キャッチボールをもう一度。

 河川敷を抜けて少し歩いた商店街の一角にあるファミレスの前まで来ると、彰伸は無言で後ろを歩いてきた栞を振り向いた。

「どうした、さっきから黙ってるけど」
「え、あ」

 彰伸の問いかけに栞は遅い反応で顔を上げ、彰伸の視線とかち合って苦笑に似た表情を浮かべる。

「気にしないで、ちょっと考え事をしてただけよ」
「そうか」

 先ほど詮索を注意された彰伸はそれ以上訊かず、ファミレスに入り手近なテーブル席に腰掛ける。
 栞は自然な流れのように彰伸の向かいに座り、歩き疲れたように一息吐き出す。

「私はお腹空いてないの。ミルクティーでいいわ」
「なんだ、いらないのか。俺は朝から何も食ってなくて腹減ってんのに」
「気にせずあなたは食べて。しっかり食べないと体力もつかないでしょうから」
「悪いな、俺だけ食べて」

 一応の遠慮を見せてから彰伸はメニュー表を開き、二人分に等しい量を迷わず注文し、ついでに栞のミルクティーも頼んだ。
 メニューが運ばれてくるのを待つ時間が出来ると、栞が彰伸に真っすぐに見て口を動かし始める。

「食べ始める前に知っておくべきことを聞いておこうかしら」
「何を聞きたいんだよ?」
「ここに来る前に言ったでしょ、あなたの私生活よ。いつバイトしてて、どんな食事を普段摂ってる、とか」
「俺のいない時に訪ねて来られても困るからバイトの日程は納得できる。だが食生活は自由にさせてくれよ」

 まるで遠くに住む母親のようにお節介を焼こうとする栞に、彰伸は食事にまで指図されてたまるかと訴えた。
 栞は当然という顔をして言葉を返す。

「あなたはこれから草臥れたおじさんから野球選手に戻るのよ。生半可な気持ちでトライアウト受けたって無様を晒すだけよ」
「草臥れたおじさんは言い過ぎだぞ、お前」

 仮借ない中傷に彰伸は反発する。
 だが栞は悪びれた様子もなく続ける。

「あなたの前職を知らない人からすれば、そう見えるってことよ。むしろ、あなたを尊敬してこうして喋ってくれる女子高生なんて私ぐらいよ」
「……わかった、お前の言う通りだ」

 下手に反論しても栞の辛辣さが増すだけだと感じた彰伸は、栞の言い分を認めた。
 彰伸が反論を引っ込めると、栞は顔に真面目さを戻す。

「一週間のシフトを教えてちょうだい。あなたの予定に合わせて時々様子を見に来るつもりだから」
「シフトか。どうだったかな、平日は基本バイト入ってるな。土日も頼まれたらシフト入れてるし、平日でもシフトがない日もあるし、不規則だな」

 近頃のバイト生活を顧みて答える。

「そうなの。じゃあ土日は比較的空いてるのね」
「平日と比べれば、だけどな」

 あくまで注釈を加える彰伸。
 ひとまず検討するように栞はテーブルに視線を落としてから、おもむろに彰伸へ目を上げた。

「連絡先を交換しましょう」
「はあ?」

 突拍子のない提案に、彰伸はすぐさま聞き返した。
 栞は平然とした顔を返す。

「これからあなたの家に行くときは前日に連絡するから。もしも急遽予定が入った場合はその旨を返信して」
「まだ交換するとは言ってないが……」
「お互い連絡取り合えた方が便利でしょ。それともなに、私に連絡先知られたらマズいことでもあるのかしら?」

 そう言って探るような目を向けてくる。
 彰伸は諦めた気分でズボンのポケットからスマホを取り出した。
 栞もスマホを出して彰伸の連絡先を登録したタイミングで、ウエイターが彰伸の注文した料理を運んできた。
 テーブルに置かれた料理の匂いが彰伸の鼻まで届いて空腹を刺激する。

「先に食ってるからな」

 一言だけ栞に断ってから彰伸は料理を頬張り始めた。
 少し経って栞のミルクティーも運ばれ、栞はミルクティーを時々口に含みながら彰伸の食べる様子を黙って眺める。
 彰伸は何も言わずに見つめてくる栞が気になり手を止める。

「本当にいらないのか?」
「お腹空いてないの。あなたは私に遠慮せず食べて」
「そうか」

 無理強いすることでもない、と彰伸は栞から視線を切って食事を続け、段々とくちくなっていく胃袋の重みに現役以来に久しぶりの充足を覚えたのだった。