※里桜視点のお話です
石川悠人に「もう来るな」と、氷の刃のような言葉で突き放されてから、一週間が経とうとしていた。
放課後、部活へ向かう亜矢に「ごめん、先に行ってて」と嘘をつき、気づけば病院行きのバスに揺られている。そして、ドアの前まで来ては冷たいドアノブに触れることもできずに引き返す。
『お前みたいな軽い動機で部活やってるヤツに、俺の気持ちがわかるか!』
あの時の彼の言葉は、今も私の胸に深く突き刺さったままだ。
私の始まりは、「素敵な恋がしたい」という、あまりにも不純で軽薄な動機だったのだから。
泥だらけのユニフォームも、給水の手間も、全部がいつの間にか日常になっていた。
そして、石川悠人という男は――。
自分勝手で口が悪い。それでも誰よりサッカーを愛していることを、私は知っている。「……風邪、ひくなよ」と呟いて去っていった、不器用な優しさも知っている。
そんな彼が、今、たった一人で沈んでいる。
私に、何ができるというのだろう。
でも、それでも、放っておくことなんて、到底できなかった。
その日の午後、私は少しだけ緊張しながら、一週間ぶりに悠人の病室のドアを開けた。
悠人は、ベッドの上に身を起こしていた。
私の顔を見た瞬間、悠人の目が、わずかに見開かれた。
そして、すぐに視線を逸らした。
「お前、…………久しぶりじゃねぇか」
「うん。顔、見に来た」
少しだけ間を置いてから、私は言った。
「……迷惑だったら、帰るけど」
悠人は、視線を逸らしたまま、短く言った。
「……いていいよ」
それだけだった。
私は、彼が手元に広げていた雑誌に、視線を落とした。それは、海外サッカーの専門誌だった。
「……読んでたんだ」
「別に」
悠人は、ぱたん、と面倒くさそうに雑誌を閉じ、サイドテーブルに投げた。その拍子に、テーブルの脇に置いてあった彼のスマートフォンが、床に滑り落ちた。
「あ……」
私は拾おうとして、屈み込んだ。その時、足元に置いていた鞄のストラップに、自分のつま先が引っかかった。
「わっ……!」
体勢を崩した私は、そのまま、床に手をついた。
悠人は、ベッド柵を掴んだまま、こちらを見ていた。そして掠れた声で、こう呟いたのだ。
「……だいじょうぶ? たてるか?」
――時間が、止まった。
夏の、陽炎。
砂場の匂い。
蝉時雨。
目の前に立ちはだかる、自分より大きな男の子。
そして、その前に割って入った、小さな背中。
突き飛ばされて池に落ちて、それでも這い上がり、右膝から血を流す、その男の子。
泣きたいのは、きっと、彼の方なのに。
ずぶ濡れのまま、ぬいぐるみを差し出しながら、必死に笑ってみせた、あの顔。
そして、こう言ったのだ。
「…だいじょうぶ? たてるか?――」
「……おい、どうした。スマホ、取ってくれるか」
悠人の、いぶかしげな声で、私ははっと我に返った。
「あ、ううん、ごめん……!」
私は、平静を装い、床に落ちていたスマートフォンを拾い上げ、彼に手渡した。
そして、それ以上、彼の顔を正視することができなくて、逃げるように言葉を継いだ。
「……そろそろ、夕食の時間だし、私、もう帰るね! お大事に!」
そう早口でまくし立てると、悠人の返事も待たずに、ほとんど駆け出すようにして、病室を飛び出した。
私は、廊下の壁にもたれかかった。
「たてるか? 」という彼の声が、頭の中で何度も何度も反響していた。
その日から、私は、まるで何かに取り憑かれたように、一つの謎に取り組み始めた。
あの男の子が、石川悠人なのか。
私は学校が終わると、市の図書館に直行した。
私が幼稚園の頃――十年くらい前。その年代の住宅地図を探せば、さくら公園の周辺に「石川」という表札の家が載っているかもしれない。
