私が心配するよりも店内は普通っぽかった。
店員さんが皆狐の仮面を被っているのがちょっと異様に感じるのと、部屋が皆個室なのにはちょっと驚いたけど。でも前に伊織さんたちと一緒に行った居酒屋さんも個室だったしな……
あのお店に近い感じがするからこういうのが流行りなのかも。
向かい合って席に座り、私たちはメニューを開く。
イタリアン中心の料理が多く載っていて、なんで会員制なのかがちょっと不思議だった。
値段は高めだけど。全部二千円以上するし。
国産牛のひき肉のボロネーゼとか書いてある。
どうしよう、これ。
お金はもってるけど思っていたよりも高い。
値段にドン引きしていると、一緒にメニューを見ている奈美が言った。
「なんでも頼んでいいよー。久しぶりだし、連絡取れなくなったお詫びもあるから」
「そんなの気にしなくていいのに。だって携帯壊れたら仕方ないでしょ」
さすがにこの値段を奢ってもらうっていう選択肢はない。すると奈美は軽い口調で言った。
「大丈夫大丈夫! お金はあるし」
そうだ、奈美の親ってお金持ちだったっけ。
「でも奈美、バイトはしてないんでしょ?」
「うん、してないけどいろいろやってるよー。だって彼にお金かかるしねー」
なんて言ってにやにやと笑う。
彼って確かホスト、だよね?
私は奈美の顔をじっと見る。
幸せそうな顔には見えるけど……どうなんだろう。
疑問を抱えながら私は奈美に尋ねた。
「彼ってあれ? 前に言っていた好きな人のこと?」
「そうなんだよー。あのあと色々あってさー、で、付き合うようになったんだー」
と、奈美ははにかむ。
こんなに嬉しそうだし……そのホストはちゃんと彼氏ってことでいいのかな。
「そうなんだ。でも付き合っててなんでお金かかるの?」
私の中の常識では付き合うって一方がお金を使うとかないと思うんだけど。
奈美はそれには答えず、メニューを指差す。
「その話は後で! とりあえずご飯頼んじゃおうよー」
確かにお腹はすいているけど、私の中でくすぶる不安はどんどん大きくなるばかりだ。
帰りたい思いが強くなってくる。でもここまで来たし……そう自分に言い聞かせて私は立ちたがりたい衝動をぐっとおさえた。
私たちはそれぞれ料理を頼んで、一息つく。
そこで奈美はテーブルの上に腕を組んで、話を始めた。
「私の彼はねー、ホストなんだよー。そのお店で一番にしたくってさー」
彼女は頬杖をついてため息をつく。
その話に私は心底驚いた。
だって、伊織さんが言っていた通り本当にホストなんだもの。
でもまって?
「ねえ、好きな人のこと聞いたの高校生の時だよね? 高校生でホストと会ったって事?」
そんな私の疑問に奈美はにへら、と笑う。
「かたい事言わないのー。とりあえず十八歳すぎてるから大丈夫だよー」
そういうものなのかな。私は詳しくないからそれ以上は突っ込めなかった。でも心の中の黒いモヤはどんどん色濃くなっていく。
奈美は妙に明るい笑顔で言った。
「だからさ、私いっぱいお金必要なんだよねー。パパから貰ってるのだけじゃあ足りないから事業始めたりして」
そう言った奈美の笑顔が何だか怖かった。
「事業? そんなのしてるの?」
驚く私に奈美は自慢げに頷く。
「うん、まあ私が中心になってるわけじゃないんだけどねー。ねえ葉月もうちで働かない?」
「え? いや、さすがにちょっと。っていうか何してるのよ」
「人材紹介みたいな? 葉月は何してるの? 大学は?」
自分の話になって私はう……ってなってしまう。
さすがに両親がいなくなったこととか言えないしな……
私は顔が引きつるのを感じながら言った。
「えーと……いろいろあってその、大学いまお休みしていて。こっちには住んでるんだけど」
「えー、そうなの? もったいなくない? 生活どうしてるの?」
矢継ぎ早に言われて、私は苦笑を浮かべる。
だって私の環境、ぜったい特殊だから。
「い、今はバイトしてるよー」
そう答えながら私は頭に手をやった。こうでもしないと落ち着かないから。
そのとき奈美の目が、すっと細くなったような気がした。
「そうなんだぁ……生活、大変じゃないの?」
「え? う、ううん。大変じゃないよ。バイト先の人たちみんなよくしてくれるから。優しい人たちだし、一緒に暮らしてる人もいい人だし」
言いながら頭の中に皆の顔が順番によぎる。
最後は伊織さん。
