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・【10 培養された赤黒い思い出・前編】
・
近間は林間学校の、登山というか山の風景なんだけども、空のほうというか、奥のほうを見ると赤黒いモヤに囲まれていて、明らかに不快な空気が流れている空間だった。
僕が見ていた培養された思い出とは、赤黒いモヤに囲まれているという一点のみ違うが、その一点が巨大で不快なので、全然違うように感じる。
「泰我も来れたみたいだな」
大和が僕の背中を優しく叩いた。横に立っている大和も中学一年生の頃の風貌だった。
山登りしながら、大和から説明を受けている。
どうやら僕と大和はナツキがやりにくる行動に対して、しっかり糾弾しないといけないらしい。
それをナツキは時折俯瞰で見たり、自分になりきった状態で見たりするらしい。
とにかくナツキがちょっかいを出してきたら全力で拒否する、これはマストらしい。
そんな説明が終わったくらいのタイミングで、山頂でカレーを作っている風景に場面が飛んだ。
「じゃあここからだと思う。泰我、ちゃんと拒否するんだぞ。大きな声を出せば俺も気付ける。勿論俺も泰我の様子をチェックしながらカレーを作るが」
カレーは作るんだ、という初歩的なことを思った。
まあ培養された思い出のストーリーラインから外れたら多分ダメなんだろうなぁ。
僕は鶴橋が洗ったジャガイモを受け取って、ピーラーで皮を剥いていく。ややストーリーや状況が異なるような気がする。まあ培養された思い出を機械的にコピーしているわけじゃないだろうからなぁ、とか考えていると、後ろからナツキの声がした。
泰我が気付きやすいように、
「誰? ナツキ?」
と声を出しながら振り返ると、案の定、僕に向かって包丁を構えているナツキがいて、
「声で分かってくれたんだ、好きだねぇ、アタシのこと! おい! おい!」
と言いながら軽く包丁で突いてくる動作をしてきた。
僕はすかさず、
「そういう危ないのやめてよ!」
と言うと、泰我も近付いてきて、
「そうだぞ! 冗談じゃ済まないぞ! そんなん!」
と言うと、ナツキは明らかに不快そうな顔をしてから、
「男二人で言いまくってダサぁ」
とバカにするように笑った。
僕はその言葉に少し怯んでしまうと、大和が、
「包丁突いてくるヤツに男女は関係無いだろ、生身の人間と包丁持った人間という区分けになるだろ」
ナツキは舌打ちをしたが、大和も止まらない。
「おう、舌打ちくらいはいくらしてもいいけどよ、包丁をこっちに向けるとか非常識過ぎるだろ、なぁ、泰我」
と僕に話を振ってくれて、幾分喋りやすいと思ったところでナツキが割って入って来て、
「男子が何もしてませぇええーん!」
と手を挙げたナツキに、またすぐ大和が、
「女子が包丁で突き刺す動作してきました!」
と挙手すると、ナツキが唾を大和に向かって吐いてから、
「一回だけの冗談だろ!」
と声を荒らげると、大和は即座に、
「何度も突く動作をやって来ていただろ! 泰我も危険に感じただろ!」
とまた僕に言葉を振ってくれたわけだけども、ナツキも矢継ぎ早に、
「ただのじゃれ合いだからさ! 付き合ってんの! 言わせるなよ! 野暮だな!」
どうやらナツキは僕に喋りさせたくないらしい。
だから僕が喋りそうなタイミングでそれを潰してくるんだ。
でもそれこそ、と思って、
「その、仮に付き合っているなら喋らせてよ、僕の喋る機会をいちいち潰さないでよ」
ナツキは包丁をまな板に叩きつけるように投げると、
「そういうこと言ってほしいんじゃない!」
と叫んでから、そのままボロボロと大泣きしてしまった。
その瞬間、身体がふわっと軽くなった感覚がして、気付いたら、理科室の場面になっていた。
どうやら林間学校のシーンはこれで終わりらしい。
目の前に大和が座っていたんだけども、大和は椅子を持って隣に移動してきて一言。
「真後ろがナツキだ、気を引き締めていけよ。さっきはあんま強く糾弾出来ていなかったからな」
「分かった。僕も頑張るよ」
カセットコンロでフラスコを温め始めたところで、またナツキの声がした。
「どうしたの?」
と言いながら僕が振り返ると、僕に向かってチャッカマンの火を向けているナツキ。
即座に僕は、
「危ないよ、そういうことやめてよ、何でチャッカマンなんて持ってるの?」
ナツキは何故か得意げに、
「昔は使ったんだってさぁ」
すると大和も振り返って、
