金曜日の昼間。
ここは、キチジョウジの繁華街にある村雨探偵事務所。
畳の上に集まっているのは、探偵事務所の面々だ。
独特の、香の匂いが漂う室内で集まった彼らの前の座卓には湯呑がそれぞれ置かれている。
最初に口を開いたのは祐飛だった。
「――葉月殿は菊田奈美と接触。今日葉月殿が合う約束しているのは間違いなくこの女だ」
と、淡々と告げる。
その話を聞きながら、伊織はすっと目を細めた。
菊間奈美。
名前を聞くだけで伊織の中でふつふつとした感情が芽生える。
葉月の、中学生からの友人であり、卒業旅行に一緒に行った女。
葉月がずっと会いたいと望んでいる相手。
そして、葉月を売った女。
そんな相手だ、伊織にとって到底許せる存在ではなかった。
伊織は葉月が望むままに、彼女がどこにいるのかを伝えた。
あの女の本性を伏せて。
伊織は煙草をくわえ、それに火をつけて煙を吐き出しながら言った。
「へえ。あの女ずいぶんと図太いな。自分で売っておきながらいけしゃあしゃあと顔、合わせられるなんてなー」
その声に怒りの色が浮かぶ。
それに気が付いた桔梗は思わずぶるり、と震えた。
淡々と煙草を吸っているが、伊織は確実に機嫌が悪い。
ふだん飄々としている伊織がこんなに感情をあらわにするのは珍しかった。
――ただの人間に、こんなに感情を動かされるなんて。
そう思い桔梗は伊織を見つめる。
余裕の笑みを浮かべて煙草を吸っているが、その内心ははかり知れない。
そんな伊織に真琴が頬杖を突きながら言った。
「それで、日曜日に葉月ちゃんはその女に会うって事なんでしょ?」
「あぁ、そうだな」
「どこで会うかは聞いたの?」
「あぁ、だが本当にその店で会うかはわかんねーけどな」
そう答えて伊織は煙草をくわえて白煙を吐きだす。
「祐飛は当日、ふたりを見張れ。真琴は車の用意。桔梗は家から葉月を見張るんだ、わかったな」
「あぁ」
「わかった」
祐飛と真琴がそれぞれ返事をした後、桔梗はぎゅっと膝の上で拳を握りしめる。
そして慎重に言葉を選びながら言った。
「わかったけど……葉月ちゃん、危険じゃないの? おとりみたいにするなんて、伊織らしくなくない?」
すると伊織はすっと目を細めた。
灰皿に灰を落とし、不敵な笑みを浮かべる。
「俺が葉月を危険な目に合わせるわけねえだろ。俺たちはあやかしだ。葉月にばれねえように見張るのは簡単だろうが」
その言葉を聞いて、桔梗はすぐに違和感を覚える。
この間まで葉月さん、と呼んでいたのに、葉月、と呼び捨てにしている。
何かあったとすぐに直感し、桔梗は首を傾げつつ言った。
「ねえ、あの……伊織はこのあと葉月ちゃんのとこはどうするつもりなの? 両親の居場所、わかっているわよね。祐飛に調べさせていたし、居場所もはっきりしてる。でも伊織まだその事、伝えていないんでしょ?」
葉月の両親は、母親の実家がある九州のクマモトにいるらしい。
そのことはすでにわかっているのに伊織は未だ、葉月にそのことを告げていないし、桔梗たちも口止めをされていた。
伊織は頷き、煙草をくわえる。
そんな伊織に今度は真琴が呆れたような顔で言った。
「あぁ、そうなの? なんで教えてあげないの、伊織。葉月ちゃんはまだ十八歳でしょ? 人間の十八歳はまだ親の庇護が必要なんだよ。なのになんで引き離すようなこと……」
そこまで言って、真琴は口を閉ざす。
ぴきーん、と空気が張りつめるような音が、桔梗にははっきりと聞こえた気がした。
伊織は黙って煙草を吸っている。