伊織さんのこと、なんて言えばいいんだかわかんない。一緒に暮らしている人。好きな人? 恋人? いや、恋人はまだよね。だって私は伊織さんの恋人にふさわしい人間じゃないもの。
私の言葉に何か引っかかったのか、奈美はずい、と身体を乗り出してくる。
「一緒に暮らしてる人って? 男の人?」
奈美が前に出てきた分、私は後ろにちょっと下がってしまう。
「え? あ、うん……そうだけど」
とっさの嘘なんてつけないから私は素直に認める。
するとにやにやと奈美が笑って言った。
「やっぱそうだよねー。バイトとかおかしいと思ったんだ。数か月でなにあったのよ。もしかして妊娠してるとかないよね?」
「そんなわけないでしょ!」
思わず真っ赤になって否定する。ちょっと飛躍しすぎじゃないかな。
妊娠って……
伊織さんに口づけられたことを思い出すと顔、やばい。熱あがってきちゃう。
私は恥ずかしさに顔を両手で挟んで下を俯いた。
「一緒に暮らしてて何にもないなんてないでしょー。残念だなぁ。何もしてないなら仕事誘おうと思ったのに」
そう心底残念そうな声が聞こえる。
「え? どういうこと?」
「でもさ、お金は必要だよね、葉月」
「そりゃあ……まあ……」
お金があれば正直私が伊織さんに対して負い目を感じる必要もないし。でも今の私にはお金、ないからな……
きっと伊織さんは気にもしないだろうけれど、私はすごく気になるんだ。
「じゃあさ、私に協力してよ。私もお金必要だから。彼のためにお金もっと稼ぎたいのよ」
「ちょっとどういうこと?」
「ここ、会員制のレストランなんだけどさー、他の顔あるのよ」
奈美は笑ってる。まるで誘惑する悪魔みたいに。
「お金持ちと遊ぶだけでお金貰えるよ、だから葉月、やってみない?」
その奈美の言葉は受け入れがたいもので、なんだか異世界の言葉に聞こえた。
店員さんが皆狐の仮面を被っているのがちょっと異様に感じるのと、部屋が皆個室なのにはちょっと驚いたけど。でも前に伊織さんたちと一緒に行った居酒屋さんも個室だったしな……
あのお店に近い感じがするからこういうのが流行りなのかも。
向かい合って席に座り、私たちはメニューを開く。
イタリアン中心の料理が多く載っていて、なんで会員制なのかがちょっと不思議だった。
値段は高めだけど。全部二千円以上するし。
国産牛のひき肉のボロネーゼとか書いてある。
どうしよう、これ。
お金はもってるけど思っていたよりも高い。
値段にドン引きしていると、一緒にメニューを見ている奈美が言った。
「なんでも頼んでいいよー。久しぶりだし、連絡取れなくなったお詫びもあるから」
「そんなの気にしなくていいのに。だって携帯壊れたら仕方ないでしょ」
さすがにこの値段を奢ってもらうっていう選択肢はない。すると奈美は軽い口調で言った。
「大丈夫大丈夫! お金はあるし」
そうだ、奈美の親ってお金持ちだったっけ。
「でも奈美、バイトはしてないんでしょ?」
「うん、してないけどいろいろやってるよー。だって彼にお金かかるしねー」
なんて言ってにやにやと笑う。
彼って確かホスト、だよね?
私は奈美の顔をじっと見る。
幸せそうな顔には見えるけど……どうなんだろう。
疑問を抱えながら私は奈美に尋ねた。
「彼ってあれ? 前に言っていた好きな人のこと?」
「そうなんだよー。あのあと色々あってさー、で、付き合うようになったんだー」
と、奈美ははにかむ。
こんなに嬉しそうだし……そのホストはちゃんと彼氏ってことでいいのかな。
「そうなんだ。でも付き合っててなんでお金かかるの?」
私の中の常識では付き合うって一方がお金を使うとかないと思うんだけど。
奈美はそれには答えず、メニューを指差す。
「その話は後で! とりあえずご飯頼んじゃおうよー」
確かにお腹はすいているけど、私の中でくすぶる不安はどんどん大きくなるばかりだ。
帰りたい思いが強くなってくる。でもここまで来たし……そう自分に言い聞かせて私は立ちたがりたい衝動をぐっとおさえた。
私たちはそれぞれ料理を頼んで、一息つく。
そこで奈美はテーブルの上に腕を組んで、話を始めた。
「私の彼はねー、ホストなんだよー。そのお店で一番にしたくってさー」
彼女は頬杖をついてため息をつく。
その話に私は心底驚いた。
だって、伊織さんが言っていた通り本当にホストなんだもの。
でもまって?
