君が見た夢の正体について教えよう


◇◇◇


「ご飯出来たから、うん、これ運んでくれる?お腹空いたよね。じゃあ、食べよっか」

奈津美がダイニングテーブルに夕食をセッティングしていく。

俺は、隣に座る隆之さんに食器を渡すと細い目尻を下げながら「ありがとう」と言われた。

戸塚(とつか) 隆之(たかゆき) 37歳

数年ぶりに会うお義兄さんは少しふくよかになったが、相変わらず優しげな顔立ちをしていた。
俺の向かいの席にエプロン姿の奈津美が腰掛けて、手を合わせて号令を出す。

「はい、いただきます。
ほら、遥の好きな煮込みハンバーグだよ。
あ、こら、最初は野菜から食べなさい。いつも言ってるでしょ。
映二郎もほら、ドレッシング」

甲斐甲斐しく、和風ドレッシングを手渡される。
俺は木の器に綺麗に盛り付けされたサラダにドレッシングを振りかける。
リーフレタスとくし形の真っ赤なトマト。輪切りのきゅうり。久しぶりにコンビニサラダ以外の野菜を味わう。

今夜のメインは煮込みハンバーグだった。

見た目も香りも実家で母親が作っていたものによく似ている。
俺が一口ハンバーグを咀嚼すると、口の中に肉汁と煮込まれたソースが混ざりあった。
シンプルに美味しい。
白米がすすむ味だ。

「……味どう?ほんと?良かった。
そうだよ、お母さん秘伝の煮込みハンバーグ、懐かしいでしょ。
え?なに遥、うん、ああ、秘伝っていうのはね、本当は秘密にしないといけない大事なことを家族とか大事な人にだけこっそり教えてあげることよ。
誰でも教えてもらえるものじゃないの、そう、特別な人しかダメよ。
遥にはママが教えてあげるよ。
まだ料理は早いけど、そうね中学生になったらね」

今日はスーパーで合いびき肉が3割引でお得だったとか、お米の価格が高いこととか、奈津美が今日一日で見たり感じたことを話し続けた。
当然、探偵事務所の男たちがぞろぞろ四人も家に訪れていたことは微塵も感じさせない。

「ねえ、遠藤さん達と自然公園でバーベキューしようって話あったじゃない。
あれ。今週末の日曜日に決まったから」

隣の隆之さんが「日曜日かあ」と少し歯切れの悪い反応を示した。
すると、それまでにこやかに話題を振り続けていた奈津美が目を吊り上げて

「……何、都合悪いの? 翌日仕事って、そんな夜遅くまでかからないわよ。
夕方にはお開きの予定だから。
ご近所の付き合いなんだから我儘言わないでよ」

と驚くほど冷たい声で言った。

付け合わせの人参のグラッセを咀嚼し飲み込むと、喉を通過する人参の存在をやけに大きく感じた。
砂糖とバターで煮詰めた甘さが口の中で場違いに残り続ける。

誰も何も喋らない。
いや、奈津美が黙っているだけだ。

この食卓では最初から、ずっと奈津美が喋り続けていた。




「そうだ、映二郎も来ない?
どうせ普段から引きこもってるんでしょ。
自然の中で過ごすのもリフレッシュになるんじゃないの」

奈津美がことさら笑顔で聞いてくる。

「いや、突然知らない男がいたら迷惑でしょ」

コップの水を飲み、それとなく目線を外す。
だが、そんなこと関係ないとばかりに奈津美は話を進めた。

「一人くらい増えても大丈夫よ。
ねえ、遥も映二郎叔父さんとバーベキューしたいよね〜?
ほら、決まり。ね、高いお肉買う予定だしさ、一人暮らしでちゃんと食べれてないんじゃない?
最近は野菜もお米も値段が高いでしょう。
せっかくならタダ飯食べていきなさいよ」

