生命線上に独白の告発を

 裕也とベンチに横並びで座る。
 でも、その体温は真反対だ。
 まるで両思いという名を着飾った一方通行の片思い。
「今日は星が綺麗だね」
「ん? 星は見えないよ」
「ううん。見えてるよ」
「……なんで、泣いてるの」
「おかしいな。忘れられると思ってたのにな……」
「どうしたの?」
 佐江月くんは、私の涙を拭いた。
「これで星が見えなくなったね。真っ暗だ」
「それは、いいのか悪いのか難しいね」
「この場合は、いいんだよ。私は、いいの」
「さっきから、何を言っているの?」
 もう、いつもの裕也はいない。そこには佐江月くんがいる。いや、私の知っている佐江月さんですらもない。ただのモンスターだ。私という生命線を貪り食い始めた怪物だ。
「ねえ裕也」
「ん?」
「私ね。元彼がいるの」
「流石にいるんだね。こんなにも可愛いもんね」
「……みんなそう言う。やっぱり、佐江月くんもみんなと同じかな」
「佐江月くん……って」
 だんだんと焦りが全身に現れ始めたようだ。それと同時に、私は前では味わったことのない恐怖も感じた。
「香澄、俺何かした?」
 まただ。また怒っている。低く唸っている。
「うん」
「何した?」
「何度も言ってるよ」
 気付かない。どうせ〝あなた〟も気付かない。

