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日曜日は快晴だった。
自然公園には青い芝生が広がっている。
知らない家族もいる中で、俺は気まずさから大木の傍の日陰で涼を取っていた。
空が突き抜けるような青さをしていた。
遠目に見る姉たちはバーベキュー昼食の準備をしている。
遥は同い年の男の子と手押し相撲をして遊んでいるようだ。
隆之が紙コップにお茶を入れて、俺に渡しに来る。
「映二郎くん、はいお茶」
「ありがとうございます」
隆之さんは自分のお茶を一口飲んで、俺と一緒に日陰に身を置いた。
「晴れて良かったね」
「そう……ですね」
二人きりになると、俺は先日の夫婦の様子を思い出して気まずくなる。
おそらく、夫の不倫を疑っているせいで気が立っているせいもあるだろう。
だが、俺の目から見ても隆之さんは不倫のような、不実を働く人には見えなかった。
「……あの、弟の俺が言うのもアレなんですけど、姉は結構、怒りの沸点が低いところありますんで、
だから、えっと」隆之さんに向かって切り出したはいいものの、どう続けていいかわからず言葉に詰まる。
だが隆之さんは察したようで、
「ああ、もしかして、この前の聞かれちゃったかな」と優しく聞いてくる。
「はい、すみません……」
「こっちこそゴメンね。久しぶりに訪ねてきてくれたのに、恥ずかしいところを見せちゃったね」
「いえ、そんなことは」
「情けないことにさ、奈津美の言う通りなんだ。遥のことも家のことも、全部奈津美に任せっぱなしで、父親らしいことができてないんだろうな」
隆之さんが、遠くを見つめながら、力無く笑いを混じえて言った。
俺たちが佇む日陰の向こうから遥たちの遊ぶ声が聞こえる。
「姉は昔から仕切り屋でしたよ。
俺と歳が離れてることもあって、弟の世話を任せられるのが日常でした」
「長女らしいね。
そのせいかな、君のお姉さんは責任感が強くて、頑張り屋な人だと思うよ」
「頑張りが空回って、キャパオーバーになると周りに当たり散らすんですよ」
「ははは、酷い言われようだね」
俺は記憶の中にいる姉と、今ここで母親の顔をしている女性を対比するように眺める。
奈津美はアウトドア用の包丁で野菜を切り分けながら、遥たちの様子にも目配りを忘れない。
幼い頃とは違い、余所見をして指を切るなんてミスはしない。
今度はカットした野菜を手際よく肉と交互に串に刺していく。
談笑をしながら、慣れた手つきで料理をする姉のことを誰か知らない人のように感じて、ほんの少しだけ寂しさを覚えた。
「あんまり無理しないでくださいね」
「うん、ありがとう。……映二郎くんは、大学は順調?」
「あ、はい単位は問題なく、就活は……ちょっと不調ですかね」
せっかく、遠回しに聞いてくれたのに、わざわざ就活と言葉にしてしまった。
逃げることもできたのに、なんとなく俺も弱みを見せなくてはいけない気がしたのだ。
それなのに“ちょっと不調”とか。
つまらない見栄を張ってしまう自分が情けない。
「映二郎くんみたいに真面目な子なら、必ず採用してくれる会社はあるから大丈夫だよ」
隆之さんに慰められる。
“真面目な子” 確かに周囲からはそう見えるのだろう。
真面目だから大丈夫。
真面目で普通、慰めの言葉が地味に心に刺さった。
ずっと、何をやっても突き抜けられない自分が嫌で、せめて独自性を出したくてオカルト動画の投稿を始めた。
真面目に頑張ることは得意だった。伸びる動画作りの研究を重ねて、素人の割には結果も出たと思う。
それでも結局、皆んなと同じレールに乗って就活をしている。
“好きなことで生きていく”
聞こえの良いキャッチフレーズは、大昔の言葉だ。
一部の人間を除いて、この現実はレールなしで生きるには過酷過ぎる。
隆之さんはバーベキューの準備をする為に奈津美たちの所へ戻っていく。
俺はその場から動かず、紙コップのお茶を飲んでいた。
「映二郎」
振り向くと明るい茶髪の男がいた。
「旭さん?なんでここにいるんですか」
「例のDM依頼主に会いに来てん。今日ここに遊びに来るて言うから」
「え、ここに?」
なんて偶然だ。
「アイツちゃうか」
旭さんが顎をくいと差した方向から男の子が走ってきた。
一緒にバーベキューをしている遠藤家の一人息子、
遥の同級生・努だった。
努はキラキラした瞳で旭さんを見上げている。
「すっげー!!!旭だ!!」
「旭さんや」
「ねえねえ、これ配信する?動画になる?」
「そのうちな、っていうか、お前元気やな。最初のDMと全然テンションちゃうやんけ」
「いつの話してるんだよ。とっくの昔だっつの!」
「今は夢、見いひんの」
「見なーい」
「いつから見いひんくなったん」
「えー、そんなの覚えてねえよ」
「俺が来た意味なくなるやん、ちょっと頑張って思いだしてえや」
「うえ〜。ってかさ、ってかさ、また心霊スポット凸配信してよ!
あれ好きだったからさ、そしたら思い出すかも!!」
「先にDMに書いてた夢のこと思い出したらな」
「だからそんな昔のこと……」
「ん?」
「あっ、待って、わかった。思い出せるかも!」
「お?」
「俺さ、アプリで日記つけてんだ。それで探せるかも」
「日記?」
「そう、紙の日記帳だと続かないからアプリが良いよって言われて、毎日つけてるんだ。夢見てた時も書いてたはず」
探したい単語を入力して、その単語を含む日記が検索できるらしい。
「ほら!出てきた」
努はユメというキーワード検索で出てきた日記一覧を見せてくる。
「ほー、やるやん。これスクショして俺のスマホに送ってええか?」
「いいよ!はい!」
努は旭に褒められたのが嬉しいのか、疑いもせずにスマホを渡してくれた。
俺と旭さんは努のスマホを覗き込んだ。
