翌日の放課後。空は、殺意すら覚えるほどの快晴だった。
初夏の容赦のない太陽がアスファルトを白く焼き焦がし、遠くの景色を蜃気楼のように歪ませている。制服のブラウスがじっとりと汗を吸い、背中に張り付いた。
学校の喧騒も、黒板に書かれた受験までのカウントダウンも、机の上に残された進路希望調査票の白い紙切れも。すべてが、私を急き立てるように光を浴びて、その輪郭を鋭利に際立たせていた。
息が詰まりそうだった。耐えきれなくなり、私は逃げるように駅前へ足を向けていた。
雨など一滴も降っていない。あの純喫茶のオレンジ色のランプも、公園の東屋の湿った空気も、今日はないと分かっているのに。
頭上から降り注ぐ光の暴力が、私の居場所を隅々まで照らし出して奪っていく気がした。だから私は、濃い影を求めるように、無意識のうちに彼を探して街を彷徨っていた。
〇
駅前の大きな交差点。陽炎の立つ対岸に、ふと、見慣れたシルエットが浮かび上がった。
心臓が、肋骨の裏側を強く蹴り上げる。
しかし、一歩踏み出そうとした私のローファーは、溶けかけたアスファルトに貼り付けられたように動かなくなった。
――私が知っている「彼」ではなかった。
彼は、顔の半分を覆うような、今まで見たこともないほど色の濃いサングラスをかけていた。いつも無造作に肩に担いだり、石突きで軽くリズムを取っていた黒い長傘を、今は体の正面で真っ直ぐに、両手で固く握りしめている。
そして、その傘の先で、足元の点字ブロックの凹凸をなぞるように、小刻みに地面を叩いていた。
照り返す強い日差しを浴びるたび、彼は顔をしかめ、深く眉間を寄せる。その歩みはひどく慎重で、まるで足元に無数のガラス片が散らばっているかのように、外界のあらゆる刺激から身を守る硬い姿勢だった。
あの、雨の日の琥珀色の中で見せていた、余裕のある皮肉屋の面影はどこにもない。
信号が青に変わり、人の波が押し寄せる。
彼が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
すれ違う瞬間、「灰谷さん」と呼ぼうとして、乾いた喉が微かにひきつった。
声が出ない。
至近距離で見た彼の全身からは、「誰も触れるな」「俺は一人で歩く」という、ひどく張り詰めた空気が放たれていた。
レンズの奥の瞳は、すれ違う私を、いや、目の前の景色すらも捉えていないように見えた。ただ、網膜を焼く光の暴力に耐え、己の腕に伝わる傘の振動だけを頼りに、見えない濁流の中を一人で渡っているような顔だった。
私はすれ違いざまに振り返り、ゆっくりと遠ざかっていく彼の背中を見つめることしかできなかった。
カツ、ズ、カツ……。
彼が杖代わりにしている傘の石突きが、コンクリートを不規則に擦る音が、街の喧騒をすり抜けて私の鼓膜を痛いほど叩く。
手を伸ばせば、届く距離だった。
けれど、あまりにも完成された彼の孤独な戦いに、私は指一本触れることが許されないような気がして、ただ立ち尽くしていた。
〇
帰宅し、自分の部屋のベッドに倒れ込むように座り、鞄からクロッキー帳を引きずり出した。
乱暴にページを捲る。
そこには、薄暗い純喫茶の光の中で、微かに口角を上げて文庫本を読む彼の横顔が描かれている。鉛筆の柔らかい線で縁取られた、穏やかで無防備な輪郭。
それが、いかに彼にとって無理のない、特別な安らぎの瞬間であったか。
私は、雨の日の優しい彼しか知らなかった。
残酷なほどに眩しい晴れの日を生きる彼が、あんなにも深く傷つき、見えない何かと戦い続けていることなんて、何一つ知らなかったのだ。
初夏の容赦のない太陽がアスファルトを白く焼き焦がし、遠くの景色を蜃気楼のように歪ませている。制服のブラウスがじっとりと汗を吸い、背中に張り付いた。
学校の喧騒も、黒板に書かれた受験までのカウントダウンも、机の上に残された進路希望調査票の白い紙切れも。すべてが、私を急き立てるように光を浴びて、その輪郭を鋭利に際立たせていた。
息が詰まりそうだった。耐えきれなくなり、私は逃げるように駅前へ足を向けていた。
雨など一滴も降っていない。あの純喫茶のオレンジ色のランプも、公園の東屋の湿った空気も、今日はないと分かっているのに。
頭上から降り注ぐ光の暴力が、私の居場所を隅々まで照らし出して奪っていく気がした。だから私は、濃い影を求めるように、無意識のうちに彼を探して街を彷徨っていた。
〇
駅前の大きな交差点。陽炎の立つ対岸に、ふと、見慣れたシルエットが浮かび上がった。
心臓が、肋骨の裏側を強く蹴り上げる。
しかし、一歩踏み出そうとした私のローファーは、溶けかけたアスファルトに貼り付けられたように動かなくなった。
――私が知っている「彼」ではなかった。
彼は、顔の半分を覆うような、今まで見たこともないほど色の濃いサングラスをかけていた。いつも無造作に肩に担いだり、石突きで軽くリズムを取っていた黒い長傘を、今は体の正面で真っ直ぐに、両手で固く握りしめている。
そして、その傘の先で、足元の点字ブロックの凹凸をなぞるように、小刻みに地面を叩いていた。
照り返す強い日差しを浴びるたび、彼は顔をしかめ、深く眉間を寄せる。その歩みはひどく慎重で、まるで足元に無数のガラス片が散らばっているかのように、外界のあらゆる刺激から身を守る硬い姿勢だった。
あの、雨の日の琥珀色の中で見せていた、余裕のある皮肉屋の面影はどこにもない。
信号が青に変わり、人の波が押し寄せる。
彼が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
すれ違う瞬間、「灰谷さん」と呼ぼうとして、乾いた喉が微かにひきつった。
声が出ない。
至近距離で見た彼の全身からは、「誰も触れるな」「俺は一人で歩く」という、ひどく張り詰めた空気が放たれていた。
レンズの奥の瞳は、すれ違う私を、いや、目の前の景色すらも捉えていないように見えた。ただ、網膜を焼く光の暴力に耐え、己の腕に伝わる傘の振動だけを頼りに、見えない濁流の中を一人で渡っているような顔だった。
私はすれ違いざまに振り返り、ゆっくりと遠ざかっていく彼の背中を見つめることしかできなかった。
カツ、ズ、カツ……。
彼が杖代わりにしている傘の石突きが、コンクリートを不規則に擦る音が、街の喧騒をすり抜けて私の鼓膜を痛いほど叩く。
手を伸ばせば、届く距離だった。
けれど、あまりにも完成された彼の孤独な戦いに、私は指一本触れることが許されないような気がして、ただ立ち尽くしていた。
〇
帰宅し、自分の部屋のベッドに倒れ込むように座り、鞄からクロッキー帳を引きずり出した。
乱暴にページを捲る。
そこには、薄暗い純喫茶の光の中で、微かに口角を上げて文庫本を読む彼の横顔が描かれている。鉛筆の柔らかい線で縁取られた、穏やかで無防備な輪郭。
それが、いかに彼にとって無理のない、特別な安らぎの瞬間であったか。
私は、雨の日の優しい彼しか知らなかった。
残酷なほどに眩しい晴れの日を生きる彼が、あんなにも深く傷つき、見えない何かと戦い続けていることなんて、何一つ知らなかったのだ。

