平惺二十年三月十日月曜日。
私の家族が消えた。
アルバイトでためたお金で行った、友だちとの一泊二日の卒業旅行。
帰ってきたら家にはお父さんもお母さんも妹もいなくて、服とかいろんなものがなくなっていて、かわりに怖い人たちがいて、私の帰りを待っていた。
そのあとの記憶はあんまりない。
怖い人たちは借金取りで、お父さんたちと連絡が取れなくなったと言っていた。
私の携帯から電話したけど、
『この電話は現在使われておりません』
っていう残酷な伝言が流れただけだった。
怖い人たちは私を車に乗せると、そのまま走り出して、何日かわからないけど監禁されて。
着替えさせられて目隠しされて、気がついたらこの闇オークションの会場に連れてこられていた。
そんな最悪な夢を見て、私は目が覚めた。
なんだろう、これ、畳の匂いかな。
天井を見つめて、辺りを見回して、ここは和室だってきがつく。
ここ、天国?
そう思って私は身体をゆっくりと起こす。障子の向こうが明るい。部屋の隅には行燈が置いてあってなんだか現実味を感じなかった。
何があったんだっけ……
そう思って私は首を傾げた。
確か私、誘拐されて着替えさせられて、手錠とかされて売られそうになったんだ……よね。
「そ、それでどうしたんだっけ……」
痛む頭に手を当てて、私は必死に記憶をたどる。
人身売買にかけられて、そうしたら……
その時、ばっと障子が開いたかとおもうと、白い髪の青年が現れた。
「あぁ、目え、さめました?」
「え、あ……」
驚いているとその人はどかどかと歩いて、布団の横に座り込んだ。
灰色の着物を着崩していて、胸もとがはだけてる。
あれ、この人……見覚えある。
私が最期に見たの、この人だ。
って最期……
「そうだ、私、お腹を撃たれたんだ」
それを思い出して、自分のお腹を見る。
「あれ……」
私はTシャツに浴衣みたいなのを着せられているけど、包帯を巻かれている様子がない。
おそるおそる浴衣の上から撃たれたはずのお腹を触り確かめてみるけど、痛みは感じなかった。
なにこれ……どういうこと?
撃たれたはずよね?
私は小さく震えながらお腹をさする。
「私……撃たれて……」
「ああ、確かにあんたは撃たれましたよ」
青年が、神妙な声で言った。
その言葉を聞いて私はばっと顔を上げる。
「そうですよね、そうですよね! 私、撃たれてそれで……」
「それで気ぃ失って、俺が家に連れて帰ったんですよ」
青年はそう言って腕を組む。
そっか……そのまま気絶したのね。撃たれたし当然か。
思い出すとぞっと、背筋に冷たい汗がながれていく。
このお兄さんの顔だけはすごく覚えてるし。
でもまって?
「家って……病院には?」
私撃たれたはずなのに、なんで病院じゃなくて家なんだろう。
不思議に思った私に、伊織さんはにやっと笑って言った。
「病院なんかよりもいい医者がいるんだよ。だからあんたの傷、もうないだろ? えーと、当麻葉月さん?」
名前を呼ばれて私はびっくりして、彼の顔を見る。
真っ赤な一重の瞳が私を見ている。なんだか人間に思えない。そうだ、この人、銃を素手で壊していたし、バケモノって自分で言っていたような……?
声も出せず口をパクパクしていると、青年は言った。
「俺は伊織。あれから一週間ちょっと経ってる」
言いながら彼は携帯電話を見つめた。あ、あれ、スライド式の新しいやつだ。
そして彼は後ろからペットボトルを差し出して言った。
「とりあえず水、飲む? 点滴はしてたんだけど、喉、かわいてますよね」
私はふたのあいたペットボトルを受け取って、小さく頭を下げる。
「あ……ありがとう、ございます」
点滴、と言われて私は自分の左腕を見る。
腕の内側に、新しいガーゼが貼られていた。
点滴をされていたのは確からしい。
私はペットボトルに口をつけてゆっくりと水を飲む。
驚くくらい口の中、渇いてる。
一週間も寝ていたってまずくないかな。バイト、きっとクビになってる。
いろんなことが頭をめぐる。
水を飲んで、私はそれを手に持ったまま伊織さんに尋ねた。
「あの、聞きたいことがたくさんあるんですけど」
そう一気に言った後、私は思わず咳き込む。
するとその背中を、伊織さんがそっとさすってくれた。
「あぁ、聞きたいことがあるんはわかるけど、急にそんな喋るのはよくないっていうか。とりあえず、えーと、あんたは闇オークションで売られそうになってましたよね」
私はその言葉を、何度も頷いて聞く。
伊織さんは私の咳が止まったのを確認してから、すっと手を離した後言った。
「それで俺たち、日本國政府の内閣官房第ゼロ分室、ナイトヴァルトが踏み込んだってわけ」
「内閣官房……?」
耳慣れない言葉を私が繰り返すと、伊織さんは大きく頷いてにやっと笑う。
「そうそう、政府に金(きん)で雇われたバケモノ」
そう自嘲気味に言ったのを聞いて、私は気を失う前のことを思いだす。
そうだ、この人……伊織さん、姿を消してぱっと出てきたよね。
それで犯人たちにバケモノって言われて……
私はカタカタと震えて、伊織さんを見つめて言った。
「バ、バケモノって……」
「俺はぬらりひょん。あやかし共の総大将ってやつ」
そう笑って言っている伊織さんは冗談を言っているようには見えなかった。
私の家族が消えた。
アルバイトでためたお金で行った、友だちとの一泊二日の卒業旅行。
帰ってきたら家にはお父さんもお母さんも妹もいなくて、服とかいろんなものがなくなっていて、かわりに怖い人たちがいて、私の帰りを待っていた。
そのあとの記憶はあんまりない。
怖い人たちは借金取りで、お父さんたちと連絡が取れなくなったと言っていた。
私の携帯から電話したけど、
『この電話は現在使われておりません』
っていう残酷な伝言が流れただけだった。
怖い人たちは私を車に乗せると、そのまま走り出して、何日かわからないけど監禁されて。
着替えさせられて目隠しされて、気がついたらこの闇オークションの会場に連れてこられていた。
そんな最悪な夢を見て、私は目が覚めた。
なんだろう、これ、畳の匂いかな。
天井を見つめて、辺りを見回して、ここは和室だってきがつく。
ここ、天国?
