キチジョウジの繁華街にはたくさんの居酒屋さんがある。
伊織さんの事務所から少し歩いた場所にある、ちょっと薄暗いお店。
天岩戸っていう変わった名前のその居酒屋に、私は連れてこられていた。
個室がたくさんあって、室内はまるで洞窟みたいに壁がごつごつとしていて、足元にだけ橙色の照明が灯っている。
席は掘りごたつになっていて、室内は大人が五人入っても余裕の広さがあった。
その一室に集まった、村雨探偵事務所の面々。
私以外は皆、お酒が入ったグラスを片手に持っていた。
赤地に白い猫の柄が入った上着を着た桔梗さんが、大きくグラスを上にかかげて言った。
「はいはーい、ではー、葉月ちゃんの明るい未来にかんぱーい!」
桔梗さんの言葉の後に真琴さんたちの声が続く。
「カンパーイ!」
そしてぶつかるグラスの音。
「か、かんぱい」
私だけがジンジャーエールが入ったグラスを遠慮がちに皆のグラスにぶつけて、それを口につける。
なんだか初めてくるお店ってすごくドキドキする。しかもお酒のお店なんて初めてだから余計に。
私の目の前に座っているのは真琴さん。斜め前に祐飛さん。私の隣に桔梗さんで、私の角を挟んで九〇度の所に伊織さん。
室内に入った瞬間、自然と一番奥の席に伊織さんが座って、それに倣うように皆が座ったのがちょっと面白かった。
出口に一番近くに座っているのが桔梗さん。これってきっと意味があるんだろうけど、私にはその位置関係の意味はわかんなかった。
ぐい、って一気に麦酒を飲み干した桔梗さんは、すぐにお品書きを開く。
「ねえねえ次何飲むー?」
「俺は八海山だな」
「僕は梅酒の氷割ー」
「俺はまだいい」
って、伊織さんから順番に飲む物を言っていく。
祐飛さん以外、飲むの早くないかな。
そう思っていると扉が開いて料理が運ばれてきた。
「お待たせいたしました、こちら揚げ出し豆腐、お刺身の盛り合わせ、肉じゃが……」
と、お店の人が座卓に料理を並べていく。
一気に料理が来た。
「うわぁ……」
私は並んだ料理を見て、思わず声を上げる。
隣に座る桔梗さんが、お刺身に箸を伸ばして、
「お魚おさかなー」
って歌ってる。
ふと桔梗さんの方を見ると、頭から三角の耳が生えていた。
「み、耳……」
私が思わず引きつった声で言うと、伊織さんが苦笑交じりに言った。
「だからこの店選ぶんだよ。酒入ると耳やら尻尾やら出てくるからな。個室なら店員以外には見られねーし、薄暗いからあんまり気にもされねーし」
「僕は耳出しっぱなしでも驚かれないけどねー。コスプレって思われてるし」
妙に明るい声で言ったのは真琴さんだった。
そういえば真琴さん、三角形の耳、いつも出しっぱなしな気がする。
すると祐飛さんが、とり箸で肉じゃがをとりながら静かに言った。
「お前、少しは気にしろ」
「なんだよー。祐飛なんて羽根まき散らして消えるくせにー」
「俺は人前でそんな軽はずみなことはしないからな」
「きゃはは! まこちゃん、耳出しっぱなし痛すぎー!」
そう、桔梗さんが真琴さんを指差して笑う。
これは桔梗さん、酔っぱらってるのかな。
この飲み会、終わるころに皆どれだけ人の姿をしていられるんだろう。
そう思うと不安なような楽しみなような、って感じだった。
だいぶお酒が進んできたころ、私はずっと疑問に思っていたことを伊織さんに尋ねた。
「あの、伊織さん」
「んー、なぁにー?」
にこにこと笑って伊織さんは私の方を向く。
「あの、最初に会ったとき、ナイトヴァルトって名乗っていましたよね」
ずっと不思議に思っていたんだ。
あやかしの集まりなのになんで横文字なのかなって。
伊織さんは頷いて、唐揚げを箸でつまんで言った。
「あぁ、そうだけど」
「それってドイツ語なんですよね。夜の森っていう。なんでドイツ語なんですか?」
「かっこいいから」
間髪入れずに言って、伊織さんは四杯目のお酒をぐい、って飲んだ。
かっこいいから。
私はウーロン茶が入ったグラスを手に持ったまま、目を瞬かせて伊織さんを見つめる。
「そ、そ、そんな理由?」
もっとこう、なにか深い意味があるかと思ったのに。
すると伊織さんは、グラスを片手に顔をしかめて言った。
「だって、政府のやつらわけわかんねえだっせー名前提案してきたんだぜ? 『あやかし探偵団』とか『妖力調査団』とかさー」
「そ、それはかっこ悪い……」
私が苦笑して言うと、伊織さんはうんうん、て頷く。
「だろ? だから、当時いろんな人に話聞いて、これだって思った名前にしたんだよ。夜の森、ナイトヴァルト。かっこいいだろ?」
そう、伊織さんはドヤって顔で言う。
私も何度も頷いて答えた。
