revival june

 太陽が傾き、もうすぐ日が落ちようという夕暮れに、涼と睦美は遊園地に併設されているグラウンドで睦美はマウンド、涼はキャッチャーボックスに立った。半年振りに眺める光景に涼は懐かしさと寂しさが混じった感じになる。
 『owl』に来た次の日、家族と霧島さん、陽菜さんで話し合い、涼と睦美は学校を辞める決断をした。最初は家族も止めようとしていた。話が普通ならあり得ないことを言っているのだから。だけど霧島さんの誠意ある説明とお願い、涼と睦美が実際にスワンのボートを持ち上げて実践したこと、そして2人の強い意志を知りOKを出した。
 もちろん全く未練がないわけじゃなかった。実際その日の夜、2人は年甲斐なく大泣きした。異形化する原因にもなった通り魔に愚痴を吐いた。けど、陽向のように大切な人を失うことの方が一番嫌だった。それが2人の決意を固めた。
 だから、どんなに辛い訓練でも2人は喰らいついた。軍隊みたいな厳しさではないけど、それでも野球の基礎トレーニングよりも何十倍も辛かった。けど、2人一緒だったから耐えられた。
 そしてようやく異形の体に順応して、暴発の心配はなく、パワーのコントロールがきちんとできるうになったと専属トレーナーからお墨付きを得てまた2人だけとはいえ野球ができるようになった。
 これまでやってきた訓練は3つ。1つは戦闘訓練。2つ目は『異形の身体能力を体感し、コントロールする』これはあの日説明されたことだ。もう3つ目は『自分の今の力加減は人間からしたら常識の範囲内か』というのを体に覚えさせるというもの。。
 格闘訓練はともかくとして、『異形の身体能力を体感する』というのは、超人的な力を実際にやってみることだ。例えば時速100km/hで走る電車と競争したり、ダンプカーを片手で持ち上げたり、廃墟ビルをパンチで粉々にしたり、相模川の両岸をジャンプして渡ったりと、アニメのキャラクターになった気分を味わえた。けど、当然危険だから涼には遊園地のガーデニングの担当もしている金城祐太郎(きんじょうゆうたろう)さんが、睦美には陽菜さんがついて指導してもらった。こちらは三ヶ月もすれば体に馴染んだ。
 けど2つ目の『自分の今の力加減は人間からしたら常識の範囲内か』確認する訓練が大変だった。
 異形の身体能力が出てしまうタイミングは咄嗟の時と無意識に出てしまう時と教えられた。咄嗟の時は反射だからこれをコントロールするのは無理だから、訓練するのは無意識の時だと言われた。特に目に見えないパワーの使い方には要注意。例えば走るとは、普通の人と明らかにスピードが違うから調整できるけど、持っているものの重さとかはわからなくなりがちだ。邪魔だからどかそうと鉄骨を20本くらいを1人で持ち上げたらそれは異常な光景だ。そういう事故を防ぐために、人間が持ち上げられる最大の重さと、異形化して実際に持って感覚を掴んでいく。そしてそれを繰り返すことで、体に人間として振る舞うようになれる。
 だけどこれが中々大変だった。
 力加減を間違えるというのはしょっちゅうで、異形仕様になっていない扉を開ける時に壊してしまうということもあったし、陽菜さんの抜き打ち試験もあった。「これあそこに持ってってくれる」と頼まれるが、それが人間には持てないものというトラップを涼と睦美はよく喰らった。なかなか浸透せずに涼は睦美と落ち込むことが多かった。
 また涼と睦美は野球をやっていたから、せっかくだから野球ボールで感覚を養う訓練もしていた。今まで当たり前にやっていたから投げる時も涼は200km/h越え、睦美は160km/越えのボールを投げてしまい、新しく感覚を身につけるのに相当時間がかかったのだ。
 パシン!!
