家なし少女はあやかし執行官の執愛に囚われる

 二十五日の午後五時半。
 落ち着かなくって私は約束の時間より早くシンジュクに着いてしまった。
 シンジュクの駅、広いし出口がたくさんあるし訳分かんなくって、伊織さんに何度も何度も教えてもらってなんとか迷わず目的の巨大モニターがあるビルの前にたどり着いた。
 教えてもらってなかったらきっと私、自力で着けなかっただろうな。
 空はまだ明るくて、太陽が西の空に沈み切っていない。
 でも街のネオンが眩しくって、周りはすごく明るかった。
 町を歩く人たちは皆なんだか派手に見える。
 露出度が高い人、高そうな和モダンの服を着てる人。髪の色も金髪に赤、青に白ってさまざまだ。
 ここトーキョーじゃあ、伊織さんや耳が生えてる真琴さんすら目立たないだろうな。
 私はケータイで今の時間を確認する。
 時刻は五時三五分。私がここについてそんなに時間、経っていない。
 ケータイを握る指先は震えだして、背中を変な汗が流れていくのがわかる。
 あぁもうどうしよう。
 奈美と会いたい気持ちと、心配な気持ちが私のなかでひしめき合っている。
 卒業旅行に行った仲だし、大丈夫だよね。
 でもずっと、伊織さんの話が引っかかってる。
 奈美とホストの関係。
 卒業旅行の時に聞いた、奈美の好きな人ってまさかそのホストなのかな。高校生ってホストクラブに行けるものなの?
 わかんないことだらけですっごい不安が私の中にある。
 行き交う人たちの顔が皆同じに見えてくる。
 ずっと伊織さんの家と探偵事務所を行き来して、買い物に行くだけだったからかな。
 なんだかずごく、自分が異質なものに思えた。
 ちょっと怖くなってきた。
 周りをずっときょろきょろしてて、私、挙動不審すぎるし。

「カァ……カァ……」

 って、烏の鳴き声が聞こえたかと思うと、私の目の前に黒い羽根が落ちてくる。
 あれ……?
 なんだか変に思って私が足元を見たときだった。
 
「葉月!」

 っていう、奈美の声がどこからか聞こえてきた。
 辺りを見回すと、人ごみの中から走ってくる奈美の姿が目に入る。
 黒いミニスカートの、体にぴったりとしたワンピース。
 小さいショルダーバッグをぶら下げた奈美が、笑顔で私の前に立つ。香水の匂いが強く漂ってきてなんだかそれが私たちの間にできた防壁みたいに感じた。
 妙な緊張を覚えつつ、私は彼女の名前を呼ぶ。

「奈美」

「葉月、その服超可愛いー」

 って言いながら、奈美は私が着ている黒地に赤の花柄が入った羽織の裾を掴んだ。
 ちょっとびっくりして、私は奈美の顔と羽織を交互に見てしまう。
 いきなり服に触ってくる子、だったっけ?
 あれ?
 なんか違和感あるのは私が事件の前のこと、覚えていないことが多いからかな。
 私は思わずひきつった顔をしながら言った。

「あ、あ、ありがとう」

「葉月なんかかわったー? こういう服着てなかったよねー」

「な、奈美もすっごい変わっててびっくりしたよ」

 そんな私の言葉に、奈美はあはは、って笑う。

「でしょー。せっかく大学生になるからって髪の毛染めたし、整形も二重にもしたんだよねー」

 って言いながら奈美は自分の目を指差す。
 アイメイクがっつりで全然気が付かなかったけど、前より目、大きくなってるかも。
 これ、本当に私が知ってる奈美なのかな。不安がすごい。

「言われてみれば……」

「ねー。あと、鼻も変えたいんだけどねー」

 それは言葉に困るんだけど。
 私は整形したいって思ったこと、ないからな……よくわかんない。
 戸惑う私とは対照的に、奈美は私の腕をがしっと掴んで、通りの向こうを指差す。

「とりあえずお店行こう! お詫びに今日は奢るから!」

「え、あ、ちょ……」

 奈美は私をひっぱるように歩き出して、人ごみの中をずかずかと進んで行った。
 お店の場所は聞いていたし、事前に調べもしたけど、ちょっと暗い雰囲気のお店だったのよね。
 すごい温度差を感じながら、私は奈美の話を聞いた。

「ほら、卒業旅行いったでしょ。あのあと引っ越したりバタバタしてたときにケータイ壊れちゃったんだよね。それで電話帳も吹き飛んじゃって。誰とも連絡取れなくなってさー」

「そっか。大変だったね」

「ほんとだよー、引っ越した後だしもう誰にも会えないじゃん?」

 奈美の説明に違和感はないけど、なんだか納得しきれない自分がいた。
 だから私、奈美のことを伊織さんに話せていない。
 なんだか不安がいっぱいだ。
 駅前を離れて着いた場所は、事前に調べた場所とは違うような気がした。
 気のせいかな? そもそも知らない場所だから自信がない。
 私は辺りを見回しながら言った。

「ねえ、奈美、どこにいくの?」

「えー? ご飯食べるお店。やっぱ葉月みたら違うお店に行きたくなって。会員制のお店なんだけどね、静かだしご飯おいしいんだよ。せっかくだからゆっくり話たいじゃん?」

「そ、そうなの?」

 その割にはなんだか怪しい感じのお店が多いような……
 駅前とはちがって露出の多い服の人たちが多いような気がするんだけど。
 そうだ、奈美みたいな感じの人。しかもなんか髪も盛り上がってるし。

「ねえ本当にそのお店、この先にあるの?」

 不安いっぱいで聞くと奈美は強い口調で答えた。

「あるんだよー。だから会員制なの!」

「私が行っても大丈夫な奴なの、それ」

「大丈夫大丈夫!」

 そう言いながらたどり着いたお店は、看板も出ていない、でもなんだか高級っぽいビルの一画にあった。

「なんか怖いんだけど……ほんとに普通のお店なの……?」

 そう私が不安を吐き出すと、私から手を離した奈美が振り返って呆れたような顔になる。

「もー、葉月ってば心配しすぎだって。私がたまに来るお店。たしかに見た目は怪しいけど、会員制でね、会員の紹介がないとそもそも入れないの。だから選ばれた人しかこれないから大丈夫だってー」

 なんて言って奈美は笑い、ドア横のインターホンをおした。
 帰りたい。
 そんな思いに駆られるけど、そんなこと言ったら奈美のこと信じてないみたいになるしな……
 奈美が名乗ると、ガチャリ、て鍵があく音がする
 びくつく私とは対照的に、奈美はドアを開けて中に入り、ビクつく私を振り返った。

「平気だって、ほら」

 って、手招きしてくる。
 怖い気持ちと信じたい気持ちがひしめき合っている。
 大丈夫かな……二度と伊織さんたちに会えないとかない……よね……?
 不安に思いながら私は奈美に従って中に入った。
 すると、バタン、てドアが閉まる音が背後で響く。 

「いらっしゃいませ、菊間様」

 いつの間にか、黒い着物姿の男性が立っていた。しかも顔の上半分を隠す狐の仮面を被ってる。
 なんだか嫌な感じだった。
 だってその仮面、あの人身売買のオークションにいたスタッフと同じものに見えるから。
 よくある仮面、と言われればどうなんだけど。
 私はその人から目を背けて口もとに手を当てた。
 大丈夫なのかな、本当に。私は奈美を信じていいのかな。

「こんばんはー。ふたりなんだけど、席あるー?」

「はいございます。ご案内いたしますね」

 そんなやり取りのあと、奈美は私を引っ張って店の奥へと誘った。