生命線上に独白の告発を

 あなたは今、何を思っているのだろう。夕映えにあなたの顔が浮かぶ。今はどんな表情で、どんな声色で、誰と共に喋っているのだろう。
 どうであっても、私は心の奥底であなたには独りでいて欲しいと願っている。
 決して嫌いなどではない。でも、私を悲しませたから苦しんでほしい。苦しんで生きてほしい。
 私にあんな苦渋の判断をさせたんだからそう思うのは当たり前だ。
「らしくない」と、私はあなたにそう告げた。
 本当にそう思った。あなたは月日を重ねるごとにいつも通りのあなたじゃなくなっていった。
 いやあなたのいつも通りが 〝あれ〟 だったんなら、会うべきじゃなかった。そんな性格のあなたにも、少しでも好意を持ってしまった時点の、昔のあなたにも。
 私は静かで囁く恋をしたかった。はっちゃけたくないし、それでいて冷め切っている訳でもない。共に加減を知り、背中を預け、でも敷地に土足では踏み込まない。そんな恋愛をしたかった。
 だから静かなあなたを選んだのに。だから優しいあなたを選んだのに。だから、私はあなたが好きだったのに。
 らしくないと、感じてしまったから。


稲吹(いなぶき)、帰ろうぜぇ」
「おう……」
 あの時、俺は確かに言われた。「らしくない」という言葉。
 その言葉で俺は逃げ出した。恋愛なんてしてこなかったから。物語での恋愛しか知らないから。君の好意を下げたくなくて焦っていたから。そんな言い訳をするつもりはさらさらない。
 でも確かに俺は焦っていた。君を失うのが怖かったんだ。あまり笑わない君が、本当に楽しめているのか分からなかった。
 だから、いつもはっちゃけて何が面白いか探っていた。ときにデパートに行って、ときに水族館へ行って、ときに動物園に行って、スイーツ巡りをして、君の好みがもっと知りたかった。君をもっと知りたかっただけだったんだ。
 でもそれは君のためじゃなかった。俺の行動の裏には 〝安心したい自分〟 がいたんだって事を気付かされた。
 不安定な精神で恋愛はするもんじゃない。だから別れて正解だったのかもしれない。俺は本当にそう思っている。
 「らしくない」と視線も合わせずに言われたあの日、君を切り捨てる判断を、決断をしたんだ。君のためにも、俺は気にしないようにすると決めた。
 もう、君を好きじゃないし、好きになることなんてない。それが普通。それが当たり前だ。
 俺はそういう当たり前を求めている。そういう人間を目指している。
 でも、じゃあなんで時間が経った今、俺は君にまた会いたいなんて思ってしまうのだろう。
 もう一度あって、しっかりと謝りたい。いや、会いたいだけなんだきっと。

 ――らしくない。全くその通りだ


 月日が経てば、あなたを忘れられると思っていた。楽しかった日々もあったけど、苦しい日々が続いたんだ。それを忘れたくなるのは必然で、生物学的に当たり前のこと。それが普通。
 でも、私はまだ忘れられていない。忘れないといけない記憶なのに、脳裏に焼き付いて離れない。
 無邪気な笑顔。私の心をくすぶる言葉。ぎこちない動きの温かい手。私が笑うと足取りが早くなったこと。思い出されることは全て、楽しかった思い出だけ。
 こんな思い出、早く消させてほしいのに。
 また無視でも何でもして離れてよ……!
「ねぇ香澄(かすみ)。今度さ、勉強教えてくれない?」
 私が授業のノートを広げて俯いていたからか、ちょうど勉強でもしているんだろうと勘違いをしていそうな友達が話しかけてきた。
「報酬ははずむよ」
 偽りの笑顔。偽りの感情。
 今の私にはとても苦しいものがある。
「分かった。トリュッセンの新作でどう?」
「まあ、いいよ」
 なんでもいい。とりあえず話を終わらせたい。
「ありがと〜」
 高校は楽しい。それなりに友達もできたし、言うことなはない。
 でもどこか、隣に誰か立っていて欲しい。そんな気分はする。それは友達としてじゃなくて、自分を一番知ってくれる誰かがいい。つまり彼氏。
 今更、復縁しようなんて思うことはない。彼氏なら今度はもっと私の条件に合った人を探したい。いや、忘れたいだけと言われたら否定できない。未練がなくなるわけないから。
 次、体育か。つまらないな……
 日差しが強い中、運動場に出てサッカーをしようと言うんだから、気に食わない。 仕方ないことではあるし、単位を取るためには出席しなければならないのは分かっている。
 でも何血迷ったか、男女混合の時間を取るのはいかがなものか。女子が男子に勝てるわけがないのは至極当然のことで、それを分かってのことだろうか。
 はっちゃけた男子のせいで女子が怪我でもしたらどうしてくれよう。
 いやだな……
 今頃は嫌なこと続きで、すっかりネガティブ思考が根についてしまった。早くなんとかしなければ、家に帰ってから面倒くさいことになる。
 着替える最中、上の服の中で顔に笑顔を繕って気持ちを誤魔化した。
 
 運動場に出ると、やはり日差しが強くて肌が焼かれていく感覚がする。
「香澄、パスパスしよ」
 思ってはだめなのに、友達の笑顔が眩しくて、心で貶してしまう。
 早くどうにかしよう……
「いいよ」
 あれもこれも全て”男子”が悪い。手っ取り早く、男子どもから離れなければ、色んな意味での命の保障がない。
 対面で笑顔を続ける友達をあまり見ないように移動した。
 そもそも、サッカーも気に食わない。
 こんなボールを蹴るだけの行動。これの何が楽しいと言うのだろうか。怪我もするし、日焼けもするし、ボールを蹴るのだから無論、足も痛い。
 これほどまでの代価を支払っておいて、得られるものは結局少ない。
 男子ならモテるだとかはあるかもしれないが、女子は何もないはずだ。それならまだ私は新体操などの方がいい。痛くても、健康には繋がりそうだ。
「香澄!」
「ん?」
 友達がこちらに手を伸ばして慌てた顔をしている。 友達が蹴ったボールなら今、コロコロとゆっくりとこちらに向かって転がってきている。何をそんなに慌てているのだろうか。確かに軌道は若干ずれていても、そんなに慌てる必要なんてないはずだ。そもそも、綺麗にパスできる方がめずらしい。
 そんな考えを巡らせている頭に突然、物理的な終止符が打たれた。
 いたっ……
 ボールが私のこめかみ辺りにぶつかった。力量のおかしい、込めているはずがないが、殺意を持ったような強さだ。
 こんな強さのボールを蹴れるのは一定数しかいないだろう。
「ちょっ! 男子何やってんの!!」
 友達はすかさず、男子の方に突っかかりに行く。 私は脳が震えてしまったようで、力を入れて立とうと奮闘したが膝から崩れた。
 大丈夫、すぐ回復する。なんて言えないほどではあったが、まあいずれは回復するだろう。
 それよりも今は、授業開始早々に私の危惧していた事を起こした男子が誰かを見てやろう。そう決めて周りを見ると、音が次第に消えていった。 
「――、――――……?」
 あれ……
「――!!」
 おかしいな……