「あちゃー」
 涼が構えたところからはかなりそれてしまったけど、キャッチャーミットからはいい音を響かせた。
「でも球威はそこまで落ちてないよ!ナイスボール!」
 涼はボールを睦美に返す。けど涼も右へ大きめにそれてしまった。
「ごめん!」
「大丈夫だよー。ドンマイ、涼!」
流石に半年もちゃんと本格的に野球をやっていなかったから涼も睦美もコントロールが落ちていて、フォームや球の軌道こそ形を失ってないけど狙ったところにボールを投げることができない。それでもやっと野球ができたことが嬉しいし、楽しかった。
 パシン!!
 次は右バッターがいたらデッドボールギリギリのところだった。
「おしい!」
「うーん。やっぱりブランクは大きいなぁ……」
 睦美にボールを返し、また構えに入る前に
「2人とも、調子はどおー」
「あ、こんにちは珊瑚さん!」
 後ろの客席から聞こえてた声に、睦美が返事をする。涼と睦美は一旦そっちへ向かった。
 バックネットにかじりつくように涼たちのいるグラウンドを見ていたのは組織の情報担当諏訪田珊瑚(すわたさんご)さん。涼と睦美の訓練の経過を記録するからよく会う女性だ。見た目は細い顔に長い髪、その髪が緑色ということを除けば大和撫子みたいな印象を持った。だけど性格は楽しいことが好きな人で、遊園地のヒーローショーの段取りやらを決めて自ら火薬を仕掛けてあれこれやる、ちょっと騒がしいけど行動力のある人でもある。
「やっぱりコントロールがうまくいかないです」
「けど、他は大丈夫です!」
「よかった。でも、いきなりたくさんやっちゃだめよ」
「はい。……あの、グラウンド使ってよかったんですか?」
「もちろん。遊園地はもう閉園してるし、今日は特に予約なかったからね。せっかく野球解禁なんだから、球場の方がいいでしょ」
「ありがとうございます」
「じゃ、私はまだ仕事あるから。楽しんでてね」
 と、残して諏訪田さんはバックネットの客席から出ていった。
 そして入れ違いでとんでもなく顔が整った女の子が入ってくる。
「あー、むつみとりょー君野球やってるの!」
「え、本当。ついに解禁?」
 その後ろから女の子と同じ顔が続いて入ってきた。
 間の抜けたような名前の呼び方をするのは涼と睦美の2人と同い年の双子、白鳥綾斗・綾香の兄妹だ。見た目はおしとやかという言葉が似合い、兄は少しくせっ毛だけど黄金に近いショートの金髪と柔らかい瞳が特徴。ちなみに涼は自分が可愛いと言われるのを少し気にしていたけど、綾斗はそれがバカに思えるくらいの美人さんである。妹は長い金髪が旗のようになびいて、ちょっと暗さを感じる表情がミステリアス感を出していた。
「ねぇ、打席立っていい?もちろん打たないから」
 綾香が楽しみを見つけた子供のようにお願いしてきた。
「こら綾香。2人の邪魔しない」
「ええぇ……むつみのボール近くで見てみたい」
 綾斗が綾香を叱る。抗議のために綾斗の胸をポカポカ叩いているけど、端からみたらカップルのじゃれ合いにしか見えない。顔がいい分薔薇の花のイメージが後ろ出そうだ。
「あー、危ないからまた今度ね」
 流石に硬式球を使っているので、いくら異形化しているといえど防具、特にヘルメットなしで立つのは危ない。
「えぇ、残念。じゃ、見ててもいい!」
「まぁ……いいよ」
「やったー」
「じゃあお言葉に甘えて」
 双子がちょうど真後ろに陣取った。ちゃっかり綾斗も座っていることにやっぱり興味あったんだと涼は思った。
 誰かに見られることは慣れているけど、あんなに期待された眼差しで見られるのは緊張する。
 マウンドに戻った睦美が振りかぶる。
 パシン!!
 またそれてしまったけど、さっきよりもズレは大きくない。
「すごーい!!」
 客席で綾香が今のボールを見て大はしゃぎしている。
「ありがとう!」
 睦美がお礼を言って、もう一度構える。涼もストライクゾーンど真ん中にミットを構える。
 パシン!!