「ねえ、好きな人のこと聞いたの高校生の時だよね? 高校生でホストと会ったって事?」
そんな私の疑問に奈美はにへら、と笑う。
「かたい事言わないのー。とりあえず十八歳すぎてるから大丈夫だよー」
そういうものなのかな。私は詳しくないからそれ以上は突っ込めなかった。でも心の中の黒いモヤはどんどん色濃くなっていく。
奈美は妙に明るい笑顔で言った。
「だからさ、私いっぱいお金必要なんだよねー。パパから貰ってるのだけじゃあ足りないから事業始めたりして」
そう言った奈美の笑顔が何だか怖かった。
「事業? そんなのしてるの?」
驚く私に奈美は自慢げに頷く。
「うん、まあ私が中心になってるわけじゃないんだけどねー。ねえ葉月もうちで働かない?」
「え? いや、さすがにちょっと。っていうか何してるのよ」
「人材紹介みたいな? 葉月は何してるの? 大学は?」
自分の話になって私はう……ってなってしまう。
さすがに両親がいなくなったこととか言えないしな……
私は顔が引きつるのを感じながら言った。
「えーと……いろいろあってその、大学いまお休みしていて。こっちには住んでるんだけど」
「えー、そうなの? もったいなくない? 生活どうしてるの?」
矢継ぎ早に言われて、私は苦笑を浮かべる。
だって私の環境、ぜったい特殊だから。
「い、今はバイトしてるよー」
そう答えながら私は頭に手をやった。こうでもしないと落ち着かないから。
そのとき奈美の目が、すっと細くなったような気がした。
「そうなんだぁ……生活、大変じゃないの?」
「え? う、ううん。大変じゃないよ。バイト先の人たちみんなよくしてくれるから。優しい人たちだし、一緒に暮らしてる人もいい人だし」
言いながら頭の中に皆の顔が順番によぎる。
最後は伊織さん。
伊織さんのこと、なんて言えばいいんだかわかんない。一緒に暮らしている人。好きな人? 恋人? いや、恋人はまだよね。だって私は伊織さんの恋人にふさわしい人間じゃないもの。
私の言葉に何か引っかかったのか、奈美はずい、と身体を乗り出してくる。
「一緒に暮らしてる人って? 男の人?」
奈美が前に出てきた分、私は後ろにちょっと下がってしまう。
「え? あ、うん……そうだけど」
とっさの嘘なんてつけないから私は素直に認める。
するとにやにやと奈美が笑って言った。
「やっぱそうだよねー。バイトとかおかしいと思ったんだ。数か月でなにあったのよ。もしかして妊娠してるとかないよね?」
「そんなわけないでしょ!」
思わず真っ赤になって否定する。ちょっと飛躍しすぎじゃないかな。
妊娠って……
伊織さんに口づけられたことを思い出すと顔、やばい。熱あがってきちゃう。
私は恥ずかしさに顔を両手で挟んで下を俯いた。
「一緒に暮らしてて何にもないなんてないでしょー。残念だなぁ。何もしてないなら仕事誘おうと思ったのに」
そう心底残念そうな声が聞こえる。
「え? どういうこと?」
「でもさ、お金は必要だよね、葉月」
「そりゃあ……まあ……」
お金があれば正直私が伊織さんに対して負い目を感じる必要もないし。でも今の私にはお金、ないからな……
きっと伊織さんは気にもしないだろうけれど、私はすごく気になるんだ。
「じゃあさ、私に協力してよ。私もお金必要だから。彼のためにお金もっと稼ぎたいのよ」
「ちょっとどういうこと?」
「ここ、会員制のレストランなんだけどさー、他の顔あるのよ」
奈美は笑ってる。まるで誘惑する悪魔みたいに。
「お金持ちと遊ぶだけでお金貰えるよ、だから葉月、やってみない?」
その奈美の言葉は受け入れがたいもので、なんだか異世界の言葉に聞こえた。
