?」
ナツキはムキーッといった感じに、
「何言ってんの! アタシと泰我は付き合ってんの!」
大和は鼻で笑うように、
「いや本人からそう言われているんだから違うんだろ、ナツキの世界と現実の世界は違うぞ?」
ナツキは半ギレな感じで、
「そういうオマエは泰我の何なんだよ!」
大和は当然といった感じに、
「親友だけども」
僕も同調するように、
「うん、親友」
と答えると、ナツキは悔しそうに、
「男女の仲のほうが偉いんだから!」
と言ったわけだけども、僕はちゃんと改めて言うことにした。
「だから男女の仲でもないんだって」
するとまたシーンが変わる感覚がしたんだけども、そもそも男女の仲のほうが偉いという考え方も分からない。
親友と一緒にいることだって同じくらい尊いはずなのに。
シーンは東京観光になり、僕と大和と白樺と鶴橋で一緒に東京の歩道を歩いている。東京の歩道は広いので歩きやすい。修学旅行は平日なので、人通りもさすがにそこまで多くない。いやまあ地元から比べると多いけどさ。
あの二回目の時のように歩道橋を行こうとしたその時だった。なんと、歩道橋の階段の一番上でナツキがこちらのことを待ち伏せしていたのだ。
ナツキの登場パターンが変わることもあるのかと思っていると、白樺がこう言った。
「何かナツキいるじゃん、また泰我にちょっかい出してくるかもだから、泰我が先に歩いてさ、何かあった時の用心におれら三人で受け止められるようにしようぜ」
それに大和も鶴橋も、勿論僕も了承して、僕が先頭を歩き、三人が扇形に、三列で歩く隊列になった。
前から人がやって来そうにはないので、幅限度いっぱいに三人が歩いてくれるみたいだ。
僕は三人に守られながら、階段を歩き出した。
果たして僕のことを突き落そうとしてくるのだろうか、もしそうしたら犯罪過ぎる。でも犯罪のようなことをいっぱいやってきたナツキならやりかねない、と思っていると、上まで到達し、僕はナツキの横を素通りした。
あれ、ナツキに似ている人なのかなと思った時に、ナツキがガッと動き出して、なんと大和へ向かって手を伸ばしたのだ!
まさかいつも邪魔する大和を狙うとは……なんてね、そんなことも予測済み、僕はナツキの肩を掴んで止めて、大和の隣を歩いていた真ん中の白樺は大和をかばうような動きをした。
ナツキは振り返って、キッと僕を睨み付けた。
このタイミングで僕はすぐに言うことにした。
「大和のことを突き飛ばそうとしたでしょ、そんなん本物の彼女なら親友をケガさせようとか思わないでしょ」
大和も即座に、
「歩道橋から突き落とすなんて犯罪だぞ!」
でも、それ、僕一回やったよな、と思い、胸がチクンと痛くなった。
いやそんな自分の過去は棚に上げて、
「本当に酷いよ、そういうこと」
ナツキはもう片側の階段に向かって走っていって、そのまま降りていなくなった。
次に気付いた時には、僕は大和と一緒にベッドの上で横になっていた。
どうやら培養された思い出が終わったみたいだ。チェックが完了したというヤツだ。
現実に戻った僕と大和はベッドから降りて、早速大和が関係者にこのシャーレを渡しに行くということになり、僕と大和はバイバイして、僕は家へ戻ってきた。
大和からは「泰我と二人だったから頑張れたよ」と言ってくれて、すごく嬉しかった。
そこからナツキの経過観察の話を逐一、大和から聞いていった。
話によると、順調で、ナツキに変化が訪れて、自分が愚かだったことに気付いたようで、カウンセリングも今後受けていくことにしたらしい。
ナツキには何故か執行猶予が付き、同じこの世の中にいるけども、僕の前に現れることもなかった。
やっと日常に戻った。
