家なし少女はあやかし執行官の執愛に囚われる

 私はスモークがかかった車の窓を見つめた。大丈夫かな、伊織さんたち。
 事務所を映していたカメラは回収されちゃったみたいで、テレビジョンにはもう何も映っていない。
 心配する必要はないってわかっているんだけど、胸がざわついてしまう。
 私の落ち着かなさに気がついたのか、運転席に座る真琴さんが言った。

「葉月ちゃーん、大丈夫だよー」

 場にそぐわないすごく明るい声だ。
 私はミラー越しに真琴さんの顔を見て答えた。

「はい、えーと、わかってはいるんですけど」

「僕たちは人と違うからねぇ」

 それもわかってる。わかってるけど心配してしまうんだ。
 真琴さんは付き合い長いからこんなに落ち着いているんだろうな。
 私は真琴さんに向かって尋ねた。

「真琴さんと伊織さんは知り合ってどれくらい経つんですか?」

「どれくらい……えーと、人間の尺度で測るのは難しいなぁ。たぶん千年以上は前じゃないかなぁ」

 懐かしそうな声音で言って、真琴さんはペットボトルのお茶を飲む。
 千年。私の想像超えている。千年前って何時代? ぱっと出てこない。あやかしって長生きなんだな。

「せ、千年前……って……」

「あの、あやかしって死なないんですか?」

「そう簡単にはねー。死ぬ方法がないわけじゃないけど。人間に退治されて死んだ仲間はいるし。僕はいまこんな姿だけど昔はねぇ、わるーいあやかしだったんだよ」

 なんて言って、真琴さんは笑ったようだった。
 悪いあやかし。今の真琴さんからは想像できないけど。昔話とかでそういう話、あるけど真琴さんはそんな悪いものにはみえないけどな。

「そんな時代があったんですか」

「それでやり過ぎて、ずっと人間と対立していたんだよ。それじゃあ消耗しあうだけだって言って、伊織が人間と契約したんだよ。僕たちは悪い人間をやっつける。その代わりに金を貰うってねー」

「桔梗さんも、伊織さんもそう言ってましたけど、干渉しあわない、だけじゃあだめだったんですか? なんで金で雇われることに?」

「それじゃあ互いに利がないからね。契約には必ず互いに得になる何かが必要だったんだよ。それが僕らにとっては金だったってだけ。金は裏切らないし、時代によって変わるものでもないから。だから僕たちは報酬をカネじゃなくって金で貰って、悪い人間を倒しているんだよ」

 なんて言って笑う。

「僕たちとしても好きに暴れられるから、利が大きいんだよー」

 好きに暴れられるってどういうことだろう。考えるとちょっと怖い。
 なんであやかしと人間が契約したのかってちょっと不思議だったけど、お互いに利害があったのね。
 でも悪い事っていったい何をしていたんだろう。
 それを口にしようとしたときだった。車の後部座席のドアがガラって開いた。
 現れたのは赤いサングラス姿の伊織さんだった。

「お待たせ、葉月さん」

「伊織さん!」

 彼は座席に乗り込むと、ドアを閉めてジャケットのポケットから一枚の紙を取り出して開いて見せた。

「はーい、これが偽物の借用書」

「あ……!」

 その借用書は確かに私があの借金取りに見せられたものだった。
 私の名前が書かれている。
 私は口をパクパクさせてその紙を見つめて、伊織さんの方を見る。

「ほ、本当にこれ……」

「うん、これで葉月さんを縛り付けるものはなにも……」

「ありがとうございます!」

 嬉しすぎて私は思わず、伊織さんの首に抱き着いた。
 よかった。これで私、ビクビクして生活しなくて済むんだ。
 大学にも行けるようになるのかな。
 友だちにも会える? お父さんたちにも会えるのかな。
 そう思ったら色んな想いが全身から溢れ出てしまいそうだった。
 伊織さんから香る、煙草とお香の入り混じった匂い。その中に何か違う匂いがある気がしたけど、私にはそれが何の匂いなのかはわからなかった。
 私は伊織さんの首にしがみ付いたまま、彼の顔を見つめる。

「私……私……」

 もう言葉にならないってこういう事なんだろうな。
 伊織さんがなんだか困ったような顔をしている気がする。
 私は伊織さんから離れて、大きく息をついて目元に手をやった。
 涙でてきてる。
 するとまた後部座席の扉が開いて、今度は桔梗さんが現れた。
 桔梗さんは見覚えのある淡いピンク色のキャリーバッグと黒いリュックを両手に持って言った。

「やっほー。葉月ちゃん、これ、貴方の荷物であってる?」

「そ、そうです、それ、私のです!」

「じゃあ中身、確認して」

「わかりました」

 私は荷物を受け取って、リュックを開ける。
 お土産の食べ物の類は入っていなかったけど、財布や携帯はそのままだ。よかった。
 私は慌てて携帯を取り出す。
 充電されていたのかな。電源が入ったままだった。
 すっごい着信やメールが溜まってる。
 それは全部友だちからだ。
 やっぱりお父さんたちからの連絡はないかぁ……どこにいったんだろう、お父さんたち。
 携帯を見ていると伊織さんの声がした。

「そうだ、葉月さん」

「あ、はい」

 私は携帯を見つめたまま答えた。

「ご家族の居場所まではわからなかったよ」

 その伊織さんの言葉を聞いて胸がぴきって言った気がした。
 そっか……そうなんだ。
 私は顔を上げる。
 伊織さんも桔梗さんも深刻な顔をしてこちらを見ていた。
 伊織さんは私の頬にそっと触れて、涙を拭うように指を動かして穏やかな笑みを浮かべて言った。
 
「俺たちで探すから、大丈夫」

「あ、ありがとうございます」

 そうだよね、伊織さんたちがいるんだもん、大丈夫だよね。
 伊織さんの手が離れて、私はもう一度携帯に目を落とす。
 あれ、何かおかしい。
 たくさんのメールと着信履歴に並ぶ名前。
 その中に一回も出てこない名前がある。
 私は目を見開いて携帯を見つめて呟いた。

「なんで、奈美からの連絡が全然ないの?」

 私の胸の中に不安の黒いもやがひろがっていくような気がした。