該当のページを開くと、さくら公園の周辺は、経年劣化で半分近く滲んでいて、判読できなかった。
いくつもの図書館を回り、ようやく見つけた。
さくら公園から、二ブロック離れた場所に、「石川」の文字。
翌日私は、一度、ぎゅっと固く拳を握りしめてから、悠人の母親に偶然を装って廊下で声をかけた。
「あの、お母さん。ちょっとだけ、いいですか」
「あら、中村さん。いつも、ありがとうね」
「悠人くんて、小さい頃、どんな子だったんですか? いつも、サッカーばっかりしてたんですか?」
「あらあら、悠人の昔の話?」
お母さんは、嬉しそうに目を細めた。
「あの子はねえ、昔は身体も弱くて、サッカーなんてとてもとても。外で遊ぶより、家で本を読んでる方が好きな子だったのよ」
「でも、正義感だけは人一倍強くてね。そういえば、幼稚園の頃、この病院のすぐ近くの、『さくら公園』のそばに住んでたんだけど……」
(やっぱり! )
私は、ゴクリと唾を飲み込み、震える声で続けた。
「……その公園で、もしかして、悠人くん、誰かを助けて、怪我したりとか……」
お母さんは少しだけ考えていたが、私の顔を見て、
「そうそう、そういえば幼稚園の頃ね。さくら公園で、お友達をかばって池に落ちたことがあったわ。ずぶ濡れで這い上がってきて、膝から血を流してて。近所の方がびっくりして駆け寄ったら、泣くのをこらえながら、それでも相手の子に笑いかけてたって」
「……その時、膝に絆創膏を貼りましたか」
震える声で、私は尋ねた。
「ええ、貼ったわよ。あの頃の悠人のお気に入りでね。なかなか使わせてくれなかったのに、あの時だけは自分から『早く貼って』って」
お母さんは、懐かしそうに目を細めた。
「……その絆創膏、何色でしたか」
私の声が、かすかに震えた。
お母さんは、きょとんとした顔で私を見た。そして、ゆっくりと首を傾けた。
「……水色だったかしらね。恐竜の絵が描いてあった、可愛いやつ」
私は、お母さんにお礼を言うのもそこそこに、ほとんど駆け出すようにして、病院を飛び出した。
走りながら、涙が出た。
夕暮れの空気を思い切り吸い込んだ。
西の空が、燃えるようなオレンジ色に染まっていた。
(あの子が、悠人だった)
私の足は、気づけば、さくら公園へと向かっていた。
私は、砂場の砂を、ひとつかみ、握りしめた。さらさらと、指の間からこぼれていく。
ずっと探していた。
すぐそばにいた。
今度は、私が、あなたを助ける番だ。
その帰り道。
私は、いつものように、病院の近くにあるドラッグストアに立ち寄っていた。スポーツドリンクと栄養ゼリーが切れないように補充するのが、私のささやかな日課になっていたからだ。
お目当ての品をカゴに入れ、レジへと向かう。
自分の番を待っている、その時だった。
レジ横には、子供向けの商品が並ぶワゴンが置かれていた。何気なくそちらへ視線を滑らせた、その瞬間。数多のキャラクターが描かれたパッケージの中で、一つの色だけが、すうっと私の意識の中に浮かび上がってきた。
――水色の、絆創膏だ。
手に取ってみると、それは、少しデフォルメされた、青い新幹線のイラストが描かれたものだった。
あの日の絆創膏は、恐竜のデザインだった。それははっきり覚えている。
同じじゃない。でも、この水色だけは。
今日、ここで、この色に出会ったから。
それだけで、私の手は、勝手に伸びていた。
まだ、彼に真実を告げる勇気はない。
でも、せめて、お守りとして。
そんな、誰にも言えない、小さな祈りを込めて。
翌日も授業が終わると、私は亜矢に「行ってくる」とだけ告げて、病院へ向かった。
病室のドアを開けると、悠人は窓の外を眺めていた。
「また来たよ」
私は、ドアを閉めて、いつもの椅子に腰を下ろした。
鞄から取り出したスポーツドリンクと栄養ゼリーを、サイドテーブルに静かに並べる。