 ――らしくないな、その彼氏さん

「は?」
「やっぱりあなたも来てたんだ。なんで連れてきたかな……。そう、らしくない」
「やっと見つけた。よかった間に合って……」
 佐江月くんは随分と慌てているようだった。まあ、無理もない。
 佐江月くんからしたら、私の行動が変わっていることに違和感を感じて、浮気でもしてるんじゃないかと疑ってもおかしくはなかったはずだ。
 そして、そんな考えに李月くんが来たことによって、拍車をかけて、面倒くさくなった。
 こう考えるのが自然だろう。
「俺は忘れ物を届けに来ただけだよ」
「私はそんなのいらない。あなたにあげる」
「それはハンカチもってことでいい?」
「それは李月くんが考えて。たまには私の心を当ててよ」
「おい、またお前か! 香澄に何をした! 香澄も、お前浮気じゃないだろうな!」
 やはり、それを考えていたようだ。
「何をしたかって……こっちのセリフと言うか。お前、本当に香澄に何したか分かってんのか?」
 香澄……か
「佐江月くん、浮気なんてはしたない真似、私がするわけないでしょ。第一、そんなこと言う義理は、あなたにないと思うけど」
「は……?」
 佐江月くんは、私に睡眠薬か何かを飲ませようとしていた。アイスをくれた時に小さい玉薬が出てきた。最初は溶けていない氷か何か固いものだと思っていたが、佐江月くんが妙に綺麗な笑顔を浮かべていて、嫌な予感がした私は、トイレで吐き出した。すると、細かく四等分になった玉薬が出てきた。それを私はハンカチに包んでおいた。
 だからきっと焦っていた。なんで一向に私が眠らないのか、疑問だったのだろう。それ以外もあると思うが、それが一番の理由なはずだ。
「謝るか、警察にいくか。早く選んだほうがいいんじゃないか」
 そう急かす李月くんの目つきは、まるで汚物を見るような目をしていた。
 多分、彼の中では今にも殴りたいほど腸(はらわた)が煮えたぎっている。
 こういう事象を看過するような人ではないし、突っ込むと危ないと分かっていても、悪のものには後先考えずにとことん首を突っ込む人だ。
 李月くんと共に佐江月くんの行動を待っていると、佐江月くんは状況を理解しようともせずに、目の前に立っているだけの李月くんがまるで全て悪いかのように、大きな拳を李月くんに向かって飛ばした。
「お前!」
「俺らの李月に何すんだ!!」
 まだいたんだ……
 佐江月くんは、背後からわっと飛び出てきた李月くんの友人たちに取り押さえられた。
「離せ!!」
 さすがに二人となれば、この高身長でサッカー部の佐江月くんも取り押さえられてしまうみたいだ。 しかも一人は佐江月くんよりも背が高い。
 案外あっさりと勝敗はついてしまった。
「もう一度、言うぞ。謝るのか、警察に行くか。早く決めたほうがいいんじゃないか?」
 李月くんはゆっくりと、わかりやすく、地面に這い蹲る佐江月くんに話しかけた。
「なんの話だよ」
 佐江月くんは目を泳がせながら白を切った。
 ……まだ抗うんだ
「お前、馬鹿なのか……」
「証拠の品もないのに俺を疑うのか?」
「一体、俺がいつ証拠の品を求めらるようなことを言ったんだ」
 私は、思ったよりも馬鹿な人間に恋をしてしまっていたようだ。
「それともなんだ? お前の薬でどうにかなりたいのか」
 李月くんはハンカチを広げて、玉薬を佐江月くんの口元へ運んだ。
 佐江月くんはそれを見た瞬間、目を大きく開いて息を止めながら拒み、固く口を閉ざして私を睨むようにじろっと見つめてきた。
 その姿はもはや、行くところまで言ってしまった犯罪者のような顔だ。
 恐怖心を煽る佐江月くんに、服をぎゅっと握りしめる。でもまだ、善人の心は持っているはずだ。
「今ここで謝ってくれるなら、警察沙汰にはしないし、学校にも誰にも言わないよ」
 私が優しくそういうと、佐江月くんは口を開けた。
 その瞬間を待ってましたと言わんばかりに、李月くんは玉薬を佐江月くんの口の中に入れた。
 次の瞬間、佐江月くんからごくりと、喉を鳴らす音が聞こえた。
「お前……!」
「悪い。手が滑った」
 李月くんは笑うでもなく、真顔でもない。殺意と憤怒の感情を同時に浮かべて瞬き一つとしてせずに睨んでいる。
 私が近づこうとすると、李月くんは腕を広げてやんわりと私に距離を取らせた。
「で、今の薬は?」
 李月くんは佐江月くんの頭を鷲掴むと、佐江月くんは舌打ちをしながら口を手で隠しながら開いた。
 また薬を入れられると思っているのだろうか。
「即効性の睡眠薬だよ……」
 やっぱりそう……なんだ
 一斉に体の毛穴が反り立った。
 正直、ここまで強気で居られたのは確信がなかったから。
 誰もあの薬の詳細を喋らなかったから私は強気で居られた。
 でも正体がしっかりと加害者の口から語られたとなると話が変わってくる。確信を得られたら、色んなことを想像してしまうからだ。
 あの時に私が睡眠薬を噛めずにいたら? アイスを少し噛むクセがなかったら? 私は今ここにはいない。
 きっとまだ何も知らずに眠っている。どんなことをされても起きていないかもしれない。
 強がっていた分、無意識に体が震えてきた。
「本来、警察案件だと俺は思うんだけど、どうするの」
 李月くんはこちらを向いた。その顔は優しさにあふれている。
 どうすると問われれば、怖いし、キモいし、許したくなんてない。
 でも、被害はなかった。助かっている。
 どう……
 頭が混乱してきた。どうしたらいいか分からない。
 記憶がおぼろげになって、言葉が霞んでいく。
 視界も脳内も真っ白で埋め尽くされていく。
「どうしたらいい……?」
 倒れそうな私は思わず、李月くん人差し指を掴んだ。
 手は震えている。視界も霞む。息も浅い。
 そんな様子の私の手を、李月くんは静かに温かく握りしめてくれた。
「俺は警察に言いたい。と言うか、せめて一発は殴りたいよ」
 私と違って李月くんは息を荒くして、怒りを抑えるのが精一杯のようだった。
 私が決断することだ。分かっている。
 少し力強く李月くんの手を握ると、李月くんは痛々しい顔を向けてきた。
 まるで私を労っているような、その表情を見ると私の感情はぐちゃぐちゃになっていく。
「謝ってくれるなら……」
 私がそう口走ると、李月くんは首を降りながら私の手を力強く握った。
 だめな判断ということなのだろうか。
 でも、李月くんは怒っている。それで許したくないという感情が働いているわけではないだろうか。
 私も許したくなんてない。
 でも、許さなかったら負のスパイラルが完成するだけなんじゃないだろうか。
「香澄……ごめん」
 私が決断を下す前に佐江月くんは弱々しい声で喋った。
「俺、どうかしてたよ……普通に、犯罪だな。警察に突き飛ばしていい。過ちを認めるよ……ケーキ食べる時にまた仕掛けようなんて思ってたんだ……最低だな……」
 その言葉を聞いた私の脳内はもっとごちゃごちゃになった。
 佐江月くんはとても落ち込んでいる。警察に突き飛ばせと言った。
 でも、私が食べたがっていたケーキを本当は買っていた。私が佐江月くんを好きだったのも、実際に付き合っていたのも本当だ。
 私が警察に突き飛ばす。それで上手くことが回っていくのだろうか。
「分かった……ゆるす――」
「香澄……!」
 李月くんはまた首を振った。
「いいの……」
 こんなことで佐江月くんを警察に突き飛ばすのも怖い。佐江月くんが犯罪をしてしまったということは私にも理解できてるつもりだ。
 でも、これ以上ことを複雑にしたら、私はきっとキャパオーバーで目の前の優しい李月くんに縋ってしまう。
 それはだめだ。それだけは何があってもやりたくない。だから許すしかない。
 しばらく李月くんは私の目を見つめてきたが、次第にため息を吐いて数回小さく首を縦に振った。
「よかったな、ゴミ」
 そう吐き捨てて佐江月くんの頭を突き放した李月くんは私の手も離した。
 これでよかった。
「もう解放していいよ。二人ともありがとうな」
 佐江月くんは李月くんの言葉で解放された。
 佐江月くんは立ち上がって、一番に頭を下げたが、その瞬間に膝から崩れ落ちた。
 え……
 やっぽどショッキングだったのかと思ったが、どうやら薬の効果が体を回っただけのようだ。
 心配して歩み寄ったが、李月くんがまたそれを制止した。
「向こうのベンチに運んどいてもらっても大丈夫かな」
「お、おう」
「任せろ李月!」
 李月くんの友達が横たわる佐江月くんを離れたベンチの方へと運んでいく。
 私は放心した頭でそれを客観視することしかできない。
「ちょっとだけ、話そう」
 李月くんはベンチに座って、横に座るように促してきた。
 私は考えを破棄して、李月くんにされるがまま、横に座った。