熱い。
身体の芯が、燃えるように熱い。看護師が置いていった氷枕はとっくにぬるくなり、額から流れた汗がこめかみを伝って枕を湿らせていく。
(待っている、だと……? ふざけるな……)
意識が朦朧とする中、俺は何度も同じ言葉を繰り返す。あいつは俺を、どこまで馬鹿にすれば気が済むんだ。
だが、その言葉を反芻するたび、脳裏に焼き付いて離れないのは、神谷のあのまっすぐな目だった。
熱に浮かされた頭が、ぐらぐらと揺れる。
目の前の白い天井がゆっくりと歪み始めた。それはやがて、どこまでも広がる夏の青い空に変わっていく。
蟬時雨が、頭の上からシャワーのように降り注いでくる。
俺は、いつの間にか、小さな公園の砂場に立っていた。今よりもずっと低い目線。手には、お気に入りだった赤いプラスチックのスコップを握りしめている。
どこだ、ここは。
知らない公園。
だけど、なぜか、少し懐かしい。
砂場の向こうで、ブランコがキイ、キイと錆びた音を立てている。
古くて整備の行き届いていない、小さな公園だった。
その奥に、小さな池がある。本来なら柵があるはずの縁が、一部朽ちて崩れたままになっている。夏の日差しを受けて、水面がきらきらと光っていた。
池のそばで、俺よりも少しだけ背の高い意地悪そうな顔をした男の子が、女の子をじわじわと池の縁の方へ追い詰めていた。女の子は、泣きながら後ずさりしている。
意地悪な男の子は、「欲しかったら、自分で取ってこい」と笑いながら、女の子の持っていたクマのぬいぐるみをひったくって、池に向かって放り投げた。
クマは、池の水面に、ぽちゃんと落ちた。
女の子の踵は、池の縁まで、あと一歩。縁石の端に、かかっていた。
「おい、やめろよ!」
気づいたら、俺は叫んでいた。
なんだ、これ。
身体が、勝手に動く。
俺は、池の縁に割って入った。
意地悪な男の子が、俺に向き直る。俺より頭一つ分大きかった。
「なんだよ、お前」
「その子を、いじめるな」
「うるせえ。お前には関係ないだろ」
男の子が、俺の胸を突いた。俺は後ろによろめいた。
足元に、池の縁石があった。
踏み外して、そのまま、身体ごと池に落ちた。
バシャン、という音が、公園に響いた。
冷たい水が、一気に全身を包む。
その瞬間、溺れる! と思ってもがいた。
意地悪な男の子は、池のそばで固まっていた。
溺れている、と思ったのだろう。顔が真っ青になっていた。そして、どこかへ走り去っていった。
もがいているうちに、落ちた場所が自分の腿のあたりまでしかない、池の浅いところなのに気づいた。
俺はゆっくりと立ち上がり、池から這い上がった。
水がぽたぽたと滴り落ちる。服も、靴も、全部びしょ濡れだった。
その時初めて、右膝がズキズキと脈打っているのに気づいた。
見ると、縁石にぶつけた膝から、じわりと血が滲んでいた。
骨まで響くような、深い痛みだった。
涙が、出そうになった。
でも、俺は泣かなかった。
泣いたら、負けだと思った。
水面に浮かんでいる、びしょびしょになったクマのぬいぐるみを拾い上げ、女の子の前に差し出す。
「……ほらよ」
女の子は、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。
大きな、黒い瞳。
その顔は、涙と鼻水でよく見えない。
俺は、必死に強がって、笑ってみせた。
右膝から、血が流れ、じくじくと痛かった。泣きたかった。でも、この子の前では、泣けなかった。
「……だいじょうぶ? たてるか?」
なんで俺が、そんなことを言っているんだろう。
痛いのは、俺の方なのに。
女の子は、こく、こくと頷いた。
その瞬間、俺の意識は、再び白い光に包まれた。
蟬の声が遠のいていく――
夢が、終わる。
「……う……ん……」
俺は、ゆっくりと目を開けた。
身体は汗でぐっしょりと濡れ、熱はまだ引いていない。
だが、不思議と、頭はさっきよりもずっとはっきりしていた。
(……なんだ、今の夢は……)
知らない公園。知らない女の子。
まるで自分がヒーローにでもなったかのような、子供じみた夢。
熱に浮かされて見た、おかしな夢。
俺は、自嘲するように鼻で笑い、寝返りを打とうとして、右膝の疼きに顔を歪めた。夢の中で擦りむいたはずの右膝が、現実の痛みと、奇妙にリンクする。
俺は、夢の内容を頭から追い出すように、強く強く目を閉じた。
