培養された思い出


・【01 奇跡の生還】


 自分としては、ただ一晩寝ていただけだと思っていたんだけども、上体を起こせないのは勿論、手足が、指先すら動かない時に僕は一体どうしてしまったんだろうと思った。
 消毒液に似たような香り、無臭を目指している悪臭のような、不慣れな匂いが鼻腔をつく。
 なんとか喋れないものかと挑戦してみるが、声を出すこともできない。
 まるでやり方を忘れてしまったかのように。
 何も出来ずに、仰向けで横たわっていると、看護師のような恰好をした男性が僕の目の前にやって来たので、なんとか瞬きを何度も何度も繰り返すと、ギョッとした顔をしたと思ったら即座にいなくなり、数分後、お医者さんと思われる還暦近い男性とその看護師さんが戻ってきて、看護師さんのほうが、
「聞こえますか?」
 と聞いてきて、僕はなんとか首を動かして、頷くような動作をすると、看護師さんとお医者さんは目を合わせてから、大層喜んだ。
 よく分からないけども、助かったんだと思う。
 何が何やらだけども、きっと一命をとりとめたんだと思う。
 それが多分夜で、一夜明けた朝方にはもう両親が僕に会いに来てくれた。
 さらには親友の大和(やまと)も一緒、だとは思うんだけども、大和にしては何だか大人びていて、もしかしたら大和の兄かもしれない。
 何で大和の兄が僕の病室にいの一番に来たのかは分からないし、そもそも大和に兄っていたっけ? という記憶もチラつく。
 どことなく両親が老けているように見えるのは、まあ僕が病気で寝込んでいて、気苦労したんだなと分かるけども。
 とにもかくにも、両親と、大和の兄と、お医者さんと、看護師さんで、今後の僕の方針を喋っていくことになった。
 まずは僕の容体がとりあえず安定したこと、勿論これから経過観察をしていくし、そもそも身体が全く動かないので、リハビリが必要だと。
 さらに「大切なあのことを言って大丈夫そうか」とお医者さんが両親に問うと、僕の状態を改めて確認してから、
「きっと大丈夫です」
 とお母さんが答えた。
 大切なあのこととは何なんだと思っていると、医者が深呼吸してからこう言った。
「泰我(たいが)くん。君は寝たきりになってから、六年経過しています」
 僕は目を丸くした。
 その時に分かった。
 この大和の兄は大和の兄じゃなくて、六年間成長した大和だと。
 じゃあ僕は、と自分の姿を見たいが、鏡の類は何も無く、この部屋は六人部屋の間の部屋らしく、窓が無いので反射で見ることもできない。
 まさかこんなことが僕に起こっていたなんて。というか中学一年生からの六年間って十八歳ということ? ちょっと、この期間を寝たきりって人生の喪失大きくないか?
 そんなことを思っていると、大和がこう言った。
「実は俺、小学生の頃から両親の環境もあって、脳科学分野の研究をしていたの覚えているか?」
 僕は頷いたつもりだったけども、あまり首は動かなかった。
 でも大和はそんな僕の仕草で、気持ちが通じたみたいで、
「そうだよな、泰我だったら覚えていてくれているよな。それで、思い出というものを研究して、ついに思い出の培養というのが出来るようになったんだ」
 僕は小首を傾げたような表情が、多分出来たと思う。
 泰我は続ける。
「俺は楽しい思い出を培養して作り出したモノを、これから泰我に見てほしいと思っているんだ。お医者さんも認めてくださっていて、それを見ると脳が六年分ちゃんと成長するって」
 そんなことが出来るとは、本当に大和は聡明だと思う。
 大和とはずっと一緒だったから、これは本当の本当なんだ。幼馴染だからこそ、本当だと分かる。
 大和は言う。
「だから今後寝る時は俺が培養した思い出を見てほしいんだけども、いいか? 夢として作用するんだ」
 僕は強く頷いた、つもりなので、さっきより首が動いたはずだ。
 大和は清々しい笑顔で、
「有難う、泰我」
 と言った。
 そこからリハビリの方向性などを両親とお医者さんが話し合い、僕も了承している首の動きをしていた、と思う。
 両親は話し合い後、帰っていき、大和は残ってどうやら僕と喋ってくれるらしい。
 と、言っても、僕はまだ喋ることが出来ないけども、大和は僕にたくさん話し掛けてくれた。
 最近の時事から始まり、僕の両親の最近のことも喋ってくれた。
 僕の両親は共働きなので、確かに本当に忙しくて、すぐいなくなってしまうことも道理なんだけども、大和がこうやって残って、いっぱい話し掛けてくれることが本当に嬉しかった。
 リハビリ的にも、人の話を聞くだけでもかなり良いらしいので、たまに見回りに来る看護師さんも嬉しそうに微笑んでくれた。
 相変わらず食事は点滴だけ。するとどうだろう、一丁前にお腹がすいてきて、何か食べたくなってきた。
 僕は一体、今、何を食べたいだろうか。
 何か水っぽいモノが食べたい気分だ。
 そう言えば今の季節が分かりづらいけども、出来れば西瓜とか食べたいかもしれない。
 大和は半袖、両親は長袖だったので、五月か十月か、出来れば五月のほうがいいなぁ、とか思っていた。これから西瓜の季節を迎えるほうの。
 結局夕方までいてくれた。宴もたけなわとなったところで、大和は持っていたバッグからシャーレを取り出して、
「これが培養された思い出で、寝る時に近くに置いておけば、その培養された思い出が見れるから。まだ泰我は自由に動けないようだから、耳元にもう置いておくよ。勿論お医者さんから許可ももらっている。これを見ると脳だけじゃなくて、身体にも良い影響があり、リハビリも捗るから。それも脳の伝達分野という話で」
 大和は僕にシャーレの中身が見えるように持って、中の様子を見せてくれた。
 そこには緑色と茶色の絵の具のようなモノが入っていた。伸ばした絵の具ではなくて、チューブから出した直後の厚みのある状態の絵の具だ。
 最後に大和は「じゃあまた明日」と言ってくれたけども、果たして勉強は大丈夫なのだろうか。
 六年間寝ていたのは分かったけども、大和が高校三年生なのか、大学一年生なのかは分からなかった。
 大和はあまり自分の話をせず、時事の話が終わったら、僕の両親の話に終始していた。
 もし僕が喋られるようになったら、大和の現在を聞きたいと思った。
 さて、今日はもう寝る時間。
 どうやら寝て夢を見ると、その夢が”培養された思い出”という話だ。
 正直深くは分かっていないけども、まあ大和のことは全面的に信頼しているので、安心して眠ることにした。