レベル1のわたしと解けない魔法

 楽しいことのあとには、嫌なことがある。
 バイトだ。
 オフ会の次の日のバイトは、亀田さんの嫌味からはじまり、林さんにお尻を触られでキレたときには本人は逃げたあとでそこにおらず。
 休憩所でひとり、何度舌打ちを繰り返したかわからない。

「ぜっっったいやめたるわ!」

 そういって、飲み終えたカフェオレのパックを握りつぶす。
 だけどわかっていた。
 新しいバイトなんてそうそう見つかるもんじゃない。
 それに、次のバイトで人間関係がいいとは限らない。
 もっとヤバい人間関係に放り込まれる可能性大だ。

 わたしはため息をついて、携帯を確認する。
 親友のスズちゃんから「今度バイトお休みの日に会わない?」というお誘いだった。
 高校時代からの親友、スズちゃんは最近、彼氏ができてなかなか会えない。
 だけど彼女から誘ってくれるなら喜んで行く!
 わたしは急に元気が出てきて、勢いよく立ち上がる。
 よし、スズちゃんと会うのを楽しみに、嫌な仕事も頑張るぞー。


「え、婚約?!」

 わたしはそういうと、驚いて思わず立ち上がりそうになる。
 平日の午前中だというのに、ファミレスはやけに賑わっていた。
 向かいに座ったスズちゃんは幸せそうに笑う。

「そう。彼氏がね今度、婚約指輪を見に行こうって」
「そっか。おめでとう!」

 わたしはそういったものの、戸惑いが大きかった。
 年上のいとこの結婚や近所のお兄さんやお姉さんが結婚するのではない。
 高校時代の同級生が結婚……。
 なんだか実感がわかない。いやまあ、わたしのことじゃないからそれはそうだけど。
 でも結婚なんてわたしも周囲もまだ遠い先のことだと思ってた。
 二十歳で結婚した高校時代の同級生はチラホラいる。
 だけど、特に仲がよかったわけではないし又聞きだったせいか、芸能人の結婚の話を聞いているようだった。
 それが親友の口から「婚約」聞くと、重い実感となって目の前に現れるようだ。
 もちろん、親友が幸せになるのはうれしい。
 だけど、わたしはまだまだ結婚なんて先、それどころか結婚しないかもなんて思い始めていたのに。
 わたしとスズちゃんの間に、見えない分厚い透明の壁があるように感じた。


  Hanachoco:今日、親友と久々に食事したら、婚約の報告だったんですよ
 
 わたしはゲームにログインするなり、今日のことをぽつりとつぶやいた。
 誰かに聞いてほしかった。
 だってここのギルド、独身者が九割を占めているのだから。なぜに。

  Yoru:友だちは披露宴やるの? やるなら友だち代表で歌披露がいいよ
  Hanachoco:おすすめの曲とかありますか?
  Yoru:ウェディングベルとか
  Pyuta:一番ダメな曲w
  Hanachoco:タイトルだけ聞くと結婚式向きですよね。どんな曲なんですか?
  Pyuta:くたばっちまえアーメンって歌詞あるからw
  Hanachoco:それはダメですねw
  Yoru:盛り上がるよw
  Pyuta:盛り下がる可能性もあるから危険だって
 
 チャットでこんなことを話していると、結婚のことであれこれ悩んでいたのも吹き飛んでいく。
 タイピング速度も以前より上がって、オフ会に行ったことで以前よりもギルメンも身近に感じられるようになってきた。
 だからこそ、わたしのゲーム時間はどんどん長くなっていったのだ。