君が見た夢の正体について教えよう


はあ、はあ、はあ、はあ、

ざくっざくっざくっざくっ

はあ、はあ、はあ、はあ、

規則的な呼吸音、規則的な足音。
次第に意識がリズムに捉われていく。
疲れによる酸欠も相まってか、俺は不思議な浮遊感を感じていた。

ぬかるんだ地面に足を取られないように、気がつけば頭を下げて足元ばかりに目をやっている。
自分がどこを歩いているかもわからないが、この道をまっすぐに行けばいいはずだ。
そのはずだった。

「あれ、ここ動画の場所じゃないの」
背後から佑斗の声がして、ハッと我に返った。
気がつくと、木々が少ない開けた場所に出ていた。
地図通りに進めば、山小屋に辿り着くはずだったのに、いつの間にか迷っていたようだ。
ライトで前方を照らしてみる。

目の前には、あの石祠があった。
周りを見渡すと、辺りは暗闇に染まっていた。
俺たちの周辺だけが現実から切り離されてしまったような錯覚が起きる。

(いつの間にこんなに暗くなった?)

俺には霊感がないはずなのに、言いようのない寒気が背筋をぞっと走り抜けた。
高橋くんの断末魔が頭の中で再生される。


「佑斗、道を間違えたみたいだ。戻ろう……」
振り向いてライトを照らすが、佑斗がいない。

「えっ、と。佑斗?」
焦りと一緒に嫌な汗が体を伝う。

「おい!どこだっ、どこ行った!?」
「落ち着け、映二郎こっちだよ」
先ほどまで背後にいたはずの佑斗は、いつの間にか前方にある石祠の側に移動していた。
佑斗の姿を見て安心してしまったことが恥ずかしい。
小さく「くそっ、ビビらせんなよ」と毒づいた。

「この場所に用はない。戻ろうぜ」
「あ、うん、っうわ!」

佑斗が何かにつまづいて、前のめりに地面に転んでしまった。
「大丈夫か!?」
俺は佑斗に駆け寄ると、足元の地面が粘着質な音を立てる。

転んだ拍子にライトを手放してしまったようで、代わりにライトで照らしてあげる。

「……まぶし。最悪だよ、泥でべちゃべちゃ……え?」
佑斗が両手をついて立ち上がろうとした時、自分がつまづいた何かに目を向けた。

「ねえ、映二郎、ここ照らして見て」
言われた通り、俺は佑斗の足元の辺りを照らす。

黒い泥状の液体に塗れて半分地面に埋まっている白いモノ。


それは人の骨だった。

「っうああ!!」
「ほ、骨!?」

二人ともほぼ同時に叫び声を上げた。
俺は何も考えずに、佑斗に手をのばして、レインウェアごと服を掴むと乱暴に引っ張り上げた。

あれはなんだ?誰の骨だ。

高橋の骨かもしれないと思った。
同時に隆之さんや斎藤希美の可能性も頭に浮かんだ。

考えるのは後だ。
今はここを離れなければいけない。
本能的にそう感じ、佑斗の制止する声を無視し彼の手を引いて走った。

途中、太く伸びた木の根に足を取られ転びそうになる。
手を掴んでいる佑斗が「待って」「止まって」とか声をあげていた気がする。
息が切れて、急に足を動かすのが億劫になった。

佑斗の手を放して、よろめくように近くの木に体を預ける。
二人して、肩を落とし激しい呼吸を整えた。

俺は手を口元に当てて、息を整える。
突然、鼻を突き抜ける異臭がして驚いた。
肉が腐って油と混ざったような匂いがする。
それが自分の指先にこびり付いた黒い泥のようなものから発されているのに気が付く。

「何だこれ」
おそらく、佑斗を引っ張り上げた時に付着したのだろう。
佑斗を見ると、同じく異臭に顔をしかめていた。

レインウェアの前面には俺の指先にあるのと同じ黒い泥がまとわりついている。
雨のせいだろうか、泥というより、もっと水分を含んだ粘着質な物体。
スライム状に近い黒い液体から耐えがたい異臭がする。

「最悪。脱ぎたい」
そう佑斗がぼやいていると、突然
「大丈夫ですか」と声をかけられた。

驚いて、振り向くと背後には大男が立っていた。

「大丈夫ですか」
繰り返し聞いてくる大男は2メートル近い巨体で、俺たちと同じようにレインウェアを着ていた。
顔は肌が赤く、全体的に色素沈着したような色をしていた。
鼻と口が大きく、体格と一緒でがっしりとした印象を受ける。