悠人は、それを黙って見ていた。
「帰れとは、言わないの?」
「……言っても無駄だろ」
「正解」
「……あの時は、悪かったな」
窓の外を向いたまま、悠人がぼそり言った。
「え?」
「言い過ぎた」
それだけだった。
耳が、少しだけ赤かった。
「……うん」
私も、それだけ返した。
その日、私が病室に入ると、悠人は珍しく、テレビをつけたままにしていた。だが、その表情は、これまで見たことがないほど、暗く、荒んでいた。
『……さて、続いては、インターハイ地区大会の注目選手をピックアップします。まずは、鉄壁の守備で帝王高校を優勝に導いた、ディフェンスの要、神谷涼介選手です!』
悠人は表情を変えずに画面を眺めている。ただ彼の手は、シーツの上でぎゅっと固く握り締められていた。
『神谷選手のクレバーな守備は、今大会でも際立っていましたね。特に決勝では、相手エースを完璧に封じ込めました』
『ええ。フィジカル、スピード、そして戦術眼。全てにおいて、神谷選手が完全に上回っていたと言えるでしょう』
アナウンサーと解説者の、無慈悲な言葉が、静かな病室に響き渡る。
やめて。
もう、それ以上言わないで。
「……そのままで、いい」
悠人の口から、押し殺すような声が漏れた。
「……俺が、弱かったからだ。……もう、俺の足は……終わったんだから」
その瞬間、彼の目から、一筋の涙がこぼれた。
私は、気づいたら立ち上がっていた。
「……終わってない」
悠人が顔を上げた。
「終わってなんかない! こんな形で終わらせないで……お願い」
私は悠人の肩を両手で掴んだ
「もう一度、笑ってボールを蹴る悠人が見たい。ただ、それだけ」
悠人は、何も言わなかった。
ただ、私を見ていた。
しばらくして、彼の目から、また涙がこぼれた。
私も、泣いていた。
病室から、言葉が消えた夜だった。
石川悠人に「もう来るな」と、氷の刃のような言葉で突き放されてから、一週間が経とうとしていた。
放課後、部活へ向かう亜矢に「ごめん、先に行ってて」と嘘をつき、気づけば病院行きのバスに揺られている。そして、ドアの前まで来ては冷たいドアノブに触れることもできずに引き返す。
『お前みたいな軽い動機で部活やってるヤツに、俺の気持ちがわかるか!』
あの時の彼の言葉は、今も私の胸に深く突き刺さったままだ。
私の始まりは、「素敵な恋がしたい」という、あまりにも不純で軽薄な動機だったのだから。
泥だらけのユニフォームも、給水の手間も、全部がいつの間にか日常になっていた。
そして、石川悠人という男は――。
自分勝手で口が悪い。それでも誰よりサッカーを愛していることを、私は知っている。「……風邪、ひくなよ」と呟いて去っていった、不器用な優しさも知っている。
そんな彼が、今、たった一人で沈んでいる。
私に、何ができるというのだろう。
でも、それでも、放っておくことなんて、到底できなかった。
その日の午後、私は少しだけ緊張しながら、一週間ぶりに悠人の病室のドアを開けた。
悠人は、ベッドの上に身を起こしていた。
私の顔を見た瞬間、悠人の目が、わずかに見開かれた。
そして、すぐに視線を逸らした。
「お前、…………久しぶりじゃねぇか」
「うん。顔、見に来た」
少しだけ間を置いてから、私は言った。
「……迷惑だったら、帰るけど」
悠人は、視線を逸らしたまま、短く言った。
「……いていいよ」
それだけだった。
私は、彼が手元に広げていた雑誌に、視線を落とした。それは、海外サッカーの専門誌だった。
「……読んでたんだ」
「別に」
悠人は、ぱたん、と面倒くさそうに雑誌を閉じ、サイドテーブルに投げた。その拍子に、テーブルの脇に置いてあった彼のスマートフォンが、床に滑り落ちた。
