◇◇◇
「亘理さん、おはようございます」
平日の昼頃、待ち合わせの駅前で黒いワゴン車が止まる。
運転席から顔を覗かせた高橋くんが声をかけてきた。
俺は助手席に回り込み、ドアを開けて体を滑り込ませた。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。運転も、すみません拾ってもらって」
「いえ、全然良いですよ」
高橋くんは事務所で最初に声をかけた若い男性だ。
大学2年生。
事務所で雇っているアルバイトらしい。
調査に伴う雑用全般を担うアシスタントで、車の運転は主に彼が担当している。
これから事務所へ向かって、旭さんと宮下の二人を乗せたらそのまま姉・奈津美の住む家へ行く予定だ。
初対面からの高橋くんの印象は気が利く後輩くんといった感じだ。
それでいてコミュ力が高く、誰とでも話ができるタイプだろう。
「じゃあ、このまま奈津美さん宅へ向かいますか!」
一際明るく高橋くんが言う。
俺は即座に冗談と受け取り、
「えっ、ちょっと二人は」と笑いながらツッコミを入れた。
「あはは!置いていきま〜す」と高橋くんが笑う。
初対面の硬い雰囲気が少しほぐれた気がする。
年下なのにこういった気遣いできる所がなんとなく仕事デキる感じがした。
そして俺は高橋くんの笑い声に聞き覚えがあった。
「高橋くんって、もしかしてオカルトチャンネルのT君?」
「ああ、そうですよ。やっぱりわかりますか」
「わかるよ〜。うわあ、今『配信や動画で聴いた声だぁ!』ってなった」
「あはは!やば、有名人じゃん、僕」
旭さんのチャンネル配信では、顔出ししているのは旭さんだけだ。
配信内でT君は主に心霊スポットについてリスナー向けに説明役をする。
旭さんが面白いリアクションを取ったら、リスナーのコメントと一緒になってゲラ役にもなる。
姿こそ見せないが縁の下の力持ち的なポジションだった。
俺が旭さんとコラボをさせてもらった時はアシスタントは別の人だったので、その後に入れ替わったメンバーである。
メンバー歴は長くて一年半くらいのはずだ。
高橋くんは俺がオカルト系チャンネルを持っていることは知らないみたいだった。
「そっかあ、チャンネルだけじゃなくて探偵事務所でも一緒に働いているんだね」
「はい。ってか、それを言うなら佑斗さんもですよ」
「え、そうなの?」
確かに先日の様子だとオカルトチャンネルに届いたDMを管理しているのは彼だったなと思い出した。
ということは、コラボ当時、覚えていないだけで面識があったのかもしれない。
チャンネルの顔である旭さん、アシスタントのT君、残るは……。
「カメラマン役とか」
「いや、カメラは僕が兼任してます」
「じゃあ何をやってるの」
「う〜ん、あの人は放送作家っていうか、プロデューサー的な立ち位置ですね。
企画の内容は全て佑斗さんが決めていましたよ」
「そうなんだ」
「あと配信切り抜きとか動画編集は全部あの人の仕事ですね」
「……そっかあ」
納得半分、驚き半分といった所だった。
旭さんのキャラクターが最大の魅力であることは大前提として、俺はあのチャンネルの企画内容や動画のセンスにも大いに魅力を感じていたからだ。
驚きの感情に中には、人には言いたくない薄暗い気持ちが潜んでいる気がして、しばらく気のない返答しか出てこなかった。
「まあ、僕の立ち位置の人って頻繁に変わっているし、旭さんと佑斗さんのチャンネルって感じですね」
謙遜だろうか、いや確かに歴代のアシスタントは半年とか一年、早いと数ヶ月で交代していたなと思い出す。
「まあ、学生のアルバイトは短期間になるよね。
高橋くんもこれから忙しくなるでしょう?」
「そういう理由もありますけど、一番は佑斗さんと上手くやれるかって部分が大きいと思いますよ」
「えっ」
「ほら、佑斗さんって、ああいう人じゃないですか」
高橋くんは前を向いたままで、どんな表情をしているかわからない。
正直、宮下に対してあまり良い印象はないが、ここで高橋くんに同調するのは抵抗があった。
俺は、「あ〜」とか、「う〜ん」とか言葉にならない相槌で濁しながら、せっかく和んだ空気が微妙になってしまったことを心の中で宮下のせいにする。
「旭さんは今後は探偵業だけで、配信活動は再開する予定ないの?」
どうにか空気を変えたかったので、話題の矛先を旭さんに向けることにした。
「わからないですね〜。
僕も再開希望派ですよ。
旭さんと配信に出たくてアシスタントになった部分でかいですもん」
それから事務所に着くまでの間、好きな配信回について語る時間があった。
高橋くんは、配信が好きなのでいつか自分がメインで発信する側になりたいらしい。
俺は放置している自分のチャンネルについて、どうするべきか少し考えた。
来年の就職先も決まっていない状態では何の手立ても思いつきようがなかった。
◇◇◇
「元気にしてた?映二郎」
数年振りに会う姉・奈津美に迎えられて、俺達は戸塚宅にお邪魔した。
戸塚宅は都内から車で約一時間半の、周りを山地や丘陵に囲まれた、穏やかな自然が多い住宅街に建っている。
2階建、30坪ほどの戸建ては、郊外ではごく一般的な一軒家の印象を受けた。
