revival june

 二人でベンチに腰掛けたまま無言の時間が続いている。涼は話しかけるタイミングや話す内容が思いつかなくて睦美の顔色を伺っていた。睦美も同じようでチームにいた頃はまっすぐ涼の目を射抜くように見ていた瞳はゲームのスティックをグルグル回しているように泳ぎまくっている。
 だけど、意を決したように睦美が涼を見た。
「久しぶり……だね」
「……うん……」
 せっかく話しかけてくれたのに涼はうまく返すことができない。あの時ちゃんとした別れ方ができてなく、後ろめたさがあったからだ。
 睦美とは小学四年生の時、同じリトルリーグのチームで出会った。その当時はのことはよく覚えていて、女の子なのにすごく上手いなと思っていた。実際、家庭の事情で小学4年生になっていきなり硬式野球から始めた涼に対して、睦美は小学2年生から軟式野球を経験して硬式野球に来ていた。それだけでなく睦美は才能の塊で、同期の中ではかなり目立っていた。実際人数が先輩の人数が少なかったとはいえベンチ入りメンバーの最後の一人を入ってすぐ勝ち取り、6年生に上がったときはエースピッチャー、4番バッター、キャプテンをやっていたほどだ。それだけじゃなく睦美は姉御肌なタイプでチームに入ってすぐ同期のリーダーシップを取ってチームをまとめた。そんな睦美に憧れた。それに対して涼は一番下手で才能は一部にしか現れなくてパッとしない選手だった。最初はレベルの違いに睦美に声をかけることができなかったけど、母さんの迎えが遅かったのもあって、練習が終わってもバットを振る涼に睦美が「頑張ってるね」と話しかけてくれたのが始まりだった。
 そして5年生に上がった直後、練習が終わって解散になった後に涼がいつものように母さんの迎えが来るのを待ちながら素振りをしていると睦美も同じように投球練習をしていた。睦美は家が遠いのと親の仕事が忙しくて涼と同じく迎えが遅い組だったから、いつからか睦美も迎えが来るまで使えるものを使って練習していた。ブルペンでマウンドからホームベースの後ろにセットしたネットに向かって何回も投げていた。投球練習はキャッチャーがいたほうがいいよなと思い、涼は素振りをやめて球を受けることを申し出ると、笑顔になってお願いをしてくれた。それからはずっと練習が終われば二人で親の迎えを待つまで切磋琢磨し合った。
 そして5年生最初の大会で涼は努力の甲斐あってレギュラーを勝ち取れた。涼はホームランに憧れがあり、バッティングを重点的に練習していたことと、涼の才能はバッティングで開花したこともあり試合でも睦美と二人で大暴れした。そして6年生になったときに、当時睦美とバッテリーを組んでたキャッチャーの子が親の転勤で関東に引っ越すことになってチームを去ることになった。そこで空いた穴に睦美は涼を指名した。涼はバッティング以外からきしで守備は一塁がかろうじて普通にできるくらいだった。流石にやったこともないキャッチャーは難しいと一度断った。確かに練習のある日は毎回睦美の球を受けていたけど、試合でキャッチャーをできるかと言われたらそれは話が違う。けど睦美は頑なだった。キャプテンがそこまで自分を頼ってくれるというのが嬉しかったから、キャッチャーを猛練習し、なんとか形になって正式にキャッチャーを守ることになった。
 そして6年生の夏の大会で涼と睦美の二人の活躍でチームは初めて2回戦突破はもちろん、全国大会にまで出場することができた。あの時の感動は今でも覚えている。チームのみんなはもちろん、親や姉ちゃんも自分のことのように喜んでいた。あの時が小学校時代で一番輝いていたと思う。
 それから半年。もうすぐ卒業という時期にあの事件が起きた。あの事件のせいで涼は心に深い傷を負い、まともに話せる状況じゃなかった。見舞いに来てくれた睦美にも それだけじゃなく事件を思い出してしまうと一時的に郡山へ引っ越すことに決めてしまった。睦美に告げる時間もなく別れの挨拶もできずに引っ越してしまったため、今更どの面下げて会えばいいのか、そもそも会う資格があるのかと自己嫌悪になる。
「野球続けてたんだ」
「うん。それが姉ちゃんの願いでもあるから」