僕は普通に通信制の高校で勉学に励み、大和もナツキの件の研究成果を研究室に持ち込んで、脳科学の研究をしているみたいだ。
毎日、大和とは通話をしている。今日あったこととか、他愛も無いことだけども、大和と会話している時が一番楽しくて。
僕にはもう、大和や白樺や鶴橋との学生生活は存在しないけども、一歩一歩、自分が失った時間を取り戻している。
・【11 培養された赤黒い思い出・後編】
・
次はサッカー部でのやり取りのシーンになっていた。
僕が先輩の女子マネージャーから、
「用具室の片付けをしたいから、一緒に来てよ」
と言われたところで大和が、
「あ、俺も取りに行きたいもんがあるんで、ついていきますわ」
と言ったんだけども、その先輩の女子マネージャーは、
「いや、いざモノを持つ時は男子一人いればいいから、大和は普通に後輩たちとラダーとかストレッチをしてて」
と言い、大和は少し困惑しながらも、
「あー、俺ストレッチする時、泰我の補助無いと出来ないんですよねー」
と食い下がったんだけども、その先輩の女子マネージャーは笑いながら、
「いやいやそんなこと無いでしょ、仲良過ぎ」
そう言ったところで爪先立ちで何かを大和に耳打ちすると、大和は深い溜息をついてから、
「じゃあ分かりましたよ……泰我、自分を強く持てよ」
と言ってきて、どうやらついてきてはくれないらしい。
僕一人でナツキに言わないといけない展開なのか……やっぱりある程度はストーリーライン通り動かないといけないらしい。そうしないと空間が意図しない形で崩壊とかするのかな。多分そういうことなんだろう。でもまあ結構言えるようになってきたし、大丈夫なはず。
先輩の女子マネージャーは独り言のように、
「自分を強く持てよって、こっちの恋路邪魔しないでよっ」
と言ったので、あぁ、この先輩の女子マネージャーは僕のことが好きだったんだと分かった。そう言えば入部当初からやけに優しかったなぁ。
ナツキのソレで中学一年生の六月にはもう寝たきりになったけども、もしこのままずっと中学校生活を満喫していたら……なんてね、もう名前も忘れてしまった先輩だけども。
用具室に着き、先輩の女子マネージャーの指示通り動いて、最後にゴム製のラダーを受け取ったところで、先輩の女子マネージャーが先に行こうとしたので、
「待ってください! 先輩!」
と一人になるよりは多分二人でいたほうがいいと思って、声を掛けると、先輩の女子マネージャーが嬉しそうに振り返って、
「おいおい、泰我ー、私がいないと寂しいかぁ~、私は私で別のところに用があったんだけども仕方無いなぁ~」
と満面の笑みで言ってきて、そういうことでもないけども、一応、
「そうですねっ、どうせなんで一旦一緒にグラウンドまで戻りましょう」
と言っておくと、先輩の女子マネージャーは「おう!」と返事してくれて、そのまま一緒に横を歩いて帰る感じになった。
先輩の女子マネージャーは当時流行していたサッカーの戦術について、熱心に話してくれている。
そうだ、僕、この先輩の女子マネージャーの深いサッカー知識を尊敬していたような気がする。
常に新しい特訓方法を調べて、顧問に進言もして、いわゆるサッカーオタクの本当に大好きな先輩だった。
あぁ、でもその日々ももう無いんだと思っていると、後ろからナツキの声がした。
「誰、その女?」
すると先輩の女子マネージャーも近くにいるので、先にその先輩の女子マネージャーが、
「あ、サッカー部のマネージャーですー、一年先輩の三年ね。この子、同級生?」
と、ちょっとイラついているように言った先輩の女子マネージャー。
ナツキは矢継ぎ早に、
「アタシは泰我の彼女です!」
と言うと、先輩の女子マネージャーは目を泳がせて、あわあわし始めた。
