家なし少女はあやかし執行官の執愛に囚われる

 車を降りた伊織は、葉月を攫ったとされる借金取りたちが拠点としている雑居ビルを見上げる。
 どこにでもあるなんの変哲もない黒いビル。 
 その二階が今の事務所らしい。
 夜の繁華街の外れだが、人通りは多い。春の夜風がなだらかに吹いて伊織の白い髪を撫でる。
 伊織は辺りへと「目」を向ける。
 非常口には祐飛が、入り口を桔梗が見張っていた。

『祐飛、桔梗、準備はいいか』

 伊織の知覚を利用して「声」をかけると、ふたりから返事があった。

『私はいつでも大丈夫よ』

『無論だ』

 ふたりの言葉を聞いて、伊織はさっそうと雑居ビルの狭い階段へと近づいた。
 これから宴の始まりだ。
 そう思うと自然と笑みがこぼれた。
 階段を上ると桔梗がすっと現れる。
 彼女もまた黒いスーツを身にまとっている。
 借金取りたちの事務所の扉には、金融会社とそれっぽい名前が書かれた看板が、申し訳程度に小さく貼られていた。
 ひとめ見て鍵がかかっていることに気が付くが、そんなもの、伊織たちにはなんの意味もないものだった。
 伊織は扉の取っ手を握り、その力で思い切り扉をひく。
 バキッ! と音を立てて取っ手と共に鍵が壊れ、あいた穴に手を突っ込み、伊織は無理やり扉を開きながら言った。

「はいはーい、お待たせしました! 違法な借金取りの皆さん」

 突然入ってきた闖入者に、中にいた男たちは浮足立つ。

「なんだてめえは!」

 部屋は広く、二十畳以上はありそうだった。その一番奥の、大層な黒い机の所に座る白髪交じりの男。
 赤く派手な羽織を羽織った着物姿のその男に、伊織は目を向けた。

「あんたがアラキ、だよな」

 葉月を攫ったという男。
 そう思うとぶわっと髪が浮くような気がした。

「ちょ、ちょっと……伊織、出ちゃってる」

 驚いたような桔梗の声が聞こえるがそんなもの気にしている余裕はなかった。
 伊織の白い髪が、まるで意思をもった白く太いコードのようにうねっている。
 その顔は異様に白く、目だけが紅く光っている。
 それを見た男たちは、震えた声で言った。

「ば、バケモノ!」

「あぁ、その通り。俺たちは内閣直轄の、バケモノだ」

 言葉と共に伊織はまっすぐにアラキへと向かう。そしてその首へと手を伸ばしてがっと掴んだ。

「ひっ!」

 逃げる間もなく捕まるアラキ。
 伊織の背後ではいくつもの悲鳴が上がる。

「ひっ! バ、バ、バケモノ!」

「見えねえ、何が起きてるんだ!」

 裏口に張っていた祐飛も参戦しているのだろう。
 伊織の後ろで起きている惨状に、アラキの顔がどんどん白くなっていく。
 伊織は彼の首を掴んだままぐっとその身体を持ち上げて言った。

「さて、当麻葉月のことで聞きたいことがある」

「ひ……あ……」

 苦しげに声を上げるのを無視して、伊織は言った。

「当麻家への借用書。彼女に見せた物は偽物だろう。借金など親はしていないし、彼女の祖父の借金もすでに土地売買によって返済が終わっているよなぁ」

 そう伊織が言うと、アラキは伊織の手を掴んで何度もたたく。これは肯定している、ということだろうか。

「出せよ、書類。あと持ってるんだろ、彼女の荷物。どうせ逃げたのをしって取り戻しに来ると思って取っといているだろ」

 そう低い声で言い、伊織はばっとアラキの首から手を離した。

「ぐはぁ!」

 という情けない声を上げ、アラキはその場に尻もちをつきげほげほと咳き込んでいる。
 そんな彼に伊織は容赦なく言った。

「早く出せ」

「ひっ!」

 伊織への恐怖か、それとも別の理由か。
 アラキは四つん這いで机の後ろに置かれている棚に近づき、がたがたと震えながら鍵を開ける。
 そしてその中に入っていた書類を引っ張り出し、震えながら伊織へと書類を差し出した。
 それをばっと伊織は奪い取り、書類へとさっと目を通す。
 そこには確かに「当麻葉月」の名前が書かれていた。それを畳んでスーツのポケットに入れ、伊織はアラキを見つめて言った。

「荷物」

「はいぃ……!」

 情けない声で返事をして、べつの棚から高校生がよく使うリュックサックとキャリーバッグを取り出す。
 
「桔梗」

「はーい。あ、それが葉月ちゃんの荷物ー?」

 現場の惨状に似合わない明るい声で言いながら桔梗は近づいてきて、伊織から葉月の荷物を受け取る。
 恐怖で動けないらしいアラキは大きく震えながら伊織を見上げて言った。

「こ、これでいいかっ」

「いーや、まだだよ。当麻の家族はどこに行った? あんた、知ってるんだろ?」

「ひっ、あ……あぁ、あの家の家族は……きゅ、九州に……」

 とぎれとぎれに言うアラキの前に座り伊織は彼をじっと見つめて言った。

「なんで九州にいるんだ?」

「そ、それは……は、早く立ち退かないと娘を売るって言って……そ、それで俺たちはあの家族を遠くに引越しさせて……でも、あの娘は元々売るつもりで……その……あの娘の友だちがホスト狂いで金のためなら協力するとか言って……」

 ペラペラと聞いてないことまで喋るとは、よほどアラキは追い詰められているらしい。
 伊織は話を聞きながら、すっと、目を細めて低く響く声で言った。

「へえ……そうなんだ。誰なんだ、その友だちって」

 冷たい声で言うと、アラキは短い悲鳴をあげてから言った。

「な、奈美って女だ……! た、たしか春から大学進学してるとかなんとか……」

 その言葉を聞いて、伊織の目が一層細くなる。
 どうやらこの件、まだ解決は先らしい。
 しかも裏切り者があの子の身近にいる。

「両親とその女、連絡先とかどっかにあるんだろ。出せよ」

「は、はいぃ」

 アラキは震えながら机から紙を取り出し、それを伊織に差し出した。
 伊織はそれを一瞥し、胸ポケットへとしまう。
 そして立ち上がり、アラキを見下ろして言った。

「あぁ、これでもう俺たちはてめえに用はない」

「え? あ、う、あぁ!」


 全てが終わり、伊織は祐飛と桔梗に言った。

「ふたりとも、今聞いた話、言うなよ」

「え? あ、葉月ちゃんの両親の事? 友だちのこと?」

 桔梗があっけらかん、と言うと伊織は頷く。

「あぁ。誰にも口外するな。いいな」

 そうふたりに言い、伊織は歩き出す。先ほどまでうねっていた彼の髪は、いつの間にか元通りのさらっとした白い髪に戻っていた。
 その背中を見送った桔梗は、誰にともなく呆れた顔で呟く。

「あれ、絶対まずいやつだって」

「そうだな」

 祐飛も同意らしい。
 桔梗は肩をすくめて祐飛に目を向ける。

「でしょ? 両親のこと言うなはおかしいよ、絶対。葉月ちゃん、家族に会いたがってるのに、あいつ、返す気ないんじゃないかな」

「あぁ、それでも、あいつは俺たちの大将だ。伊織の命令は絶対だ。逆らうことなどない。それに俺たちがあいつがやることを、止められるわけがないだろう」

 淡々と祐飛は言い、事務所の出口へと歩き出す。桔梗も慌てて葉月の荷物をひきながら、そのあとを追いかけた。