ある日、俺は死後の世界で君を知った

 一面白銀の世界が広がる静かな山奥。
 俺はそこで横たわっていた。
 凍結が楽だって聞いてたのに……まったく楽じゃないな
 ただひたすらに寒いだけで、雪に触れる部分はかじかんで痛みを感じる。
 今更これを終える考えは持ち合わせてないが、もっと他にいい死に方があるというなら喜んでお受けしよう。
 長い……
 予想ではすぐにぱったりと逝けると思っていたが、数十分経ってもまだ逝けない。
 最悪だ……
 もっと死にやすくしようと、俺は服を全て脱いだ。
 さっきよりも直に雪の冷たさが伝わってくる。
 筋肉が収縮して、肌が固まって、吐く息が真っ白で、頭がキーンッと痛くなる。
 これならちょっとは早く逝けそうだな……
 静寂を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。


「ねえ、起きたでしょ? ねえ、聞こえてるでしょー。ねえってばー」
 誰かに体を揺さぶられて目を覚ました。
 飛び込んでくる世界は白銀とかなんかじゃない。本当に真っ白で何もない空間だった。
 ん……なにここ。てか、生きてんの俺
 気だるく動きずらい体を何とか起こす。
 目の前には怒り顔を浮かべた少女が立っていた。
「やっと起きた……もう、何回目だよ!」
 少女は随分と怒っているようで、小さい頬をぷっくりと膨らまして、両手を組み足踏みをしながら俺を睨んでいる。
「俺を助けたのか?」
 そう聞くと、少女はそっぽを向いて黙りこくった。
 子供が拗ねているのと同じような感じだ。
 というか実際に子供っぽくはある。
 腹の中心ほどまで伸びた黒い髪に、透き通った青い目。綺麗な白い肌に、小さい身長。顔つきも幼いのに、どこか知性を感じる鋭い瞳。
 色々と鑑みて、どこからどう見ても子供だ。
 こいつ誰で、どこなんだ。ここ……
 目の前の少女が何も喋ってくれないから情報が得られない。
「俺は死んだでいいんだよな」
 そう聞いても少女は後ろを見るくらい首を横に向ける。意地でも無言を貫き通そうという意思を感じる。
 まいったな……死後がこんなだなんて
 少しずつ解凍でもされたんだろう。俺の体は最初よりも融通が利くようになっていた。
 少し、歩くか……
 どうせ何も喋ってくれないなら、話すだけ時間の無駄だ。
 俺はその辺に死んだ別の人もいないかと、あたりを見渡した。
 ん……?
 背後の遠くの方で、人影らしきものが横たわっているのが目に入った。
 行ってみるか……
 怒り散らかしている少女を放置して、俺は足早に横たわっているものの確認に向かった。
 それにしても……なんなんだここ
 俺や少女以外に、色という色がない。
 どこを見渡しても白一色で、壁と床と空の境界線も分からないし、どこまで広がっている何なのかも分からない。
 踏めているから何かの物体だとは思うのだが、床も未知の感覚がする。
 冷たいようで温かくて、固いようで吸い込まれそうなくらい柔らかい。
 だがひとつ確かなのは、こんな良くわからない空間にいるということは〝死ねた〟ということで間違いないだろう。
 その事実に浮かれた足取りになる。
 やっとゴミみたいな世界から抜け出せたのだ。これが嬉しいと感じる以外なんになる。
「んー……」
 横たわる何かに近づくと、それは女性のようだった。
 同年代くらいか……? 同じ自殺者なんかな
 俺は少女にされたみたく、横たわる女性の肩を持って体を揺らした。
 てか、なんで俺ら裸なんだ……? 魂の概念だからかな……
 色んな疑問を消化できないで、ただひたすらに女性の体を揺らす。
 起きないな……
 少し強めに揺らし始めたとき、俺の視界はなぞのパチンッという音とともに横にずれた。
「な、何裸見てんの!」
 声の主は少女だった。
「いや、起こそうと思ってただけで、別に裸とかどうでもいいんだけど」
 そういうと少女は訝しい顔で俺の下半身を覗いた。
「確かに興味はなさそうだけど……」
 お前の方が変態じゃないか……
 心の中で嫌悪を抱くと、横から声が聞こえた。少女とは別の声だ。
 横を向くと女性がちょうど目を擦って起き上がったところだった。が、俺の視界は再度ずらされた。
「何も殴る必要はないだろ……!」
「あ、あるわい! 何で勝手に見れんの?」
「いや、普通に起き上がったから気になっただけだろ?」
「けだものめ……ペッ」
「うわ、きたな……」
 少女は俺の体めがけてつばを吐き捨ててきやがった。
「さっさと失せろ。この馬鹿な自殺者め」
「ああ、そうですか」
 睨んでくる少女を横目に俺は距離を取るために離れた。
 あいつ絶対ろくな大人にならないだろうな……って、もうあいつも死んでんのか
 滑稽で、相応しい死因を沢山思い浮かべていると、死因から連想されて少女の言った言葉を思い出した。
「この馬鹿な自殺者め」って言ったよな。あいつ……
 俺は自殺したなんて一言も言っていない。
 確かに俺の考えでも横たわる女性に対して、同じ自殺者なのかと考えたけど、それは単に俺がそうであったから、同じなのかどうかを考えただけで、別に確定した考えのもとではなかった。
 それなのに少女はそれが当たり前だと言わんばかりに、俺を自殺者だと決めつけた。
 ただの皮肉なのか、それともまた違った意味を持つのだろうか。
 気になってしまった俺は、やることもないので後ろを振り向いた。
 すると、誰かのおでこが顎付近にぶつかった。
 いて……
 目を開けてよくみると、それはさっき横たわっていた女性だった。
 距離感おかしいだろ……
 一歩下がると、女性は一歩前進してきた。
「あの、なんか用ですか」
 そう問いながら後ろに退くと、女性は無言で俺の方へ向かってくる。
 ここの住人って、俺に対してなんでこうも無言になる確率が高いんだよ……
「やっぱり……知ってます」
 女性はそう言って立ち止まった。
「どこかで見ました。あなたの顔……でも頭を打ったみたいで思い出せない……私の好きだったもの……なはずなんですけど……」
 涙を浮かべて、首を傾けた。
 好きだったもの……?
 俺はこの女性を知らないし、会ったこともない。となると、もしかしたらもしかするかもしれない。
「一応は顔出しもしてた作曲者なんだけど、それじゃない?」
 俺がそういうと、女性は「うーん」と言ってまた首を傾けた。
 綺麗な人だな……
 さっきは髪と変態少女が邪魔でよく見えなかったけど、ちゃんと面と向かってみると凄く美しい顔をしている。
 黄金比というやつだろうか。目、鼻、口の形や高さ、距離などいろんな物が全てシンメトリーで、男性ながら憧れる。
 長いまつげ、クリアな唇、綺麗でまるで雪のような白い肌、透き通った翠色の瞳、白くさらさらとした髪。
 全体を見て頭にパーフェクトな採点をつけていると、女性は俺の手を取った。
 ん……?
「冷たいですね。凍死ですか?」
 そういう女性の手も俺と同じくらい冷たかった。
 でもそれより、なぜ俺の死因をあてられたのだろう。
「うん。凍死で死んだ」
「そっか……同じなんですね」
「え」
 どうりで冷たいわけだ。
「服着てたら長くなりましたよね」
「え、そうそう。だから――」
「服脱いだ」
「服脱ぎましたよね」
 言葉が重なって二人ともに笑みがこぼれた。
 同じ苦痛を味わって、同じ決断をして、同じように死んでいった人がいることに驚いた。
 でも、外見からして日本人ではなさそうにも見えるが、顔立ちは日本人らしい。どこの人なんだろうか。
「出身は?」
「あ、この見た目でも純日本人なんですよ」
「あ、そうなんだ」
 へー……日本にこんな綺麗な人が生きてたんだな
 女性と意気投合した俺は、時間いっぱいに話しをした。
 試してきた自殺の数々。世界の嫌な点。この空間の事。どんな暮らしをしていたのか。それはもう様々なことを語り合った。

