家なし少女はあやかし執行官の執愛に囚われる

 村雨伊織は、今人間の女の横をぴったりと張り付き、辺りに「目」を向けながら歩いていた。
 ここはキチジョウジのアーケード街。平日休日関係なく人通りが非常に多い。
 伊織の隣を歩く女、葉月。先ほど伊織は彼女と共に、彼の服をクリーニングに出してきたところだった。
 異国に人間の女たちを売り払っている組織の闇オークションに踏み込んだ際に保護した女。
 あの時の光景は今でも伊織の脳裏に焼き付いている。
 人身売買のオークション会場にはたくさんの客とスタッフがいた。
 伊織は舞台上で銃を出した男を制圧。

「こんなところで銃売ったらあぶねえだろー」

 と言った時だった。

『バーン!』

 響く銃声と、どさり、と倒れる白いワンピースの女。
 伊織の心臓がバクバクと音を立て、取り押さえた男を放り投げる。

「何でだよ……!」

 思わず飛び出した言葉に、伊織の焦りが深く刻まれていた。
 伊織たちはあやかしだ。
 銃で傷などつくことは決してない。だから、自分をかばって人間が傷つく、なんてことが起こるのは想定外だった。
 撃ってしまった男も動揺していたようで、口をパクパクさせて足元に転がる女を呆然と見つめていた。そんな男を真琴が制圧するのを確認しつつ、伊織は女に駆け寄った。
 抱き上げると、白いワンピースの腹の部分が赤く染まっている。
 伊織は女を抱き締め、驚きの声を上げた。

「おい、なんでこんな……」

 言いながら女の口を塞いでいた物を外す。
 ぜーはーと荒い息を繰り返した女は最後に言った。

 ――家族に囲まれて死にたかったなぁ。

 彼女が負った怪我。それは自身の慢心が招いたこと。
 その事実が伊織の心に、重い錘のようにのしかかっている。
 調べたところ、葉月は面倒な相手に借金を背負わされているらしい。
 借用書が存在しない借金。オークションの主催者と女を買っていた商人たちは捕らえ、顧客名簿も手に入れた。だが女を斡旋していたやつらはまだ全部潰していない。
 闇オークションに繋がる組織を総て潰すのが、伊織たちの目的だった。
 人間では捜査が難しい場所にも入り込めるのがあやかしだ。人間の法律も適用されない。
 だから政府は伊織たちと契約を結び、人間の「異端」を処理させている。
 伊織の持つ「目」で四方八方を見るが特に怪しい存在は確認できない。
 いつ葉月を追って借金取りが現れるかもわからないため、伊織は辺りの警戒を怠らないようにしていた。
 もう少しすれば事務所に着く。その時隣から遠慮がちな声がした。

「あの、伊織さん」

「あぁ、なんですか?」

 思わず敬語が出てしまうのは、政府の人間を相手にする時の癖だろう。
 隣にいる葉月は、政府の人間に比べたらずっと若く、何の力も持っていないのだからそんな気を使う必要はないというのに。
 隣へと視線を向けると、葉月は不安げな面持ちで伊織を見上げて言った。

「あの、探偵事務所って桔梗さん以外に人、いるんですか?」

「うん、いますよ。あとふたり」

 いいながら、指を二本立ててみせる。
 すると葉月は頷き言った。

「そういえば、助けていただいたときに金色の髪のひとを見たような……」

「それは狐塚真琴(こづか まこと)だよ」

 今度は敬語が出なかった。ひとりそう思い少し嬉しくなる。
 そんな伊織の想いなど知らない葉月は、感心したような顔になった。

「狐塚……って狐に関係あるってことですか? 桔梗さんが猫田だし」

 その言葉を聞いて、伊織は感心する。
 名字と本人の属性が関係あるとすぐに気が付いたことに。
 実際そうだ。真琴は金狐、とよばれる妖狐だ。
 伊織は笑みを浮かべて答えた。
 
