大学4年生になって、就活の為に髪を黒く染めた。
伸びていた襟足を短くし、前髪は横に流して、ちょうど目にかからないくらいの長さにした。
就活用の黒いスーツに着替えて、革靴を履く。
最初は違和感だった硬い感触も今では慣れてきた。
春夏仕様のスーツは薄手な分、簡単にシワがついてしまいそうだったので、スチームアイロンも購入した。
全身鏡に就活スタイルの自分を映すと、就活生のテンプレートのような姿がそこにあった。
ひとつだけ違うのは、広告写真の彼らみたいな朗らかな表情はしていない。
そこには自分を否定され続け、自己肯定感を失った男が疑うような目線をこちらに向けている。
昨夜も遅くまで企業へのエントリーシートを作成していたので、寝不足の表情がより暗さに拍車をかけていた。
大学に進学し、講義を受けて単位を取得して、時期が来たら就職活動をする。
ほとんどの学生がその順序に沿って生活を変えていく。
俺は周りと同化して、決まりきったルートを進むのが嫌でしょうがなかった。
就職活動を経て、社会人になることが嫌なのではない。
周囲の連中の、飲みと女のことしか頭にない有象無象と一緒にされるが許せなかったのだ。
他の誰もやっていない、自分にしかできないことを成してみたかった。
いわば逆張り感覚でオカルト考察チャンネルを開設した。
最初は再生数もチャンネル登録者も数字が伸びなかった。
だけど続けるうちに少しずつ数字が増えていって、確かな手応えを感じるようになっていた。
大好きなオカルトについて、アンダーグラウンドでありながらエンタメとしての魅力を伝える為に動画作りに多くの時間を割いた。
趣味の民俗学から得た知見を生かして、他所よりも専門的な視点でオカルトを考察する、そんな自負を持ちながら活動を続けた。
登録者数が5万人を超えると、インターネットを通じて世界中と繋がっている実感があり、自分の作品を誇れるようになった。
就活を始めたばかりの頃、面接官二人と俺一人の三名で面接を行った。
「学生時代に力を入れて取り組んだことは何ですか」と質問をされた。
企業面接では必ずと言っていいほど聞かれる質問だ。
俺は意気揚々と「動画制作です」と答えた。
チャンネル登録者数もアピールした。
トライ&エラーで動画の質を上げていき、チャンネル運営は継続力と大衆の求めるものをキャッチする能力が磨けたと伝えた。
もちろんエントリーシートや履歴書にもチャンスがあれば書き込んでいた。
「5万人は凄いですね」と若い面接官が興味を示した。
年配の面接官が「そんなに凄いの?」と若い面接官に聞いている。
「どんなチャンネルなんですか。良ければ教えてくださいよ」
気を良くした俺はスマホで自身の動画を見せた。
「ああ、都市伝説とか、心霊とか……本格的ですね」
若い面接官の温度感が明らかに落ちたと感じた。
二人の内、年配の面接官が
「では、貴方はその経験をどのように弊社で活かせますか」と聞いてきた。
「あ、はい。ですから、納得がいくまで動画制作を続けた粘り強さと、継続力で御社の業務に貢献を……」
「なるほどね。はい、ありがとうございます」
「え?」
遮るように質問を切り上げられて、何か質問の意図を間違えたのかと狼狽していると、隣の若い面接官が場を取りなすように、俺に向けて言った。
「まあ、趣味は大事ですよね」
趣味。
年配の面接官が鼻で笑った。
そこで俺はようやく理解した。
目の前にいる面接官たちからすれば、俺がやってきたことは少しも価値がない、取るに足らない成果だった。
真面目に頑張ることは得意だった。
伸びる動画作りの研究を重ねて、独自性も両立させようと努力した。
素人の割には結果も出たと思う。
けれども今では動画更新は止まり、月間の再生回数は絶頂期に比べると微々たるもので、収入なんて、ほとんどないに等しい。
金銭という価値を生まなければ、確かにそれは趣味でしかない。
俺が大学生活で青春だと思っていたチャンネル活動は、
世界中に同志がいて、好きを追求する尊い活動だと思っていたそれは、
企業の大人たちから見たら、ただのオタクの一人遊びに過ぎなかった。
もっと「世の中の為になる活動」に
「周囲の人間と協力しあって」注力すべきだったのだ。
それでも、頑張ってきたことを一笑に付されたことは、自分そのものを踏みつけにされるくらい許せなかった。
不採用通知を見るたびに自分の価値を理解しない社会への敵対心が大きくなった。
