スマートフォンの画面に燦然と輝く【大賞】の文字を前に、歓喜に震えていた先輩が、勢いよく椅子から立ち上がった。
「雨音、俺……今から行ってくる! あいつに、ずっと言えなかったこと、伝えてくる!」
熱を帯びた、決意の瞳。物語の主人公が、ついにヒロインの元へ走り出す瞬間。
私は、あの夜から何百回と練習してきた「一切の曇りもない、百点満点の親友の笑顔」を顔に貼り付けた。
「ええ、行ってらっしゃい。振られたら承知しませんからね♪」
バタン、と。
乾いた音を立てて部室のドアが閉まる。廊下を走っていく先輩の足音が遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなった。
世界から、彼が消えた。
夕暮れの赤い光が差し込む、一人きりの部室。
私はまだ、笑っていた。
「やった……。バレなかった。最後まで完璧に、やり遂げた」
自分に言い聞かせるように、震える唇で呟く。
視界に入るのは、机の上の光景。彼が丸めて捨てた書き損じの原稿用紙の束、深夜のファミレスでバカみたいに笑いながら書き殴ったプロットノート、そして、インクが切れて書けなくなった一本の赤ペン。
それらはすべて、私たちが確かにここで共に戦ったという残骸だった。
帰ろう。
そう思って立ち上がろうとした瞬間だった。両足からふっと糸が切れたように力が抜け、私は無様な音を立てて床にへたり込んでしまった。
「え……?」
息が、うまく吸えない。
視界が急にぐにゃりとぼやけ、自分の頬に、熱い水滴が次々とこぼれ落ちていることに気づいた。
(ああ、そうか)
「おめでとう」と言い聞かせていた理性という防波堤が、凄まじい轟音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
彼はもう、この部室には戻ってこない。
もう二度と、私の赤ペンを必要とすることはない。
彼が今、持てるすべての熱を注いで向かっている場所は、絶対に私の隣ではない。
完璧な笑顔を作るために酷使していた顔の筋肉が、醜く歪んでいく。声を殺そうと両手で口を覆っても、指の隙間からひどい嗚咽が漏れ出した。
私は這いつくばるようにして机の上の「インクの切れた赤ペン」に手を伸ばし、それを両手で痛いほど強く握りしめた。
もはや何の役にも立たない、空っぽのプラスチックの筒。それはまるで、彼にとって用済みとなった私自身のようだった。
「……行かないで」
これまで絶対に口に出さなかった、彼には一生聞かせないと誓っていた本当の言葉が、誰もいない部室にボトリと落ちた。
「私だけを見てよ……っ」
綺麗事も、軍師としてのちっぽけなプライドも、すべてが涙と一緒に泥のように溢れ出す。
「先輩のバカ……私のほうが、ずっと……ずっと先輩のこと、好きなのに……!」
声を上げて、子供のように泣きじゃくった。
私の恋は、彼を勝たせるための薪となって燃え尽きた。あとに残されたのは、インクの切れたペンを抱きしめて床にうずくまる、ただの惨めな女の子だけだった。
――これは、誰にも読まれることのない、世界で一番みっともなくて、不格好な、私だけのラブレターだ。
「雨音、俺……今から行ってくる! あいつに、ずっと言えなかったこと、伝えてくる!」
熱を帯びた、決意の瞳。物語の主人公が、ついにヒロインの元へ走り出す瞬間。
私は、あの夜から何百回と練習してきた「一切の曇りもない、百点満点の親友の笑顔」を顔に貼り付けた。
「ええ、行ってらっしゃい。振られたら承知しませんからね♪」
バタン、と。
乾いた音を立てて部室のドアが閉まる。廊下を走っていく先輩の足音が遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなった。
世界から、彼が消えた。
夕暮れの赤い光が差し込む、一人きりの部室。
私はまだ、笑っていた。
「やった……。バレなかった。最後まで完璧に、やり遂げた」
自分に言い聞かせるように、震える唇で呟く。
視界に入るのは、机の上の光景。彼が丸めて捨てた書き損じの原稿用紙の束、深夜のファミレスでバカみたいに笑いながら書き殴ったプロットノート、そして、インクが切れて書けなくなった一本の赤ペン。
それらはすべて、私たちが確かにここで共に戦ったという残骸だった。
帰ろう。
そう思って立ち上がろうとした瞬間だった。両足からふっと糸が切れたように力が抜け、私は無様な音を立てて床にへたり込んでしまった。
「え……?」
息が、うまく吸えない。
視界が急にぐにゃりとぼやけ、自分の頬に、熱い水滴が次々とこぼれ落ちていることに気づいた。
(ああ、そうか)
「おめでとう」と言い聞かせていた理性という防波堤が、凄まじい轟音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
彼はもう、この部室には戻ってこない。
もう二度と、私の赤ペンを必要とすることはない。
彼が今、持てるすべての熱を注いで向かっている場所は、絶対に私の隣ではない。
完璧な笑顔を作るために酷使していた顔の筋肉が、醜く歪んでいく。声を殺そうと両手で口を覆っても、指の隙間からひどい嗚咽が漏れ出した。
私は這いつくばるようにして机の上の「インクの切れた赤ペン」に手を伸ばし、それを両手で痛いほど強く握りしめた。
もはや何の役にも立たない、空っぽのプラスチックの筒。それはまるで、彼にとって用済みとなった私自身のようだった。
「……行かないで」
これまで絶対に口に出さなかった、彼には一生聞かせないと誓っていた本当の言葉が、誰もいない部室にボトリと落ちた。
「私だけを見てよ……っ」
綺麗事も、軍師としてのちっぽけなプライドも、すべてが涙と一緒に泥のように溢れ出す。
「先輩のバカ……私のほうが、ずっと……ずっと先輩のこと、好きなのに……!」
声を上げて、子供のように泣きじゃくった。
私の恋は、彼を勝たせるための薪となって燃え尽きた。あとに残されたのは、インクの切れたペンを抱きしめて床にうずくまる、ただの惨めな女の子だけだった。
――これは、誰にも読まれることのない、世界で一番みっともなくて、不格好な、私だけのラブレターだ。

