◇◇◇
「それでは、最後に弊社への質問はありますか」
夕方の面接会場にて、本日の最終面接。
目の前の面接官が貼りつけた笑顔でお決まりのフレーズを唱える。
その目は明らかに疲弊しており、解放してくれと言わんばかりのオーラを放っていた。
「……ありません」
最後のアピールポイントだが、これ以上時間を引き延ばしても印象は良くならないだろう。
空気を読んだ自分を褒めてやりたい。
面接会場を出ると、すっかり日が暮れていた。
週末のビジネス街を歩くと、呑み屋が立ち並ぶ駅前の通りに出る。
ヤケにサラリーマンが多い、華の金曜日なので既に呑み始めているようだ。
旭さんに呑みの誘いをかけようと思った矢先、スマホに落選通知のメールが届いた。
「『厳正なる選考の結果、誠に残念ではございますが、不採用との結果となりましたので……』」
俺はハアアアと大きなため息を吐き出し、その場にしゃがみ込むと旭さんに電話を掛けた。
「おう、どした」
「また落ちました。心が荒んでるので、良かったら呑みに行きませんか」
「金曜日やし、どこも混んでるやろ。
そや、コンビニで酒買って事務所に来い。
絶景スポット教えたる」
何故か四人分の酒とつまみをおつかいさせられた俺は両手にコンビニ袋をぶら下げて、今日も『宮下・長谷川探偵事務所』の扉を叩いた。
◇◇◇
事務所の屋上に出ると、月明かりと街の明かりがキラキラしていて雰囲気が良かった。
なるほど、これが絶景かと納得する。
人で溢れかえる居酒屋よりも、貸切状態の屋上の方が心の傷を癒すのにピッタリな場所かもしれない。
早速、簡易の折りたたみテーブルを3つほど並べて、つまみと酒を並べる。
佑斗と高橋くんも合流して、特に理由のない酒盛りが始まった。
皆んなで「お疲れ様」と言いながら、開けた缶ビールを軽く掲げて、ぐいとビールを流し込む。
苦味と炭酸が喉越しに良く、爽快な気分になる。
だが、次の瞬間には俺はネガティブモードに戻っていた。
「もう、俺を雇ってくれる会社なんてないんです」つい弱音を吐く。
旭さんと高橋くんが「元気出せ」とか「大丈夫ですよ」と慰めてくれる。
そんな中、佑斗は真面目な面持ちで
「映二郎って何の仕事がしたいの」と聞いてきた。
「何のって、手当たり次第にエントリーシートを出して、第一通過した中から、会社の業績と給与順に並べるだろ。あとは日程が被らないように面接を受けていく。特に仕事内容では選んでないな」
佑斗が信じられないという顔をする。
「それって自分の好きなこととか、得意分野とか全然気にしないの?どこかに就職できたとしても結局続かなそうだけど」
俺はムカっとした。
「うるさい。やりたいことで食えていける奴なんて、全体から見たらごく少数なんだよ」
「わかりますよ〜。凡人からしたら就活なんて、できるだけ効率化して数打って、少しでも良い条件の内定をかき集めるゲームですよね〜」
「旭は?」
「おれは警察官一本やったからな。それ以外は見とらんかった」
凄い、さすがだ。
俺は尊敬の眼差しを向けた。
「すげ〜、さすがあ」ヒュウと高橋くんが口笛を吹くマネをする。
「警察官になっても、結局辞めてるじゃん」
おい佑斗やめろ、水を差すな。
「人には向き不向きがあんねん。いくら好きでなった職業でもな」
「俺は好きで始めた仕事なら辞めない。
もしくはもっとやりたいことができるまでは続けるかな」
「佑斗さんって、根っからの自営業なんですね〜。
オカルトチャンネル運営から探偵業へ転身ってのが特殊すぎますけど」
「オカルトチャンネルは休止状態だけど、完全に辞めたわけじゃない。とりあえず探偵事務所が軌道に乗るまではこっちに注力するってだけだよ」
「探偵事務所の方は特に広告とか打ってないんでしょ。
それこそチャンネルで宣伝すれば良いのに」
「依頼が殺到しても困るし、おもしろ半分で変な依頼も増えそうだからやらない。HPあるから、普通の依頼は来てるよ」
「せやな。オカルト系の調査依頼はDMで受けてるけど、これも大々的には公表はしない。
着実に実績を積んでいけば、いずれ界隈で口コミが広まるからな」
随分と悠長なやり方で経営しているようだが、それはオカルトチャンネルの収益あってのことだろう。
あれだけの人気チャンネルであればいまだに動画の再生は回り続けるわけで、自分のような弱小チャンネルとはレベルが違う。
大分酔いが回ってきた頃、俺は何度目かわからないため息が出る。
「そりゃ、成功してる人からしたら、自分のやり方が正攻法になるんでしょうが、俺が真似したところで同じ結果にはなりませんよ」
卑屈な言い方になってしまったが、知ることか。
今日はとことん、愚痴ってやる。
「映二郎のチャンネルだって、十分成功してる方じゃない?
