天気予報にない通り雨みたいな恋だった

 あの日から数日。空は、皮肉なほどに青く澄み渡っていた。

 教室の窓から差し込む陽射しは痛いほど明るく、黒板の文字すら白く飛んで見えた。授業の内容は一切頭に入ってこない。机の端には、提出期限を明日に控えた『進路希望調査票』が、白々しく置かれている。
 家に帰れば、母親の「ちゃんと経済学部に丸をつけたの?」という無言のプレッシャーが待っている。息を殺して過ごす抜け殻のような毎日。

『君は逃げているだけだ』

 雨音と共に叩きつけられた彼の冷たい声が、胸の奥に深く突き刺さったまま抜けない。
 彼の言う通りだった。私は親の期待から逃げ、自分の才能のなさから逃げ、ただ彼という都合の良い避難場所に隠れていただけだ。

 けれど。
 どれだけ自分の弱さを自覚しても、親に逆らえない息苦しさよりも、彼に拒絶され、もう二度と会えないという事実の方が、何倍も苦しく、呼吸すらままならないほどに痛かった。



 自室のベッドに座り、窓の外の青空を見上げる。
 私は、彼を可哀想だと思ったのだろうか。優位に立って、慰めたかったのだろうか。

 ――違う。

 私は、誰にも肯定されなかった私の色を、「無駄じゃない」と言い切ってくれた彼の言葉に救われたのだ。あの理屈っぽくて、皮肉屋で、でも誰よりも世界を鮮やかに見つめている彼自身に惹かれたのだ。同情なんかじゃない。

「雨が降るのを待ってなんて、いられない」

 呟いた声は、驚くほどはっきりとしていた。
 私は机の上の進路希望調査票を手に取り、躊躇うことなく真っ二つに破り捨てた。ビリッという乾いた音が、静かな部屋に響く。
 もう、逃げない。
 私はお気に入りのクロッキー帳と鉛筆だけを鞄に詰め込み、眩しすぎる晴天の街へと飛び出した。



 強い日差しが照りつける駅前の広場。
 肌を刺すような熱気の中、私はあの日、彼を見かけた交差点の周辺を必死に探し回った。汗が額を伝い、息が上がる。
 そして、公園の端にある木陰のベンチに、見覚えのあるシルエットを見つけた。

 色の濃いサングラスをかけ、杖代わりの黒い長傘を両手で固く握りしめ、痛みに耐えるように深くうつむいている彼。

 私は息を切らしながら走り寄り、彼の真正面に立った。
 私の体が、彼に降り注ごうとしていた直射日光を遮り、彼の足元に濃い影を落とす。

 不意に日差しが遮られたことに気づいたのか、彼はゆっくりと顔を上げた。
 サングラスの奥の瞳が私を捉えた瞬間、彼は信じられないものを見るように、酷く顔をしかめた。

「……君」

 低く、掠れた声。

「俺の話、聞いてた? もう来るなと言ったはずだけど」
「公園に来るな、とは言われてないです」

 私は、乱れた呼吸を整えながら、彼を真っ直ぐに見下ろした。

「あと、今日は『晴れ』です」
「は……?」
「雨の日に会わないとは言われましたけど。晴れの日に会っちゃ駄目だなんて、一言も言われてません」

 彼がいつも使っていた、理屈っぽくて逃げ場のない言い回し。それをそのままそっくり返してやった。

「なっ……お前、屁理屈にもほどが……」
「屁理屈じゃないです。事実です」



 呆気にとられ、言葉を失っている彼。
 私は鞄を地面に放り投げ、彼の膝の上に置かれた、傘を握りしめているその冷たい両手を、自分の両手でぐっと強く握りしめた。

「同情じゃありません」

 彼が手を引き抜こうとするのを、力一杯押さえつける。

「ただの、私の身勝手なわがままです。……私が、あなたと一緒にいたいんです」

 いつも完璧に感情を隠し、皮肉で武装していた彼の顔が。
 その瞬間、張り詰めた糸が切れたように、初めて子供のように歪んだ。

 彼にとって残酷な、この眩しすぎる世界で。
 私は初めて、自分の足で彼の隣に立った。
 言い訳のための、雨の魔法はもういらない。