そう思って私は身体をゆっくりと起こす。障子の向こうが明るい。部屋の隅には行燈が置いてあってなんだか現実味を感じなかった。
何があったんだっけ……
そう思って私は首を傾げた。
確か私、誘拐されて着替えさせられて、手錠とかされて売られそうになったんだ……よね。
「そ、それでどうしたんだっけ……」
痛む頭に手を当てて、私は必死に記憶をたどる。
人身売買にかけられて、そうしたら……
その時、ばっと障子が開いたかとおもうと、白い髪の青年が現れた。
「あぁ、目え、さめました?」
「え、あ……」
驚いているとその人はどかどかと歩いて、布団の横に座り込んだ。
灰色の着物を着崩していて、胸もとがはだけてる。
あれ、この人……見覚えある。
私が最期に見たの、この人だ。
って最期……
「そうだ、私、お腹を撃たれたんだ」
それを思い出して、自分のお腹を見る。
「あれ……」
私はTシャツに浴衣みたいなのを着せられているけど、包帯を巻かれている様子がない。
おそるおそる浴衣の上から撃たれたはずのお腹を触り確かめてみるけど、痛みは感じなかった。
なにこれ……どういうこと?
撃たれたはずよね?
私は小さく震えながらお腹をさする。
「私……撃たれて……」
「ああ、確かにあんたは撃たれましたよ」
青年が、神妙な声で言った。
その言葉を聞いて私はばっと顔を上げる。
「そうですよね、そうですよね! 私、撃たれてそれで……」
「それで気ぃ失って、俺が家に連れて帰ったんですよ」
青年はそう言って腕を組む。
そっか……そのまま気絶したのね。撃たれたし当然か。
思い出すとぞっと、背筋に冷たい汗がながれていく。
このお兄さんの顔だけはすごく覚えてるし。
でもまって?
「家って……病院には?」
私撃たれたはずなのに、なんで病院じゃなくて家なんだろう。
不思議に思った私に、伊織さんはにやっと笑って言った。
「病院なんかよりもいい医者がいるんだよ。だからあんたの傷、もうないだろ? えーと、当麻葉月さん?」
名前を呼ばれて私はびっくりして、彼の顔を見る。
真っ赤な一重の瞳が私を見ている。なんだか人間に思えない。そうだ、この人、銃を素手で壊していたし、バケモノって自分で言っていたような……?
声も出せず口をパクパクしていると、青年は言った。
「俺は伊織。あれから一週間ちょっと経ってる」
言いながら彼は携帯電話を見つめた。あ、あれ、スライド式の新しいやつだ。
そして彼は後ろからペットボトルを差し出して言った。
「とりあえず水、飲む? 点滴はしてたんだけど、喉、かわいてますよね」
私はふたのあいたペットボトルを受け取って、小さく頭を下げる。
「あ……ありがとう、ございます」
点滴、と言われて私は自分の左腕を見る。
腕の内側に、新しいガーゼが貼られていた。
点滴をされていたのは確からしい。
私はペットボトルに口をつけてゆっくりと水を飲む。
驚くくらい口の中、渇いてる。
一週間も寝ていたってまずくないかな。バイト、きっとクビになってる。
いろんなことが頭をめぐる。
水を飲んで、私はそれを手に持ったまま伊織さんに尋ねた。
「あの、聞きたいことがたくさんあるんですけど」
そう一気に言った後、私は思わず咳き込む。
するとその背中を、伊織さんがそっとさすってくれた。
「あぁ、聞きたいことがあるんはわかるけど、急にそんな喋るのはよくないっていうか。とりあえず、えーと、あんたは闇オークションで売られそうになってましたよね」
私はその言葉を、何度も頷いて聞く。
伊織さんは私の咳が止まったのを確認してから、すっと手を離した後言った。
「それで俺たち、日本國政府の内閣官房第ゼロ分室、ナイトヴァルトが踏み込んだってわけ」
「内閣官房……?」
耳慣れない言葉を私が繰り返すと、伊織さんは大きく頷いてにやっと笑う。
「そうそう、政府に金(きん)で雇われたバケモノ」
そう自嘲気味に言ったのを聞いて、私は気を失う前のことを思いだす。
そうだ、この人……伊織さん、姿を消してぱっと出てきたよね。
それで犯人たちにバケモノって言われて……
私はカタカタと震えて、伊織さんを見つめて言った。
「バ、バケモノって……」
「俺はぬらりひょん。あやかし共の総大将ってやつ」
そう笑って言っている伊織さんは冗談を言っているようには見えなかった。
