君が見た夢の正体について教えよう

隆之さん失踪の連絡を受けて、俺は戸塚宅へ駆けつけた。
面接会場に連絡して、二次面接の予定は別日にずらしてもらった。
決して印象は良くないだろうが、平常心で面接に臨めるとは到底思えなかった。

俺はあらかたの経緯と現在の捜査状況を奈津美から聞いた。
二日前、奈津美が事務所に訪れた日に隆之さんは会社を無断欠勤していた。
会社の上司たちが携帯に何度連絡しても一向に繋がらなかったそうだ。

当初、奈津美は無断欠勤のことを知らなかった。
深夜になっても夫が帰らないのは「また遅くまで残業している」と思い、先に寝てしまったらしい。

そして翌朝になって、夫が帰宅していないことを不審に思い、携帯へ電話をかけると「電源が入っていない」とのアナウンスだった。

隆之さんの会社に問い合わせると、そもそも出社していなかったことが判明して、急いで警察へ届け出たそうだ。
最後に隆之さんの所在が確認したのは、スマホのGPS共有アプリの情報だった。
K県××市のとある山周辺にいたことがわかっている。
警察が山周辺を捜索したところ、登山道入り口駐車場にて隆之さんの車が乗り捨ててあり、車内に本人のスマホが発見された。

大人が自らの意思で失踪した場合、事件性はないと判断され積極的な捜索はされないと聞く。

今回は車がもぬけの空で乗り捨てられていること、スマホを含む荷物全て置き去りになっていることから事件・事故の両面で捜索しているそうだ。

奈津美は随分とショックを受けている様子だった。
「ごめん、部屋で横になりたいから」と言って寝室にこもってしまった。
先日とは打って変わった姿に心配になり、俺はしばらく戸塚宅に泊まり込むことにした。

部屋から出てこない奈津美の代わりに遥と一緒に夕食を取る。
夕食といってもキッチンの棚に常備してあったカップ麺だ。
普段、カップ麺を食べることがない遥は「美味しい」と喜んでいた。

2階から物音がして、奈津美がリビングに降りてくる。
「ごめんね。夕飯の準備できなくて」
「いや、気にしないでいいよ」

「遥、食べ終わったなら部屋に行っててくれる?
ママ、映二郎叔父さんと話があるの」

遥が食べ終わったカップ麺をキッチン横のゴミ箱に捨てて部屋に戻っていく。

奈津美は遥が座っていた椅子に座り、俺に向かって話し出した。

「昨日、警察の人が家に来てね、私に聞いてきたの。
『隆之さんの言動におかしなところはありませんでしたか』って。
私はありませんって答えた。

確かに朝は泣いていたけど、その後はずっと機嫌が良くて、朝食もいつも通り食べて仕事に行ったわ。
家を出る時はちゃんと、私に向かって『いってきます』って笑っていたのに。

そしたらね警察の人はこうも言ってきた。
『遺書だったり、置き手紙のようなものはありませんか』って、もう私、訳がわからなくて、なんでそんなこと聞くんですかって言ったの。

そしたら元気そうに見えた人がある日突然、ふらっと失踪してしまうことは珍しくないって。

遺書がない場合は、突発的に行動してしまったのかもしれないって……」

つまり、隆之さんは自らの意思で山に訪れ、何らかの目的を持って山に入っていったのではないか。

「警察はそう思ってるってことか」
「……数日、捜索しても見つからない場合は、警察は捜査を終了するって」

実際は、通常の行方不明者への対応に切り替えるということだろう。
行方不明者届は受理するが、具体的な捜索活動は行われない。
旭さんが探偵事務所にはそうした状況の家族が、警察の代わりに失踪者を探してほしいと依頼してくることがあると言っていた。

「遥には何て説明してるの」
「詳しいことは何も。
でも警察が家に来てるから、パパに何かがあったことは察しているかもね」
「そうか」

遥はまだ9歳だが、それくらいの年齢の子供でも、こちらが驚くほどに周りの空気を察知し、誰に言われずともその場に則した振る舞いをすることがある。父親が帰ってこないことに加え、憔悴した母親の様子に“わざと何も気づいていないフリ”をしている可能性はあるだろう。

「映二郎は、学校の授業とか就職活動とかあるでしょ」
「ああ、うん。でも気にしなくていいよ。両方とも多少休んでも問題ない」
「そう……ありがとうね。母親として情けないけど、今は遥のことを気にする余裕もなくて……だから私以外の大人があの子の近くにいて、気に掛けてくれるとすごく助かるわ」