「あ、……そうだよね」
 睦美の声のトーンが落ちる。しまったと思って顔をあげると睦美は泣きそうな顔をしていた。涼の心臓が早く血液を送り出し始める。
「あ、あの!」
「え?」
「その引っ越しの時挨拶行けなくてごめん!」
「え……あ、ああ!気にしてないよ……あんなことがあったあとだったし。それにしばらく後に手紙くれたでしょ。あれすごくうれしかったんだ、涼が大変な中私のことを思ってくれてるって。それに涼が持ち直せたんだって安心した。だから、大丈夫」
 確かに引っ越してから半年くらい経ってから涼はある程度状態が良くなって睦美に手紙を書いた。別れをちゃんとしていないと思い出して慌てて書いたものだったけど、正直挨拶もなしに引っ越したことを怒っていると思っていた。ほとんどダメ元みたいな感じで送ったものだった。
「そ、そう。よかった」
「うん。」
 勢いで肩の荷を下ろせて緊張をほぐせたのか一気に話が波に乗った。特に小学校卒業からの三年間の話で盛り上がった。どこで野球をしてたのか、とか。所属してたチームのこととか。涼の新しい環境や、睦美の中学時代、離れてた時どんなことがあったのかを中心に空白の三年間をお互いに教え合った。またこの三年で二人はかなり成長していた。そのこともお互いびっくりして感想を言い合う。今頃だけど、小学生の時と違っていろいろ成長したところもあり、それに二人で驚きながら話した。
 気がつくと夕食まで15分を切っていた。
「あ、そろそろ戻ろう」
「あ、うん……。ねえ涼、最後に一ついい」
「うん?いいけど」
 振り返るとさっきまでの楽しそうな笑顔と違い、真面目でどこか不安げな顔で涼を一直線に見ていた。
「……今、彼女いる」
「……え?」
 予想外の質問に驚いてしまい脳が理解するのに時間がかかった。その時間が長く感じたのか睦美は追撃してくる。
「いる!?」
「い、いない」
 そう答えると睦美は頬が一瞬緩んだ。そしてまたキッとしまった顔になって涼をまっすぐ見つめ、絞るように言葉を発した。
「……あ、あのね」
「う、うん」
「……ずっと涼が好きだったの!!」
「……え?」
「だから、涼のことが好き!!」
「……うそ」
「嘘じゃない!涼がずっと陽向(ひなた)姉ぇのことが好きだったの知ってる。その陽向姉ぇもあんなことになって言い出しづらかったの。でも、もう我慢したくない。やっと会えたんだもん。自分の練習したかったのに私の投球練習に付き合ってくれた涼が好き!涼のお母さんが迎えに来ても一緒に待ってくれた涼が好き!下手だと言われてもめげずに頑張っている涼が好き!!優しくて、とにかく涼が好き、大好き!!!……だから、私と付き合ってください!」
 睦美の顔が暗くなりかけているのにはっきりと赤くなっているのがわかった。
 涼は睦美の気持ちに驚きを隠せなかった。同時に涼自身も顔が熱くなるのがわかる。
 小学生時代、睦美の言う通り涼は近所に住んでいた陽向に恋していた。だから、涼は睦美が自分のことを好きだなんて微塵も思っていなかった。むしろ何でもできる睦美に自分は釣り合わないとさえ思っていた。でも、同時に自分のことを気にかけてくれるのがすごく嬉しかった。だから睦美の役に立ちたかったし、楽しく野球をやる睦美と隣で野球をしたかった。
 そして睦美とバッテリーを組んでた時は陽向といる時と同じくらい、もしかしたらそれ以上に楽しかった。試合で勝てたら嬉しくて、負けたら悔しかったし、一緒に遅くまで練習して疲れたら野球のことを話して……。
 そのことを思い出した涼は、すっと言葉が出てきた。
「こちらこそ、お願いします!!」
「!!……嬉しい。ありがとう」
「!!」
 涼の答えを聞いた瞬間、睦美は涼と唇を合わせた。
「ずっとこうしたかった。ずっと、ここに来たかった。どう頑張っても取れなかったポジション。絶対誰にも渡さない」
「……うん。それとさ、睦美の気持ちに気づけなくてごめんね」
「いいよ。……改めて、これからよろしくね涼」
「うん。睦美」
 今度は涼から睦美を抱きしめた。そのときスマホのアラームがなり19時を指していて、二人して大慌てで寮に戻った。