馬鹿にされたことで一時的に就活へのモチベーションが下がっていた。
エンタメを楽しむ余裕がない大人にイマジネーションなんて生まれない。
奴らと一緒に会社の歯車として生きる人生はまっぴらだ。
そう思うことでしか心のバランスが取れなかった。
そんな時だった。
姉・奈津美からメッセージが届いたのは━━。
『隆之が不倫しているかもしれない。弁護士か探偵に相談しようと思う』
久しぶりに弟に送ってきたメッセージがこれである。
最初は対岸の火事のように思って、無視しようとした。
首を突っ込む気になったのは、ちょうど就活を投げ出したくなっているタイミングだったからだ。
探偵という文字を見て、探偵業へ転身した友人の顔が頭に浮かぶ。
俺は「探偵を紹介できるかもしれない」と奈津美に返信していた。
ただの紹介ならば、わざわざ俺が事務所に出向く必要はなかった。
単純に彼と会う口実が欲しかったのだ。
彼ならば、俺の鬱々とした心境をぶち壊してくれるのではないか、そんな期待があった。
調査を手伝って欲しい、そう言われて嫌々応じるような態度を示したが、内心嬉しくないはずがなかった。
旭さんはオカルトにそれほど興味がない。
彼らの『オカルトチャンネル』の動画や配信を見ればわかるのだが、本来ならば、オカルトと縁がなさそうな人物なのだ。
本人も毎回、嫌々心霊スポットに連れて行かれて訳もわからず撮影していると言っていた。
彼はオカルトに対しては、懐疑的でも盲信的でもなく中立のスタンスを取っていた。
暗い廃墟の中でも気にせず突き進み、冗談を言って馬鹿笑いをしたかと思えば、急に「寒気がする」と怯え出して情けない姿も見せる。
長谷川旭という人間がオカルトに対面した時、どんな反応を示すのか、それを見てみたいと思わせる魅力が彼にはあった。
だから、俺みたいな人間に対して、どんな反応をするのか確かめたかった。
彼の明るさに救われたいし、「しょうもない」と一蹴されてもいい。
共感してくれたら天にも昇る気分になるかもしれない。
思った以上に就活と探偵事務所の調査手伝いは忙しく、両方やりくりしようとすると旭さんとゆっくり話す時間が取れないでいた。
今日、夕方の面接後に二人きりで呑みに誘おうと決意して、俺はアパートを後にした。
伸びていた襟足を短くし、前髪は横に流して、ちょうど目にかからないくらいの長さにした。
就活用の黒いスーツに着替えて、革靴を履く。
最初は違和感だった硬い感触も今では慣れてきた。
春夏仕様のスーツは薄手な分、簡単にシワがついてしまいそうだったので、スチームアイロンも購入した。
全身鏡に就活スタイルの自分を映すと、就活生のテンプレートのような姿がそこにあった。
ひとつだけ違うのは、広告写真の彼らみたいな朗らかな表情はしていない。
そこには自分を否定され続け、自己肯定感を失った男が疑うような目線をこちらに向けている。
昨夜も遅くまで企業へのエントリーシートを作成していたので、寝不足の表情がより暗さに拍車をかけていた。
大学に進学し、講義を受けて単位を取得して、時期が来たら就職活動をする。
ほとんどの学生がその順序に沿って生活を変えていく。
俺は周りと同化して、決まりきったルートを進むのが嫌でしょうがなかった。
就職活動を経て、社会人になることが嫌なのではない。
周囲の連中の、飲みと女のことしか頭にない有象無象と一緒にされるが許せなかったのだ。
他の誰もやっていない、自分にしかできないことを成してみたかった。
いわば逆張り感覚でオカルト考察チャンネルを開設した。
最初は再生数もチャンネル登録者も数字が伸びなかった。
だけど続けるうちに少しずつ数字が増えていって、確かな手応えを感じるようになっていた。
大好きなオカルトについて、アンダーグラウンドでありながらエンタメとしての魅力を伝える為に動画作りに多くの時間を割いた。
趣味の民俗学から得た知見を生かして、他所よりも専門的な視点でオカルトを考察する、そんな自負を持ちながら活動を続けた。
登録者数が5万人を超えると、インターネットを通じて世界中と繋がっている実感があり、自分の作品を誇れるようになった。
就活を始めたばかりの頃、面接官二人と俺一人の三名で面接を行った。
「学生時代に力を入れて取り組んだことは何ですか」と質問をされた。
企業面接では必ずと言っていいほど聞かれる質問だ。
俺は意気揚々と「動画制作です」と答えた。
チャンネル登録者数もアピールした。