身体の芯が、燃えるように熱い。看護師が置いていった氷枕はとっくにぬるくなり、額から流れた汗がこめかみを伝って枕を湿らせていく。
(待っている、だと……? ふざけるな……)
意識が朦朧とする中、俺は何度も同じ言葉を繰り返す。あいつは俺を、どこまで馬鹿にすれば気が済むんだ。
だが、その言葉を反芻するたび、脳裏に焼き付いて離れないのは、神谷のあのまっすぐな目だった。
熱に浮かされた頭が、ぐらぐらと揺れる。
目の前の白い天井がゆっくりと歪み始めた。それはやがて、どこまでも広がる夏の青い空に変わっていく。
蟬時雨が、頭の上からシャワーのように降り注いでくる。
俺は、いつの間にか、小さな公園の砂場に立っていた。今よりもずっと低い目線。手には、お気に入りだった赤いプラスチックのスコップを握りしめている。
どこだ、ここは。
知らない公園。
だけど、なぜか、少し懐かしい。
砂場の向こうで、ブランコがキイ、キイと錆びた音を立てている。
古くて整備の行き届いていない、小さな公園だった。
その奥に、小さな池がある。本来なら柵があるはずの縁が、一部朽ちて崩れたままになっている。夏の日差しを受けて、水面がきらきらと光っていた。
池のそばで、俺よりも少しだけ背の高い意地悪そうな顔をした男の子が、女の子をじわじわと池の縁の方へ追い詰めていた。女の子は、泣きながら後ずさりしている。
意地悪な男の子は、「欲しかったら、自分で取ってこい」と笑いながら、女の子の持っていたクマのぬいぐるみをひったくって、池に向かって放り投げた。
クマは、池の水面に、ぽちゃんと落ちた。
女の子の踵は、池の縁まで、あと一歩。縁石の端に、かかっていた。
「おい、やめろよ!」
気づいたら、俺は叫んでいた。
なんだ、これ。
身体が、勝手に動く。
俺は、池の縁に割って入った。
意地悪な男の子が、俺に向き直る。俺より頭一つ分大きかった。
「なんだよ、お前」
「その子を、いじめるな」
「うるせえ。お前には関係ないだろ」
男の子が、俺の胸を突いた。俺は後ろによろめいた。
足元に、池の縁石があった。
踏み外して、そのまま、身体ごと池に落ちた。
バシャン、という音が、公園に響いた。
冷たい水が、一気に全身を包む。
その瞬間、溺れる! と思ってもがいた。
意地悪な男の子は、池のそばで固まっていた。
溺れている、と思ったのだろう。顔が真っ青になっていた。そして、どこかへ走り去っていった。
もがいているうちに、落ちた場所が自分の腿のあたりまでしかない、池の浅いところなのに気づいた。
俺はゆっくりと立ち上がり、池から這い上がった。
水がぽたぽたと滴り落ちる。服も、靴も、全部びしょ濡れだった。
その時初めて、右膝がズキズキと脈打っているのに気づいた。
見ると、縁石にぶつけた膝から、じわりと血が滲んでいた。
骨まで響くような、深い痛みだった。
涙が、出そうになった。
でも、俺は泣かなかった。
泣いたら、負けだと思った。
水面に浮かんでいる、びしょびしょになったクマのぬいぐるみを拾い上げ、女の子の前に差し出す。
「……ほらよ」
女の子は、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。
大きな、黒い瞳。
その顔は、涙と鼻水でよく見えない。
俺は、必死に強がって、笑ってみせた。
右膝から、血が流れ、じくじくと痛かった。泣きたかった。でも、この子の前では、泣けなかった。
「……だいじょうぶ? たてるか?」
なんで俺が、そんなことを言っているんだろう。
痛いのは、俺の方なのに。
女の子は、こく、こくと頷いた。
その瞬間、俺の意識は、再び白い光に包まれた。
蟬の声が遠のいていく――
夢が、終わる。
「……う……ん……」
俺は、ゆっくりと目を開けた。
身体は汗でぐっしょりと濡れ、熱はまだ引いていない。
だが、不思議と、頭はさっきよりもずっとはっきりしていた。
(……なんだ、今の夢は……)
知らない公園。知らない女の子。
まるで自分がヒーローにでもなったかのような、子供じみた夢。
熱に浮かされて見た、おかしな夢。
俺は、自嘲するように鼻で笑い、寝返りを打とうとして、右膝の疼きに顔を歪めた。夢の中で擦りむいたはずの右膝が、現実の痛みと、奇妙にリンクする。
俺は、夢の内容を頭から追い出すように、強く強く目を閉じた。
