家なし少女はあやかし執行官の執愛に囚われる

 伊織さんが去った後、桔梗さんはくるっと私の方を見る。
 そして手を合わせて片目を閉じて言った。

「本当にごめんねー、まさかあんな狭いところで銃使うとか思わなくって」

「そう、なんですか?」

「だって、人も多いし誰にあたるかわかんないし、外れた銃弾が跳ねて客とか最悪自分にあたることもあり得るでしょ」

 言われてあー、って納得できるようなできないような。銃の弾って跳ねるんだ。初めて知った。
 私は改めてお腹へと視線を落とす。
 浴衣とTシャツで傷口は見えないけど、痛みは確実に覚えている。
 お腹、確かに撃たれたはずなのにな。今は全然痛くない。それがすごく不思議だった。医者に見せたとは言ってたけどどうなってるんだろう。
 私は顔をあげて桔梗さんの方を見ておそるおそる尋ねた。

「あの、私の傷を治したのって……あやかし、ですか?」

 すると桔梗さんはにこにこっと笑って頷く。

「そうよー。だから傷は綺麗に治ってるし大丈夫」

「そんなことできると医療界が大変なことになりますね」

 銃で撃たれたのに私、どこも痛くないんだもん。
 私の言葉に桔梗さんはあはは、と笑う。

「そうねぇ、だから私たちの存在は秘密なのよ。人間界には表立って干渉しない。その代わりあっちも私たちをおおやけにしない」

 私たち、と桔梗さんは言った。

「あの、桔梗さんもあやかし……?」

「そうよー、ネコマタなの」

 そう答えて、桔梗さんは猫みたいに手の甲を頬にあてた。
 いつの間にか背中に尻尾が二本生えているのが見える。

「ネコ……」

「そうよ。ってことは貴方、伊織から話を聞いたってことよね」

「はい、そうです。あの……政府と取引してるみたいなこと言ってたような……」

 そう答えると桔梗さんは呆れたような顔になる。

「伊織ってばそんなことまで話したの? まったく何考えてるのかしら」

 後半は俯いて呟くように言う。
 その様子に不安になった私は、ビクビクしながら尋ねた。

「も、もしかして私、まずいこと聞いちゃったんですか……?」

 まさか秘密を聞いた私、消されるとかないかな。
 そんな怯える私の言葉に、桔梗さんはばっと顔を上げて笑顔で首を横に振る。

「そんなことないわよー。とりあえず、貴方は回復するのが先! なんていっても一週間寝てたからねー。いきなりご飯食べると胃がびっくりしちゃうらしいから、ちょっとずつね!」

 そう言って、桔梗さんはバチン、ってウィンクして見せた。


 それから一週間以上が過ぎただろうか。
 四月九日水曜日。
 本当なら私はトーキョーで大学生になっているはずだった。でも借金取りが現れるかもしれないからって、伊織さんたちが休学の手続きをしてくれた。
 勿体ないけどしかたない。だって今の私、あいつらに見つかるわけにはいかないから。
 実際、私がいくはずの大学の周りに、怪しい人がいたらしいし。
 携帯がないから奈美や友だちとも連絡とれない。心配してるだろうけど、下手に会いに行って借金取りに見つかるわけにもいかないしなー……
 なんだか世界と切り離された気がして、ちょっと寂しかった。
 そんななか、私はだいぶ動けるようになっていた。
 傷口は本当に何も残っていなくって、撃たれたのが夢みたいにも思えてくる。
 桔梗さんは毎日朝から夜までいてくれて私のお世話をしてくれて感謝しかなかった。
 桔梗さんと過ごす間に、私はいろいろと話を聞きだしていた。
 天気のいい、四月の昼下がり。
 私たちは縁側で並んでお茶を飲みながら雑談をしていた。

「この屋敷はねー、伊織の家なのよ。私たちは別に家があるんだけどね、ここ、ひとり暮らしにしては広すぎるのよねー」

 桔梗さんは笑いながらそう教えてくれた。
 確かに広い。庭も広い、いわゆる日本庭園で綺麗に手入れされている。緑の向こうには白い壁が見えるし。なんだかドラマの中に出てくるお金持ちの家みたいだ。
 私は寝室として使っている部屋と、トイレやお風呂くらいしか行き来してないから広さがよくわかんないけど。けっこう大きい家っぽい。
 私はお茶を手にして桔梗さんに尋ねた。

「あの、ここってどこなんですか?」

「ここはキチジョウジ。少し行けば繁華街があって、そこに私たちの『村雨探偵社』があるの」

 キチジョウジってトーキョーだよね。
 私が住んでいた場所はトーキョーよりもずっと北にある田舎の地方都市だから、すっごく遠いところに連れてこられたんだなぁ。
 私はお茶を飲んでから言った。 

「村雨って、伊織さんの名字ですよね」

 それは本人から聞いていた。
 桔梗さんはうんうん、と頷く。

「そうなのよー、私たちはその探偵社の調査員。事務仕事がちょっと苦手なのよねー。だから貴方が入ってくれるととってもありがたいのよー」

 と、文字どおり猫なで声で言う。
 それはそれで今までどうしてきたのかが気になるけど口にはしなかった。
 それよりも気になることがあるからだ。

「あの、闇の仕事って言うか……日本國から金(きん)で雇われてるって伊織さん言ってましたけど……何をしてるんですか?」

「それはねー、悪党退治」

「悪党退治?」

 私が言うと、桔梗さんは頷いて猫の絵が描かれた湯呑に口をつける。
 そしてふー、って息をついて言った。

「そうそう。貴方を攫って闇オークションにかけていた連中みたいな、なかなか証拠が掴めない悪党を捕まえるのが私たちの仕事。私たちは法の外にいる。そしてあやかしの力がある。だから人間にはできないことがたくさんできるのよ」

 そう言った桔梗さんの目が金色に光る。その様子を見て、背中がぞくり、ってした。
 その時だった。

「おーい、桔梗、葉月さん」

 伊織さんの声が玄関の方から聞こえてくる。
 すると桔梗さんは湯呑を持ったまま大きく声を上げた。

「はいはーい」

 すると伊織さんが廊下の向こうからこちらにやってきた。
 今日は黒いスーツに黒いサングラスをかけている。
 彼はサングラスを外しながら、こちらを見おろし片手をスラックスのポケットに手を突っ込んで言った。

「買い物行くぞ」

「買い物?」

 異口同音。
 私と桔梗さんは同じ言葉を言って、顔を見合わせる。
 なんだろう、買い物って。

「買い物だよ。ほら、葉月さんの服とか必要な物。だいぶ元気になってきただろ。だからそろそろ買った方がいいかなって思って」

「え、あ……服ってなんで……?」

 戸惑う私に、伊織さんは肩をすくめて、ぶっきらぼうに言った。

「あんたの服とか処分されてたから間に合せで用意したけど、あれだけじゃどう考えても足りないですよね。これから暑くなるし、それに仕事するうえで必要になるから」

「今ある服、私が伊織に言われて買い揃えたのよねー。今は浴衣で過ごしてるからいいけど、これからのこと考えたらもっと、買い足した方がいいかも」

「え、でも私、お金……」

「そんなのこいつが出すわよ」

「そんなの俺がだしますって」

 桔梗さんと伊織さんは同時に言って、私は気圧されつつも頷いた。