疲れた様子で微笑む奈津美に、同情する気持ちが大きくなる。
奈津美はテーブル上の両手を合わせ、祈りを捧げるように指を組んだ。
彼女は目を伏せて、左手薬指の結婚指輪をじっと見つめながら言う。

「それでね、映二郎には一つ頼みたいことがあるの」
「頼みたいこと?」

俺は奈津美の手が微かに震えていることに気がついてしまった。

「もし、あの人がそういう目的で消えてしまったなら、警察が言う『遺書のようなもの』があの人の部屋にあるかもしれない。お願い、私はまだそれを直視することができないから、代わりに探して欲しいの」


◇◇◇


2階にある隆之さんの書斎部屋は、夫婦の寝室と遥の部屋に比べると3〜4畳ほどの広さだった。
引出し付きのデスクとセットのデスクチェアが置いてあり、普段はそこにノートパソコンが置いてあるのだろう。
隆之さんのスマホと、仕事でも使用しているノートパソコンは、失踪時の所持品として警察が預かっている。

俺は備え付けのクローゼットを開けてみるが、中は季節外で使用していない暖房器具や日用品のストックが詰まっていた。
隆之さんの部屋だが、家族で使用するものの物入れとなっているようだ。
デスクとデスクチェア。

それ以外は何もない部屋だった。


(なぜ、いなくなったのだろう)


俺はふと頭に浮かんだ疑問を、なんとなくそのままにしながら、デスクチェアに腰掛ける。


(家族がいて、仕事があって)


見上げると、目の前の壁にはコルクボードが画鋲で吊るされていた。
手書きのメモや旅行先で撮ったと思われる家族写真が飾られている。


(“誰か”から必要とされてる人生なのに)


画鋲で留められている写真の中に、先日のバーベキューの時に撮った写真があった。
遥と努が肉を頬張り、肉についたソースで顔を汚している。
隣には、所在なさげにバーベキューに加わる俺の姿があった。
撮られていることに気が付かなかった。
こんな退屈そうな表情をしていたのか。


(俺なんかよりずっと)


あの日、隆之さんはどんな表情だったかな。
優しげに笑う人だった。
そんな人でもカメラを向けられていないとき、普段見せない顔をしていたのかもしれない。
気が強いけど愛情深い妻と、可愛い一人娘のいる家族。
周りから見たら幸せそうに見えても、父親の仮面を外した彼は、実は空虚を感じていたのかもしれない。

「ある日突然、ふらっと失踪してしまうことは珍しくない……か」

正直、警察が言うことが当たっている可能性は高い。
奈津美は認めたくないのだろう。
自発的な失踪だとしても、それ相応の理由があって欲しい。
だからこそ、俺に遺書を探してなんて頼んできた。
自分一人では怖くて直視できないからと。

俺はデスクの引き出しを開けて中を探すが、それらしきものは見当たらない。
デスク以外は、この部屋に探せそうな場所はなかった。
俺が顔を上げると先ほどの写真が再度目に入る。
遥と一緒に写っている、見るからにやんちゃそうな男の子、遠藤努のことを思い出す。
その時、彼と結びつく一つのキーワードが頭に浮かんだ。

「……そうだ、日記は?」

日々の出来事だけでなく、その時に感じたことを記録するもの。
遠藤努も、欠かさず毎日つけていた。
隆之さんも表立っては言えない心情をそういったものに吐露していたのではないか。
きっと、日記アプリは使わないだろう。GPSアプリを家族で使用するくらいだ。
スマホ内に彼のプライバシーはないと考えた方がいい。
おそらく、数少ない彼のプライベートスペースであるデスクに隠してあるに違いない。
もう一度、引き出しを上から順に探す。わかりやすく日記やノートの類はなかった。

俺は少しの間、思案して一番下の、他より内寸が深い引き出しを開ける。
中身はExcelやWord等、仕事で使う為の実用書が数冊、無造作に積み上げられていた。
他の引き出しよりも空いているスペースが多く感じた。
日常的に出し入れしやすいようにぎっちり物を詰めていないらしい。

俺はその引き出しの中身を全て出すと、底板を軽く押してみる。
柔らかく反発する感触に、引き出しの四隅の一つにグッと指圧を加える。
すると偽の底板が浮き上がり、二重底の隙間から使い込まれた日記が出てきた。