家なし少女はあやかし執行官の執愛に囚われる

 五月二十三日金曜日。
 私はひとり、帽子を目深にかぶって外に出かけていた。
 キチジョウジから電車で三〇分ほど離れた都会。
 建ち並ぶ高層ビル群に圧倒されて、私は印刷した地図を見ながら歩いていた。
 時間は九時前。
 私は今、伊織さんに教えてもらった奈美が通う大学のそばいる。
 もう、縁を切られちゃったのに、私は自分を納得させたくってここまで来てしまった。
 姿をひとめ見たらきっと、私は諦めがつくと思う。
 だから私は伊織さんに置手紙残してここまでひとりで来た。
 私が伊織さんと一緒に過ごすようになって、ひとりで遠出するのは初めてだ。
 なんとか電車を乗り継いでたどり着けたけど、ほんと、都会って人が多すぎる。
 キチジョウジも私からしたら充分都会だけど、この辺りはその比じゃなかった。
 地下鉄にも乗ったけど、よく私、たどり着けたな……
 私はきょろきょろしながら、門が見える所に立って、携帯で調べ物をするフリをして奈美を探していた。
 大学の門をくぐってたくさんの学生が中に入っていく。皆、私なんかよりもずっとおしゃれだ。
 そもそも奈美が一限目からいるとは限らないけど、でも大学の一年生ってたいてい一限目から講義、あるよね。
 その可能性に、私はかけていた。
 私の目の前を、会社員ふうの人たちや年配の女性などが通り過ぎていく。
 一限目って九時位からだと思うんだけど……奈美、本当に来るかな。約束してもいつも時間ぎりぎりだったから、一〇分前くらいにここを通りそうな気がするけど。
 校門の様子を見ているうちに、私はなんだかとんでもないことをしているような気がしてきた。
 私何してるんだろう。
 入り待ちなんかしてこれじゃあ私、ストーカーじゃないかな?
 そう思ったら怖くなってきた。
 冷静になろう、私。
 私は自分の胸に手を当てて、大きく息を吸って吐く。
 奈美は友だち、だった。
 でも高校卒業して、何でかわからないけど奈美は連絡先をかえちゃって。高校時代の子たちとは誰とも繋がっていないらしい。
 縁切られたんだから諦めたらいいんだよね。私。
 一度、顔を見たら吹っ切れるかな、って思ったんだけど、やめよう。こんなの絶対気持ち悪いもの。
 帰ろう。
 奈美の子とは忘れて帰ろう。
 そう決めて、私は大学へと背を向けて歩き出す。
 その時だった。
 明るい茶色に染めた髪。
 マスカラをばりばりに塗った大きな目の女の子が、向こうから歩いてくるのが見えた。
 へそ出しの白と黒のボーダーのトップス。白いカーディガン。白地の和柄ミニスカート。
 ブランド物のショルダーバッグをさげた彼女は、誰かと電話をしながら歩いていた。
 その子を見て、私は思わず立ち止まる。
 懐かしい顔がそこにある。
 奈美だ。間違いない。
 私は大きく目を見開いて、こちらへと歩いてくる彼女を見つめた。
 彼女もまた、こちらを見る。
 彼女と私。視線が絡む。
 私は帽子を深くかぶっているから、きっと気が付かないと思う。
 そんな思いは、彼女が電話を切った瞬間打ち砕かれた。

「葉月……?」

 確かに彼女はそう言った。
 目が合って、確実に顔を見られて。この状況で逃げられるわけがない。
 いろんな感情が私の中でひしめき合う。

「う……あ……」

 奈美。って言葉が出てこない。
 でも、奈美はぱっと笑顔になって私の所に走ってきて言った。

「葉月だよね!」

「……な、奈美……?」

 なんとか絞り出す声で名前を呼ぶと、彼女は嬉しそうに飛び跳ねる。
 強い香水の匂いがする。こんなのつける子だったっけ。

「やっぱ葉月だよね! ひさしぶりー! 連絡取れなくなってごめんね! あのあと携帯おっことして壊れちゃってさー、それで連絡先みんなふっとんじゃったんだよねー!」

 と、早口で語る。
 携帯が壊れた。 
 そうだったんだ。
 言われて私は今、奈美が持っている携帯へと目を向ける。確かにぴかぴかだし、真新しい。

「そう、だったんだ……」

 呆然と私が言うと、奈美はうんうん、と頷く。

「そうなんだよー! ごめんね、びっくりしたよね!」

 そう言いながら、奈美は私の腕を掴んだ。
 さらに強く、香水の匂いが漂ってくる。その匂いがなんだか嫌なものに感じて私は顔をしかめてしまった。
 伊織さんの家や探偵事務所はお香の匂いで溢れているから、違う匂いに敏感になっているのかも。
 私は奈美の言葉に大きく頷いて答えた。

「う、うん。皆奈美と連絡取れないって言ってて、何かあったのかと思ってた」

「周りにこっちの大学いった子、いないからねー。偶然会った子には教えてるんだけどさー。あ、でももう時間ないからとりあえず連絡先だけ交換しよ!」

 そう言いながら奈美は携帯を開いた。
 その勢いに押されるように私は頷き、携帯を出して、連絡先を交換する。

「あー、やば! 早く行かないと一限遅れちゃう! ごめんね、葉月、また後で連絡するね!」

「あ、う、うん」

 奈美は携帯をバッグにしまうと嵐のように走り去っていく。
 その背中をあっけにとられながら私は見送った。