「確かにさっきの名前よりはずっといいと思います」
「そうねー、最初聞いたときは横文字だし意味も分かんなくって、伊織ってば何考えてるのかなって思ったけど、今にぴったりよねー」
と言って、桔梗さんが何杯目かもわからないお酒をグイッて飲んだ。
これ、たぶんそうとう酔ってるよね。
私はだしまき卵をとって、口に運んだ。
こういう卵たべるの初めてかも。卵焼きって甘いイメージあったけどこういうのもあるんだなぁ。
ひとり感心していると、おもむろに桔梗さんが私の首に巻きついてきた。
「葉月ちゃーん」
「ひゃぁ!」
びっくりして声が出て、私は身をちぢこませてしまう。
まるで猫が甘えるように、桔梗さんは私に頬ずりして甘えるような声で言った。
「女の子がいるのうれしー。女の子って柔らかくって可愛いよねー」
「は、はぁ……」
どう答えていいかわかんなくって、私はどぎまぎしながら答える。
桔梗さん、なんだか甘い匂いがする。
これは何の匂いだろう。伊織さんみたいなお香の匂いなのかな。それとも香水なのかな。私にはよくわかんなかった。
すると真琴さんが頬杖ついてニコニコしながら言った。
「葉月ちゃん、ここでの生活慣れたー?」
「あ、はい。なんとか。ちょっと人が多いですけど」
苦笑して言うと、真琴さんがうんうん、て頷く。
「トーキョーって人、多いからねー」
「だからー、私たちみたいな派手な格好の人がいても目立たないんじゃないのー」
私に抱き着いたまま、桔梗さんが真琴さんの方へと顔を向けて言った。
確かにそうかも。
伊織さんは白髪。真琴さんは金髪だし、桔梗さんだって明るめの茶色い髪だ。
でもここトーキョーじゃあもっと派手な髪色の人はいるし、派手な服を着ている人もたくさんいる。だから伊織さんたちの格好、さほど目立たないのよね。
私が住んでいた地方都市ならすごく目立ったと思うもの。
「皆さん、本来の姿があるんですよね。髪色とかって変えられないんですか?」
「そこまではできないのよねー。化けるにも元の姿の影響受けちゃうのー」
そんな桔梗さんの言葉を聞いて、私は伊織さんの方を見やる。
真っ白な髪。真っ白な肌。ってことは伊織さんの本当の姿って、白いんだろうな。
ぬらりひょんって、ネットで調べたらおじいさんの姿って出てきたけど、伊織さん、おじいさんには見えないし。
伊織さんの本当の姿ってどんなんだろう。
伊織さんの事務所から少し歩いた場所にある、ちょっと薄暗いお店。
天岩戸っていう変わった名前のその居酒屋に、私は連れてこられていた。
個室がたくさんあって、室内はまるで洞窟みたいに壁がごつごつとしていて、足元にだけ橙色の照明が灯っている。
席は掘りごたつになっていて、室内は大人が五人入っても余裕の広さがあった。
その一室に集まった、村雨探偵事務所の面々。
私以外は皆、お酒が入ったグラスを片手に持っていた。
赤地に白い猫の柄が入った上着を着た桔梗さんが、大きくグラスを上にかかげて言った。
「はいはーい、ではー、葉月ちゃんの明るい未来にかんぱーい!」
桔梗さんの言葉の後に真琴さんたちの声が続く。
「カンパーイ!」
そしてぶつかるグラスの音。
「か、かんぱい」
私だけがジンジャーエールが入ったグラスを遠慮がちに皆のグラスにぶつけて、それを口につける。
なんだか初めてくるお店ってすごくドキドキする。しかもお酒のお店なんて初めてだから余計に。
私の目の前に座っているのは真琴さん。斜め前に祐飛さん。私の隣に桔梗さんで、私の角を挟んで九〇度の所に伊織さん。
室内に入った瞬間、自然と一番奥の席に伊織さんが座って、それに倣うように皆が座ったのがちょっと面白かった。
出口に一番近くに座っているのが桔梗さん。これってきっと意味があるんだろうけど、私にはその位置関係の意味はわかんなかった。
ぐい、って一気に麦酒を飲み干した桔梗さんは、すぐにお品書きを開く。
「ねえねえ次何飲むー?」
「俺は八海山だな」
「僕は梅酒の氷割ー」
「俺はまだいい」
って、伊織さんから順番に飲む物を言っていく。
祐飛さん以外、飲むの早くないかな。
そう思っていると扉が開いて料理が運ばれてきた。
「お待たせいたしました、こちら揚げ出し豆腐、お刺身の盛り合わせ、肉じゃが……」
と、お店の人が座卓に料理を並べていく。
一気に料理が来た。
「うわぁ……」
私は並んだ料理を見て、思わず声を上げる。
隣に座る桔梗さんが、お刺身に箸を伸ばして、
「お魚おさかなー」
って歌ってる。
ふと桔梗さんの方を見ると、頭から三角の耳が生えていた。
「み、耳……」
私が思わず引きつった声で言うと、伊織さんが苦笑交じりに言った。