ここはハッキリ言わないと、と思って、
「いいえ、僕とナツキは付き合っていません。勝手に勘違いしないでよ、もう」
先輩の女子マネージャーのホッとした一息が聞こえてきた。
でもすぐそれを掻き消すように、ナツキの金切り声が聞こえてきた。
「そんなわけない! アタシと泰我は付き合ってる!」
僕はすぐさま、
「付き合っていないよ、いつも一方的にこっちを攻撃してきて。すごく嫌だよ、付き合っていると言うならせめて優しくしてよ、言い方も最初からキツイし」
ナツキはまた地団駄を踏み、
「キツイ感じが心地良いくせに!」
すると先輩の女子マネージャーが高笑いを上げてから、
「キツイ感じが心地良いはずないじゃん! 泰我くんは普通の優しいサッカー少年なんだから!」
ナツキは苦々しい顔をしながら、
「泰我の何を知ってんだよ! ブス!」
「確かにブスだが泰我くんのことは良く知ってるよ、いつも居残りでドリブル練習して、実はサイドを抉ってからのラストパスの精度が高くて。だからそうだねぇ、私はアーリークロスを練習したらもっと良くなると思っているよ」
あぁ、石井先輩、僕のこと、しっかり見てくださっている……あ、石井先輩だ、そうだ、この先輩の女子マネージャーって石井先輩だった。
ナツキは耳障りな声で叫ぶ。
「意味分かんない言葉ばかり使うなよ! バカ!」
僕は石井先輩へ、
「石井先輩、そろそろ行きましょう。大和たちが待っています」
「そだな! 意味分かんない言葉ばかり言う女子は置いといて、早くサッカーやろう!」
ナツキは追いかけてこなかった。
そこからずっと石井先輩とサッカー談義をしながら、練習グラウンドのほうへ戻って行き、最後に、
「石井先輩、有難うございました」
と僕は言うと、石井先輩は、
「何だよそりゃ! まるでお別れみたいなこと言うなよ! こっから練習だからな! 手伝って有難うなのはこっちだしさ!」
と言ったところでまたシーンが変化して、学校の教室になった。
即座に大和が、
「大丈夫だったか? 泰我」
と言ってくれて、僕はうんと頷いてから、
「全然大丈夫だったよ、むしろ石井先輩と会話出来て楽しかったよ」
と答えると大和がホッと一息といった感じに手を胸に当てた。
それに対して白樺が笑いながら、
「何だよそりゃ! 安堵感ごっこか! おれも一昨日デカいウンコ出て良かったぁ」
即座に鶴橋が、
「いや一昨日をしがむということは二日出ていないってことじゃん、もう心配だよ」
あぁ、白樺と鶴橋とのこういう会話、もっとしたいなぁ。スタートこそ汚い話だけども。
いやいや白樺と鶴橋は今も繋がっているわけだから、いくらでも喋れるわけだけども。
でも石井先輩……そのことは一旦忘れよう、無かった青春に思いを馳せることは。
そんなことを考えている間にも大和は、
「若くして便秘とかやめろよ、若くして便秘は」
鶴橋はすぐさま、
「若くして便秘という言葉を気に入るなよ、気に入って二回言うなよ」
僕も普通に会話に混ざろうと思い、
「気に入った言葉を二回言うキラーマシーン?」
白樺がすぐさま、
「仲間になりたそうにこっちを見ている、仲間になりたそうにこっちを見ている」
僕はすかさず、
「その場合はキラーマシーンが言っているわけじゃない、ナレーションが二回言ってる」
鶴橋が「なるほど」と言ってから、
「ドラクエってナレーションいるよな、ナレーション誰なんだ」
大和が間髪入れずに、
「俺」
と自分を親指で指差して、白樺が吹き出して笑ったところで、鶴橋が、
「というか次移動教室じゃん。早く行こうよ」
と言って、四人で教科書と筆箱を持って移動することにした。
