家なし少女はあやかし執行官の執愛に囚われる

 どうしたらこんなに散らかるんだろう。
 私は無造作に部屋の隅に袋を置いて台所の方へと向かう、伊織さんの背中に向かって言った。

「あの、伊織さん」

「んー?」

 こちらを振り返らずに返事をして、伊織さんは棚から紙コップをふたつ取り出して食卓に置く。
 そして冷蔵庫からお茶のペットボトルをだして、それを紙コップに注いだ。
 私は居間の入り口に立ったまま言った。

「この部屋の惨状は……」

「あぁこれ? いつものことですよ」

 そう事もなげに答えて彼は、ペットボトルを食卓に置いたまま紙コップを持ってこっちに近づいてくる。
 わかった。部屋が散らかる理由が。
 伊織さん、出したらしまわないんだ。
 そう思って改めて室内を見る。
 部屋の壁には大きな本棚があって、雑然と本が入っている。きれいに並んでいるところもあれば適当に横向きに突っ込まれているもの、妙に隙間があいてるところとかある。
 そして床に散らかる本や雑誌。絶対あの本、あの隙間に入るやつだ。あそこ、三巻だけないし。
 伊織さんは服が雑然とかけられた座椅子に近づくと、紙コップを私の方に向けて言った。

「疲れたっしょ、はい、お茶」

 その時、私の中で何かが切れたような気がした。
 私は彼に近づき礼を言って紙コップを受け取る。
 それをぐい、と一気飲みしてから伊織さんをじーっと見つめて言った。

「掃除します」

「は、え?」

 私の言葉に驚いたらしい伊織さんが、変な声を上げる。
 私は室内を見回して言った。

「大変申し訳ないですがこんな状態の部屋じゃあ落ち着けないです。いろいろお世話になってますし、私、掃除します!」

「え? あ……え?」

 あっけにとられる伊織さん。
 そんなに驚くことじゃないと思うけど。だって、こんな散らかった部屋で飲み食い、嫌だもん。
 私は伊織さんに向かって強い口調で言った。

「あの、掃除機とゴミ袋と雑巾、あと雑誌とかまとめる紐、用意してください」

「は、はい」

 伊織さんは慌ててお茶を飲み干すと、紙コップをぐしゃっとつぶし、それをゴミ箱に放り込むとリビングを出ていった。


 夜の七時に、大掃除が始まった。
 私は伊織さんに聞きながら、いるものといらないものを分けて、いらない紙類はまとめて紐で縛り上げた。
 乱雑に置かれた服をひっつかんで、私は伊織さんに尋ねた。

「これ、洗濯してあるんですか?」

「あー……どうだろう」

 なんて言って、困った顔で首を傾げる。まじですか、それ。

「わかりました。全部洗濯します。洗濯機、ありますよね? あとクリーニングに出せそうなものは出すんでまとめてください。なんか大きい袋……」

 そう言いながら、私は今日買ってきたものが詰まっている大きな買い物袋に目を向ける。
 私は思わずにやっと笑い、その袋たちに近づく。

「いいものがあった」

 私は、比較的物が入っていない買い物袋を選んで口を開けて、中身をだし、それを伊織さんの元に持っていく。
 驚いた顔の伊織さんに向かって私は言った。

「はい、ここにクリーニングに出すもの、いれてください。明日全部持っていきますから。服、畳めますか?」

 その言葉に伊織さんに目が泳ぐ。あ、畳めないんだ。仕方ないな。
 そう思い、私は伊織さんに袋を押し付ける。

「とりあえずこの中に突っ込んどいてください」

「わ、わかりました」

 言いながら伊織さんは私から袋を受け取り、適当な感じで高そうな服を放り込み始めた。
 部屋の片づけをするついでに、私は買って貰った物を仕分けた。
 服に靴、サンダルに食器類。ドライヤーまで買ってくれたのよね。ここまでしてもらって申し訳ない気持ちの方が大きかった。
 だからすこしでも私、恩返ししないと。
 買ってきた食器を洗って拭いて、しまおうと食器棚を開けたら、中にはコップやグラスくらいしか入っていなかった。
 私はそんな寂しい食器棚を見つめて言った。

「あの、ご飯作ったりしないんですか?」

「あぁ、つくんねーなー。外に食べ行ったり買ってきたりしてるから」

 だから食器がどうのって言っていたのね。それにしてもここまで食器がないのは珍しいような。

「じゃあ食材とかもないんですか?」

「パンとかカップラーメンくらいは入ってるよ。あと、あんたのために米買ったからそれもあるし、おかゆ作る為にって、桔梗が鍋買ってきたしあと……」

 そんな伊織さんの言葉を聞きながら私はキッチンの棚や冷蔵庫を開けて中を確認した。

「鍋も食材も殆どない……」

 半ば呆れて呟いて、私は息をつく。
 あ、エプロン買ってもらえばよかったなぁ。
 そう気が付いて、私は伊織さんの方を見る。
 彼は床に散らかった服を拾って袋に詰めている。
 エプロンが欲しいって言って大丈夫かな。あんまり買ってもらうのは申し訳ないような……
 そう悩んでいると、伊織さんがふっとこちらを見る。
 サングラスのない、真っ赤な瞳が私を見ている。
 そして彼は私を見たまま言った。

「葉月さん」

「え、はい」

 私が返事をすると、彼はにこっと笑った。

「俺が気が付かなかった足りないもの、いろいろあるでしょ。また明日買いに行きましょう」

 その言葉を聞いて、私は心がちょっと軽くなる。そして私も笑って、頷いて答えた。

「はい、すみません、お願いします」