「先生! ナツキが授業に関係無いもの持ってきています!」
と挙手しながら立ち上がると、ナツキが憤りながら、
「邪魔すんな! ブス!」
大和は間髪入れずに、
「授業を邪魔しているのはナツキのほうだろ」
「というか喋んな! クズ!」
僕は大和が言われていることに納得がいかなくて、
「大和に酷いこと言わないでよ、そういうの本当に嫌かも」
するとナツキは急に不快感丸出しの顔をしてから、
「なにそれー、意味分かんなーい」
僕はすぐに、
「とにかくチャッカマンの火をこっちに向けないでよ、本当に嫌だ、危ないから」
ナツキはニヤニヤしながら、
「実は興奮しているくせにー」
と意味分からないことを言ってきたので、
「するはずないじゃん、火って危ないって先生が実験前に言っていたじゃないか」
また座った大和が、
「とにかくそういうことやめろよ、どんな勝算あってやってんだよ、それの何が良いんだよ」
ナツキは舌打ちをしてから、
「アタシと泰我の世界観をバカな大和が分かるはずないじゃん」
僕はここだと思って、
「僕だって分からないよ、だって僕の世界には大和と白樺と鶴橋くらいしかいないから。僕とナツキは同じ世界観を共有していないよ」
するとナツキは急に必死そうに立ち上がり、
「なんでなんでなんで! アタシと泰我はずっと一緒でしょ!」
僕はすぐに、
「じゃあ一方的に火葬しようとしないでよ、一緒なら優しく扱ってよ、そういうのは本当に嫌だ、嫌い」
ナツキは頭を抱えて大泣きし始めた。
その時にまた別の空間に飛び、今度は運動会のシーンになった。
まずは大和と二人三脚をするみたいだ。白樺が僕と大和の足を結んでから、一言労い、いなくなった。
大和が嬉しそうに、
「いびつな培養された思い出の中だけどさ、こうやって一緒に二人三脚出来るのは楽しみだなっ」
その快活な笑顔に何だかすごく心が躍って。
「声を出して一歩一歩、練習しようよ」
と僕が言うと、大和は楽しそうに、
「あぁ! 勿論!」
と言ってくれて、本当に嬉しかった。
でもそうか、僕はこの時間を失ったんだ。
寝たきりになったせいで、こういう青春があったはずなのに、僕は全てを失ってしまって。
いや違う、失っていない、こうやって大和が僕の傍にいてくれているじゃないか。
それだけで良い、のに、僕には白樺と鶴橋という仲間もまだいてくれている。
それで十分じゃないか、今まさに大和がいてくれるなんて、こんな贅沢なことは無いんじゃないか。
スタートの号砲が鳴り、僕と大和の二人三脚が一位でゴールして、足の紐を取って、一位の席に移動する。
その後、元の席に戻るわけだけども、大和とはまるでまだ二人三脚しているかのように隣を歩いてくれている。
そのタイミングで、前方でこちらをじっと見てくるナツキが話し掛けてきた。
「ちょっと泰我、アタシを医務室に連れて行って」
すると大和が即座に挙手しながら、
「誰か! 先生! ナツキがケガしたらしいので、ナツキを医務室に連れてってください!」
ナツキは苦虫を噛み潰したような顔で、
「いいから! 泰我だけでいい!」
大和は僕の背中をトンと叩いてくれて、ここは僕がちゃんと拒否しないと、と思って、
「ゴメン、次の競技の準備もあるから」
ナツキはすぐさま、
「付き合ってるからいいでしょ!」
僕はすかさず、
「その、付き合っていないから、そもそも。僕はまだ恋愛とか分からないからさ」
ナツキは地団駄をリアルに踏んでから、
「なんでそんなこと言うのっ? 意味分かんない!」
「そこまで僕に執着するほうが意味分からないよ」
「早く! ケガしたから! 足!」
ここで大和がカットインしてきて、
「いや本当に足をケガしていたなら地団駄踏めないだろ、もういいや、行こうぜ、泰我」
僕と大和がナツキの横を通り過ぎようとすると、僕は体操服をナツキに掴まれて、ちょっと止まってしまうと、ナツキが、
「いいから! こっち来いよ! いつも通りアタシの言う通りにしろよ!」
すると大和が振り返って、
「泰我の意志を尊重しろよ」
僕も言わないとと思って、
「もし付き合っていると言うなら、対等にいこうよ。僕は次の競技があるからそっちには行けないよ。ゴメンね」
ナツキは大和に向かって、地面を蹴って、砂を飛び散らかしたが、距離が近かったこともあり、顔までは舞って来なかった。
僕は大和に強く背中を押されたので、そのまま促されるまま、ナツキのことはもう無視して歩き出した。