 今度はストライクゾーンの中に収まった。
「ナイスボール!」
 睦美はVサインで返事した。久々と言えど、体はしっかり覚えてて安心した。
 だけど、諏訪田さんにも言われた通りいきなり飛ばすのは良くないから20球くらいできり上げ、グラウンド整備をしてから施設に戻った。
 
 食堂では配膳が始まっていた。手を洗って当番の人から今日のメニューを受け取ると席を探すが、あまり空きはなかった。
「涼、広川。こっちどうだ?」
 少し前のテーブルで涼のトレーナーの金城さんが手を挙げている。よく見ると反対側が2つ並んで空いていた。他に空いてそうなところはないから涼と睦美はそこに座った。
「2人ともよくここまで頑張ったね」
 金城さんが珍しく2人を褒めた。普段から口数が少なくて、訓練では鋭い指摘をズバッと言うので褒められたとは素直に嬉しかったし驚いた。
「「あ、ありがとうございます」」
「正直、投げ出すかと思ってた。けど決してめげなかったのには驚いたよ。結構きついこと言ったのに喰らいついて。2人は今までで一番達成感のある教え子だよ」
 訓練の時には見せなかった優しい表情でまた褒められ、目を合わせられなくなる。心にあった重りがなくなったような気がした。
「でも、昨日までやったのはあくまでも最低ライン。これからは応用に入る。忘れてはいけないのは、俺たちは異形の存在だ。もし俺たちのことがバレれば、何が起こるかわからない。そして敵の存在が明確になった今、頼れるのは仲間だ。警察はあてにならないし、下手したら奴らの仲間と思ったほうがいい。だから、強くなれ、そのためにも俺は2人を全力で育てる」
「「はい!」」
「よし、じゃあさっさと食って英気を養え。今日はデザートがカスタード多めのシュークリームだからな」
 そう言ってシュークリームを頬張る。やっぱり訓練のイメージがあったから何かシュールに感じるが、次の瞬間涼に向かって口に含んだシュークリームの残骸が飛んできた。
「危な!!」
「涼!大丈夫!?」
 椅子に足を引っ掛けて倒れたけど、そのおかげでかからずに済んだ。
「ゲホッゲホッ!!」
 金城さんが咳込んで水をゴクゴクとすごい勢いで飲んでいる。
「……白鳥!!!」
 金城さんが白鳥兄妹を怒鳴って呼んだ。
「アハハ、ドッキリ大成功」
「今日のロシアンルーレットは金城さんだったね」
「嘘つけ!?お前ら食事当番だろうが!?」
 この施設は食事は当番制だ。といっても人数が多いので霧島不動産の社員で秘密を守れる専門のスタッフさんがいるけど、将来自立した時に自炊できるよう何人か手伝っている。涼と睦美も何回かやっている。そしてそれを悪用していたずら好きの白鳥兄妹がシュークリームに何かを仕込んだらしい。
「この前の仕返しだよーきんじょーさん♪」
「そうだよー。この前私たちが楽しみにしてたプリン食べたでしょ」
 なんてベタな展開なんだ……。
「そのことについてはその時謝っただろ!?」
「あれは僕たちが何時間も並んで手に入れたのに」
「あろうことか2つも食べるなんて」
 金城さんって甘党なんだ。涼は師匠の意外な一面を知った。だけどそれすら霞むくらい、今の涼は穏やかな気分ではなかった。
 金城さんの言うことをのらりくらりしている白鳥兄妹を見たあと、睦美を見る。睦美は満面の笑みを浮かべて頷いた。どうやら同じ気持ちのようだった。
「綾斗君?」
「綾香?」
「「……え?」」
 戸惑った顔をしながら涼と睦美を見た。
「あのね、綾香ちゃん。食べ物を粗末にしちゃダメでしょう?」
「やっていいことくらい……わかるよなぁ?」
 涼たちのボルテージが予想外の域だったようで、白鳥兄妹は固まって冷や汗をかいていた。
「「……おやすみなさい!!」」
「「待てぇー!!!!」」
 それから15分ほど鬼ごっこをして陽菜さんの元に連行した。