「はぁー、もっと早くに出会っていたかったです」
「俺もそう思った」
 二人して笑いながら、溜息を吐いた。
「じゃあ、そうしてやろうか?」
 後ろから忘れかけていた存在が話しかけてきた。
 もう怒ってはいない様子の変態少女だ。
「そうしてやるってどういうことだよ」
 ただし、俺が話しかけるとまだ苛立つようで、そそくさと女性の隣に移動した。
「私はな、自殺した人じゃない。神様なんだ」
「神……様?」
「信じられんのも無理はないけど、これでも立派に神様してるんだ。毎日毎日、お前らみたな自殺者をここに放り込まれて、後の手続きよろしくー、ってなめとんのかエンマの野郎!!」
 どうやら怒っているのはほぼパッシブみたいなものらしい。
「だから仕返しがしたいの。わかるよね?」
「うーん……ちょっとだけ」
「ね! だから、〝二人とも生き返らせたら効率いいの〟」
 俺たちの有無を聞かずに、少女は俺と女性の真ん中に立った。
「さあ、やるよー」
「いや、俺たちはまだ」
「付き合ってもいいんじゃないですか?」
「え……」
 女性はにこやかに笑った。
「もしまた無理になったら、ここに戻ってきたらいいんですし」
 まあ……それもそうか
 別に帰っても、ここに残っても、結果はあまり変わらない。
 確かに嫌だけど、帰ってからこの女性を探すのもいいのかもしれない。
「まあ、じゃあうん。やりな」
 俺がオーケーサインを出すと、少女は初めて不敵な笑みを浮かべた。
「仕返しの始まり……!」
「また、逢いましょうね。私、一番に探します」
「俺も――」
 言いかけた言葉は何も届かなかった。

 ――必ず見つけるよ



「あ、奏斗(かなと)さん。起きられましたか……?」
 おい……なんで死ねてないんだよ
 真っ白な空間。嫌に無臭で、全てが綺麗で、全てが憎らしい。
 死なせてくれよ……!! なんでだよ!!
 俺は、あれだけ寒くて、痛い思いをしたのに、死ねないというのだろうか。
「少し待っていてくださいね」
 看護師だろう人は病室を抜けて歩いて行った。
 俺の体には無数の管が繋がっている。
 こんなもの要らない……!!
 俺は全て引き抜いて、何とかベッドから降りた。
 だが足が動かず、腕もどこか力が入らず、すぐに動けなくなった。
 視界がどんどん暗くなっていく。
 くそっ……窓に、窓から下に……!!
 最後の力で何とか壁伝いに立ち上がれたが、窓の外も見えず、奥の部屋の白い髪の患者が反射して見えただけで、情けなく地面に崩れ落ちた。
 その時、俺は力尽きて意識を失った。