家なし少女はあやかし執行官の執愛に囚われる

 私はケータイの画面を見つめて凍りつく。
 いくら探しても、奈美の名前は見つからない。
 私の鼓動がどんどん速くなって、息が苦しくなってくる。
 奈美に何かあったのかな。大丈夫かな? あれ、奈美の大学どこだっけ。
 混乱する私の手に、そっと触れる手があった。
 
「葉月さん」

「あ……は、はい」

 私はゆっくりと顔を上げて伊織さんの顔を見た。
 いつの間にかサングラスを外している伊織さんの真っ赤な瞳に私の不安な顔が映っている。
 伊織さんは静かに言った。

「その携帯、何か仕込まれているかもしれないから、電源落として預からせてくれないかな」

「あー、確かにそういうのあり得るかもねー。だってずっとあいつらが持ってたわけでしょ? オークションから逃げたの知って何かしかけるとかされてるかも」

 伊織さんと真琴さんの言葉に私はハッとする。
 そうか……よくわからないけど携帯って居所がわかっちゃったりとかあるんだっけ。ドラマでやっていたし。
 発信機とか仕掛けられても私にはわかんないもんね。もし悪い人たちが私の携帯にそういうの仕掛けていたらやばいのか。

「とりあえず荷物の方はなんにもなかったわよー、そっちは間違いないって。携帯は見た感じ大丈夫そうだったけど?」

 っていう桔梗さんの声がする。
 でも見ただけじゃわかんないとかあるのかな。携帯の中に何か仕掛けられていたらわかんないよね……
 不安に心も体も押しつぶされそう。
 私は画面をじっと見つめたあと、電源ボタンを長押しして携帯の電源を落とす。そして伊織さんにそれを渡した。

「あとで祐飛に調べさせるから、しばらく預かっておくよ」
 
「は……はい、わかりました」

 伊織さんは携帯をスーツのポケットにしまう。
 それを見ながら私は頭の中でぐるぐると考えていた。
 なんで奈美から何の連絡もないんだろう。
 何かあったのかな。
 奈美の大学、全然思い出せない。絶対大学名聞いたのに。確か、トーキョーの学校なはず。
 だめだ、混乱して頭が回らない。
 そんな私に葉月さんが声をかけてきた。

「葉月ちゃん、大丈夫?」

 私ははっと顔を上げて、無理やり笑顔を作って答えた。

「だ、だ、大丈夫です。なんか疲れちゃって」

「そっかー。そうだよねー。とりあえず早く帰ろうよー、私、お風呂入りたい」

 桔梗さんはそう言って、大きな欠伸をする。
 それに真琴さんが答えて、車のエンジンをかけた。

「じゃあ帰ろうか。まずいおりんたちを送っていくよ」

「はーい」

 桔梗さんが元気よく返事をする。
 私はひとつ問題が解決したはずなのに、全然気分が晴れなかった。


 家に帰ってお風呂に入った後、私は浴衣姿で居間で膝を抱えてテレビジョンを流していた。
 ひとりの部屋は寂しくて、いろんなことを考えてしまうからテレビジョンを見ていた方がいいって思ったんだけど。
 娯楽番組、全然頭に入ってこない。
 携帯に残されていたたくさんのメッセージ。
 私の安否を気遣うものがたくさん来ていた。
 なのにそのなかに、奈美のメールはひとつもなかった。
 なんでだろう。
 奈美に何かあった? それとも別の理由かな。
 奈美、好きな人出来たとか言ってたしな。そういうのがあると友だちよりも彼氏優先するって聞くし。
 あー、そう思うとショックだなぁ。
 あ、携帯渡す前に友だちの連絡先移せばよかった。
 ……でも何しかけられているかわかんないし、それで新しい携帯に何かあったら嫌だしな。
 ずっと私、そんな事を考え続けてる。
 ひとつ問題解決したのに、ひとつ問題が増えてしまった。
 その時、ふすまが開く音がした。
 
「葉月さん、電気もつけないで、大丈夫?」

 伊織さんの声がした後、カチリと音がする。
 天井の照明じゃなくって、部屋の隅に置かれている行燈に灯りがついたみたいで、室内を淡い光が照らす。
 忘れてた。私、電気つけないでテレビジョンだけつけていたんだ。
 そんな事にも気が付かない位、私、動揺している。 
 そして、室内に漂う独特の匂い。いったいいつどこでたいているのかわかんないけど、いつもお香の匂いがわずかに漂う。伊織さんが入ってくるとその匂いは余計に強くなった。
 
「す、すみません」

 私は膝を抱えてテレビジョンを見つめたまま、そう返事を返す。
 伊織さん、何してるんだろう。かちゃかちゃ音が聞こえてくるけど。しばらくすると甘い匂いがしてくる。これ、ココア?
 しばらくして、私の目の前に私のピンク色のマグカップが差し出された。
 湯気を上げたそのカップからは甘い匂いが漂ってくる。
 顔を上げて伊織さんを見ると、彼はとても優しい笑みを浮かべて私を見ていた。
 
「はい、ココアだけど」

「あ、え、ありがとうございます」

 私はマグカップを受け取り、なんとか笑顔を作って礼を伝える。
 相変わらず着崩した浴衣を着ている伊織さんは、おちょこと徳利を座卓に置いて、私の隣に腰かけた。
 私は受け取ったマグカップの中身を見つめる。
 甘い、甘い匂い。

「いただきます」

 小さく言って、私はココアを口にする。
 なんだろう、けっこう濃厚な感じがする。普通のココアと違う様な。

「おいしい」

「あぁ、よかった。牛乳とココアのこな混ぜるのつくったんだー」

 嬉しそうな声が隣から聞こえてくる。
 それおいしいやつだ。
 私はちょっと驚いて伊織さんの方を見る。

「溶かすだけのやつあるのに、わざわざ作ってくれたんですか?」

 伊織さんのスティックコレクションの中にココア、あったもの。
 伊織さんは黒いグラスみたいなおちょこに口をつけて言った。

「甘いものは好きだからね。そういうのはこだわるんだ」

 あぁ、そうか。昨日もチョコレート、ひたすら食べていたし今日だって事務所でチョコレートたくさん食べていたもんね。
 伊織さん、超甘党なんだな。
 私はココアを飲んで大きく息をつく。
 娯楽番組は面白い。でもあんまり頭には入ってこない。
 ココアをちびちびと飲んでいると、伊織さんが言った。

「両親のことわからなくて、すまなかった」

 申し訳なさそうに響く声。
 私は首を振って、伊織さんに笑いかける。

「だ、大丈夫です。わかったらいいなって思ってたけど……でもわかんなかったのは仕方ないし」

 親のことは気になる。
 でも奈美のことも気になる。
 私がいなくなって一か月以上。それまでしょっちゅうメールのやりとりしていたのに。旅行から帰って来た日からぷつん、て途切れていた。
 まるで私がいなくなるのをわかっていたみたいに。
 そう思ったら心がざわつきだす。

「私がいなくなるの、わかっていた……?」

 そう言葉にしたら一気に怖くなってくる。

「葉月さん、それどういうこと?」

 優しい、伊織さんの声がする。
 私はゆっくりと伊織さんに顔を向けた。

「いえ、あの……旅行に行った友だちのひとりからなんのメッセージも着信もなかったからそれで……他の子はみんな連絡くれていたのに」

 そう話す私の声は大きく震えていた。