「だからこの店選ぶんだよ。酒入ると耳やら尻尾やら出てくるからな。個室なら店員以外には見られねーし、薄暗いからあんまり気にもされねーし」
「僕は耳出しっぱなしでも驚かれないけどねー。コスプレって思われてるし」
妙に明るい声で言ったのは真琴さんだった。
そういえば真琴さん、三角形の耳、いつも出しっぱなしな気がする。
すると祐飛さんが、とり箸で肉じゃがをとりながら静かに言った。
「お前、少しは気にしろ」
「なんだよー。祐飛なんて羽根まき散らして消えるくせにー」
「俺は人前でそんな軽はずみなことはしないからな」
「きゃはは! まこちゃん、耳出しっぱなし痛すぎー!」
そう、桔梗さんが真琴さんを指差して笑う。
これは桔梗さん、酔っぱらってるのかな。
この飲み会、終わるころに皆どれだけ人の姿をしていられるんだろう。
そう思うと不安なような楽しみなような、って感じだった。
だいぶお酒が進んできたころ、私はずっと疑問に思っていたことを伊織さんに尋ねた。
「あの、伊織さん」
「んー、なぁにー?」
にこにこと笑って伊織さんは私の方を向く。
「あの、最初に会ったとき、ナイトヴァルトって名乗っていましたよね」
ずっと不思議に思っていたんだ。
あやかしの集まりなのになんで横文字なのかなって。
伊織さんは頷いて、唐揚げを箸でつまんで言った。
「あぁ、そうだけど」
「それってドイツ語なんですよね。夜の森っていう。なんでドイツ語なんですか?」
「かっこいいから」
間髪入れずに言って、伊織さんは四杯目のお酒をぐい、って飲んだ。
かっこいいから。
私はウーロン茶が入ったグラスを手に持ったまま、目を瞬かせて伊織さんを見つめる。
「そ、そ、そんな理由?」
もっとこう、なにか深い意味があるかと思ったのに。
すると伊織さんは、グラスを片手に顔をしかめて言った。
「だって、政府のやつらわけわかんねえだっせー名前提案してきたんだぜ? 『あやかし探偵団』とか『妖力調査団』とかさー」
「そ、それはかっこ悪い……」
私が苦笑して言うと、伊織さんはうんうん、て頷く。
「だろ? だから、当時いろんな人に話聞いて、これだって思った名前にしたんだよ。夜の森、ナイトヴァルト。かっこいいだろ?」
そう、伊織さんはドヤって顔で言う。
私も何度も頷いて答えた。
「確かにさっきの名前よりはずっといいと思います」
「そうねー、最初聞いたときは横文字だし意味も分かんなくって、伊織ってば何考えてるのかなって思ったけど、今にぴったりよねー」
と言って、桔梗さんが何杯目かもわからないお酒をグイッて飲んだ。
これ、たぶんそうとう酔ってるよね。
私はだしまき卵をとって、口に運んだ。
こういう卵たべるの初めてかも。卵焼きって甘いイメージあったけどこういうのもあるんだなぁ。
ひとり感心していると、おもむろに桔梗さんが私の首に巻きついてきた。
「葉月ちゃーん」
「ひゃぁ!」
びっくりして声が出て、私は身をちぢこませてしまう。
まるで猫が甘えるように、桔梗さんは私に頬ずりして甘えるような声で言った。
「女の子がいるのうれしー。女の子って柔らかくって可愛いよねー」
「は、はぁ……」
どう答えていいかわかんなくって、私はどぎまぎしながら答える。
桔梗さん、なんだか甘い匂いがする。
これは何の匂いだろう。伊織さんみたいなお香の匂いなのかな。それとも香水なのかな。私にはよくわかんなかった。
すると真琴さんが頬杖ついてニコニコしながら言った。
「葉月ちゃん、ここでの生活慣れたー?」
「あ、はい。なんとか。ちょっと人が多いですけど」
苦笑して言うと、真琴さんがうんうん、て頷く。
「トーキョーって人、多いからねー」
「だからー、私たちみたいな派手な格好の人がいても目立たないんじゃないのー」
私に抱き着いたまま、桔梗さんが真琴さんの方へと顔を向けて言った。
確かにそうかも。
伊織さんは白髪。真琴さんは金髪だし、桔梗さんだって明るめの茶色い髪だ。
でもここトーキョーじゃあもっと派手な髪色の人はいるし、派手な服を着ている人もたくさんいる。だから伊織さんたちの格好、さほど目立たないのよね。
私が住んでいた地方都市ならすごく目立ったと思うもの。
「皆さん、本来の姿があるんですよね。髪色とかって変えられないんですか?」
「そこまではできないのよねー。化けるにも元の姿の影響受けちゃうのー」
そんな桔梗さんの言葉を聞いて、私は伊織さんの方を見やる。
真っ白な髪。真っ白な肌。ってことは伊織さんの本当の姿って、白いんだろうな。
ぬらりひょんって、ネットで調べたらおじいさんの姿って出てきたけど、伊織さん、おじいさんには見えないし。
伊織さんの本当の姿ってどんなんだろう。
