家なし少女はあやかし執行官の執愛に囚われる

 どれくらい時間が経っただろう。
 たくさん泣いてやっと落ち着いてきたころ、伊織さんが私の顔を覗き込むように見つめた。
 伊織さんと視線が絡む。私、泣いていたからすごく伊織さんの顔がぼやけて見える。

「ひ……あ……」

 何もしゃべれない私に、伊織さんは静かに言った。

「あの女、あんたの友だちだったんだろう」

 その言葉に私は泣きながら頷く。
 そうだ。そう思っていた。なのに奈美は私をお金に変えようとしていた。
 伊織さんはとても真剣な顔をして話を続けた。

「あの女が、ホストにハマってヤバい組織と関わっていたのはわかっていたんだけどな。とはいえ、まだガキだから様子見てたんだ」

 そして伊織さんは辛そうな顔になる。
 それってつまり……伊織さん、奈美のこと知ってて黙っていたってこと?
 私はわなわなとふるえながら、何とか声を絞り出した。

「な、んで……」

「言ったってしんじねーだろ。それに真実知って今、あんたはどーなってる? あんたを傷つけるようなことを言うわけねえだろ」

 あぁ、そうなんだ。
 私のために伊織さんは奈美の事、知ってて黙っていたんだ。
 なのに私、自分で会いに行って、こんなことになって。
 伊織さんに説明された時に諦めていればよかった。
 私って馬鹿だな。
 そう思ったらまた、涙が溢れてきた。
 すると伊織さんがあたふたとしだす。

「あ、えーと、あんたを泣かせるようなこと、俺はしたくねーんだよ。まさか会いに行くとも思ってなかったし、まさかまたあんたをあの女が巻き込もうとするなんて思ってなかったからな。見張っていたおかげであの店突きとめられたし、あの女の証言も得られたから」

 って妙に早口で言った。
 確かに何度か黒い羽根を目にしたな。そこまで気にしていなかったけど。
 私は伊織さんにぎゅっとしがみ付いた。
 
「ちょ……あ……は、葉月……さん?」

 私に告白してきた癖に、なんで私に抱き着かれて動揺した声出してるんだろう。
 面白いな、伊織さん。
 私はなんとか声を出した。

「伊織さん……ずっと私の事、守ってくれていたんですね」

 親にも友だちにも捨てられたのに、伊織さんたちだけは私を見捨てなかった。
 すると伊織さんは気恥ずかしそうな声で言った。

「いや……えーと、俺たちの仕事はその、人間の悪党退治だからな。当然っていえば当然だし……」

 って、なぜかしどろもどろになってしまう。
 この人本当にあやかしの総大将なのかな。
 こんなふうに焦ったり、甘いもの大好きだったりするのに。
 落差、激しすぎるでしょ。

「でも、守ってくれたの、事実じゃないですか」

 言いながら私は伊織さんの顔を見る。
 真っ赤な瞳が、泳いでるのがいやってくらいわかった。
 こころなしか、顔が紅くも見える。
 私に抱き着かれただけでそんなに動揺する?
 伊織さんの方がよほど人間ぽいんじゃないかな。
 伊織さんは恥ずかしげに目をそらして呟く。

「まあ……うん、そうかもな」

 って。
 面白いな、伊織さん。
 私はちょっと笑って、伊織さんの顔を見つめる。
 
「ありがとう、伊織さん」

 そう告げて、私は自分から伊織さんに口づけた。
 すぐに唇を離すと、伊織さんは戸惑ったような顔をして私を見ていた。
 
「あの姿見られたから、てっきり怖がると思っていた」

 そして苦笑を浮かべる伊織さん。
 あの姿って、きっとお店で見た姿の事よね。
 鼻も口もわからない真っ白な顔。
 コードみたいに太く白い髪がうねっていた。
 そんな姿を見てもべつに怖い、ってなかったな。
 だから私は伊織さんに向かって小さく笑って言った。

「怖くなんてないですよ。皆があやかしだっていうのは知っているし」

「あいつらと比べたら俺の本性なんて異質だろ」

 それはそうだけど。
 伊織さんの本性は、ネコマタや狐とは違う、もっと異様な姿だった。
 それでも伊織さんの中身は変わらないもの。
 同じ人間の姿をしているのに、もっと恐ろしい本性を持つ人間を見たあとだからなおさらだ。
 私はぎゅっと、伊織さんにしがみ付く。

「それでも私にとっては伊織さんは伊織さんだもの。甘いものが好きで、片づけが出来なくって、でも強くてかっこいい伊織さんなのは変わらないです」

 そんな私の言葉に、伊織さんは目をすっと細める。

「葉月……」

 その声はすごく甘くて、魅惑的に響く。
 告白されてどうしようって思ったけど、断らなかった時点で私の答えなんて決まっていたんだ。
 だから私は伊織さんに向かって言った。

「私、強くもないしただの人間だけど……それでも伊織さんの隣にいたい。ずっと」

 そして大きく息を吸う。

「好きです、伊織さん」

 すると伊織さんは私にすっと顔を近づけてくる。

「葉月……愛してる」

 そう、切ない声で言ったかと思うと、唇が重なった。
 触れるだけじゃない、深い口づけ。
 角度を変えて何度も、噛み付くように口づけられて私はあっという間に息を上げた。
 それでも私は伊織さんに愛されているのが嬉しくて、自分からも口づけを求めた。