日曜日に面接の予定はない。
だが奈津美からの提案は忙しい就活の、束の間の休養にはならなそうだ。



「はい、ご馳走様。
あ、いいわよ映二郎、お皿もらうわ。
遥、宿題とかやらないといけないことあったらお風呂の前にやっちゃいな。
お風呂入った後は寝ちゃうでしょ」


「映二郎、客間の場所わかる?そうトイレ真横の和室。
押入れから布団は適当に敷いてね。
よくお義母さんも泊まりにくるから、定期的に布団干してるからね」


「ねえ映二郎、お風呂、入るよね?
遠慮しないでいいわよ。
面接続きでだけで疲れてるでしょう。
後で声かけるから。
はーい、ごゆっくり」


「……ねぇ、自分ばっかり我慢してるみたいな顔しないでくれる?
さっきから、ずっと不満そうな態度でさあ。
日曜日がそんなに憂鬱?あなたはいつも着いてくるだけじゃない。
車の運転って、何、それが嫌だったの。
いつも私と遥しか乗せてないじゃない。
車は遠藤さん達と別々なんだから。
別に大したことじゃないでしょ。
それとも何?いっつも黙って運転だけしていれば褒められると思った?


そうじゃなくてさあ、
もっとパパらしいことしてよ

なんで私にばっかりに任せるの
何をするかなんて自分で考えなよ
どうしてそんな他人事みたいなの

遥のこと愛してないの?私たちはどうでもいい?ほら私が言わないと動かないでしょ私がうるさいからしょうがないと思ってやってるんでしょ本当は全部どうでもいいんでしょ



家族のことなんて、



私のことなんて どうでもいいんだね」










「そんなことない」
かろうじて聴こえた声からは、なんの感情も読み取れなかった。




四人で夕食を取った後、俺はリビングにスマホを置き忘れたことに気がついた。
客間からリビングに戻ろうとした所で足を止める。
聞こえた二人の話し声から良くない雰囲気なのは明らかだった。

ほとんど奈津美が一方的に喋っていて、隆之さんの声は最後しか聴き取れなかった。
気まずさにそこから動けないでいると、誰かにシャツの袖を引かれる。

「遥」

いつからそこにいたのだろう。
視線を落とした先には、遥が俺のことを見上げていた。
こっち、口の動きだけで伝えるとシャツの裾をまた引かれる。
俺は遥の部屋に連れて行かれた。
6畳程の子供部屋だった。
壁紙とカーペットがラベンダー色に統一されていて、ごく普通の学習机と子供用ベッドが置かれている。
ベッドには子供向けキャラクターのぬいぐるみが置かれていた。

「いつも喧嘩してるの?」

つい、聞いてしまった。
馬鹿か俺は。
子供相手に聞くことではないと思ったがもう遅い。

遥はベッドに腰かけると、心もとない様子でぬいぐるみを抱きしめながら、
「ママがイライラしてるとき、ママがパパに怒ってる。
毎日じゃないけど。1回怒ったら、ちょっとよくなって、でも少したったら、またパパに怒るの」

その繰り返しだと答えた。

不倫調査の話を持ちかけられた時は、隆之さんの様子がおかしいと聞いていた。
だが、側から見ると様子がおかしいのは明らかに奈津美の方だ。

この家に来た時から感じていたが、弟の自分に対してもどこか他人行儀で気を遣っている。
何をそんなに張り詰めているのだろう。
あれでは流石に隆之さんが気の毒だ。

俺は「ママは、いつからああなの」と遥に聞いてみた。

「去年の夏休み頃から」

更に遥は「わたしが悪いの」と言ってきた。
そう言い切る遥に少なからず驚いた。

奈津美の精神状態がおかしくなったのは、隆之さんの不倫を疑っているからだ。
遥が勘違いして自分を責めていると思い、それは違うと伝えた。

しかし遥は首を振り、
「わたしがバカになったから」と言う。

意味がわからなかった。
学校の成績が落ちたのだろうか。
奈津美に教育ママという印象はなかった。

むしろ子供のうちは元気でいることが一番という思考の持ち主だと思っていた。

とにかく、遥の誤解を解いてあげたかったが、正直何と言えば良いのかわからない。
記憶の中にいる姉の姿と、母親としての奈津美は印象が別物だ。

遥と隆之さんも、まともに会ったのは数年ぶりで、そんな希薄な関係性しかない俺には、かける言葉が見当たらない。

もどかしさで唇を噛むと、
遥がまた小さく「わたしが悪い」と繰り返す。


そんなことない


隆之さんの小さな声が頭の中で聞こえた気がした。