僕はこの集団から外れないようにしなきゃと思っていると、前を歩く白樺と鶴橋の間に、大和は僕を入れてくれて、しんがりは大和が歩くことにしてくれたみたいだ。
すると、多分大和が邪魔なんだろう、ナツキが大声で声を掛けてきた。
「泰我! ちょっと先生に言われた用があるから手伝って!」
即座に大和が、
「じゃあ三人でやったら早いだろ、俺も行くから」
と答えると、白樺が元気に、
「つーか、おれらでやるからナツキ、その用を教えてよ」
と言い、鶴橋からも「うんうん」という同調する声が聞こえてきた。
ナツキは少し圧倒されるように、たじろいたけども、
「別に泰我だけでいいし!」
僕は大和のほうを見てから、
「いや、僕は大和の助けもほしいし、白樺も鶴橋も手伝ってくれるなら嬉しいし、ナツキも含めてみんなでいこうか」
白樺は納得するように、
「まあ何か先生から言われた指示役のナツキはいたほうがいいかぁー」
ナツキはかなり不快そうに、
「もういいわ! バカ!」
と言って、移動教室の方向とは逆に歩き出した。
鶴橋は小首を傾げながら、
「なんだったんだ」
と言い、白樺も「なぁ」と言っていたけども、当然先生から言われた用なんてないのだろう。
僕と大和は顔を見合わせて、軽くグータッチすると、またシーンが変わった。
四人でトイレにいる場面になり、オシッコを長く出していたほうが勝ち選手権を行ない、僕以外の三人がまず手洗いをして、白樺が終わったので僕も手を洗い始めると、大和が、
「ちょっと目ヤニをチェックする」
と僕を待つようなことを言い、白樺は吹き出しながら、
「そんな本格的な目ヤニチェックするんだっ」
鶴橋は頷きながら、
「まあ重要だからな、清潔感の上では」
白樺と鶴橋は先に行き、僕と大和が残った。
僕はふと、
「本当に僕は大和に助けられてばかりだ」
大和はフフッと笑うと、
「いいや、助け合いだよ。俺だって泰我に助けられていることはあるんだよ」
「どこが。僕本当、大和のためになっていることないよ」
「だからこの作業自体も、他の犯罪者の更生の応用になるし、何よりも俺は泰我がいてくれるだけで心が休まるんだ」
「そんな、何か、現物が無いね」
「あるんだよ、泰我という存在と一緒にいるだけで楽しいんだよ」
「そ、そうなの、かぁ」
あまりの直球の褒め言葉に照れ笑いを浮かべてしまうと、大和が「よしっ!」と声を出すと、
「じゃあ一緒に教室に戻るか、一緒に教室に戻れば大丈夫なんだろう?」
「そう、きっとそうだと思う」
僕と大和は一緒にトイレから出ると、男子トイレの前で待ち伏せのようなことをしているナツキがいた。
というかトイレまで尾行して待ち伏せしているとか本当にキモ過ぎる。こんなんが彼女のはずないじゃん。
でも、培養された思い出内では混乱して、彼女だと勘違いしてしまっていた。これこそ恥ずかしい。
大和は常に僕の半歩後ろを歩き、またナツキ側を歩き、完全にガードしてくれている。
その時だった。
大和がこう言った。
「泰我のことつけ回すなよ、気持ち悪いぞ」
ナツキは一気に顔を真っ赤にして、
「全然違うし!」
あぁそうか、ナツキを更生させないといけないから、何か突っかかって言わないとダメなんだ。
じゃあ僕も、と思って、
「いや僕のこと待っていたんでしょ、でも本当に彼女ならそんなことしなくても、いつでも顔を見合わせるような気がするけども。つまり彼女じゃないんじゃないの?」
ナツキはムキーッといった感じに、
「何言ってんの! アタシと泰我は付き合ってんの!」
大和は鼻で笑うように、
「いや本人からそう言われているんだから違うんだろ、ナツキの世界と現実の世界は違うぞ?」
ナツキは半ギレな感じで、
「そういうオマエは泰我の何なんだよ!」
大和は当然といった感じに、
