アルバムみたいな恋だった


「お揃いね」と笑った顔が可愛くて、
その一瞬が、ずっと心に残っている。


春。高校の入学式は、私にとって不安でたまらないものだった。親の転勤に合わせて選んだ高校は、当然のように知った顔は一人もいなかったからだ。
祖母がドイツ人の私の髪色は、他の人の地毛よりも明るい色をしている。パッと見、派手に思われるが私自身の内面は全くもってそんなことはない。自分から話しかけたり、目立つことが苦手な自他共に認める人見知りだ。
中学の頃はまだ良かった。同じ小学校だった子達がほぼ全員同じ中学に行くような学区だったからだ。流石に小学校6年間を過ごせば、話せる子だって出来る。けれど、高校は1人。たった1人なのだ。
壇上で長々と話す校長先生の話を右から左へと聞き流しながら、私はこの後の高校生活の不安に押しつぶされそうになっていた。そんな時、ちょんちょんと隣から肩をつつかれた。

「ねぇ、そのヘアゴムって雑誌の付録のやつだよね」
「え?」
「ほら、お揃い!」

そう言って隣に座っていた女の子は、私の髪をくくっていたヘアゴムを指さした後、自分の手首に嵌めているヘアゴムをこちらへ見せてにっこりと笑った。


それが私、美坂葵と彼女、村上千明の出会いだった。



夏。入学前の不安は、太陽の煌めきが激しくなる頃にはすっかりと影も形も無くなっていた。
学校終わりの帰り道、滴り落ちる汗を拭いながら隣を歩く千明を見る。自分と同じように暑そうな彼女は、うんざりとした表情を隠しもせずにこちらへかおをむけた。

「暑すぎない?」
「夏だからね」
「にしてもだよ。太陽強すぎ」

そう言ってから、まるで宿敵でも見るように太陽を睨みつけた千明は「暑いんだから仕方ないよね」っと呟いてから私の手を取って走り出した。

「えっ、ちょ、なに!?」
「いいとこ!いこ!」

そうして連れてこられたのは、こじんまりとした駄菓子屋。千明は勝手知ったると言った感じで、店の奥に座るお婆さんに声をかけた。

「おばあちゃーん、2本貰うねー!お金ここねー!」

そう言って何やらガサゴソと漁った千明は、振り返って私の頬の横に手を伸ばした。

「ひゃっ、冷た!」

頬に触れた指先の方に、意識が引っ張られる。
ほんの一瞬だったはずなのに、そこだけ熱が残ったみたいで。

「えへへっ、ラムネー。いいでしょ!」

はいっと頬に付けられてから渡されたのは、空色のラムネ瓶。キンキンに冷えたそれは、この暑い夏の中、太陽の光を受けて宝物のように光っていた。

「いいでしょ!夏!って感じ」


得意げに千明が笑う。私に笑いかける。

その瞳が、光を集めたラムネ瓶みたいに輝いていた。



秋。まだ少し暑さの残る中で行われた体育祭。私と同じ赤色の鉢巻で、千明の髪は複雑に編み込まれていた。

「ねぇ、この髪型可愛くない?」
「可愛い!凄いねそれ」
「めちゃくちゃ頑張ったの!」

目の前で行われる色んな競技を眺めながら2人でそんな会話をする。そして1つ上の学年のリレーが始まった時、ふと千明が声を潜めて私に囁いた。

「ねぇ、あの先輩かっこよくない?」
「……え?」

どうしてか分からないまま、鼓動だけが少し速くなる。あの先輩、と千明が見た視線の先を辿れば背の高い男子生徒が軽くストレッチを行なっていた。

「そう、かな?」
「あれ?タイプじゃなかった?」
「うーん、わからないかも」
「そっか」

千明がもう一度、その先輩の方を見る。その横顔があまりにも綺麗で私の呼吸が少しだけ深くなった気がした。

「じゃあ、かっこいいなって思った人がいたら教えてね」
「うん」
「私だけ知られてるの恥ずかしいじゃん」

ね!といって少し恥ずかしそうに千明が笑う。鉢巻の端を風になびかせながら。


見上げた空に浮かぶうろこ雲と、横切った赤とんぼが、彼女の髪型みたいだった。



冬。街が少しだけ白く色付いた日、それを校舎の窓からそっと眺める。私と千明の手には、寒い日の定番のココア缶。じんわりと温かさを放つそれを、両手でしっかりと包み込む。

「あのね」

千明が、ココア缶に少しだけ口を付けてから躊躇いがちにこちらを見た。

「ん?」
「私、彼氏出来たの」

一瞬、周りの音が雪に溶けたのかと思った。それでも目の前で照れた様子で、けれど少し不安そうにこちらを見る千明を見て私はココアの甘さの残った口を開いた。

「おめでとう!」
「えへへ、ありがと」

千明が、首を傾げて笑う。嬉しそうにはにかむその表情に、先程あった不安の色はもう無かった。

「言うの初めてなんだ」
「そうなの?」
「うん。だって親友に一番に伝えたかったの」

心臓が一度大きく音を立てる。
頬を染めて言われた言葉は、きらきらの宝石みたいな、可愛いフリルのリボンみたいな、そんな特別な言葉だった。

「ありがとう」

だからきっと、口の中が乾くのはさっきのココアのせいなのだ。

「親友だもの。彼氏が出来ても遊んでよね」
「当たり前でしょー!」


千明が笑う。頬を染めて私に笑いかける。


だからきっと、温めたはずの指先が冷たいのはきっと。




春。あの、「お揃いね」と言われた日から何回も季節が巡った。
今、千明は私の目で真っ白のウェディングドレスを着て立っている。

「おめでとう千明」
「ありがとう!」

千明が笑う。
あの春のような可愛らしさで。
あの夏のような輝きで。
あの秋のような美しさで。
あの冬のような甘い笑顔で。

そっと手を伸ばして千明を抱きしめる。千明も私をぎゅっと抱きしめた。

「幸せになってね。大好きよ千明」
「私も!大好きよ!」

千明が笑う。今までの中で、いちばん幸せそうに。



アルバムみたいな恋だった。

何度も見返して、
そのたびに、そっと抱きしめる。

それだけで十分だった。