真顔だが、明らかに機嫌が悪かった。
そして、煙草の灰を灰皿に捨て、真琴へと目を向ける。
「いつ言うかは俺が決める」
「本当に、ちゃんと伝えるつもり、あるの?」
桔梗は思わず疑いの目を向けるが、伊織の目がすっと細くなるのを見て思わず震えた。
伊織は機嫌が悪い。
いや、もとから機嫌が悪いが尚更機嫌が悪くなったように思う。
「お前ら、誰に意見しているんだ?」
冷たく響く声に総毛だつ。
「この俺に、意見するのか?」
「そ、そういうわけじゃないけど……でも、葉月ちゃんは人間だし、人間の世界で生きるべきだよ。私たちと深くかかわらせちゃ駄目だよ。そんなの伊織だってわかっているでしょ?」
なんとかそう桔梗は口にするが、伊織の冷たい目に胃の腑が冷えていく。
伊織の姿を見て、桔梗はひとり、諦めにも似た感情を抱く。
もう手遅れらしい。
伊織は心底葉月に執着し、きっと葉月もそれを拒絶していない。
あやかしと人。
寿命の長さも、価値観も、何もかも違うと言うのに。
伊織は自分よりも長く生きられない儚い存在に、全てを捧げるつもりなのだろうか。
そう思うと切なくなってしまう。
伊織は煙草を潰し、全員の顔を見回す。
まるで冬の雪の日のような冷めた瞳で。
「俺に意見するな。お前たちは俺に従えばいい。じゃねえと俺はお前たちも消すことになる」
「心得ている」
そう、いつもの調子で答えた祐飛は、ずず、とお茶を飲む。
真琴は苦笑を浮かべて、頷いた。
「わかってるよ、伊織。僕は君と約束したしね、滅びの日まで付き合うって」
それを聞き、桔梗も小さくため息をついて答える。
「わかったわ。私、何も言わない」
そう言いながら、桔梗は心の中で祈る。
どうか葉月が幸せになりますように、と。
ここは、キチジョウジの繁華街にある村雨探偵事務所。
畳の上に集まっているのは、探偵事務所の面々だ。
独特の、香の匂いが漂う室内で集まった彼らの前の座卓には湯呑がそれぞれ置かれている。
最初に口を開いたのは祐飛だった。
「――葉月殿は菊田奈美と接触。今日葉月殿が合う約束しているのは間違いなくこの女だ」
と、淡々と告げる。
その話を聞きながら、伊織はすっと目を細めた。
菊間奈美。
名前を聞くだけで伊織の中でふつふつとした感情が芽生える。
葉月の、中学生からの友人であり、卒業旅行に一緒に行った女。
葉月がずっと会いたいと望んでいる相手。
そして、葉月を売った女。
そんな相手だ、伊織にとって到底許せる存在ではなかった。
伊織は葉月が望むままに、彼女がどこにいるのかを伝えた。
あの女の本性を伏せて。
伊織は煙草をくわえ、それに火をつけて煙を吐き出しながら言った。
「へえ。あの女ずいぶんと図太いな。自分で売っておきながらいけしゃあしゃあと顔、合わせられるなんてなー」
その声に怒りの色が浮かぶ。
それに気が付いた桔梗は思わずぶるり、と震えた。
淡々と煙草を吸っているが、伊織は確実に機嫌が悪い。
ふだん飄々としている伊織がこんなに感情をあらわにするのは珍しかった。
――ただの人間に、こんなに感情を動かされるなんて。
そう思い桔梗は伊織を見つめる。
余裕の笑みを浮かべて煙草を吸っているが、その内心ははかり知れない。
そんな伊織に真琴が頬杖を突きながら言った。
「それで、日曜日に葉月ちゃんはその女に会うって事なんでしょ?」
「あぁ、そうだな」
「どこで会うかは聞いたの?」
「あぁ、だが本当にその店で会うかはわかんねーけどな」
