家なし少女はあやかし執行官の執愛に囚われる

 夜の九時すぎ。
 お風呂に入ったあと、私は居間でテレビジョンを見ながら今日買ってもらった服を整理していた。
 室内を照らすのは、行燈の光だけだ。
 今ここに、伊織さんはいない。
 お酒が入ったグラス(切子っていうらしい)とお菓子を持って自分の部屋に消えてしまった。お盆の上にチョコレートのごみをそのままにして。
 それを見つめた私は、ひとり苦笑いを浮かべてそれをごみ箱に捨てた。

「伊織さん、捨てる、とか片付け、っていうのが苦手なのね」
 
 部屋の掃除をする、って私が言った時の伊織さんの反応を思い出し思わず笑いが漏れてしまう。
 なんだかタジタジだったな。強いあやかしらしいのに、こんなだらしない一面もあって落差が激しい。
 でもお風呂の掃除はしてるみたいなのよね。っていうかこだわりなのか、お風呂、広かったし湯船も大きかった。
 もしかしたら自分ではしてないのかな。掃除とかしてくれるあやかしとかいそうだし。
 そう思って私はふと手を止める。

「でもそれならこの部屋、あんなに散らかりはしないよね」

 どうもよくわからない人だなぁ。
 私はテレビに目を向けてときどき笑いながら、服を仕分けた。
 これも洗わないとよね。
 洗面所にはあまり使われている様子がない洗濯機がどん、て置かれていた。
 かろうじて洗剤はあったけど、伊織さんはとことん家事をしないみたいだった。
 明日は洗濯物やって、クリーニングに持って行って、あと伊織さんと買い物だ。
 私が使わせてもらってる部屋には箪笥もなくて、服が三つほどの洗濯かごにわけて入れられてる状態だった。
 ……これ、家具欲しいって言っていいのかな。
 さすがに図々しいかな。
 色んな思いが私の中で絡まり合っている。

「そもそも伊織さんと私、なんの関係もないんだもんなぁ」

 服を買ってくれたのも慰謝料だって言っていたけど、そもそも怪我を治してもらって、家に置いてもらってるだけでも充分だよね。

「伊織さん、あやかしだから私みたいな人間とはなんか基準、違うのかな」

 だからこんなに面倒見てくれて、ぽんぽんお金、出してくれるのかな、と自分を無理やり納得させる。
 そうじゃないと、申し訳なさ過ぎて私、なんだかみじめになりそうだから。
 タグを切って服をまとめてかかえ、私は洗面所にそれを持っていく。
 廊下を照らすのは天井の明かり、じゃなくって片隅に置かれた行燈だけだ。
 居間もそうだけど、基本、伊織さんは行燈で生活しているみたいで、天井の照明はつけないらしい。
 廊下を歩いてわたしは洗面所へと入る。
 そして洗濯物をカゴに入れて、また居間へと戻った。
 この家には二階もあるけど、上へは上がったことがない。
 伊織さんの部屋、どこにあるんだろう。二階かな。
 そう思って私は居間の座椅子に座って、上を見た。
 ぬらりひょん、って言っていたけどどういうあやかしなのかな。
 調べたくても調べようがないしな……
 そう思って私は膝を曲げて抱える。
 
「私、どうなるのかな」

 私は伊織さんが言っていた借金の話を思い出す。

『親が死んだわけじゃねえし、親の負債を背負う義務、あると本気で思う?』

 言われてみればそうだ。親が失踪したのは確かだけど、死んだかどうかはわからない。生きているなら借金はあくまでお父さんがしているものだから私はその借金を背負う理由、ないのか……
 私、バカだな。そんなの全然分かんなかった。
 でもわかっていたからってあんな怖い人たちに囲まれて、十八歳の私がそんなこと、考えられるわけないもの。
 あー、ひとりでいると頭の中、ぐちゃぐちゃになってしまう。
 そうなるとわかっているから私、今ここでテレビジョンを見ているんだけど。
 私は顔を上げてテレビジョンへと目を向ける。
 芸人さんがでている番組は頭空っぽで見られるから楽しい。
 今日は考えるのやめて、もう少ししたら寝よう。久しぶりに外出てちょっと疲れちゃったし。
 私は大きな欠伸をして、眠い目を擦った。


 翌朝。
 私は七時前に起きて、洗濯機を回す。洗濯ネットがないからそれも欲しいな。
 家事をする、なんて話はしていないけど、何かしていないと落ち着かないから私はキッチンへと向かい食事の準備をする。
 と言ってもろくな食材がない。
 昨日伊織さんが言っていたけど、本当にパンとお米くらいしかない。あとカップラーメンにカップスープ。
 私は、飲み物とお米だけが入った大きな冷蔵庫の中を見つめて呟く。

「食材、買わせてもらおうかな……」

 さすがにこれじゃあ朝食、作れないし。
 私は冷蔵庫を閉じて室内を見回す。
 蓋が開いたままの湯沸かしポットがある。とりあえず、お湯沸かそう。
 そう決めて私は片手鍋に水を入れてポットに水を入れ、電源ケーブルをコンセントにさした。 
 そんなことをしていると、がちゃり、と扉が開く音がした。
 おもわずびくっとして振り返ると、そこには浴衣を着崩して、ぼさぼさ頭の伊織さんが立っていた。
 彼は頭に手をやり、台所の方へと歩きながら言った。

「あー……葉月さん、起きるの早いね、おはようございます」

「お、おはようございます」

 はだけた胸元がなんかすごく大人っぽくてドキドキしてしまい、私は思わず目をそらした。
 すると伊織さんの眠そうな声がした。

「えーと、お湯沸かしてくれてるんだ、ありがとう」

「あ、あの、カップスープ飲もうと思って……」

「あぁ、そっか」

 顔を上げると、彼はマグカップを取り出して、スティックのコーヒーがたくさん入った入れ物を開けていた。
 そして私の方にその入れ物を向けて言った。

「何飲む?」

「え? あ、えーと……じゃあ、これ、ミルクティーで」

 おそるおそるスティックのひとつに手を伸ばすと、伊織さんはそれをすっと抜き出した。伊織さんはカフェオレのスティックを出している。
 そこで初めて気がついたけど、その入れ物に入っているスティック、ブラックのコーヒー、ひとつもないような。
 ぱっと見えるやつ、キャラメルとかココアとか書いてあるし。
 私は伊織さんの顔をちらっと見上げる。
 百六十センチくらいの私よりもずっと背が高い。たぶん百八十センチ近くあるからけっこう顔、上げないと伊織さんの顔がよく見えないんだけど。
 この人、めちゃくちゃ甘党なのかもしれない。
 そう思うとちょっとかわいく思えた。