◇◇◇
佑斗が車で佐藤由美子を送っている間に、
高橋くんと二人で失踪事件と共有夢について情報整理した。
俺はノートに書き出していく。
『⚪︎⚪︎小学校に通う子供たちから3通のDMが届く。
1通目のDM依頼主は椎名心音。
現在は小学4年生。
今年の4月頃から約1ヶ月間で、頻繁に白い女の夢を見ていた。
5月頃から不登校が続いている。
学校に行かなくなってから白い女の夢は見なくなった。
2通目のDM依頼主は遠藤努。
現在は小学4年生。
去年の夏休み(8月)に一週間以上、白い女の夢を見た。
夏休みが明けた9月以降は白い女の夢は見なくなった。
3通目のDM依頼主は斎藤希美。
当時は小学3年生。
去年の6月16日に行方不明となった。』
「3通目のDMって、いつ届いたんだっけ」
「行方不明になる前の6月12日です」
DMには“もうずっと眠れていない”とあった。
白い女の夢はそれより前から見ていたはずだ。
俺はノートに『6月12日以前から共有夢を見ていた』と書き足した。
「そして、二人目の行方不明者……」
高橋くんの言う行方不明者、隆之さんの情報を追加した。
『戸塚隆之。
日記によると、おそらく6月17〜19日頃から白い女の夢を見るようになった。
6月22日に行方不明になった。』
椎名心音の話を聞いた時、もしかして小学校に共有夢を見るトリガーがあると思った。
しかし、そうなると遠藤努の説明がつかない。
隆之さんに関しては無関係だ。
「これ、結構やばくないですか。
共有夢を見た四人の内、二人が行方不明。
周囲には前触れなく、突然消えたように見えたはずです。
多分、共通点に気がついているのは僕たちだけですよ」
高橋くんがそう言って、隣の俺に詰め寄ってくる。
「映二郎さん、俺たちで例の山に登りませんか。
警察が捜査を諦めたなら、もう俺たちがやるしかありませんよ」
二人しかいないのに、まるで内緒話をするような距離で言われる。
俺たちが警察の代わりに山を捜索するということだろうか。
彼は興奮気味にこう続けた。
「俺、時々、自分は何の為に生きてるのかなって疑問に思う時があるんです。
大学4年になったら、皆んなと同じように就活して、適当な会社に入って、40年、下手したらそれ以上、会社の歯車として働いて、それで何が残るって言うんですか。
結婚して、子供が生まれたら、もう父親としての人生しかなくて、自分自身で何かを成し遂げるとか、無理なんじゃないか。
自分がこの世に生まれた意味みたいなのが欲しいんです」
高橋くんの考えは、俺がずっと心に抱えていたものと同じだ。
俺だって本当は、もっと今よりも突き抜けたことをしたい。
社会に自分の価値を証明してやりたい。
「学生の内に、旭さんとミリオン動画つくるとか、新記録の同接数を出したかったんです。
でも、俺が加入してからは、もう大した企画もやらなくなって、次第に更新が停止しました。
何度も理由を佑斗さんに聞きましたけど、教えてもらえませんでした。
そしたら、探偵事務所なんかやり始めるから驚きましたよ。
チャンネルは一時休止なんて言ってますけど、もう再開する気がないんじゃないかな。
だったら、もう俺たちだけで……」
「気持ちはわかるけど、俺たちだけは違うんじゃないかな。
オカルトチャンネルに来た依頼なんだから、あの二人がいないと意味がない気がするよ」
さすがに二人で実行する気にはなれなかった。
一旦、高橋くんは落ち着きを取り戻し、佑斗が戻ってきたら相談することになった。
「そうですね、佑斗さんに直接掛け合ってみます」
少しして、佐藤由美子を送り届けた佑斗がファミレスに戻ってきた。
高橋くんは先ほどの提案を佑斗に伝えた。
だが、佑斗の答えは即断だった。
「オカルトチャンネルでは取り上げない。もちろん、俺のチャンネルでも同じ」
「ここまで調べたのにお蔵入りにするんですか!?」
「俺だって、あの山には何かがあると思う。
山に登って調べたいなら、きちんと準備した上なら構わない。
でも、動画に上げるのは違うから」
「いえ、むしろオカルトチャンネルで配信するべきですよ」
「やらない」
「何でですか。やりましょうよ!