俺の個人チャンネルより全然スゴイよ」
「亘理さん、チャンネルあるんですか。
そういえば旭さんとコラボしたって言ってましたもんね」
チャンネル名教えてくださいよと高橋くんがねだってくる。
その前に、佑斗にいきなり褒められたのが意外にも嬉しく、俺はふわふわした気持ちでチャンネル名を教える。
「お〜!登録者数5万人って、凄いじゃないですか」
「その内2万人くらいはオカルトチャンネルのコラボで一気に増えました」
「動画の内容も凝ってて、面白いよ。都市伝説とか霊現象に対して民俗学の知識と独自の見解も入ってるし、オリジナリティがある。
高評価率、高いんじゃない?」
何だ何だ、むくむくと自己肯定感が膨れて自分を満たしていくぞ。
佑斗も大分酔いが回っているらしく、饒舌に俺のオカルト動画の良いところを説明してくれる。
俺はとても良い気分だった。
「ずっと、やりたいことができたらなあ」ポツリと言葉に出た。つい口からこぼれた本心だった。
「できたら、じゃなくてやりなよ!」佑斗が肩を掴んで揺さぶってくる。
「うはは!佑斗、酔ってるな」旭さんが楽しそうに笑っている。
「盛り上がってる皆さんに嬉しいお知らせですよ〜」
高橋くんが大きなダンボールを抱えてる。
二階の事務所から持ってきたらしい。
フタを開けると中には梱包材の下にビニール袋に入ったアクリルキーホルダーが大量に詰まっていた。
「あ、おけちゃん」俺も見知ったキャラクターグッズだった。
旭さんたちの『オカルトチャンネル』には、『おばけちゃん』というイメージキャラクターがいる。
どちらも安直としか思えないネーミングセンスだが、それゆえに覚えやすく親しまれやすかった。
『オカルトチャンネル』は通称:オカチャン
そして『おばけちゃん』は通称:おけちゃん
ファンからそれぞれそう呼ばれている。
おけちゃんは一文字しか省略できていないのはご愛嬌だ。
白いシーツを被ったような、よくあるイメージの“おばけ”で、黒く丸い目に、舌を出している。
女の子の設定なので小さなリボンをつけている。
アクリルキーホルダーを裏返すと『オカルトチャンネル』と印字されていた。
「あ、届いたんだ」
「はい!来月のチャンネル周年プレゼントです」
毎年、彼らはチャンネル開設月に応募者限定でプレゼントをしている。
俺も以前に応募したが、当選したことはない。
今年はアクリルキーホルダーのようだ。
「そして、これは僕からのプレゼントです」
高橋くんが俺たち三人におけちゃんキーホルダーを渡してくれる。
裏側には『宮下・長谷川探偵事務所』と印字されている。
「周年プレゼントとは別に発注してみました。
予備で一個多めにして良かったです」
当初は三人分だけ用意する予定だったらしい。
「僕たちだけの限定バージョンですよ」と高橋くんが誇らしげに言う。
高橋くんの粋なプレゼントに、不覚にも嬉しくて泣きそうになる。
何度も企業面接で落とされて、世間から不要と言われている気がしていた。
今だけでも、ここには俺の居場所があると思えて、その日は珍しく気持ちよく眠ることができた。
