レベル1のわたしと解けない魔法

 モンスターが炎の魔法に包まれ、光の粒となって消える。
 レベルアップの音が響く。
 わたしは、「やった!」と杖を掲げた。

「おお。おめでとう」

 そういって拍手をしてくれたのは、リーダーだった。
 魔法使いのローブとナイトの鎧を足して二で割ったような赤いカッチリとした装備。
 リーダーはその装備を身につけ、辺りを見回す。

「もう敵はいないかなあ」

 わたしもリーダーにならって周囲を見る。
 どこまでも広がる草原には、人っ子ひとりいなかった。

 □
 
「ねぇ、神崎さん」

 わたしはハッとして我に返る。
 目の前は一気にファンタジー世界から現実――自動販売機が並んだだけのスタッフ専用の休憩所に戻った。
 ここにはわたしのようなバイトの身から、社員までさまざまな人がいる。
 特に話せる人もいないので、昨夜遅くまでプレイしていたゲームのことを思い出していたら。
 次長に話しかけられた。この人めっちゃタヌキに似てる。

「はい、なんでしょう?」
「いやね、亀田さんが急に帰っちゃって」
「えっ?! でもまだ午後六時ですよ? あと三時間もあるじゃないですか」
「なんでも『水戸黄門スペシャル』が観たいって帰っちゃってね。だから後半は一人でお願い」
「……わかりました」

 次長はそういうと、休憩室を出て行った。
 水戸黄門が観たいってなんやねん!
 そういいたいのをぐっとこらえる。
 怒っていたら体がホカホカしてきた。
 もう十一月だからなあ。
 二〇〇四年もあと少し。

 亀田さんは仕事の途中で気楽に帰っていってイラッとしたものの、あの人がいないと気楽ではある。
 わたしとペアになって仕事をする亀田さんは、かなり自由度の高い人だ。
 悪く言えば、自己中心的に生きている。
 このバイトで嫌な人その1だ。
 亀田さんも、もう七十過ぎのおばあちゃんなんだし、こんな掃除のパートやってらんないのだろう。本当は水戸黄門のスペシャルを観たいわけじゃなく、嫌になっただけかもしれない。
 だけど、次長は亀田さんに強く出ないんだよね~~。なんでだろうな、弱みでも握られてんのかな~。
 そんなことを思いつつ、十分の休憩を済ませて立ち上がる。
 物置からスティック掃除機を持って出たところで、嫌な人(その2)に出くわす。

「ねぇねぇ。神崎さん。これからさぼって漫画喫茶行こうよ」

 林さんがニヤニヤしながらそういってくる。

「一人で行ってください」
「なんだよー。せっかく誘ってやってるのに」

 林さんはぶつくさいいながら、どこかへ消えた。
 父親と同じくらいの年齢の人に誘われて、喜ぶタイプではない。
 わたしは大きな大きなため息をつく。
 
 バイトを終えて家に帰ると午後十時を過ぎていた。
 台所でトン兵衛(特盛)にお湯を注いでいると、弟がやってきていう。

「この時間に特盛ってどうなんだよ……」
「だってあのバイト先、晩ご飯食べるひまもないからこの時間になっちゃうのよ」

 弟は「ふーん。大変だね」とだけいうと、ジュースをもって台所を出た。
 わたしはトン兵衛をすすりながら思う。
 確かに二十三歳の乙女がこの時間帯に食べるものではないのかもしれない。
 でもおいしい! やめられない! 
 あと、帰りのコンビニで角煮まんも食べちゃったから、もう罪悪感なんて当の昔に捨て去った。
 体重計には怖くてしばらく乗っていない。
 ストレスのせいか夜更かしのせいか、吹き出物もチラホラ。

 だけどいいんだ、わたしにはこの世界は所詮はおまけ。
 ゲームの世界こそ現実。最近はそんな錯覚さえ覚えるくらいだ。