家なし少女はあやかし執行官の執愛に囚われる

 私は携帯を握りしめて立ち上がって、部屋の障子の前に立つ。
 伊織さんに、日曜日出かけること言わないと。
 でもさっきのこと考えると気まずい。まともに顔見て話すことすらできる自信がない。
 あ、そもそもまだ私着替えてない。
 そのことに気が付いて慌てて室内着の着物に着替える。
 覚えると着物ですごすの、楽なのよね。伊織さんがいつも着物姿なの、すっごくわかるもん。
 着替え終えた頃、障子の向こうに人影が見えた。
 誰かを考える余地もない。だってこの家にはあの人しか住んでいないんだから。

「葉月さん?」

「う、あ……え?」

 伊織さんの声が聞こえて、思わず変な声が出てしまう。 
 どうしたんだろう、私の部屋に来るなんて珍しい。
 障子の前で固まっていると、その向こう側で伊織さんがいつも以上に優しい声音で言った。

「お茶、用意したけど」

「あ……は、はい、あ、ありがとう、ございます」

 伊織さんがお茶用意してくれるなんてもっと珍しい。
 私は障子に手をかけて、一瞬止まる。
 伊織さんの影、そのまま向こうに見える。伊織さん、私が出ているの待っているのかな。
 どうしようもない。だって一緒に暮らしているから避けようがないもの。
 私は緊張しながらゆっくりと障子を開けた。
 携帯を握りしめる手に、汗が溜まっていくのがわかる。
 障子を開いた目の前に伊織さんが立っていた。
 彼は私を見ると、いつも以上に優しい笑顔を浮かべる。
 その顔を見ると私、胸の奥にときめきを感じてしまう。
 ほんと、魅力的すぎるのよ、伊織さん。
 その行動も、見た目も。千年以上生きている重みは強い。

「おいで」

 っていう言葉と共に、伊織さんは手を差し出してくる。
 やばい、これじゃあすっかり伊織さんのペースじゃないの。その前に私、言わなくちゃ。
 私はぎゅっと手に力をこめて握りしめ、勇気を振り絞って言った。

「あ、あの、伊織さん」

「なに」

「に、日曜日の夕方お出かけしたいんですが、だ、大丈夫ですか?」

 言えたけど、すっごく声、上ずって震えてる。
 私の言葉を聞いた伊織さんは、私に伸ばしてきた手を私の腕に添えて笑顔のまま言った。

「日曜日。別にいいけど、どこに行くの」

「あ、あの……友だちに誘われて……シ、シンジュクの、お店で……」

「シンジュク?」

 伊織さんの目がすっと細くなる。

「シンジュクの、どこ?」

「あ、あの……」
 
 私は奈美から来たメールの文面を思い出しながら場所を伝えた。
 伊織さんの表情、厳しいままだ。
 シンジュクって危ない場所なのかな。
 私には漫画とかの知識しかないけど、シンジュクの全部が危ないとかないよね。
 そう楽観的に思っている私とは対照的に、伊織さんの表情は硬い。

「夕方って何時ごろ?」

「えーと、六時に待ち合わせです。ただ場所、よくわかんないから早めに行こうとは思うんですけど、あの……行っても大丈夫そう、ですかね?」

 伊織さんの反応を見ていたらどんどん不安になってきた。
 この場所、なんか危ない場所なのかな。奈美がそんなところ、指定するとは思えないけど……
 
「葉月」

 呼び捨てにされて、私は肩を震わせて伊織さんを見つめた。
 さっきまでなんか怖い顔していたけど、今はいつもの優しい顔に見える。

「シンジュクは危ない場所が多いけど、人通りが多い場所を歩いていれば大丈夫だよ」

 そう言われて私はぱっと笑顔で答えた。

「じゃあ、行って大丈夫、なんですね?」

「あぁ、うん。そこへの行き方、わかんの?」

「ぜ、全然わかんないです……携帯見ながら行けば何とかなるかなって……」

「パソコンで調べてから言った方がいいんじゃね?」

 その言葉に私は大きく頷いた。

「お、お願いします!」

 よかった。私もその方がいいって思ったけど、言い出しにくかったんだよね。
 そのあと、伊織さんと一緒に居間に行って、並んでお茶をもらう。
 ほうじ茶と、いきなり団子っていう九州のお菓子が用意されている。

「これ、九州のお菓子ですよね。こっちで食べられるの珍しいような」

 言いながら私はいきなり団子を手にする。
 団子って名前だけど球体じゃなくって、おまんじゅうみたいな形をしていて、中にサツマイモとあんこが入っている。

「あぁ、そうみたいだな」

「お母さんの実家が九州にあるから、小さい頃に何回か食べたことるけど、向こうでしか食べたことない」

「へえ、そうなんだ。お土産でもらったんだよ」

 そんな話をしながら私たちはおやつを食べながらお茶を飲んだ。
 その間、伊織さんはあの事には触れてこなかった。
 よくないって思うけど、私自身、伊織さんにどう答えていいかわかっていない。
 でもちゃんと答えないとだよね。
 じゃないとずっときまずいままになってしまうから。
 私は空になった湯呑みを握りしめて、隣で美味しそうにいきなり団子を食べる伊織さんを見た。
 甘い物食べてる時の伊織さん、すっごく幸せそうな顔、するんだよね。
 見てるこっちも幸せ感じるくらい。
 そんな伊織さんに、私はなんとか口を開いた。

「伊織さん」

「んー、何?」

 指先を舐めながら伊織さんがこちらを向く。こういう仕草、子供っぽい。
 お茶とお菓子と、この何気ない会話のおかげで私、だいぶ気持ち、落ち着いてきた。
 だから今なら言えると思う。

「あ、あの……さっきの話、なんですけど……」

「うん」

 伊織さん、まだ指先舐めてる。

「わ、私あの……まだ覚悟できなくて……それに、私、すごく弱いから……だから私、ちゃんと伊織さんの横に立てるだけの人間になれたらあの、ちゃんと、言いたいです」

 ちゃんと言えると思ったのに、私いま、すっごく支離滅裂になってない?
 内心焦る私を見る伊織さんの目は、すっごく優しい。
 伊織さんは私の頭にそっと手を置く。
 大きくて、あったかい手を。

「いくらでも待ってやる」

 って言い方がすごく伊織さんらしい。
 そんな不遜な態度さえも魅力的に見えるんだから、とっくに私は伊織さんの手の中に落ちてしまっているのかも。