レベル1のわたしと解けない魔法

 わたしはそれ以来、ログインするとリーダーがいるかどうか真っ先に確認するようになった。
 リーダーがログインしてチャットに現れると、途端にテンションが上がる。

 まさか好きなの?
 いやでもオフ会で会ったときの印象、激薄なんだが?
 それどころかまともに話もしてないんだが?
 それなのに、好きってどういうこと?
 例のあの全滅事件で好きになったってこと?
 ええ……。さすがにそんな簡単に……。

 確かにリーダーは、普段から面白い人だけど。
 だけど、この感情が人として好きなのか、恋愛として好きなのか。
 よくわからない!
 
 そんなふうに悩みつつも、バイトをこなし、ゲームをして、日常は過ぎていく。
 ある日、母とふたりで買い物へ行ったとき。

「ご近所の〇〇ちゃん、結婚するんだってね。お母さんのウェディングドレスを着るんだって」

 母がスーパーでそんな話題を振ってきた。

「へぇ。そうなんだ。なんかドラマみたいだね」
「真知子が結婚するときは、和装も来てほしいわ」

 母はそういって笑う。
 それは急かすような口調ではなく「いずれそうなると嬉しい」という夢物語を語るような雰囲気だった。
 もし、リーダーのようなしっかりした人が結婚相手なら、母も安心するだろう。
 そう考えてからハッとする。
 いま無意識になにを考えた、わたし?
 リーダーと結婚? 付き合ってもないのに? というか好きかどうかもわからないのに?
 飛躍しすぎだろう!
 冷静になれ、わたし。

 だけど、それからもバイトの最中、ひとりで買い物をしている最中。
 いつどんなときでも、ふとリーダーを思い出すことが増えていった。
 ゲームにログインすると、ぼんやりとリーダーとギルメンのチャットを眺めていることが増えた。
 これは……もう認めるしかない。

 わたしは、リーダーが好きなんだ。


 リーダーは栃木県に住んでいる会社員。
 三十六歳で独身・彼女なし。
 わたしが知っているのはそこまでだ。
 十二歳も年齢が離れているわたしを相手にしてくれるんだろうか?
 そもそも、告白したところで玉砕する可能性も大なわけで……。
 ってゆーか告白して玉砕したら、このギルドに居ずらいなあ。
 やっぱ想いは伝えるべきじゃないんだろうか。
 そんなふうに悩んでしまったので、スズちゃんに相談することにした。

 わたしが事情を説明すると、スズちゃんはこういった。

『真知ちゃん、昔から年上の人好きだもんねえ。だから合うんじゃない?』
「でも、向こうが告白OKするとは限らないし」
『もう一度は会ってるんでしょ? 向こうは独身で彼女もいないなら、告白OKしてくれる可能性高いって』
「そうかなあ」
『あー。でも、そうなると真知ちゃん、栃木行っちゃうんだ。それは寂しい』
「え、栃木?」
『だって相手が三十六歳でしょ? 付き合うなら結婚前提になるんじゃないの?』

 スズちゃんの言葉に、わたしはあの二文字が浮かぶ。
 結婚。
 あのずっしりと重い現実……でも、リーダーと結婚するなら……。
 でも、わたしに結婚、できるんだろうか。
 栃木にお嫁にいって、リーダーと生活を共にし、夫婦になる。
 そんなこと、わたしにできるの?
 二十三年間、実家暮らしで一人暮らしなんかしたことないのに。
 わたしはそこまで考えて、ため息をついた。
 だめだ、結婚が遠い世界のことのようにしか思えない……。

 うだうだ悩んでいてもしかたがない!
 こういうときは買い物に限る。
 パーッとウィンドウショッピングをしよう。
 で、なんか良さそうなものがあれば買っちゃおう。
 そうだ、少し距離があるけど岡崎のほうのショッピングモールまで行こうっと。
 
 ショッピングモールについてぶらぶらしていると、キラキラしたアクセサリーや流行の服、オシャレなインテリア雑貨の並ぶ店が次々と視界に入る。
 こうやってウィンドウショッピングをしているだけで、ワクワクしてしまう。
 さっきまで結婚の二文字の重さや、リーダーへのハッキリしない気持ち、バイト先の面倒な人間関係、将来の不安……。
 そんなことをあれこれと考えていたのが、嘘みたいに心が晴れる。

 ふと『指輪1万円~』のポップにつられて、ジュエリーショップのショーケースを覗く。
 視線を移動させると、やけにシンプルな銀色の指輪が並んでいる。
 あ、これマリッジリングか。
 そう思って、人の気配に気づいて顔を上げる。
 そこに立っていたのは、人間ではなかった。
 マネキンだった。
 純白のドレスを着てベールをまとったマネキン。
 そのウェディングドレスはまるで人魚のような形で、とてもきれいだった。
 だけど、きれいだと思ったと同時に、「結婚」の二文字がよぎる。

 わたしは、いずれこれを着るのだろうか。
 笑顔でバージンロードを歩けるのだろうか?
 家族のもとを離れ、リーダーと結婚、できる?
 いっしょに生活、できる?
 これからずっーと、暮らせる?

 まるでウェディングドレスがそう問いかけてくるようで、わたしはその場からすぐに離れた。
 そして何も買わずにショッピングモールを後にした。

 結婚の二文字にとり憑かれたわたしは、バイトでもボーッとすることが増えた。
 これ幸いとばかりに亀田さんに嫌味をいわれた。
 林さんに、「肌荒れてるなあ。若いんだからちゃんとしろよ」とあきれられた。
 おめーはセクハラくそおやじだろうが黙ってろ。
 ……なんていえる勇気はない。

 今日も亀田さんは、「つくば黄門スペシャル観なきゃ」といって途中で帰って行った。
 そんなにあの時代劇はスペシャルを頻繁に放送してるのか?
 ツッコむ勇気もなく、むしろいなくなってせいせいするけど。
 わたしの仕事量は増えるのだ。
 嫌がらせかよというぐらいに汚い使われ方をしたトイレを掃除しながら思う。

 わたし、なんのために働いてるんだろう。
 貯金のため?
 買い物のため?
 ゲームをプレイするため?

 ファースト・ファンタジー11もあのギルドもとても居心地がいい。
 だけど、ずっとあの場所があるとは限らない。
 あそこがなくなったら、わたしはどうなる?

 夢も希望もない。
 おまけに生まれつき持病があるから生活も困難なことはある。
 結婚どころか、このまま一生バイトの身の可能性大。
 ってゆーか、このバイトだっていつまで続くか……。
 だけどバイトを辞めて、どうするんだ。
 わたしは一体、なにがしたいんだろう。
 なんのために生きてるんだろう。