住宅街の一角であるその場所は両隣との距離がとても狭い。
大きさも見た目も似たり寄ったりな家々は、屋根や外壁の見た目で少しでも個性を出そうと必死に映った。
外壁はレンガ色の瓦屋根に白とアイボリーの塗装がされていて、白い石階段を数段上ると、カントリー調の玄関ドアがあった。
玄関の隣にはママチャリと子供用の自転車が並んで駐めてある。
家の主人は車通勤らしく、駐車場は空だったので代わりに利用させてもらった。
奈津美は俺達をリビングに迎えると、L字の三人掛けソファに旭さんと宮下を誘導する。
高橋くんは隣のダイニングテーブル傍の椅子を引いて、少し遠巻きの位置に座る。
俺は高橋くんの向かいの位置に座った。
姉は全員に麦茶を出すと、L字ソファのカウチ部分に腰かけた。
「初めまして、映二郎の姉の奈津美です。
今日はこんな田舎まで出向いていただいてすみません」
「ご依頼人と最初に会うときは対面で話を聞くことにしてるんで、こちらのこだわりなんで気にせんといてください。
やっぱり、直接顔を見ながら話すことでわかることもありますから」
「そうですか」
旭さん達は順番に自己紹介を済ませると、
「今、ご家族は皆さん不在ですか」と聞いた。
「はい、娘の遥は大体16時頃には帰ってきます。夫の隆之も早ければ20時頃には帰宅します」
「了解です。時間も限られているので先に調査方法と料金プランについて再確認と、契約書をちゃっちゃと終わらせちゃいましょ」
そう言うと、宮下がとても自然に対応を代わり、俺が事務所で受けた説明を再度繰り返していた。
契約書の取り交わしが終わると、旭さんは上半身を前に乗り出して
「では本題ですが、隆之さんの不倫相手と思われる女性について教えてください」と聞いた。
奈津美は一枚の写真を取り出して、ある女性を指差す。
運動会の時に撮られた写真のようだった。
肩まで伸びた黒髪を後ろで束ねたジャージ姿の女性が写っている。
体型は痩せ型。身長は160センチ程で、子供達と楽しげに笑っている。
遥のクラス担任・佐藤 由美子
年齢は27歳。教師歴3年の独身女性だという。
担当クラスは4−1 担当学科は国語。
「隆之さんと佐藤先生は普段から面識があるんですか」
「佐藤先生は3年生から続けて遥のクラス担任なので、学校行事とか、顔を合わせる機会は何度もあったはずです」
「直接、二人で会っている場面は見ましたか」
「いえ、そういった決定的なのはないですけど、二人で話しているのは見たことがあります」
それは保護者と教師という立場だったら、世間話くらいはするだろう。本当にそれ以外はないのか。
「隆之さんは、仕事で帰りが遅くなることがあるんですか」
「はい、20時を過ぎても何の連絡がないことがあって、心配だから連絡をするんですが、私のメッセージも無視するんです」
「理由は聞きましたか」
「はい、仕事が忙しかったと返されます。
でも、それは多分、嘘なんです。
彼のスマホに入っているGPSアプリで位置共有ができるんですけど、明らかに会社以外の場所にいるので」
「えっと、それは同意の元ですか?」
「当たり前です!防犯の為にも家族全員のスマホにインストールしてあるんです」
「失礼しました。では、直接ご主人に理由は聞きましたか」
「はい、最初の内は。でも会社で残業時間を管理されているから、会社外で残業をしている。
家では集中できないから車の中やファストフード店にいるって説明されました」
「なるほど、わかりました。本当はこの女性教師と会っているのではと疑っていはるんですね」
「はい……」
「何故、隆之さんの職場の同僚ではなく、娘さんのクラス担任なんですか」
宮下が質問をした。
「え?」
奈津美は意味がわからないという顔をする。
「普通は職場みたいな、一日の内過ごす時間が長い場所に不倫相手がいると疑いませんか」
「それは」
奈津美が思わず言い淀むと、旭さんが
「すみませんね」
と言いながら、宮下に向き直る。
「あのな、佑斗、男には不倫相手を身近なテリトリーから選ぶ奴と、近すぎない距離で、接点があまりない相手を選ぶ奴の二種類がおんねん」
「何で」
「その方がバレにくいからに決まっとるやろ。
あと、関係を終わらせる時も元々接点が少ない方が、後腐れなく済むんやないか」
奈津美が複雑そうな顔をしている。
「とにかく、今日から隆之さんの退勤後を尾行して、不倫相手との密会現場を押さえたら、証拠の写真を撮らせてもらいますね。
経過報告は一週間毎に、連絡させてもらいます」
そう言って、俺以外の三人は引き上げた。
俺はK県内で行われる面接や説明会に参加する為、一週間ほど戸塚家に泊まらせてもらうことになっている。
旭さんたちを見送ると、奈津美とリビングで二人きりになった。
遥が帰ってくるまであと一時間くらいある。
「探偵事務所の人たち、皆んな若いわね」
「若いけど、旭さんは元警察官だし、信頼できる人だよ」
今回、奈津美に探偵事務所を紹介したのは俺だ。
「期待していいのね。じゃあ、私は夕飯の買い出しに行ってくるわ。好きにくつろいでいて」
ただでさえ、姉家族に会うのは数年ぶりだと言うのに、不倫疑惑のある義兄と一週間共に過ごすのは、なんとも気が引ける思いがした。