・【10 培養された赤黒い思い出・前編】
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近間は林間学校の、登山というか山の風景なんだけども、空のほうというか、奥のほうを見ると赤黒いモヤに囲まれていて、明らかに不快な空気が流れている空間だった。
僕が見ていた培養された思い出とは、赤黒いモヤに囲まれているという一点のみ違うが、その一点が巨大で不快なので、全然違うように感じる。
「泰我も来れたみたいだな」
大和が僕の背中を優しく叩いた。横に立っている大和も中学一年生の頃の風貌だった。
山登りしながら、大和から説明を受けている。
どうやら僕と大和はナツキがやりにくる行動に対して、しっかり糾弾しないといけないらしい。
それをナツキは時折俯瞰で見たり、自分になりきった状態で見たりするらしい。
とにかくナツキがちょっかいを出してきたら全力で拒否する、これはマストらしい。
そんな説明が終わったくらいのタイミングで、山頂でカレーを作っている風景に場面が飛んだ。
「じゃあここからだと思う。泰我、ちゃんと拒否するんだぞ。大きな声を出せば俺も気付ける。勿論俺も泰我の様子をチェックしながらカレーを作るが」
カレーは作るんだ、という初歩的なことを思った。
まあ培養された思い出のストーリーラインから外れたら多分ダメなんだろうなぁ。
僕は鶴橋が洗ったジャガイモを受け取って、ピーラーで皮を剥いていく。ややストーリーや状況が異なるような気がする。まあ培養された思い出を機械的にコピーしているわけじゃないだろうからなぁ、とか考えていると、後ろからナツキの声がした。
泰我が気付きやすいように、
「誰? ナツキ?」
と声を出しながら振り返ると、案の定、僕に向かって包丁を構えているナツキがいて、
「声で分かってくれたんだ、好きだねぇ、アタシのこと! おい! おい!」
と言いながら軽く包丁で突いてくる動作をしてきた。
僕はすかさず、
「そういう危ないのやめてよ!」
と言うと、泰我も近付いてきて、
「そうだぞ! 冗談じゃ済まないぞ! そんなん!」
と言うと、ナツキは明らかに不快そうな顔をしてから、
「男二人で言いまくってダサぁ」
とバカにするように笑った。
僕はその言葉に少し怯んでしまうと、大和が、
「包丁突いてくるヤツに男女は関係無いだろ、生身の人間と包丁持った人間という区分けになるだろ」
ナツキは舌打ちをしたが、大和も止まらない。
「おう、舌打ちくらいはいくらしてもいいけどよ、包丁をこっちに向けるとか非常識過ぎるだろ、なぁ、泰我」
と僕に話を振ってくれて、幾分喋りやすいと思ったところでナツキが割って入って来て、
「男子が何もしてませぇええーん!」
と手を挙げたナツキに、またすぐ大和が、
「女子が包丁で突き刺す動作してきました!」
と挙手すると、ナツキが唾を大和に向かって吐いてから、
「一回だけの冗談だろ!」
と声を荒らげると、大和は即座に、
「何度も突く動作をやって来ていただろ! 泰我も危険に感じただろ!」
とまた僕に言葉を振ってくれたわけだけども、ナツキも矢継ぎ早に、
「ただのじゃれ合いだからさ! 付き合ってんの! 言わせるなよ! 野暮だな!」
どうやらナツキは僕に喋りさせたくないらしい。
だから僕が喋りそうなタイミングでそれを潰してくるんだ。
でもそれこそ、と思って、
「その、仮に付き合っているなら喋らせてよ、僕の喋る機会をいちいち潰さないでよ」
ナツキは包丁をまな板に叩きつけるように投げると、
「そういうこと言ってほしいんじゃない!」
と叫んでから、そのままボロボロと大泣きしてしまった。
その瞬間、身体がふわっと軽くなった感覚がして、気付いたら、理科室の場面になっていた。
どうやら林間学校のシーンはこれで終わりらしい。
目の前に大和が座っていたんだけども、大和は椅子を持って隣に移動してきて一言。
「真後ろがナツキだ、気を引き締めていけよ。さっきはあんま強く糾弾出来ていなかったからな」
「分かった。僕も頑張るよ」
カセットコンロでフラスコを温め始めたところで、またナツキの声がした。
「どうしたの?」
と言いながら僕が振り返ると、僕に向かってチャッカマンの火を向けているナツキ。
即座に僕は、
「危ないよ、そういうことやめてよ、何でチャッカマンなんて持ってるの?」
ナツキは何故か得意げに、
「昔は使ったんだってさぁ」
すると大和も振り返って、