トライ&エラーで動画の質を上げていき、チャンネル運営は継続力と大衆の求めるものをキャッチする能力が磨けたと伝えた。
もちろんエントリーシートや履歴書にもチャンスがあれば書き込んでいた。
「5万人は凄いですね」と若い面接官が興味を示した。
年配の面接官が「そんなに凄いの?」と若い面接官に聞いている。
「どんなチャンネルなんですか。良ければ教えてくださいよ」
気を良くした俺はスマホで自身の動画を見せた。
「ああ、都市伝説とか、心霊とか……本格的ですね」
若い面接官の温度感が明らかに落ちたと感じた。
二人の内、年配の面接官が
「では、貴方はその経験をどのように弊社で活かせますか」と聞いてきた。
「あ、はい。ですから、納得がいくまで動画制作を続けた粘り強さと、継続力で御社の業務に貢献を……」
「なるほどね。はい、ありがとうございます」
「え?」
遮るように質問を切り上げられて、何か質問の意図を間違えたのかと狼狽していると、隣の若い面接官が場を取りなすように、俺に向けて言った。
「まあ、趣味は大事ですよね」
趣味。
年配の面接官が鼻で笑った。
そこで俺はようやく理解した。
目の前にいる面接官たちからすれば、俺がやってきたことは少しも価値がない、取るに足らない成果だった。
真面目に頑張ることは得意だった。
伸びる動画作りの研究を重ねて、独自性も両立させようと努力した。
素人の割には結果も出たと思う。
けれども今では動画更新は止まり、月間の再生回数は絶頂期に比べると微々たるもので、収入なんて、ほとんどないに等しい。
金銭という価値を生まなければ、確かにそれは趣味でしかない。
俺が大学生活で青春だと思っていたチャンネル活動は、
世界中に同志がいて、好きを追求する尊い活動だと思っていたそれは、
企業の大人たちから見たら、ただのオタクの一人遊びに過ぎなかった。
もっと「世の中の為になる活動」に
「周囲の人間と協力しあって」注力すべきだったのだ。
それでも、頑張ってきたことを一笑に付されたことは、自分そのものを踏みつけにされるくらい許せなかった。
不採用通知を見るたびに自分の価値を理解しない社会への敵対心が大きくなった。
馬鹿にされたことで一時的に就活へのモチベーションが下がっていた。
エンタメを楽しむ余裕がない大人にイマジネーションなんて生まれない。
奴らと一緒に会社の歯車として生きる人生はまっぴらだ。
そう思うことでしか心のバランスが取れなかった。
そんな時だった。
姉・奈津美からメッセージが届いたのは━━。
『隆之が不倫しているかもしれない。弁護士か探偵に相談しようと思う』
久しぶりに弟に送ってきたメッセージがこれである。
最初は対岸の火事のように思って、無視しようとした。
首を突っ込む気になったのは、ちょうど就活を投げ出したくなっているタイミングだったからだ。
探偵という文字を見て、探偵業へ転身した友人の顔が頭に浮かぶ。
俺は「探偵を紹介できるかもしれない」と奈津美に返信していた。
ただの紹介ならば、わざわざ俺が事務所に出向く必要はなかった。
単純に彼と会う口実が欲しかったのだ。
彼ならば、俺の鬱々とした心境をぶち壊してくれるのではないか、そんな期待があった。
調査を手伝って欲しい、そう言われて嫌々応じるような態度を示したが、内心嬉しくないはずがなかった。
旭さんはオカルトにそれほど興味がない。
彼らの『オカルトチャンネル』の動画や配信を見ればわかるのだが、本来ならば、オカルトと縁がなさそうな人物なのだ。
本人も毎回、嫌々心霊スポットに連れて行かれて訳もわからず撮影していると言っていた。
彼はオカルトに対しては、懐疑的でも盲信的でもなく中立のスタンスを取っていた。
暗い廃墟の中でも気にせず突き進み、冗談を言って馬鹿笑いをしたかと思えば、急に「寒気がする」と怯え出して情けない姿も見せる。
長谷川旭という人間がオカルトに対面した時、どんな反応を示すのか、それを見てみたいと思わせる魅力が彼にはあった。
だから、俺みたいな人間に対して、どんな反応をするのか確かめたかった。
彼の明るさに救われたいし、「しょうもない」と一蹴されてもいい。
共感してくれたら天にも昇る気分になるかもしれない。
思った以上に就活と探偵事務所の調査手伝いは忙しく、両方やりくりしようとすると旭さんとゆっくり話す時間が取れないでいた。
今日、夕方の面接後に二人きりで呑みに誘おうと決意して、俺はアパートを後にした。