そう答えて伊織は煙草をくわえて白煙を吐きだす。
「祐飛は当日、ふたりを見張れ。真琴は車の用意。桔梗は家から葉月を見張るんだ、わかったな」
「あぁ」
「わかった」
祐飛と真琴がそれぞれ返事をした後、桔梗はぎゅっと膝の上で拳を握りしめる。
そして慎重に言葉を選びながら言った。
「わかったけど……葉月ちゃん、危険じゃないの? おとりみたいにするなんて、伊織らしくなくない?」
すると伊織はすっと目を細めた。
灰皿に灰を落とし、不敵な笑みを浮かべる。
「俺が葉月を危険な目に合わせるわけねえだろ。俺たちはあやかしだ。葉月にばれねえように見張るのは簡単だろうが」
その言葉を聞いて、桔梗はすぐに違和感を覚える。
この間まで葉月さん、と呼んでいたのに、葉月、と呼び捨てにしている。
何かあったとすぐに直感し、桔梗は首を傾げつつ言った。
「ねえ、あの……伊織はこのあと葉月ちゃんのとこはどうするつもりなの? 両親の居場所、わかっているわよね。祐飛に調べさせていたし、居場所もはっきりしてる。でも伊織まだその事、伝えていないんでしょ?」
葉月の両親は、母親の実家がある九州のクマモトにいるらしい。
そのことはすでにわかっているのに伊織は未だ、葉月にそのことを告げていないし、桔梗たちも口止めをされていた。
伊織は頷き、煙草をくわえる。
そんな伊織に今度は真琴が呆れたような顔で言った。
「あぁ、そうなの? なんで教えてあげないの、伊織。葉月ちゃんはまだ十八歳でしょ? 人間の十八歳はまだ親の庇護が必要なんだよ。なのになんで引き離すようなこと……」
そこまで言って、真琴は口を閉ざす。
ぴきーん、と空気が張りつめるような音が、桔梗にははっきりと聞こえた気がした。
伊織は黙って煙草を吸っている。
真顔だが、明らかに機嫌が悪かった。
そして、煙草の灰を灰皿に捨て、真琴へと目を向ける。
「いつ言うかは俺が決める」
「本当に、ちゃんと伝えるつもり、あるの?」
桔梗は思わず疑いの目を向けるが、伊織の目がすっと細くなるのを見て思わず震えた。
伊織は機嫌が悪い。
いや、もとから機嫌が悪いが尚更機嫌が悪くなったように思う。
「お前ら、誰に意見しているんだ?」
冷たく響く声に総毛だつ。
「この俺に、意見するのか?」
「そ、そういうわけじゃないけど……でも、葉月ちゃんは人間だし、人間の世界で生きるべきだよ。私たちと深くかかわらせちゃ駄目だよ。そんなの伊織だってわかっているでしょ?」
なんとかそう桔梗は口にするが、伊織の冷たい目に胃の腑が冷えていく。
伊織の姿を見て、桔梗はひとり、諦めにも似た感情を抱く。
もう手遅れらしい。
伊織は心底葉月に執着し、きっと葉月もそれを拒絶していない。
あやかしと人。
寿命の長さも、価値観も、何もかも違うと言うのに。
伊織は自分よりも長く生きられない儚い存在に、全てを捧げるつもりなのだろうか。
そう思うと切なくなってしまう。
伊織は煙草を潰し、全員の顔を見回す。
まるで冬の雪の日のような冷めた瞳で。
「俺に意見するな。お前たちは俺に従えばいい。じゃねえと俺はお前たちも消すことになる」
「心得ている」
そう、いつもの調子で答えた祐飛は、ずず、とお茶を飲む。
真琴は苦笑を浮かべて、頷いた。
「わかってるよ、伊織。僕は君と約束したしね、滅びの日まで付き合うって」
それを聞き、桔梗も小さくため息をついて答える。
「わかったわ。私、何も言わない」
そう言いながら、桔梗は心の中で祈る。
どうか葉月が幸せになりますように、と。