「先生! ナツキが授業に関係無いもの持ってきています!」
と挙手しながら立ち上がると、ナツキが憤りながら、
「邪魔すんな! ブス!」
大和は間髪入れずに、
「授業を邪魔しているのはナツキのほうだろ」
「というか喋んな! クズ!」
僕は大和が言われていることに納得がいかなくて、
「大和に酷いこと言わないでよ、そういうの本当に嫌かも」
するとナツキは急に不快感丸出しの顔をしてから、
「なにそれー、意味分かんなーい」
僕はすぐに、
「とにかくチャッカマンの火をこっちに向けないでよ、本当に嫌だ、危ないから」
ナツキはニヤニヤしながら、
「実は興奮しているくせにー」
と意味分からないことを言ってきたので、
「するはずないじゃん、火って危ないって先生が実験前に言っていたじゃないか」
また座った大和が、
「とにかくそういうことやめろよ、どんな勝算あってやってんだよ、それの何が良いんだよ」
ナツキは舌打ちをしてから、
「アタシと泰我の世界観をバカな大和が分かるはずないじゃん」
僕はここだと思って、
「僕だって分からないよ、だって僕の世界には大和と白樺と鶴橋くらいしかいないから。僕とナツキは同じ世界観を共有していないよ」
するとナツキは急に必死そうに立ち上がり、
「なんでなんでなんで! アタシと泰我はずっと一緒でしょ!」
僕はすぐに、
「じゃあ一方的に火葬しようとしないでよ、一緒なら優しく扱ってよ、そういうのは本当に嫌だ、嫌い」
ナツキは頭を抱えて大泣きし始めた。
その時にまた別の空間に飛び、今度は運動会のシーンになった。
まずは大和と二人三脚をするみたいだ。白樺が僕と大和の足を結んでから、一言労い、いなくなった。
大和が嬉しそうに、
「いびつな培養された思い出の中だけどさ、こうやって一緒に二人三脚出来るのは楽しみだなっ」
その快活な笑顔に何だかすごく心が躍って。
「声を出して一歩一歩、練習しようよ」
と僕が言うと、大和は楽しそうに、
「あぁ! 勿論!」
と言ってくれて、本当に嬉しかった。
でもそうか、僕はこの時間を失ったんだ。
寝たきりになったせいで、こういう青春があったはずなのに、僕は全てを失ってしまって。
いや違う、失っていない、こうやって大和が僕の傍にいてくれているじゃないか。
それだけで良い、のに、僕には白樺と鶴橋という仲間もまだいてくれている。
それで十分じゃないか、今まさに大和がいてくれるなんて、こんな贅沢なことは無いんじゃないか。
スタートの号砲が鳴り、僕と大和の二人三脚が一位でゴールして、足の紐を取って、一位の席に移動する。
その後、元の席に戻るわけだけども、大和とはまるでまだ二人三脚しているかのように隣を歩いてくれている。
そのタイミングで、前方でこちらをじっと見てくるナツキが話し掛けてきた。
「ちょっと泰我、アタシを医務室に連れて行って」
すると大和が即座に挙手しながら、
「誰か! 先生! ナツキがケガしたらしいので、ナツキを医務室に連れてってください!」
ナツキは苦虫を噛み潰したような顔で、
「いいから! 泰我だけでいい!」
大和は僕の背中をトンと叩いてくれて、ここは僕がちゃんと拒否しないと、と思って、
「ゴメン、次の競技の準備もあるから」
ナツキはすぐさま、
「付き合ってるからいいでしょ!」
僕はすかさず、
「その、付き合っていないから、そもそも。僕はまだ恋愛とか分からないからさ」
ナツキは地団駄をリアルに踏んでから、
「なんでそんなこと言うのっ? 意味分かんない!」
「そこまで僕に執着するほうが意味分からないよ」
「早く! ケガしたから! 足!」
ここで大和がカットインしてきて、
「いや本当に足をケガしていたなら地団駄踏めないだろ、もういいや、行こうぜ、泰我」
僕と大和がナツキの横を通り過ぎようとすると、僕は体操服をナツキに掴まれて、ちょっと止まってしまうと、ナツキが、
「いいから! こっち来いよ! いつも通りアタシの言う通りにしろよ!」
すると大和が振り返って、
「泰我の意志を尊重しろよ」
僕も言わないとと思って、
「もし付き合っていると言うなら、対等にいこうよ。僕は次の競技があるからそっちには行けないよ。ゴメンね」
ナツキは大和に向かって、地面を蹴って、砂を飛び散らかしたが、距離が近かったこともあり、顔までは舞って来なかった。
僕は大和に強く背中を押されたので、そのまま促されるまま、ナツキのことはもう無視して歩き出した。