リアルタイムに被害者が出ているんですよ」
「高橋、何言ってるかわかってる?」
「わかってないのは佑斗さんの方ですよ。
俺たちが配信すれば、もしかしたら警察だって動いてくれるかもしれない。
それで、行方不明者の捜索が再開されたら、きっと伝説の回になります!」
「だから、そういうことじゃなくて」
佑斗は引かない高橋くんを牽制して、
「暴走してるから頭冷やして」と言った。
高橋くんは納得いかない顔をしたまま、佑斗を恨めしそうに見ていた。
佑斗はため息をついて、俺に向かって言う。
「なんか、ゴメンね。
せっかく佐藤さんを説得してくれたのに」
「別にいいけど。それより本当にお蔵入りでいいのか」
「いいよ。証拠もないのに実際の失踪事件に関係があるなんて配信で言えないし」
「そうか、不謹慎とか言われるな」
「あとは単純に映二郎の身内だしね」
佑斗に言われて、そこでようやく気がついた。
奈津美や遥に対する配慮だったのだ。
身内でない佑斗の方が姉家族を気遣っている。
一方、俺は心の中では高橋くんの意見に賛成しかけていた。
(最低だな)
俺はこの後に及んで、戸塚家に対する罪悪感よりも、佑斗への敗北感に身をつまされている。
◇◇◇
戸塚宅へ帰る途中にも、スマホに奈津美からのメッセージがいくつも届いていた。
もうすぐ着くとメッセージを返す。
見慣れた玄関の扉を開ける。
自然と「ただいま」が口に出た。
玄関の自動点灯の灯りがつく。
リビングの扉が開けっぱなしで、中は真っ暗だった。
扉の横を通り過ぎる時、「おかえり」と奈津美の声がした。
てっきり寝ていると思ったので、大袈裟に驚いてしまった。
「まだ起きてたの?」
俺は扉の入り口に立ち、自分の姉に声を掛ける。
ソファに横になっていたらしい。
奈津美は体を起こすと、ソファ横のテーブルランプの灯りをつけた。
オレンジ色の光が彼女の顔を半分照らしている。
気だるそうに前髪をかきあげながら
「眠れなくて。こんな遅くまで、何してたの?」と言った。
別に責められているわけではない。
気になったから聞いただけ。
そんな声色に、つい嘘をつくことを忘れてしまった。
「遥の元担任の、佐藤さんに話を聞いてきた」
口にしてから、しまったと後悔した。
「何で、そんな必要あるの?」
今度は声色で、はっきりと責められているのが分かる。
「必要あるとか、姉さんが決めることじゃない。
それより、何で遥のこと黙ってたの。
特別支援学級とか登山のこと……」
俺は後ろめたさを打ち消すように、隠し事をされていたことを逆に責めた。
「それこそ、映二郎には話す必要がないじゃない」
奈津美は逃げるように顔を逸らした。
暗い陰影で表情がわからない。
「でも、それが原因で家族仲がずっと良くなかったんじゃないの。
隆之さんの不倫を疑い出したのは、何でだよ」
「うるさい!」
物が飛んできて、体にぶつかった。
頭を掻きむしって、奈津美の髪がボサボサになっている。
「何を聞いたの」
奈津美が暗く、地を這うような声で聞いた。
「遥が登山中に迷子になったこと。
でも数時間で見つかって、無事だっただろ?
なのに、遥が特別支援学級に移る時、姉さんが佐藤先生にクレームを入れたって聞いたよ」
「数時間だけ?迷子?
あの女、遥を遭難させておいて、
自分に都合がいいように説明したのね」
「遭難って、大袈裟だろ。
それに詳しいことは聞いてないよ」
「そりゃそうでしょ。
自分に都合が悪いことなんだから細かく話せるわけがないわよ」
「だったら、姉さんが説明してよ」
「遥がなんで特別支援学級に移ったか聞いた?」
「普通の授業についていけなくなったんだろ。あと、喋らなくなったと聞いたけど」
「登山の後から遥の様子がおかしくなったのに、学校側に責任はないって言われたのよ」
「家でも一切話さなかったの?」
「そうよ。病院にも連れて行ったけど、遥は遭難していた時の記憶がなかったの。
主治医から一時的な記憶障害かもしれないって言われた。
でも、今も記憶は戻っていないのよ。
きっと思い出せなくなるくらい、怖い出来事があったんだわ」
遥が山で迷子になっていた時の記憶がない?
そんなことは佐藤由美子は言っていなかった。
「教員たちは遥を連れてきた男のこともろくに覚えていなかった。
きちんと男の身元は確認したの?
小屋の管理人なんかじゃなくて不審者だったんじゃないの?
遥は本当に何もされていないのか、不安でしょうがなかった。
特別支援学級の話を学校とした時、
あの女が遥のクラス担任だって聞いたわ。
嫌で嫌でしょうがなかった。
だから、学校には何度も抗議した。
自分の子を命の危険にさらすような女には任せられないでしょ。
でもね、隆之はやりすぎだと言ったのよ。
あろうことか、私の方に問題があると言ってきたのよ」
奈津美は息継ぎする間もなく、口から憎悪を含んだ言葉を吐き続けた。
「だから、不倫調査なんてさせてたの?」
隆之さんが佐藤由美子を庇ったから、不倫を疑った。
そんなことで?もしくは
「隆之さんは不倫してないって、最初からわかってたのか」
クレームをやめても、不安は消えなかった。
だから、二人の粗探しをする為に不倫を疑った。
普段から、隆之さんにきつく当たった。
父親としての役割を果たすように責め立てた。
今はきっと後悔している。
彼女が遺書を探して欲しいと言った時のことを思い出した。
奈津美はむしろ、隆之がいなくなったことへの責任を感じている。
「遥が笑っても、
何か違和感を感じるの。
きっと私にしかわからない。
私はあの子の母親だから」
そう呟く彼女の方が、行き場を失った迷子のようだった。