「そこ、近くで、ひ、ひ、人の骨があって」
「人の骨!?」
大男は驚いて声を上げた。

彼は俺たちが探していた山小屋の管理人だった。
ちょうど帰宅の際、下山し始めた所で俺たちの叫び声が聞こえたから駆けつけてくれたらしい。
俺たちは山小屋とあの石祠がとても近い距離にあったことを知る。

「何かに襲われているみたいな声だったから」
そう言われて、急に現実に引き戻された気がした。

「とりあえず、すぐそこに小屋がありますから」
案内されたのは木造平屋で年季の入ったごく小さい山小屋だった。
ポケットからジャラジャラと音を出しながら鍵を取り出し、鍵穴にガチャガチャ差し込んでいる。

「人骨とは大変だ、警察に電話しないとね」
俺は何となしに彼の手元に目をやる。何故だろう、何かが気に掛かる。
「転んだの?それ、脱いだらどうだい」管理人が佑斗に声をかけた。
「あ、すみません。できればこれは捨てていきたいんですけど」
「ゴミは持ち帰りだから、ゴミ袋だけ分けてあげるね」
佑斗が汚れたレインウェアを脱ぐ。

俺もレインウェアを脱ぎ、水気を払ってからくるくる丸めてリュックに押し込んだ。
山小屋は電気が通っていないらしく、管理人が備え付けのランタンに灯りをつけて回る。
小屋の中は長方形6畳ほどの広さで、部屋の約半分が小上がりになっており、年季の入った畳の上に3人くらいなら雑魚寝ができそうだ。俺と佑斗は小上がりの段差に腰掛ける。
座ると、登山と全力疾走の疲労が急速に襲ってきて、眠ってしまいそうだった。

あの人骨は何だったのだろう。
現実に引き戻された今では、先ほどの光景がまるで夢みたいに感じた。
暗かったし、大きめの石を骨と見間違えたのではないかと思えてきた。

「申し訳ないんだけど、雨の日は電波状況が悪いんだ。
警察への連絡は下山後でもいいかな」

「あ、はい、暗かったですし、
明るい時間帯にもう一度確認してからの方がいいかもしれません」


佑斗が「実は管理人さんに聞きたいことがあって、」と切り出す。

「ここ一週間くらいの間で、登山中の若い男性に声をかけませんでしたか」
「若い男性?知り合いかい」
「はい、この山にいたことはわかっているんですが、連絡が取れなくて」
「そういえば、ちょうど一週間くらい前かな、夜中に山小屋の前を通りかかった男性がいて、夜中の登山は危ないから声をかけたよ」
やっぱり、と思った。
「彼は一人でしたか。誰かと一緒ではありませんでしたか」
「いやあ、一人だったと思うよ」
「声をかけた後は?この小屋で泊まって行ったりしませんでしたか」
「していないね。そのまま下山したんじゃないかな」

俺はリュックからメモを取り出し、高橋と連絡が取れない理由と、その可能性を書き込む。


映像=仕込み
→二人?で下山
→ビデオカメラの差出人は高橋
→バイトは飛んだ

映像=本物
→高橋は消えた
→人骨?
→ビデオカメラの差出人は?

高橋は一人だった。
つまり映像は本物の可能性が増した。
あの骨は高橋なのだろうか。
人間の死体って一週間で白骨化するものか?
そして、ビデオカメラが探偵事務所に送られた理由がまだわからない。

俺はペンケースを取り出し、使ったボールペンをしまう。
その時、ある既視感に合点がいった。
佑斗は管理人と会話を続けていた。

「警察には相談したのかい」
「いえ、まだです」
「ここは決して遭難者の少ない、安全な山ではない。
毎年、行方不明者が出るからね。専門家に任せた方がいいと思うよ」
「そう、ですか」

「管理人さん」
俺は佑斗と管理人の会話に割り込むように声を上げた。
少し、緊張で声が震えた。

「何かな」
「あの人骨のこと、本当に初めて知ったんですか」
「映二郎?何言ってんの」
「俺たちに聞く前から、既に知っていたんじゃないですか」
「何故、そう思うのかな」

「あなたは、一週間前、男性に声をかけた後のことを知らないと言いました。
でも、それ嘘ですよね」

俺はペンケースにつけたキーホルダーと、
管理人のポケットから覗いているキーホルダーを見比べる。


「それ、俺たちしか持っていないはずなんです。

何故あなたが持っているんですか」


管理人が山小屋の鍵をつけているキーリングには鍵以外にも小さいストラップのついたチャームやキーホルダーがいくつも付いている、その内の一つを指差す。

チャンネル周年記念で、
高橋くんが特別に発注してくれた、おけちゃんキーホルダー。

そこには『宮下・長谷川探偵事務所』の文字が印字されている。


「彼は確か、自分のリュックにつけていたはずです。
一週間前も同じリュックを身につけていました。」