「あ……」
私は拾おうとして、屈み込んだ。その時、足元に置いていた鞄のストラップに、自分のつま先が引っかかった。
「わっ……!」
体勢を崩した私は、そのまま、床に手をついた。
悠人は、ベッド柵を掴んだまま、こちらを見ていた。そして掠れた声で、こう呟いたのだ。
「……だいじょうぶ? たてるか?」
――時間が、止まった。
夏の、陽炎。
砂場の匂い。
蝉時雨。
目の前に立ちはだかる、自分より大きな男の子。
そして、その前に割って入った、小さな背中。
突き飛ばされて池に落ちて、それでも這い上がり、右膝から血を流す、その男の子。
泣きたいのは、きっと、彼の方なのに。
ずぶ濡れのまま、ぬいぐるみを差し出しながら、必死に笑ってみせた、あの顔。
そして、こう言ったのだ。
「…だいじょうぶ? たてるか?――」
「……おい、どうした。スマホ、取ってくれるか」
悠人の、いぶかしげな声で、私ははっと我に返った。
「あ、ううん、ごめん……!」
私は、平静を装い、床に落ちていたスマートフォンを拾い上げ、彼に手渡した。
そして、それ以上、彼の顔を正視することができなくて、逃げるように言葉を継いだ。
「……そろそろ、夕食の時間だし、私、もう帰るね! お大事に!」
そう早口でまくし立てると、悠人の返事も待たずに、ほとんど駆け出すようにして、病室を飛び出した。
私は、廊下の壁にもたれかかった。
「たてるか? 」という彼の声が、頭の中で何度も何度も反響していた。
その日から、私は、まるで何かに取り憑かれたように、一つの謎に取り組み始めた。
あの男の子が、石川悠人なのか。
私は学校が終わると、市の図書館に直行した。
私が幼稚園の頃――十年くらい前。その年代の住宅地図を探せば、さくら公園の周辺に「石川」という表札の家が載っているかもしれない。
該当のページを開くと、さくら公園の周辺は、経年劣化で半分近く滲んでいて、判読できなかった。
いくつもの図書館を回り、ようやく見つけた。
さくら公園から、二ブロック離れた場所に、「石川」の文字。
翌日私は、一度、ぎゅっと固く拳を握りしめてから、悠人の母親に偶然を装って廊下で声をかけた。
「あの、お母さん。ちょっとだけ、いいですか」
「あら、中村さん。いつも、ありがとうね」
「悠人くんて、小さい頃、どんな子だったんですか? いつも、サッカーばっかりしてたんですか?」
「あらあら、悠人の昔の話?」
お母さんは、嬉しそうに目を細めた。
「あの子はねえ、昔は身体も弱くて、サッカーなんてとてもとても。外で遊ぶより、家で本を読んでる方が好きな子だったのよ」
「でも、正義感だけは人一倍強くてね。そういえば、幼稚園の頃、この病院のすぐ近くの、『さくら公園』のそばに住んでたんだけど……」
(やっぱり! )
私は、ゴクリと唾を飲み込み、震える声で続けた。
「……その公園で、もしかして、悠人くん、誰かを助けて、怪我したりとか……」
お母さんは少しだけ考えていたが、私の顔を見て、
「そうそう、そういえば幼稚園の頃ね。さくら公園で、お友達をかばって池に落ちたことがあったわ。ずぶ濡れで這い上がってきて、膝から血を流してて。近所の方がびっくりして駆け寄ったら、泣くのをこらえながら、それでも相手の子に笑いかけてたって」
「……その時、膝に絆創膏を貼りましたか」
震える声で、私は尋ねた。
「ええ、貼ったわよ。あの頃の悠人のお気に入りでね。なかなか使わせてくれなかったのに、あの時だけは自分から『早く貼って』って」
お母さんは、懐かしそうに目を細めた。
「……その絆創膏、何色でしたか」
私の声が、かすかに震えた。
お母さんは、きょとんとした顔で私を見た。そして、ゆっくりと首を傾けた。
「……水色だったかしらね。恐竜の絵が描いてあった、可愛いやつ」