「親友だけども」
僕も同調するように、
「うん、親友」
と答えると、ナツキは悔しそうに、
「男女の仲のほうが偉いんだから!」
と言ったわけだけども、僕はちゃんと改めて言うことにした。
「だから男女の仲でもないんだって」
するとまたシーンが変わる感覚がしたんだけども、そもそも男女の仲のほうが偉いという考え方も分からない。
親友と一緒にいることだって同じくらい尊いはずなのに。
シーンは東京観光になり、僕と大和と白樺と鶴橋で一緒に東京の歩道を歩いている。東京の歩道は広いので歩きやすい。修学旅行は平日なので、人通りもさすがにそこまで多くない。いやまあ地元から比べると多いけどさ。
あの二回目の時のように歩道橋を行こうとしたその時だった。なんと、歩道橋の階段の一番上でナツキがこちらのことを待ち伏せしていたのだ。
ナツキの登場パターンが変わることもあるのかと思っていると、白樺がこう言った。
「何かナツキいるじゃん、また泰我にちょっかい出してくるかもだから、泰我が先に歩いてさ、何かあった時の用心におれら三人で受け止められるようにしようぜ」
それに大和も鶴橋も、勿論僕も了承して、僕が先頭を歩き、三人が扇形に、三列で歩く隊列になった。
前から人がやって来そうにはないので、幅限度いっぱいに三人が歩いてくれるみたいだ。
僕は三人に守られながら、階段を歩き出した。
果たして僕のことを突き落そうとしてくるのだろうか、もしそうしたら犯罪過ぎる。でも犯罪のようなことをいっぱいやってきたナツキならやりかねない、と思っていると、上まで到達し、僕はナツキの横を素通りした。
あれ、ナツキに似ている人なのかなと思った時に、ナツキがガッと動き出して、なんと大和へ向かって手を伸ばしたのだ!
まさかいつも邪魔する大和を狙うとは……なんてね、そんなことも予測済み、僕はナツキの肩を掴んで止めて、大和の隣を歩いていた真ん中の白樺は大和をかばうような動きをした。
ナツキは振り返って、キッと僕を睨み付けた。
このタイミングで僕はすぐに言うことにした。
「大和のことを突き飛ばそうとしたでしょ、そんなん本物の彼女なら親友をケガさせようとか思わないでしょ」
大和も即座に、
「歩道橋から突き落とすなんて犯罪だぞ!」
でも、それ、僕一回やったよな、と思い、胸がチクンと痛くなった。
いやそんな自分の過去は棚に上げて、
「本当に酷いよ、そういうこと」
ナツキはもう片側の階段に向かって走っていって、そのまま降りていなくなった。
次に気付いた時には、僕は大和と一緒にベッドの上で横になっていた。
どうやら培養された思い出が終わったみたいだ。チェックが完了したというヤツだ。
現実に戻った僕と大和はベッドから降りて、早速大和が関係者にこのシャーレを渡しに行くということになり、僕と大和はバイバイして、僕は家へ戻ってきた。
大和からは「泰我と二人だったから頑張れたよ」と言ってくれて、すごく嬉しかった。
そこからナツキの経過観察の話を逐一、大和から聞いていった。
話によると、順調で、ナツキに変化が訪れて、自分が愚かだったことに気付いたようで、カウンセリングも今後受けていくことにしたらしい。
ナツキには何故か執行猶予が付き、同じこの世の中にいるけども、僕の前に現れることもなかった。
やっと日常に戻った。
僕は普通に通信制の高校で勉学に励み、大和もナツキの件の研究成果を研究室に持ち込んで、脳科学の研究をしているみたいだ。
毎日、大和とは通話をしている。今日あったこととか、他愛も無いことだけども、大和と会話している時が一番楽しくて。
僕にはもう、大和や白樺や鶴橋との学生生活は存在しないけども、一歩一歩、自分が失った時間を取り戻している。