「うん。あともうひとり、天王寺祐飛(てんのうじ ゆうひ)っていうのがいるよ」

 すると葉月は悩んだような顔になる。

「天王寺……天……? うーん、わかんないなぁ……」

 それはそうだろう。天王寺も本人の属性と関係があるが、それと結びつくかは知識が必要だろうから。
 伊織は悩む葉月に向け、穏やかな口調で言った。

「黒天狗。っていってもなじみがないよね」

 それをきいた葉月は目を丸くして頷く。

「初めて聞きました。えーと、天狗は聞いたことあるけど……黒天狗とかいるんですか?」

「えぇ、うん。黒い翼を持っていて、空を飛べるんです。静かな男だからなじむのは時間がかかるかも」

「そう、なんですか」

 そしてまた、葉月は不安げな顔になる。
 そんな彼女の緊張を和らげようと、伊織は言った。

「とりあえず今日は軽く挨拶をして、あんたの借金のことを調べるのを優先するから。午後には昨日話した通り、買い物に行こう」

 そう声をかけると、葉月はぱっと明るい顔になり、笑顔で、

「はい!」

 と強く頷いた。
 その顔を見ていると伊織のなかで何かが揺らぐ。
 その「何か」がなんなのか、伊織にはまだわからなかった。
 茶色い外観の雑居ビルの二階に、村雨探偵事務所がある。
 人に擬態して暮らすには何か仕事があったほうがいいと始めたものだ。
 階段を昇り扉を開けると、コーヒーの匂いが鼻についた。

「おっはよー」

 と、伊織が挨拶しながら中に入ると、後ろから緊張した声が響く。

「お、おはようございます……」

「あ、おはよう、伊織」

 明るい男の声が中から聞こえてくる。
 広い室内。すぐ目の前に現れるのは来客用のソファーとテーブル。右手側にはキッチンがある。
 奥は畳の部屋になっていて、座卓や座椅子が置かれている。
 そこで手を振る、長い金髪の青年。
 紺地にドクロや花が描かれた派手な羽織を羽織っている。
 そして、頭から生える髪と同じ色をした三角形の耳。
 狐塚真琴。金狐と呼ばれる狐のあやかしだ。

「え……耳……?」

 という、葉月の驚く声がした。
 伊織は呆れた声で真琴にむけて言った。

「真琴、また頭に耳がでてる」

 すると彼は悪びれもなく頭に手をやり、笑って言った。

「別にいいじゃーん。ここにはいおりんしかいないしー」

「いおりん……?」

 また、葉月の驚く声がする。
 伊織はあやかしたちの総大将、と葉月には教えている。いおりんなんて、威厳も何もない呼ばれ方だから驚いているのだろうか。
 伊織は内心苦笑いを浮かべながら、葉月をいざない畳の空間へと近づいた。

「葉月さん、あれが狐塚真琴」

「は、初めまして、当麻葉月です……!」

 緊張した声で葉月は言い、深く頭を下げる。
 すると真琴が立ち上がる音がして、こちらにバタバタと走り寄ってきた。
 そして、畳とフローリングの境界線に立つと、ニコニコと笑い言った。

「初めましてじゃないけど初めまして! 狐塚真琴です! あれだよね、銃持った男に飛びかかった子! とっさのこととはいえ、超勇気あるよねー」

 そしてその手を葉月の頭に伸ばそうとする。

「あ……だって、せっかく助けに来てくれたのに撃たれたら危ないって思ったら……身体が動いて……」

 震える声で答える葉月。
 その言葉を聞き、伊織の中で何かが揺らぐ。
 伊織はあやかしだ。銃で撃たれてもかすり傷すらつかない。だから葉月の行動は無謀そのものでしかなかったし、伊織には理解できない行動だったが。
 葉月は手錠に足かせまでされ、さほど動ける状況ではなかったのに。見ず知らずの他人のために自分の身を危険に晒すとは。
 人間というものはなぜこんなにも、突拍子もないことをするのだろうか。
 真琴は笑って、

「えらいえらい」

 と言いながら、葉月の頭に触れようとしたので、すっと、伊織はその手首を掴んで言った。

「真琴、今日は葉月の紹介と例の借金取りについて話すから。お前、報告することあるだろ?」

 そして俺は真琴の手をゆっくりと下ろす。
 すると彼は少し驚いた顔を伊織に向けた。
 彼は小さく頷き、

「ああ、わかった」

 と言い、葉月のほうを向く。

「とりあえずこっちにあがって。飲み物用意するから。伊織はカフェオレでしょ? 葉月ちゃんは? 冷たいほうじ茶とかあるけど」

「えーと……あの、私にも手伝わせてください……!」

 震える声で言う葉月。
 真琴は驚いた様子で伊織の方をちらりと見たので、伊織は黙って頷いた。
 葉月は客ではないし、ここで自分ができることはしたいのだろう。
 真琴は微笑んで頷き、葉月のほうを見て言った。

「わかった。じゃあこっちきて」

「はい!」

 力強く嬉しそうに、葉月は返事をした。