私は、お母さんにお礼を言うのもそこそこに、ほとんど駆け出すようにして、病院を飛び出した。
走りながら、涙が出た。
夕暮れの空気を思い切り吸い込んだ。
西の空が、燃えるようなオレンジ色に染まっていた。
(あの子が、悠人だった)
私の足は、気づけば、さくら公園へと向かっていた。
私は、砂場の砂を、ひとつかみ、握りしめた。さらさらと、指の間からこぼれていく。
ずっと探していた。
すぐそばにいた。
今度は、私が、あなたを助ける番だ。
その帰り道。
私は、いつものように、病院の近くにあるドラッグストアに立ち寄っていた。スポーツドリンクと栄養ゼリーが切れないように補充するのが、私のささやかな日課になっていたからだ。
お目当ての品をカゴに入れ、レジへと向かう。
自分の番を待っている、その時だった。
レジ横には、子供向けの商品が並ぶワゴンが置かれていた。何気なくそちらへ視線を滑らせた、その瞬間。数多のキャラクターが描かれたパッケージの中で、一つの色だけが、すうっと私の意識の中に浮かび上がってきた。
――水色の、絆創膏だ。
手に取ってみると、それは、少しデフォルメされた、青い新幹線のイラストが描かれたものだった。
あの日の絆創膏は、恐竜のデザインだった。それははっきり覚えている。
同じじゃない。でも、この水色だけは。
今日、ここで、この色に出会ったから。
それだけで、私の手は、勝手に伸びていた。
まだ、彼に真実を告げる勇気はない。
でも、せめて、お守りとして。
そんな、誰にも言えない、小さな祈りを込めて。
翌日も授業が終わると、私は亜矢に「行ってくる」とだけ告げて、病院へ向かった。
病室のドアを開けると、悠人は窓の外を眺めていた。
「また来たよ」
私は、ドアを閉めて、いつもの椅子に腰を下ろした。
鞄から取り出したスポーツドリンクと栄養ゼリーを、サイドテーブルに静かに並べる。
悠人は、それを黙って見ていた。
「帰れとは、言わないの?」
「……言っても無駄だろ」
「正解」
「……あの時は、悪かったな」
窓の外を向いたまま、悠人がぼそり言った。
「え?」
「言い過ぎた」
それだけだった。
耳が、少しだけ赤かった。
「……うん」
私も、それだけ返した。
その日、私が病室に入ると、悠人は珍しく、テレビをつけたままにしていた。だが、その表情は、これまで見たことがないほど、暗く、荒んでいた。
『……さて、続いては、インターハイ地区大会の注目選手をピックアップします。まずは、鉄壁の守備で帝王高校を優勝に導いた、ディフェンスの要、神谷涼介選手です!』
悠人は表情を変えずに画面を眺めている。ただ彼の手は、シーツの上でぎゅっと固く握り締められていた。
『神谷選手のクレバーな守備は、今大会でも際立っていましたね。特に決勝では、相手エースを完璧に封じ込めました』
『ええ。フィジカル、スピード、そして戦術眼。全てにおいて、神谷選手が完全に上回っていたと言えるでしょう』
アナウンサーと解説者の、無慈悲な言葉が、静かな病室に響き渡る。
やめて。
もう、それ以上言わないで。
「……そのままで、いい」
悠人の口から、押し殺すような声が漏れた。
「……俺が、弱かったからだ。……もう、俺の足は……終わったんだから」
その瞬間、彼の目から、一筋の涙がこぼれた。
私は、気づいたら立ち上がっていた。
「……終わってない」
悠人が顔を上げた。
「終わってなんかない! こんな形で終わらせないで……お願い」
私は悠人の肩を両手で掴んだ
「もう一度、笑ってボールを蹴る悠人が見たい。ただ、それだけ」
悠人は、何も言わなかった。
ただ、私を見ていた。
しばらくして、彼の目から、また涙がこぼれた。
私も、泣いていた。
病室から、言葉が消えた夜だった。
