君が見た夢の正体について教えよう


※以下は取材用レコーダーの書き起こし音声


━━ 斎藤希美さんに対する印象を教えてください。

先に言っておきますが、個人情報はお話しできません。
あくまで私の印象です。

斎藤さんが、特別支援学級の生徒だったことはご存知なんですよね。

━━ はい、知っています。彼女は、どのような生徒でしたか。

そうですね、彼女はとても頭のいい生徒でした。
特別支援学級と聞くと、色々な事情で通常学級の授業についていけない生徒が対象というイメージがあると思いますが、彼女は学業の成績だけ見ればむしろ勉強ができるタイプの女の子でした。

特別支援学級には様々な障害を持つ子が対象となります。
身体的、または知的なハンディキャップだけでなく、情緒障害もその一つです。
簡単に言えば感情のコントロールが上手くできず、周囲の環境に馴染むことが困難な生徒たちです。
そういった生徒は他の生徒とも衝突する可能性が高く、少人数制学級の方が合っていると判断されます。

斎藤さんは、他生徒と衝突するような性格ではなかったのですが、集団行動や賑やかな場所が苦手な子でした。
他の生徒からしたら普通の日常が、彼女にとっては日々ストレスを溜める環境だったんです。
小学2年生に上がった頃には学校を休みがちになっていたので、お母様と相談をして特別支援学級に移ることになりました。

学校としては、不登校になる生徒は極力減らしたいので、教師側から提案させてもらうことがあります。
ただ、特別支援学級は授業のペースを落としていますので、彼女にとっては物足りなかったと思います。

━━ 彼女は特別支援学級に不満を持っていましたか?

わかりませんが、以前のように学校を休むことは無くなりました。
さらに彼女は積極的に私の手助けをしてくれました。
隣席の子をサポートして、勉強を教えてくれたんです。
希美ちゃんは、特に遥ちゃんのことが大好きでしたから。

━━ ちょっと待ってください。今、遥と言いましたか。

はい、そうですけど。
戸塚さん、戸塚遥ちゃんですよ?

彼女は小学3年生の途中から特別支援学級に移ってきたんです、ご存知なかったのですか。

━━ 知らなかったです。

そうですか、じゃあこれも知らないですよね。
遥ちゃんがクラスを移るとき、保護者の奈津美さんは担当教師を変えてほしいと学校に訴えました。

毎日、毎日。

電話だけの日もあれば、直接やって来て、校長と話し合ったこともあります。

私に娘は任せられないと言って、何度もクレームを繰り返しました。
一度だけ夫の隆之さんが直接私の所へ、お詫びに来てくださいました。

もう、クレームはやめさせると言ってくれて、その後クレームはなくなりました。

━━ 姉は何故、そこまでして貴方のことを?


発端は一年前の校外学習です。

まだ遥ちゃんがクラスを移る前のことですが。
自然体験の一環で、市内の山へ登山に行きました。
特別支援学級の生徒は全員不参加で、私は普通学級の引率に駆り出されました。
教員がグループ分けした生徒たちを分担して引率して、遥ちゃんは私のグループでした。

その日は5月なのに真夏のような猛暑日でした。
猛暑のせいで、下山中に私のグループの生徒が熱中症になってしまったんです。
私は休憩地点で熱中症になった生徒の看病をしていて、つい目を離してしまいました。
おそらくその時に遥ちゃんがいなくなっていることに気づけなかったんです。

下山後の最終点呼で、一人足りないことがわかって、それが遥ちゃんだと判明した時は本当に血の気が引きました。

一度、他の生徒たちを帰宅させてから、学年主任の先生と一緒に遥ちゃんを探しました。
遥ちゃんは、迷子になってから数時間後に発見されました。
山小屋の管理人さんが、迷子の遥ちゃんを見つけて保護してくれました。
怪我もしてなかったので、私たちは胸を撫で下ろしました。
もちろん、ご両親には謝罪をしました。

でも、奈津美さんは納得いってない様子でした。
その後、何事もなければ良かったのですが、遥ちゃんの様子がちょっと……。

━━ どんな様子ですか。

急に成績が悪くなりました。
小テストが、全科目0点でした。
全教科ともテスト用紙が白紙のままだったそうです。

もうひとつ変なのが、
喋らないんです。

こちらが話しかけても、
一切、言葉を発しませんでした。
元々は素直で明るい性格の子という印象だったので、あまりの変わりように教師は全員驚いていました。
もちろん私もです。

━━ 今は普通に見えますが、本当にそんな状態だったのですか?

はい。まるでお人形みたいに、ただそこに居る。
そんな雰囲気でした。
今では、大分喋るようになったと思います。

成績は前ほど良くはありません。
ですが、3年生ともなると授業のレベルも上がりますから、勉強につまづいてしまう子はたくさんいます。
勉強が苦手でも、それ以外の部分で問題がなければ、普通学級でやっていけると学校は判断しました。

それで、4年生からは普通学級に戻ったんです。
私自身も、遥ちゃんのクラス4−1担任になりました。

━━ 校外学習で登った山の名前は?

なんて言ったかな、ええと、確か××市の⚫︎⚫︎山です。
山の名前を知ってどうするんですか。

━━ あ、すみません。斎藤さんの話に戻りますが、普段の様子でおかしい点はなかったですか。例えば、おかしなことを言い出すとか、変な夢を見るとか。


いいえ。物静かな子でしたので、おかしな言動があれば印象に残っていると思います。
むしろ希美ちゃんは普通学級よりも自然体で、クラスに居心地の良さを感じているように見えました。
あと、変な夢を見る?そんなことは言っていなかったと思いますね。




「ありがとうございました」

その後もいくつか質問をしたが、失踪の原因となる新たな手がかりは見つからなかった。
佐藤由美子が帰宅する時間になり、徒歩で来た彼女を佑斗が車で送ることになった。
最後に彼女は俺に向かってこう言ってきた。

「私、大学では心理教育学を専攻していました。
子供たちの心に寄り添って、成長を手助けしたいって思ったんです。
特別支援学級の担任を任されて大変でしたけど、やりがいを持っていました。

もちろん専門家ではありませんから、養護教諭の方に相談をしながらでしたが。

遥ちゃんのことも、希美ちゃんのことも、もちろん他の生徒たちも皆んな大事に接してきたつもりなんです」

「はい、今回ご協力いただいたのも佐藤さんが生徒を大事に思ってのことだと、とてもよくわかりました。
大変な時期にありがとうございました」

俺は心からのお礼を言った。
だが、彼女の目は暗く何かに怯えているような色をしている。

「斎藤さんの自殺。私には関係がないと、本当にそう思いますか」
「え?」
「私はそうは思えません。斎藤さんは自分の子供がいなくなって、逆に私はこの子を授かった。
希美ちゃんは発見されず、4年生にはなれなかったのに、私は自分の子供を出産しようとしている。
斎藤さんが、このタイミングで自殺したのは、私への当てつけも少なからずあったのかなと思います」

そう言い残して、彼女は大きなお腹を抱えながら足取り重そうに店を去って行った。