嘘つきな天気雨みたいな恋だった

 深夜一時。部屋の明かりは落としたまま、私はベッドの上でスマートフォンを握りしめていた。
 暗闇の中、網膜を刺すブルーライトだけが世界を照らしている。

 ブラウザの更新ボタンを、何度目かわからないほどタップする。
 画面が切り替わり、『コンクール二次選考通過者発表』の文字の下に、ずらりと並んだペンネームの羅列。
 スクロールしていく指が、ある一行でピタリと止まった。

 そこには、見慣れた彼のペンネームがあった。

「……っ」

 一次選考を突破した時よりも、遥かに重く、生々しい歓喜が全身を駆け巡る。私が赤ペンで削り出し、彼が命を削って紡いだ言葉が、また一つ高い壁を越えたのだ。軍師として、これ以上の嬉しさはない。

 けれど、歓喜の波が引いた後に残ったのは、冷たい泥のような恐怖だった。
 ドクン、ドクンと、鼓膜の奥で脈打つ心臓の音が、失恋へのカウントダウンのように響き始める。
 彼が「あの人」に告白するための条件が、着実に整いつつあるのだ。

 その時、手の中のスマートフォンが震え、画面に『先輩』の文字が浮かび上がった。

「はい」
『雨音! 二次、通ったぞ!!』

 通話ボタンを押した瞬間、耳元で弾けたのは、震えるような歓喜の声。

『……次はいよいよ最終選考作品の発表だ。そこも生き残れて、もしその最終選考も突破したら、俺、絶対に逃げずにあいつに想いを伝えるよ。だから……最後まで俺の背中を押してくれ』
「……最終選考に選ばれてもいないのに、気が早いですね」

 私は喉の奥から這い上がろうとする嗚咽を必死に噛み殺し、いつもの生意気なトーンを完璧に装って答えた。

『わ、分かってるけど、心の準備が……』
「まあ、任せてください」

 こっちも、心の準備なんて全然出来ていないのに。
 明るい声を演じながら、私はもう片方の手で、シーツが破れそうなほど強く握りしめていた。

 電話を切った後。
 私はベッドから抜け出し、デスクの上に置かれた小さな鏡の前に座った。
 薄暗い部屋の中、鏡越しに自分と目が合う。そこに映っているのは、ひどく青ざめて、今にも泣き出しそうな惨めな少女だった。

「……受賞、おめでとうございます、先輩」

 声に出して、笑ってみる。

「目元が引きつっています。マイナス十点」

 冷徹に、鏡の中の自分を添削する。

「……私の添削のおかげですね。本当に、おめでとうございます」
「声が震えています。やり直し」

 何十回と「おめでとう」を繰り返す。
 けれど、鏡の中の笑顔はどれも不格好で、不自然で、少しでも触れたら崩れ落ちてしまいそうだった。

 最終選考の結果発表まで、長くてもあと一ヶ月はある。
 その日までに、私は自然で、嬉しそうな笑顔を浮かべられるようにならなければいけない。
 先輩の幸せを心から祝福し、笑って彼の背中を押す、最高の「相棒」の顔に。

 彼が栄光を掴み取り、すべてが報われるその瞬間。
 私の作り上げた嘘が完璧な傑作になり、私は彼の隣にいられなくなる。

「大丈夫」

 鏡の中の、不格好な笑顔の自分に言い聞かせる。

 まだ一ヶ月ある。ゆっくり、完璧な防波堤を準備していこう。
 ――結果発表の日、私の世界が終わるのを、なんとか耐えられるように。